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落語のまち池田のはめ絵看板です。 ’池田駅’を’阪急宝塚線’(南西)沿いに歩きます。 鳥居の先に 『呉服(くれは)神社』 【駅のすぐ近くに呉服神社があります。 ここは機織裁縫の祖・呉服媛がまつられているところです。 呉服神社の御縁起では応神天皇の頃、呉の国から渡来した工匠の呉服媛が猪名川を遡ってこの地に 住み着き、機織裁縫の技術を伝えたといわれています。】 【 】内パンフより 再び’池田駅’に戻り ’池田駅前’交差点を北へ。 ’サカエマチ1・2番街’を抜けて 左折すると 『落語みゅーじあむ』 【駅の反対側にまわり商店街「サカエマチ1・2番街」を抜け、郵便局の角を西側に折れると落語みゅーじあむ。 ”落語のまち池田”にできた上方落語の資料展示館です。 館内には池田が登場する演目「牛ほめ」「猪買い」を紹介する展示のほか、上方落語のCDやDVDを 試聴できるコーナーもあります。 毎月第二土曜には有料の寄席を開催しています。】 みゅーじあむ前にも はめ絵看板。 入館無料だったので 中に入ってみました。 こじんまりした館内なので 展示を見るのに時間はかかりませんが、試聴が充実しているので それをすると 充分な時間がいるかも〜? 千社貼札を作れる機械があったので 初挑戦しました! (300円) 図柄がいろいろあって楽しかったです♪ これだけを作りに来るのもいいかも〜っ? みゅーじあむの通りを東へ進み、商店街の通りを北へ折れると’呉春’(酒造) みゅーじあむの通りに戻り、9号線の次の信号の一つ先の角を北へ曲がると 『池田文庫』 【池田文庫は、阪急東宝グループの創始者・故小林一三氏により設立されたもので、文芸・演劇関係の 貴重な資料を収蔵しています。 花菱円筒形のモダンな建物の中に日本庭園が見える閲覧室があります。】 その先に 『逸翁(いつおう)美術館』 【池田文庫を出て、隣接する逸翁美術館へ。 小林一三氏の雅号「逸翁」を冠し、モダンな外観を有する美術館には茶道具類を中心に、書道・陶器・ 絵画など5千点あまりの小林一三氏のコレクションが収蔵・展示されています。 国内はもちろん広く海外からも収集された収蔵品からは、茶人「逸翁」の美術への想いと、茶道への 深い理解が伝わってきます。 また館内には「スタインウェイ グランドピアノ」を備え、コンサート機能を有する、マグノリアホールも 設けられています。】 その先に ’池田城跡公園’ 公園内にある茶室 天守閣(入れます!) 天守閣からの眺め ’城山勤労者センター’の角を西へ曲がり、 ’五月山体育館’の手前の道を西へ ’地蔵’の先を進んで ’9号線’を北へ上ります。 次の信号をさらに北へ上り ’慈母観音’ ウォンバットで有名な ’五月山動物園’ (↑詳しい経緯は 絵本・ウォンバット物語〜さつきやま動物園を読んで下さい。 落語ミュージアムでも販売していますっ) ’公園管理事務所’となってますが、今は売店の前の階段を下りると 『伊居太(いけだ)神社』 【美術館を出て、北へ少し歩くと、左手に池田城跡公園の入口。 室町時代から戦国時代に活躍した池田氏の城跡が日本庭園として整備された眺望も素晴らしい公園です。 五月山の山麓の一帯の五月山公園は、桜、ツツジの名所で、五月山動物園がその一画に。 動物園の下手にある伊居太神社は穴織媛がまつられており、前途の呉服神社とは姉妹の関係にあります。】 ’9号線’まで戻って 東へ進み、’五月山体育館’の前の坂を上る。 ’陽春寺’ さらに階段を上って 『大廣寺』 【五月山体育館の前の急な坂道を上ると、ボタン寺として知られる大廣寺。 さらに五月山のふもとを歩いて、古墳のある茶臼山公園から塩塚公園へ。】 山門の裏上には 龍。 ’9号線’沿いの’五月山児童文化センター’の手前の角を南へ折れ、 一つ目の角を左折し ’五月丘小学校’の前のマンションの間を南へ ’茶臼山公園’に入って ’茶臼山古墳’ 公園を出て東へ進み、南にあるマンションの角を左折、 ’塩塚公園’の向かいにある”五月丘緑地”に入ります。 ’市立図書館’ 『歴史民俗資料館』 【ここには、茶臼山古墳や池田城跡の出土資料をはじめ、歴史・考古・美術工芸・民俗など多岐にわたる 資料が展示され、裏手には五月丘古墳があります。 辻ヶ池公園を通って駅へ。】 歴史民俗資料館の向かって右にある細い道の奥に’五月丘古墳’があります。 道を間違ったおかげで偶然に見つけたのですが、(めっちゃ裏道歩いてましたっ) 知らないと外から見えないので 見つけられなかったかも〜っ? 交差点のある道へ出て、西へ歩き’辻ヶ池公園’の角を右折し ’関西電力’の角を西へ ’池田市立学校給食センター’ 池田市は 自校方式ではないんですね。 神戸市は 垂水区以外 ほぼ自校方式だったと記憶しています。(違うかなぁ〜?) ’池田小学校’の前を通り、 ’池田警察署’の角を南へ ’池田市役所’の前を通って、 ’駅前公園’を横切り ’ステーション池田’へ ↓おまけ 池田駅前にいる ふくまるの家。 「この広場の電気を作っている」らしい・・・・ 池田は ウォンバットの町として 活性化を勧める気なのかもしれない・・・ コース 約5.2km。
また行きたいです。 |
阪急沿線悠遊一日紀行❁宝塚本線❁
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(’阪急箕面線’の乗り換え駅でもある)’石橋駅’を西へ出て ’商店街’を抜け、 ’天神橋’を渡って進み ’交番’の先の 細い道を入ると ’豊島野公園’ 『池田市民文化会館』があります。 【石橋駅前の商店街を抜けて右へ進み、天神橋を渡ります。 豊島野公園の北側に池田市民文化会館があります。 ここの約1000人収容のアゼリアホールは最新設備を備え、古典芸能からミュージカル、コンサートなど 多彩なジャンルの舞台が開催されています。】 【 】内パンフより 南へ折り返し、3つ目の信号を左に折れると 『正国寺』 南へ進んで ’天神小橋’を渡って、南へ 小さな川を渡って 南に 『正光寺』 【会館前から正国寺を経て、箕面川を渡り、正光寺へ向かいます。 境内には2個の大きな石が積み上げられ「中納言菅原峯嗣休憩石」の石標があります。 藩主中納言が愛用していた腰掛け石を邸に持ち帰ったところ、石が夜ごと「帰りたい」と泣いたという 伝承があり、「夜泣きの中納言石」とも呼ばれています。】 「夜泣きの中納言石」 南の方へ進んでいくと (微妙な)GSがあります。 GSと言っても、給油車だけっぽそーです。 その筋を西へ進んでいくと 『住吉神社』 【亀之森の中にある住吉神社は、古くから海上交通の守護神として、また周辺に空港や中国自動車道が できてからは陸海空の交通守護神として信仰を集めています。】 ’住吉神社’から折り返して、先ほどのGSを過ぎ 更に東へ進み、’阪急宝塚線本線’を渡り、南へ ’円照寺’ ’蛍池東町4北’交差点の一つ北の交差点を東へ進み、’中国自動車道’沿いを歩きます。 ’金坂池’ そして ’大阪大学’ 名前でしか知らない阪大、め〜っちゃ記念撮影しまくりましたよ〜♪ ’柴原駅’の手前の 歩道橋を渡り、 ・・・ って 歩道橋書いて欲しかったです。 わからないから 次の交差点を渡ってしまい、いつもの如く 迷子になってしまいました。 あぁ〜・・・ 阪大で浮かれてしまった祟りでしょうかぁ〜? 歩道橋の上から撮った 『待兼山』(附近のつもり・・) 【待兼山(大阪大学キャンパス周辺) 千里丘陵西端となる待兼山は「まちかねる」の音から、中世の和歌によく歌われた場所。 現在は大阪大学のキャンパスがあり、理学部の敷地から約40万年前のワニの化石が出土し「マチカネワニ」 と命名されました。】 ・・・・ だから マンホールがワニ絵だったんですね。 やっと 理解しました! 歩道橋を渡ってからも 迷いっぱなし。 仕方なく やっと出会えた方に聞いてみるが 次のポイントである’常楽寺’がわからない!!! 『常楽寺』 【中国自動車道を横切り右手の急な坂を上りきると常楽寺です。 境内は約600年前に織田信長が開いた刀根山城跡にあり、刀根山御坊の名で知られています。】 ・・・・ なぜなら ↑ パンフ中の ’右手の急な坂を上りきる’ って道が見つからず、 おまけに ’常楽寺’の表札が 一般家庭並みの小さいもので、 その代わり デカデカと’刀根山梅林寺’の門柱があって・・・ これじゃー 地元の方もわからないで当然かも・・・? パンフ中に写真が載せられているんですけど、それがなければ永遠に見つかってないかも〜? で、勝手に廃寺か転移したんだと決めてしまうでしょ〜!? 境内にある ’刀根山御坊由緒碑’ ’常楽寺’を南へ進むと 『麻田藩陣屋門』 【常楽寺東の上西家には麻田藩陣屋の西の門が移築されています。 藩主の青木氏は一万石余りの外様大名で、大阪夏の陣後この地に陣屋を構えました。 蛍池公民館前の陣屋跡などとともに市の有形文化財に指定されています。】 西へ進むと ’札場跡碑’ 南へ進んで ’刀根山公園’ ’公団千里園住宅’の前を通って ’保育所 ’蛍ヶ池’の周囲を西へ ’国立療養所 刀根山病院’ ’箕輪池’ 『円満寺』 【国立療養所刀根山病院そばの円満寺は、福禄寿の寺として親しまれています。 木造漆箔阿弥陀如来像(市文化財)を目当てに訪れる人も多いそうです。】 ’蛍池’交差点を西へ渡り、 (ルートではありませんが)’蛍池駅’の西側に ’麻田藩陣屋跡碑(蛍池公民館) ’蛍池駅’に着いて終わりです。 (モノレールと同じ駅だったので 駅舎がわからず 改札画像になってますっ) コース 約6.1km
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’豊中駅’を南へ出て 至宝塚方面に歩いて行き、 ’コンビニ’と’たばこ屋’の間の筋に西へ入ったらいいらしいのですが、 ’コンビニ’も’たばこ屋’もありません! 進路道を見つけるのに 苦労しました・・・・ ちなみに 今回 ’たばこ屋’という目印が多いです。 『高校野球メモリアルパーク』 【駅からまっすぐ西へ歩いたところにある高校野球メモリアルパークは、全国高校野球選手権大会の 第一、二回が開催された豊中グランドの跡地です。 第70回大会を記念して、当時の門柱や赤レンガ塀が再現されています。 第一回始球式のレリーフが刻まれており、夏には甲子園出場の高校野球児たちが記念撮影に訪れる風景が 見られます。】 【 】内パンフより 北へ進み、突き当たりを右折して ’本町2’交差点を渡り、’阪急宝塚本線’沿いを ’豊中駅’へと進みます。 ’駅前の商店街’を抜けて すぐ左へ 『看景寺』 【阪急の線路に沿うように東へ。 駅東側の商店街を抜けてすぐに左へ。 この辺りは昔、行基が創建した金寺があったところで、盛期には「金寺千軒」と呼ばれ、今も光源寺、 法雲寺など由緒ある寺が多いところです。 その一つ、看景寺の境内には金寺の塔礎石(府文化財)が残っています。】 北へ進んで、’光源寺’ ’法雲寺’ 突き当たりを右へ折れ、’本町三丁目公園’の角を南へ進み、一つ目の角を左折し、突き当たりを右へ ’鳥居’が見えて 『豊中稲荷神社』 『稲荷山公園』 【豊中稲荷神社は、金寺の領地の五穀豊穣・住民の家運繁栄の守護神としてまつられたものです。 豊かな緑に囲まれた静かな境内は、隣接する稲荷山公園とともに市民のオアシス的存在となっています。 またこの辺りは新免宮山古墳群(しんめんみややまこふんぐん)中の稲荷山古墳があったところで、 須恵器棺が出土したこともあります。】 ’豊中稲荷神社’を出て左折、 ’生涯学習センター’ 『カトリック豊中教会』を折り返し、 【稲荷山公園の道の向かいにある赤い瓦屋根の瀟洒な建物は、カトリック豊中教会。 手入れの行き届いた植え込み、広い前庭など、スペインの片田舎の教会といった趣があります。】 駐車場(←アパ建設中でしたっ)の先を左へ折れると 金禅寺の’道標’があるらしいのですが、 工事中のため 道標発見出来ず・・・ すぐ右へ曲がると 『金禅寺』 【教会を出て、来た方へ戻り、駐車場の端を左へ(金禅寺の道標あり)。 そしてすぐ右に折れて進むと、金禅寺があります。 もとは金寺の支院でしたが、兵火で焼失し、鉄眼禅師により黄檗山万福寺の末寺として再興されたものです。 併せて寺名も、金寺に禅の字を加えて金禅寺と改められたそうです。 本堂前の石造三重宝篋印塔は国の重要文化財で、笠が三重になった珍しい形です。】 石造三重宝篋印塔 南へ進んで ’観音池公園’の角を左に曲がり、 ’たばこ店’の角を右に折れ、 ’水道局庁舎’ ’豊中変電所’前の角を南へ入る。 『大曽公園』 【緑に囲まれた大きな広場とさまざまな遊具を備えた子供たちの遊び場があります。 この公園は大雨時には、災害を防ぐため、一時的に雨水を貯留します。】 ’大曽公園’の先を西へ進むと ’くらしかん生活情報センター’ その南に ’とよなか国際交流センター’となっていますが、 今は シルバー人材センターになっているようです。 ’桜塚’の交差点を西へ歩くと 『大門公園』があります。 【市のほぼ中央に位置する大門公園には、ポプラ並木と大きな芝生のグランドや遊具などがあり、 さまざまなスポーツ活動に使われています。】 ’大門公園’をぐるりと北へ進むと ’良風寺’があり、そこから 北西に(阪急宝塚本線のひとつ東筋)を進み、 ’豊中本町南’交差点を 曲がれば ’豊中駅’に戻ります。 コース 約5.0km
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年末最後のウォーキングは 『雲雀丘花屋敷駅』から出発です。 駅の西側にある坂(’シュロの並木’)を上って 左に曲がり、 突き当たりを右折して 坂を上ります。 更に 山手へ進むのですが、 この辺り一帯は 『お屋敷街』と呼ばれているようです。 【雲雀丘花屋敷駅の少し西に山手に向かうシュロの並木道があります。 この道がお屋敷街への入口です。 この道の突き当たりを左へ折れ、また突き当たりを山手へと進みます。 いまも鬱蒼とした木々のなかに、隠れるように建つ邸宅にいくつも出会います。 小鳥の声を聞きながら、お屋敷をめぐるこの静かな坂道は格好の散歩道です。 この住宅街は、大正時代の初期、第一次世界大戦による好景気に乗って開発されました。 雲雀丘・花屋敷の山麓に、西摂平野の眺望、山本の植木と造園技術を生かした庭、大正文化を象徴する 洋式住宅が階段状に建築されたのです。 電気や電話の線を地中へ埋め、下水を完備した、全国でも初めての高級住宅地。 マンション化されている宅地も見かけますが、往年の風格があちこちに残されています。】 【 】内 パンフより 『菩提寺』 【お屋敷街の中の小さなお寺です。 境内に入ってすぐ、木の下に仏像が安置されていて、そこだけがあたりと違う不思議な密度につつまれて いるように思えます。】 ’菩提寺’まで上ると 景色が綺麗です。 菩提寺を出て左折し、二つ目の角を右折、突き当たりの角を左に折れて 進むと ’消防署’ その向かいにある’幼稚園’の角に 『切畑群集墳一号墳』があります。 【長尾山丘陵の南斜面に築かれた古墳の中で最も東にある古墳。 雲雀丘周辺では、ここの北の石切山から石材が容易に入手できたため、6世紀後半から標高100m〜2900mの ところに古墳がいくつも築かれたそうです。 この古墳は径約14m、高さ約3.5mの円墳。 未発掘で遺物の出土は明らかになっていません。】 この’切畑群集墳1号墳’に辿り着くまで お屋敷街を散々彷徨い、 雲雀丘ゴルフ倶楽部まで行ってしまいました・・・。 従業員の方に行き先を教えてもらい 何とか辿り着けたのです・・。 幼稚園の角を北へ上り (奥には’宝塚造形芸術大学’が見えます) ’安国寺’の先にある階段を上がると 『万年坂の地蔵石仏』 【古墳を後に北へとると、正面の山に宝塚造形芸術大学のモダンな建物が見えてきます。 安国寺の前方右手の細い階段を上がると右手に石仏が見えます。 この石仏は鎌倉時代後期の作品で兵庫県下に十数例しかない磨崖仏の一つで、花崗岩の自然石の下部に 蓮花座を彫り、その上にレリーフした地蔵立像を掘り出しています。】 左へ折れ 坂道を上って行きます。 ’宝塚造形芸術大学’ ’長尾台小学校’ 長尾台のバス停を過ぎて、ここから先は 川西市。 この周辺(満願寺町)は 川西市の飛地だそーです。周囲は宝塚市。 この標記を見つけたとき 凄く違和感があったんやけど、そういうこともあるんですね。 調べてみると ”飛地”とされる場所は いろいろあるようで・・・ 本格的に調べてみると楽しいだろうなぁ〜・・・っ 満願寺バス停を北へ行くと 『満願寺』があります。 【バス道を歩いて山間の住宅街を進むとやがて満願寺に着きます。 奈良時代に聖武天皇の勅願によって聖道上人が創建したと伝えられています。 多田源氏の祈祷所として栄えたところです。 旧奥の院には、源頼光の四天王の一人で大江山で酒呑童子を退治した、幼名金太郎、坂田金時のお墓が あります。 明治40年頃、このお寺の近くに温泉が発見され、花屋敷温泉と呼ばれ、後に開通した阪急電鉄の全身、 箕面有馬電気軌道の駅名になり、駅周辺がその名で呼ばれるようになったといいます。 花屋敷駅から花屋敷温泉まで日本初のトロリーバスが今のバス道を走っていたそうです。】 坂田金時のお墓です。 再び ’万年坂の地蔵石仏’まで戻って、バス道を下って行きます。 公園の先の’つつじが丘’バス停を交番の方に折れ、更に下ります。 ’豆坂口’’花屋敷’バス停を過ぎ、二つ目の道を左へ折れ、下り坂の手前を右に曲がります。 『フローレンズナイチンゲールの像』 【満願寺からバス道を歩いて、花屋敷停留所から二つ目の道を左へ入ります。 下り坂道の手前で曲がり、一つ目の道の左奥にフローレンスナイチンゲール像があります。 ロンドンにある女史の像を原型にいた世界で二つしかないもので救苦観音の仏名が付けられています。】 民家の中にひっそりとあるので 案内板がなければ見つけられないと思います。 阪急宝塚本線沿いを東へ行くと ’栄根寺 廃寺’があります。 『モザイクボックス』 『アステ川西』 【阪急川西能勢口駅前のショッピングゾーン。 ここでお買物や食事で一息つくのもおすすめです。】 ’川西能勢口駅’で終わりです。 能勢沿線のウォーキングコースもあるようですが、それは いつかのチャレンジにしたいと思います。 コース 約6.0km
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『岡町駅』を西へ ’交番’の南の筋を西へ行くと ’私立伝統芸能館’ そのまま進むと 『大石塚古墳・小石塚古墳』があります。 【岡町駅の西側、住宅街の中に2つの古墳があります。 大石塚古墳は長さ87m、幅45mの前方後円墳。 小石塚古墳はその約半分の大きさで、周囲は緑ゆたかな古墳公園として整備されています。】 【 】内パンフより 古墳公園を抜けて、’轟木公園通’で右折します。 ’轟木公園’を右折、 『奥内陶芸美術館』 【大石塚古墳からトウカエデの美しい並木が続く轟木公園通りを回って、駅の方へ。 途中にある奥内陶芸美術館は規模は小さいが、展示品は近代中心に千点を超え、見ごたえは充分です。 門前にはロダン作「考える人」があります。】 駅へ向かって 東へ進むと’岡町図書館’ ’阪急宝塚本線’を越え 『岡町商店街・桜塚商店街』 【阪急宝塚線の踏切を越えると、岡町・桜塚2つの商店街がアーケードを連ねています。 原田神社の参道として古くから栄えたところで、神社のけやきの巨木を店内に取り込んだ「けやき昆布本舗」 が目を引きます。】 手塚治虫さんはデザインした包装紙でも有名な’けやき昆布本舗’ですが、 それっぽいお店を見つけられませんでした。 漢方のお店が それっぽかったのですが・・・・ 『原田神社』 【商店街から南に延びる狭い路地を抜けると突然、原田神社の広い境内が現れます。 社記には、七世紀末に天武天皇が悪疫流行のため邪気ばらいの詔勅を下し、神宝・神鏡・獅子頭を 納めて祈願したとありますが、正確な創建は不明です。 本殿は国の重要文化財に、秋の獅子神事祭は市文化財に指定されています。】 ’能勢街道’に進み、 この道の角を右折して 突き当たりの角を南へ少し進み、さらに東へ行くと (この抜け道がわかりにくくて かなり苦戦しましたっ) 『瑞輪寺』 【商店街を抜けたところが能勢街道、ここを少し歩いて右へ折れて瑞輪寺へ向かいます。 もとは原田神社の宮寺でしたが、兵火で焼失し、黄檗宗方万福寺の末寺として復興されました。 中国風の山門が目を引きます。 境内には一休和尚の子紹偵や井原西鶴門下の俳人西吟の墓があります。】 南へ進むと’桜塚公園’ ’福祉会館’の角を東へ 176号線まで進み ’裁判所’を東へ行くと 『大塚公園・大塚古墳』 【南桜塚小学校の北側にある大塚古墳は、桜塚古墳群最大の円墳。 甲冑や宝剣、鏡、勾玉など豊富な出土品は国の重要文化財に指定されています。】 ’南桜塚小学校’の横にある御獅子塚古墳を南へ ’豊中警察’の先に ’南天平塚古墳’の手前の道を東へ進んで 長興寺北1・2交差点の先に 『長興寺・住吉神社』 【南天平塚古墳の手前の道を東にいくと、雨乞い神事で有名な長興寺があります。 皿池で身を清めた後、住吉神社の境内で松明を灯し「雨たもれ龍神どの」と祈ります。 この神事は明治の初め頃まで行われていたそうです。】 ’南天平塚古墳’まで戻って、西へ進み、’南桜塚交差点’を南西に折れ、二つ目の角を右折、 突き当たりをくるりと回って、南西に行くと ’宝聖院’ そのまま進むと 『東光院(萩の寺)』 【曽根駅近くの東光院は、通称”萩の寺”とよばれるハギの名所で、境内には正岡子規をはじめハギを 好んだ俳人達の句碑が建っています。 本尊の十一面観音像が身につけている衣は、写経した和紙のこよりで折った珍しい衣です。】 ’萩の寺公園’を過ぎ、南へ歩けば ’曽根駅’に着きます。 コース 約4.2km あと1コース ウォーキングに行ってますが、諸都合により年内の更新はコレが最後になります。
今年も ゆるい更新にお付き合いいただきありがとうございました。 みなさん 良いお年をお過ごし下さい。 では また。 |



