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このコースは すでに訪れている場所が多いので コースのみの紹介になります。 JR鷹取駅を出て、 大国公園 イヌマヌエル教会 カトリックたかとり教会 平忠度胴塚 平忠度腕塚 長田港 【神戸港の発祥の地とも言われている港です。 1178年に平清盛が宮島に参詣する際に和田岬をまわって小馬林(駒ヶ林)に上陸したとの 文献などからも、この港が大変歴史のあるものであることがうかがえます。 今でも漁船がこの港から漁にでていて、漁獲高は市内1,2を争うものです。】 【 】内 ながたすこやかマイロードより 大正筋・六間道・本町筋 【長田南部地域の商店街 新長田駅南には大正筋商店街・六間道商店街・本町筋商店街など多くの商店街が連なっています。 大正筋商店街では「スター街道」と名付け、長田ゆかりの方々などの手形やサインをタイルにして 埋め込んでいます。】 JR新長田駅、ゴールです。 【歩行時間約60分 約5,500歩】
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*神戸あちこち 長田区*
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地下鉄長田駅・高速長田駅、スタート。 馬場先鳥居石碑「記憶」:大道通1丁目 【震災で倒壊し再建された馬場先鳥居の脇に震災の記憶をとどめる石碑が建立されています。】
【 】内 冊子より
御蔵北公園 焼けた電柱。 御蔵南公園:四番町8丁目 【公園の東端に被災木があり、公園の西隣には移築した古民家があり、震災体験学習の場と なっています。】 みくらすいせん公園 :御蔵通8丁目 すがはらすいせん公園:菅原通8丁目 【園内には震災の記憶をとどめるモニュメントやレリーフが多数見受けられます。】 寅さんプレート 【映画の撮影を記念して作られたもので、道路沿いの商店の入り口にかかげられています。】 シューズプラザ 寅地蔵 【JR新長田駅の改札口手前の壁に掲げられています。】 鉄人街頭 鉄人28号モニュメント 震災の壁ベンチ 【大橋5交差点通路の下の地下通路の奥にあります。
震災の際に焼け残った「震災の壁」を淡路島へ移築することになった際に、神戸からなくなって
しまうのは惜しいとの声を受け、その一部をベンチとして地下通路奥に設置しています。】大橋9交差点を北へ進み、角に青い壁の喫茶店すぐ曲がる あわせの地蔵 カトリックたかとり教会 【野田北部・たかとり震災資料室:海運町3丁目 カトリックたかとり教会内に2009(平成20)年1月17日に開設。
地域の方や学生さんが撮影した震災当時の写真の展示やパネルなどを通じて、復興の歩みを今に
伝えています。】大国公園 JR鷹取駅、ゴールです。 【歩行時間約80分 約7,900歩】 この観音様は 六番町観音さまと呼ばれていました。 歩いた日、(高速長田駅を出て すぐのポイントなのですが)探しても探して全く見つからず、 これは 後日 探して撮影したものです。 聞くところによると、 この観音様は 地元の警備会社の経営者の方が敷地内に建てていたそうですが・・・ 今は 五番町の市営住宅の一角にあります。 |
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西代駅をスタート。 蓮池跡、西代の楠、シューズプラザ、新長田駅、靴のモニュメントの道を東へ 長田中学校の先を南へ 菅公匂いの梅旧跡:東尻池町1丁目 【901(昌泰4)年、政敵藤原時平の中傷によって都を追われ太宰権師に左遷されることになった 菅原道真は、京から九州への道中、順風を待つために大和田泊に上陸しました。 そのとき、えも言われぬ梅の香りがするのでそれを慕って西にさまよって行きました。 ちょうど苅藻川が海に注いでいるすぐ東、真野の継橋という1つの橋が架かっていて、この橋の 東に1本の梅の木が今を盛りと咲いていました。 それを見た道真は、「風寒み 雪にまがへて咲く花の 袖にぞうつれ 匂う梅の香」という 和歌を詠んだと言われています。 近くには梅ヶ香町という地名もあります。】 【 】内 ながたすこやかマイロードより 宝満寺・青山幸利報謝碑:東尻池町2丁目 【臨済宗、本山京都南禅寺、本尊は大日如来。 808(大同3)年 弘法大師がもと和田山の字寺山(現兵庫区和田山通付近)に開創、のち 1180(治承4)年に平清盛が福原内裏増築のときに現在地に移したと伝えられています。 宝満寺金剛峰寺と呼ばれていましたが、後に、弘法大師は高野山に金剛峰寺を建てたので、 こちらは金剛山宝満寺と寺号を改めたそうです。 源平一の谷の合戦で伽藍の大部分が焼失しましたが、法燈圓明国師(ほっとうえんみんこくし) によって再建。 また、足利尊氏との関連も深く、後醍醐天皇に敗れ九州に落ちる際に本尊に武運を祈り勝利を 得たこと、湊川の合戦で当寺に本陣を置いたこと、伽藍の修復及び寺領を寄進されたことなどが 見られます。 本尊である大日如来坐像をはじめ、重要文化財指定の寺宝が数多くあります。 境内は立ち入り禁止です。】 高福寺:西尻池町4丁目 【真野山高福寺。 この辺りでは万葉集に「いざこども 大和へ早く白菅の 真野榛原(はりはら)手折りてゆかむ」 と詠まれているので真野山の山号をつけたのでしょう。 真宗佛光派の末寺で、1333(正慶3)年の創立とされています。 今から500年も昔、もともと80戸余りの村に大日寺、傳(田)福寺、薬師寺、安養寺の4寺があり ましたが、お互いにいがみあっていました。 そこで何とか村をひとつにまとめようと、高福寺を村の中心の寺と決めて、他の寺はそのもとで 協力をしていくことで落ち着いたということです。 大正の初めには西尻池村の所有地であった蓮池が市に買収され田地が次々と宅地になるなど、 村が裕福になったのを機会に、壮大で美しい大伽藍を建立しました。 しかし、昭和20年6月5日の大空襲により惜しくも焼失してしまいました。】 苅藻駅 尻池街園内の万葉歌碑 高松橋 八尾善四郎の像 苅藻駅、駒ヶ林駅を南へ曲がって 徳本上人六字名号石:駒ヶ林町1丁目 【工場の間の路地を入ると、その奥にまつられています。 1823(文政6)年に駒ヶ林の地に来た徳本上人は、その当時 鵯越に出没して旅人を悩ませていた 悪者を、仏教の力によって六字名号石(ろくじみょうごうせき)を建て、その下に封じ込めたと 言います。 自然石の六字「南無阿弥陀仏」は徳本上人独特の蔦文字で、無視すれば自然と頭が下がります。】 海泉寺:駒ヶ林3丁目 【1289(正応2)年、漸岸覚俊(ぜんがんかくしゅん)和尚が師である法灯円明国師(ほっとうえんみん こくし)を勧請開山として建立されました。 1924(大正13)年、堂の町(現駒ヶ林町5丁目)にあった大堂(阿弥陀堂)を移築し本堂としました。 境内には、湯川秀樹博士の全人類の幸福を祈る鐘など、湯川氏にまつわるものがあり、また、青山 幸利(よしとし)公の報謝碑、慶長年間の逆修碑が立てられています。 ※逆修:生存中に死後の仏事を修すること。予修ともいう。】 駒林神社:駒ヶ林町3丁目 【ご祭神は猿田彦・応神天皇・八幡大神・左義長の神様、厄神さん。 この神社には、988(永延2)年に始められた古い左義長の行事があって、壮観を呈したことが 「摂陽落穂集」にものっています。 境内の稲荷社の玉垣に往年の映画スター「片岡、大河内、山田、入江」等があるのは面白い。 また歴史上では、足利尊氏が戦いに敗れ西国に下るときにこの神社に参詣して、社前の駒ヶ林の 浜から乗船したとも伝えられています。 現在の社殿は、1924(大正13)年に建てられましたが、放火にあい、さらに再建したものです。】 平忠度腕塚、平忠度胴塚、満福治、大国公園と進み、 JR鷹取駅でゴールです。 【歩行時間約110分 約11,600歩】 |
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地下鉄長田駅・高速長田駅をスタート。 馬場先鳥居石碑「記憶」 谷御所橋を渡って、 長田神社、宮川9交差点、西山公園、名倉小学校、滝見橋、苅藻川(神鉄丸山駅付近)、 鵯大橋、雲雀ケ丘小学校と進んで ひよどりごえ森林公園 中に入ります! スカイラーク展望台へ 眺望良〜し v(*´>ω<`*)v いろんなコースがあるんですね♪ 日だまりゾーン 落ち葉多いです。 滑るけど 高取山の龍神滝コースを下るよりは大丈夫 ♪⌒ヽ(*゚ω゚)ノ 南へ歩いて、お店の右前方にある ゆるやかなのぼり道を行き、 水道局配水タンク、獅子ヶ池、長田すみれ園の南側を通って、 自治会の掲示板の道でなく 次の民家の間を左へ、すぐに急な階段を下りて右へ行き、 道路の下をくぐる。 高東町公園を抜けて 丸山登山口石碑から登山道へ 砂防堰堤ができていました! 長者堰堤 平成25年7月末にできたようで スリットタイプ 流木が多いということでしょうか? 登ります! 写真の真ん中くらいに埋もれた砂防堰堤わかりますか? 上から見ると こんな感じ・・・ 登ります! このコース、初めて登ったけど ココに出てくるんですね。 だから ココで消える人多いんだぁ ( ,,-` 。´-)ホォー いつもながら 眺めがいいですね。 さらに登っていきます。 高取神社からは 新長田駅にある鉄人28号の背中が見えるそうで・・・ コンデジ マクロで限界撮影。 下山して、西代駅、新長田駅、大正筋商店街を通って、徳本上人六字名号石、苅藻駅、 そこから北へ歩いて 地下鉄長田駅・高速長田駅でゴールになります。 下山してからのコースは 後日 別コースでも歩くので 実際には下山で終わってます (*_ _)人ゴメンナサイ 【歩行時間約285分 約30,330歩】 ココからは言い訳コ〜ナ〜でして・・・・ この記事は正月ネタです ・・・(・∀・i)タラー・・・ 年末年始は この長田コースを中心に歩いてます。(3が日は高取山に毎日登ってたりする・・・) スタートは完璧でしたが、その後の激務プラス息子の受験などにより超多忙となり (現役合格したからいいものを・・・ (#`皿´)< ) 未だに冬ネタ ・・・(・∀・i)タラー・・・ えぇ〜 マイPCも冬のボーナス払いで手に入れたし (働かないと・・・ (-∀-`; ) 真面目更新致します所存です! |
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高速長田・地下鉄長田駅、スタート。 三六橋:六番町 【県立兵庫高校の南西に、新湊川に南北にかかる橋があります。 この橋の名前の由来は、古来の条里制の「三六ノ坪」にちなんだものです。】 【 】内 ながたすこやかマイロードより 兵庫高校の西側の坂を上り 片山児童館 大丸山公園:大丸町2丁目 【小高い丘陵地を登っていくと、丸山中のそばにあります。 長田のまちを見渡せます。】 名倉町バス停から 山麓線の桜並木を通って 西山公園:西山町1丁目 【春にはお花見の名所として区民に知られる西山公園は、山麓線の近くにある小高い丘の斜面に あります。】 南へ歩いて 市民の木 クスノキ (長田墓地入口) 【「市民の木」指定の3本が長田神社周辺にあります。 このほか 西代の楠も「市民の木」です。 長田神社内のクスノキも立派な幹周りです。】 市民の木 ケヤキ 長田小学校へと北上し、高取神社登拝口の看板があるところの階段を上る 清水茶屋の手前の道を西へ 眺めも良好です♪ 高取台中学校 西代中学校 長田高校グランド 観音山公園 西代蓮池公園 常福寺の先を南に折れ、信号を渡って2本目の細い路地を入る。 西代の楠:西代通2丁目 【楠稲荷のクスノキは、南北に通じる道路を通せんぼするように立っています。 高さ12m、周り4.8まり、楠稲荷のご神木になっています。 天保年間のこと、西代村にある楠の幹に斧を打ちこんだために、楠の根元に住んでいる狐が しかえしをしているという噂がまわり、庄屋が楠を切るのをやめるとプッツリと火事も止まった。 それからは、楠の大木は西代村の守り神とされ、誰もこの木を切ろうとしなくなったそうです。 ずっと後になって、道路を広げようとして木に斧を入れようとした人々にも信じられない出来事 が続いたので、結局、この部分だけ道路が首のように細く残っています。】 西代駅、ゴールです。 【歩行時間役160分 約16,800歩】 |




