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しれ〜っと 続きです・・・ 本命の長浜盆梅展が観られたので、パスポート特典(指定スポットのうち4施設入館)を使うべく 駅周辺を散策しました♪ ちょっと気になったので、 『開知学校』に立ち寄り 明治4年に開校された県下初の小学校で、登録文化財です。 今は 学校ではないそうです。 入れたのかな? 大手門通りを通って ながはま御坊表参道を通って 観光案内所でおススメされた 『長浜別院 大通(あせび)寺』へ 時折 吹雪いてます ・*✨・・**・*・・ 本堂から 奥へと 馬酔木(あせび)展が開催されていて とても綺麗でした。 冬に見る花もいいですね。 広間 書院〔新御座〕 含山軒庭園 蘭亭庭 再び戻って ゆう壱番街にある『巨大万華鏡』へ 街並みは少し変わったようですが、成長のない私っ 覗くと 大きくキラキラ✨なのです。 はめ絵看板。 公式キャラ 佐吉くん。 誰かと思えば 石田三成(幼名 佐吉)。 では 前回行けなかった『曳山博物館』へ 盛りだくさんの はめ絵看板 那須与一体験もできます ^( ̄皿 ̄)^>>━→ 訪れるべきか ちょい悩んだ 『海洋堂フィギュアミュージアム黒壁』 ゆ、ユリア・・・ ||||||||||凹[◎凸◎;]凹|||||||||| なんで ケ○シロウは、ユリアの人形(手作り!?)を本物と間違うのか? 大好きなんやろう? めっちゃ近くまで行っても わかってへんし・・・・ 旦那が同じことしたら ドン引きやわ!!! てか こっちから捨てるわ! ええ男い〜っぱいおったはずやのに ケン○ロウを選ぶユリアにも ガッカリ щ(゚ロ゚щ) マンガ三大ガッカリの一つです。 最後は『安藤家』 古翠園 廊下の先を曲がると 小蘭亭があるのですが、 渡り廊下は立ち入り禁止で行けません。 残念です。 2階に上がって 和室から見下ろす 見下ろす古翠園、雪が残って綺麗ですねぇ〜♪ また 滋賀たびしたいです。 今度は琵琶湖にも行きたいなぁ〜・・・ あぁ〜 猛暑続きだというのに、まだまだ冬記事・・・ すみません。 暇欲しい・・・ 。・°°ヽ(TωT) |
*遠出あちこち 滋賀県*
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先に行っておきますが・・・ いつもの如く ↓は 3月の話でございます。 雪景色です。 猛暑の中 涼やかな更新始めます 。゚*゚。゚。*ヾ┃・∀・┃ノ*。゚゚。*゚。 (ほぼ)5年ぶりの滋賀県です。 や〜っと 念願叶って来れました、長浜盆梅展。 長浜駅を下車 駅のすぐ横に モンデクール長浜ができていた。 デッキから見える景色。 この時は、お天気最高でした〜♪ かごやさんでラーメンを頂き、 観光案内所で購入した ”長浜盆梅パスポート(盆梅展+指定観光スポット4施設入館)”を持って いざ出発!!! その前に 顔ハメ看板。 慶雲館 向かいには 長浜鉄道スクエアがありますが、今回は入っていません。 門をくぐって 前庭は 雪が残っていて とても綺麗です。 本館。 すごくワクワクします♪ 幻想的な世界の始まりです。 ココからは圧巻の盆梅展を観てください。 コンデジ撮影なので こんな感じになってますけど、実物は 本当に素晴らしいです。 前に来たときは、主庭に入ることができたのですが、外に出られそうな感じがなかったです。 2階の王座の間にも行けませんでした。 盆梅展中は見学不可なのかもしれませんね。 娘、必死に撮影中。 ちなみに 肩にかけているバッグは、先日 尾道で購入したものです ヾ(o・ω・)ノ では 梅の館へ 梅の館から見た本館 抹茶の販売があったので、迷わずいただきました〜! 梅のお茶とお菓子 ココで終わりなんですが・・・ 再び 本館に戻って、 お庭に下りたかったです・・・ まだまだ名残惜しかったですが 時間がないので、次へ〜 ε=┏(*`>ω<)┛ |
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館内は撮影可・JAF割有り! なんて 太っ腹なんだぁ! 長浜に行きたかった最大の理由がココ。 竹生島や長浜城は ついでだったりする・・・ もちろん 行って良かったですよ〜♪ ↑ コレ 姫路の博物館では 撮影禁止だったんですよ。 まず 娘が食い付いたのがコレ↑ (どこか忘れたけど)戦国の合戦です。 あぁ〜・・・ だんだん 違う方向に成長していってるよ〜なぁ〜・・・・っ 不安です ヽ(T-T )ノ もちろん 等身大のケンシロウやレイにも 超感動してたけど〜! ヽ( T-T)ノ 映画’ジュラシックパーク’で使われた恐竜。 リアルです。 他にも い〜っぱい展示されていますよ〜♪ 娘にとって 別格のエヴァ。 私は フィギュアよりアニメ好きなので、造形には あんまり心が揺れないんだけど・・・ ’大通寺’ 嘘みたいに晴れている空。 なんだったんだぁ〜・・・ あの雨は・・・ それから 商店街の筋を少し入って てか この先 パラレルワールド ( ̄■ ̄)!? 世界最大(?)の万華鏡 下から覗くと めっちゃ綺麗〜♪ 万華鏡を後ろから(前から?)見ると こんな感じ・・・ 微妙なオブジェがぁぁ・・・ そんなワールドには ドラゴンボールのキャラ勢揃いっ ??? どー見ても ひとつ違う・・・・ 神龍でなく レックーザ(ポケモン)や〜ん。 ファイヤーレッド・リーフグリーン(ゲームっす)で 捕まえる時 めっちゃ難しかったのに (まぁー 腕がないだけやけど・・・) ほとんど使いものにならん! それよりも 使い物にならんのが レジ3体やけど・・・ (あくまで個人の感想ですっ) 右端は 誰かわからん・・・ 入りませんでしたが、’曳山博物館’ ’妙法寺’ 秀吉の子 秀勝の墓 看板の文字が見にくいので・・・ 〔羽柴秀勝公と妙法寺 妙法寺は羽柴(豊臣)秀吉公の命によって、浅井氏の小谷城から移転した日蓮宗の寺院です。 天正4年(1576)10月14日、秀吉公の長男「羽柴秀勝公」が亡くなり、この寺に葬られたといわれています。 寺には童子像(左)が伝来していましたが、昭和27年に焼失しました。 また、旧境内地の東奥(現在は飛び池)の鞘堂(さやどう)に、墓石(真ん中)が安置されていましたが、 平成14年秋に本堂前に移転されました。 平成15年度、長浜市教育委員会は「市制60周年記念事業」として、墓石移転後の墓地等の学術調査を 行いました。 その結果、墓石が安置されていた場所から約2.5メートル南で、塚墓(右、石囲いの埋葬施設)が発見され、 形状から安土桃山時代の大名一族の墓であることが分かりました。 また、墓石も彩色をほどこされた「題目式笠塔婆」であることが分かりました。 その成果を受け、塚墓と墓石は、平成16年4カ月に長浜市指定文化財となりました。 この学術調査によって、長浜城主時代、秀吉公の長男に相当する人物が実在したことが確認されました。〕 ’元祖 堅ボーロ本舗’ 軒先の額を使って記念撮影が出来るので ちょっとお邪魔しましたぁ〜♪ 肝心なボーロは買ってません・・・ その代わり ’長浜浪漫ビール’は 買いましたよっ♪ 時間的に閉まっていたのですが、お店のご厚意で購入出来ました! ありがとうございます。 他にも見所はあったのですが、早々に帰路に就くことにしました。 娘お気に入り 手動ドア。 せっかくなので 北陸本線を近江島津駅まで行って 湖西線に乗り換えて 琵琶湖一周の電車旅をして帰ることにしました。 初めて廻ったけど 琵琶湖いいなぁ〜・・・(*゚ー゚*) にしても 長浜 って 名物何ぃ? お土産買う時 心に響くものが無くて・・・・・ ↑ こんなん買っちゃいました・・・ 中は 普通のチョコサンド。 ご当地グッズも欲しかったけど、彦根土産か サンリオ系ジャンプ系しか無いんだもん・・・・ オリジナルがあるといいんだけど・・・・ ↑ コレは 息子が名古屋で買ってきた 鯱サブレ。
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長浜訪問 2日目。 連チャンの早朝出発は キツい・・・ 外観は 復元されたお城ですが、中は 完全に博物館になっています。 【天正元年(1573)9月浅井長政滅亡後、湖北(滋賀県の北部)を支配したのは、羽柴(豊臣)秀吉であった。 姉川合戦と小谷攻めで手柄をあげた秀吉は、その功績によって浅井氏の領国の大部分を与えられ小谷城に 入った。 そして翌天正2年夏にはすでに今浜(いまの長浜市公園町附近)に築城を開始している。 秀吉が湖岸に城を移した理由は、琵琶湖の舟運を重視した領国経営があったと考えられる。 秀吉の築城については、当時の絵図や古文書がほとんど伝来せず、不明な部分も多い。 材木は竹生島などから運んできたことや、石垣用の石材は領内から集められ、石仏や五輪塔などの墓石まで 使用されたと考えられている。 天正3年秋頃に秀吉は小谷から今浜城に移り、地名を「長浜」と改めて天正10年まで在城した。 天正10年(1582)には清洲(きよす)会議で長浜城は柴田勝家に譲られ、勝家の甥勝豊が入城したが、 はやくもその年の12月、秀吉は勝豊を攻めて、翌年4月に行われた柴田勝家との賤ヶ岳(しずがたけ)合戦に 際しては、その軍事拠点としている。 天正13年(1585)から18年(1590)まで山内一豊が城主となり、その移封後は次第に荒廃し、 湖北真宗門徒の惣会所が城内に設けられたともいう。 この時期湖北は、佐和山城主石田三成(現、長浜市石田町出身)の支配下に入っている。 慶長11年(1606)には、徳川家康の異母弟内藤信成が城主となり大修築を行う。 慶長17年その子信正が城主となるが、元和(げんな)元年(1615)摂津高槻城への移封によって、 長浜城は湖北支配の役割を彦根城に譲って使命を終えた。 廃城後、石垣・櫓材などは彦根城などに運ばれ、長浜城は完全に失われた。 長浜大通寺台所門や知善院表門(いずれも市指定文化財)などはその遺構と伝えられる。 現在の長浜城は、故東京工業大学名誉教授藤岡通夫工学博士の設計指導により、昭和58年(1983)に 再興され、市立長浜城歴史博物館として開館。 本館の外観は、2層の大屋根に望楼をのせた初期天守の様式で、「秀吉の長浜城」を再興しようという 市民の熱望によって天正期の城郭を想定し建築されている。 平成18年2月、館名が長浜市長浜城歴史博物館と改まった。】 館内の展示を見れば見るほど 凄い時代だったんだなぁ〜・・・ って思いました。 この時代の人は大変だっただろうなぁ〜・・・ だからこそ ひたむきな生き方が 今でも 心に響くのかもしれませんね。 5階の望楼(回縁付)戦国パノラマ展望台の天井 そこからの眺望 長浜城を後にして 駅前にある’秀吉・三成出逢いの像’ 写真ではわかりにくいかもしれませんが、突然の大雨だったんですよ〜! 神戸は晴れてたんですけどねぇ〜・・・っ ’豊国神社’ ’黒壁ガラス館’を横切り ’大手門通り’に入って ’長浜ラーメン’ 全くほぐれていない麺は 忙しかったからなのか それとも こーいうものなのかぁ〜・・・? もしかして コレも名物では無い! なんて オチではないだろうなぁ〜・・・?
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’長浜鉄道スクエア’の真向かいにある『慶雲館』 ’慶雲館表門’ 正門を入るとすぐ右に 自然石の巨大な灯篭’大灯籠’があります。 中門をくぐると ’慶雲館’ 【木造二階建て 寄棟造浅瓦葺の大屋根 南西・西面は銅板葺の庇 玄関は純和風づくり】 【 】内 パンフより ここから 有料になります。 1階 2階からは 琵琶湖と伊吹山を見ることが出来ます。 現代的な借景がなければ もっと素敵なんでしょうねぇ〜・・・ 皇族の方のお椅子。 ’梅型の電灯’ 【本館2階の照明器具は梅の花を形どっています。 明治とは思えないハイカラなデザインです。】 ’庭園’ 【 庭園は二代目又蔵により、慶雲館建設二十五周年を記念して明治四十五年(1912)に造営されました。 庭園は表門から中門に至る前庭、中門から本館玄関前に広がる格調高い玄関前庭、そして本館の南に 広がる本庭(奥庭)で構成されています。 本庭の特徴として第一に、中央に深い涸池を穿つなど地形に大きな起伏をつけた立体的な構成が 挙げられます。 二つ目は、前庭や玄関周辺と同様に巨石を用い、見る人を圧倒する豪壮な意匠です。 さらに、滋賀県ならではの特徴として琵琶湖の眺望があげられます。 作風は京都の七代目小川治兵衛(屋号植治)。 近代日本庭園の先覚者と呼ばれ、平安神宮神苑をはじめ多くの造園を手がけています。 庭園完成時には、治兵衛の長男保太郎(白楊)の手による写真集が発行されており、白楊が築庭に かかわったことが窺い知れます。】 お庭から見た慶雲館 ’茶室’ 【本館とともに明治二十年(1887)に建設され、恵露庵と名付けられています。 元は典型的な四畳半茶室でしたが、平成十二年に十畳余の広間に改修されました。】 庭園に行くときに スリッパをお借り出来るのですが・・・・ めっちゃ滑るんですっ 雨の時は 大変なんじゃーない? そーいう私も 石道は 怖くて脱いじゃいましたけど・・・っ♪ (呼び込み看板にも記載されていたのですが・・)芭蕉の巨大句碑。 別に芭蕉がどーだとかでなく デカい石に刻んだだけや〜ん! って 突っ込みたくなるけど ココは 滋賀だから・・・ ほのぼのした純朴さが 滋賀なのかなぁ〜? 陽がかなり傾いてきたので 今日はココまでです。 次の日 再び長浜訪問してます。 にしても 滋賀は 遠いねぇ〜・・・・ この慶雲館は また盆梅展の頃に訪れたいです!
(スタンプラリーの時に 電車から見えて とても素敵だったんですよ〜♪) |




