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’千里山駅’を東へ出て、 ’桜並木’を通り、 (工事中でしたっ) ’千里第二幼稚園’の前を そのまま東へ進みます。 『愛宕神社』 【千里山駅を出たら、東方面へ続く桜並木に沿って歩きます。 千里山は昔、丘が連なり、その起伏に99の谷があるといわれたことから、千里山と呼ばれるように なったそうです。 千里山第二幼稚園の前のY字路を右にはいると、愛宕神社まで静かな道が続きます。 住宅街から田園地帯へと、徐々に移り変わる風景を楽しみながら、ゆっくり歩いていくと、左手に 愛宕神社の鳥居と階段が現れます。 小高い丘になっている境内から見晴らしをしばらく楽しみながら、一息入れます。】 【 】内パンフより さらに東に 『伊射奈岐(いざなぎ)神社』 【愛宕神社から、民家が建ち並ぶ路地をたどり、急な階段を上りつめると、国生み神話でおなじみの イザナギノミコトをまつる伊射奈岐神社。 伊勢斎宮皇女倭姫命の教示によってこの地に祀ったのが始まりとされ、春日明神、奥の宮などとも 呼ばれているところです。】 南へ進むと、『佐井寺』 【伊射奈岐神社の南にあるのが佐井寺、通称山田寺とも呼ばれる真言宗の寺です。 寺伝によると、『西遊記』で有名な三蔵法師について修行した道昭が、676年に薬師如来を本尊として 創建し、三世の行基が中興、かつては延暦寺・清水寺・東寺にも匹敵する大寺で、朝廷が命じる公家の 恒例の読経を行う、寺格の高い二十一カ寺の一つだったそうです。 また山は水に乏しかったのですが、行基の祈祷によって、吹田三名水の一つに挙げられている佐井の 清水が湧水したともいわれています。 応仁の乱による焼失などで、現在は本堂と庫裡を残すだけとなってしまっていますが、境内は地元の 老人の奉仕によっていつも美しく掃き清められ、人々の信仰のあつさがうかがえます。】 南へ進み、信号を右折すると ’佐井寺地区公民館’ ’谷上池公園’を西へ ’松ヶ丘遊園’の前を通り、 トラちゃん遊園・・・・ ’東公園’の先の ’万福寺’の角を右折 ’千里二小学校’の前を通って、千里山駅を越えると 『千里中央市場』 【佐井寺から駅に戻り、踏切の先にある千里中央市場をのぞきます。 この踏切の周辺は車の通行量が多いので、十分樹をつけて歩きましょう。 ここからロータリーの噴水へとつづく道のまわりにはさまざまな商店が並んでいます。】 『ロータリーの噴水』 【メルヘンチックなとんがり屋根が街のランドマークにもなっている、おしゃれな千里山駅の西側には ロータリー広場があります。 噴水を囲む花壇には季節の可憐な花が咲き乱れ、ベンチに腰掛けてひと休みするにはもってこいです。】 ぞうさん遊園・・・・・ 西へ進み ’坂道’を下り、’千里山ロイヤルマンション’の前を通って、 423号線(新御堂筋)を越え、 『服部緑地公園』を目指します。 【千里丘陵の北西に広がる服部緑地は、数多くの池や樹林に、スポーツ施設や野外音楽堂、乗馬センターまで 整った大規模総合公園です。 園内には梅や桜のシーズンはもちろん、四季折々の花々が咲き乱れ、訪れる人々の目を楽しませています。 散策するもよし、円形花壇の休憩所・バーゴラからの眺めを楽しむもよし、植物園でのスケッチ、 日本民家集落博物館の見学と、興味に応じて楽しめます。 来た道をもどって千里山駅へ。】 ’日本民家集落博物館’ 来た道を戻って 千里山駅に戻れば終わりなのですが、曽根駅まで歩いて帰りましたぁ〜っ♪ コース 約5.7km 千里線は これで終わりです。 そして 暑いので しばらくウォーキングはお休みですっ 6月末日
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阪急沿線悠遊一日紀行❁千里線❁
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’南千里駅’を北に出て、 『牛ヶ首池』 【阪急電車が南千里の駅を出て、北へ走りはじめると、すぐトンネルに入ります。 このトンネルの上が千里南公園です。 公園に入ると牛ヶ首池の水面が目に心地よく飛びこんできます。 池の周囲にはジョギングができる園路がつくられています。 池の西側の園路を歩いて行くとカリヨンの塔があり、その先の花壇は、季節によって絵柄が変わる 花のカンバスです。 園内のあちこちには、桜の木、梅、つつじ、また水仙の花などがあり、他の樹木とともに四季折々の 花や緑を楽しむことができます。】 【 】内パンフより カリヨンの塔 花壇 『千里石ぶみの丘』 【千里南公園内の円型芝生公園を右へ入ると、モニュメントや歌碑が並ぶ園路、千里石ぶみの丘があります。 歌碑は昭和57年(1982)から62年(1987)までに「千里石ぶみ丘を創る会」によって寄贈されたもの です。 歌碑は、万葉集、弘法大師から松尾芭蕉、小林一茶、さらに、与謝野晶子、下村非文ほか14其あります。 歌碑の文字のほとんどは作者の真筆が刻まれていて、拓本づくりも自由にできます。 もと来た園路を円型芝生広場へもどり、阪急電鉄の線路沿いを北東へ向かいます。】 広場の一画には 健康器具が置いてあり、自由に使えます♪ ’あやめ橋’を渡り ’千里高校’の前を通って ’山田西公園’に入ります。 『高町池』 【千里高校の脇を抜けると竹林と緑の樹々が続くグリーンベルト地帯になります。 千里ニュータウンができるまでは、南千里のあたりは竹藪のうっそうとした丘陵地で、昼なお暗い谷間が あり、地獄谷と呼ばれるところがあったそうです。 そして、江戸の昔には「吹田くわい」と呼ばれた、くわいの名産地で、その名産を毎年、京都御所へ 献上していたそうです。 三菱商事寮の角を左へ、グリーンベルトを一度出て、山田西公園へ入ると静かな水面が美しい高町池が あります。】 ’西山田中学校’’西山田小学校’の裏にある道を通って、 『千里緑地』に入ります。 【山田西公園からつづくグリーンベルトが千里緑地です。 西山田小学校を左手に見て、少し行くと、右手に高野台スポーツグラウンドが広がっています。】 『海老池』 【高野台スポーツグラウンドからさらに進むと海老池に出ます。 その樹々に囲まれた池のたたずまいは、森と泉に囲まれた別世界を思わせます。】 交差点を渡り、 『ねむのき公園』沿いを歩き、 【グリーンベルトはまだまだつづきます。 135号線を横切ると、住宅街にはさまれたねむのき公園があります。】 ’佐竹台小学校’を北へ曲がり 『佐竹公園』内にある’ぼだい池’ 【佐竹台小学校の横を通って、ぼだい池のある佐竹公園で一息いれます。】 315号線まで進み、交差点を北へ行くと 『高野公園』 【住宅街を抜け、135号線を再び横切ると、高野公園です。 現代彫刻とも古代のモニュメントとも見える魅力的な石の塔があります。 駅への道の途中の千里市民センターには、図書館やプラネタリウムがあります。】 モニュメント 135号線を西へ進むと ’千里市民センター’があり、駅へ戻ると終わりです。 コース 約6.2km
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’関大前駅’を北へ進み、 『関西大学前学生街』を抜けると 【関大前駅前から、大学正門まで(L字型に)学生相手の店が並びます。 若者の食欲を満たす庶民的な食堂から今風の店、下宿斡旋や書店等学生街ならではの店から ゲームセンターまで、今時の学生生活をかいま見ることができます。】 【 】内パンフより 『関西大学正面』 【新しい学生会館と一体になっている正門をくぐって、緑ゆたかな木々におおわれた広いキャンパスに 少し入ると、扇を広げたような形の屋根をした総合図書館の入口が見えます。 正面右の学生会館南棟にはレストランがあり、一般の人も利用できます。 正門から右の道へ。 関大第一中学校や関大第一高校のグランドにそうようにして、少しのぼりくだりの坂道を、カーブしながら 歩きます。 静かな住宅街の中に、若者達の声がこだましてここちよいところです。 パロス第一、第2遊園と看板のある子供用の小さな遊び場の間をぬけ、下り坂をおりると、小川に出会います。 街中にある川にしてはきれいな小川です。 川沿いに少し歩き、歯科医院横の小道を入ると「大阪ハリストス正教会」の文字。 すぐ先に階段があるので、これを上がった右に正門があります。】 南に ’関大寮’ ’関大第一高校’ ’小さな遊び場’を東へ折れ、 小川の手前を右折した先に ’山手小学校’ 小学校の角を左に曲がり、階段を上ると 『大阪ハリストス正教会』 【エキゾチックで荘厳な建物の教会。 ハリストスとはロシア語でキリストの意味で、東京神田のニコライ堂の姉妹教会だそうです。】 突き当たりを左折すると ’COOP出口センター’があるそうですが、今は 老人ホームになっています。 その先には ’市民プール’ ’体育館’ 『片山公園』にある ’平和と健康の鐘’ 【市民プール、体育館、図書館などがあり、付近の住民のいこいの場でありカルチャーゾーンです。 公園のまん中に「平和と健康の鐘」と題された三角形の大きな岩のようなモニュメントがあります。 吹田市制施行50周年事業として、市の将来目標「平和と健康」をテーマに、山田村で発掘された弥生時代の 「銅鐸」をモチーフにして制作されたものです。 このそばにはタイムカプセルも埋められているそうです。】 バラ園 ’中央図書館’ ’総合福祉会館保険センター’ ’吹田カトリック教会’ ’豊津吹田線’を西へ進み、’豊津駅の手前に 『糸田橋石柱』 【豊津駅付近は、上之川と糸田川の合流地点で、昔たびたび決壊して大きな被害が出たところです。 そのころを語るものとして豊津駅出口前に糸田橋石柱があります。 踏み切りを渡った先、豊津交番前には川改修記念碑もあります。 このあたりは、洪水の歴史のなごりなのか、道路、歩道、川が複雑に交わっているので慎重に歩きたい ところです。 交番から豊津の商店街(アーケードはない)が続いています。 それほど広くない道ですが車がやや多く、バスも通るので注意が必要です。】 駅を越えた’交番’に ’川改修記念碑’ ’商店街’を西へ進んで、信号のある交差点を右折、 『雉子畷碑(きじなわてひ)』 【米穀店手前の信号を、右へ曲がると、よく整備された歩道のある閑静な住宅街です。 その中にポツリと雉子畷碑があります。 推古天皇(593〜628)のころ、長柄橋を架ける難工事をのりこえるため、人柱になった人の娘が口を きけなくなってしまいます。 そのため離縁され、実家へ夫に送られて返る途中、雉子が鳴き、それに気づいた夫が雉子を射殺します。 その時娘が4だ「もの言わじ父は長柄の人ばしら鳴かずば雉子もうたれざらまし」という歌は、今も 諺として残っています。】 西へ進むと ’鳥居’があり その奥に 『垂水神社』 【住宅街の中にある神社ですが、入口を入り、階段を昇っていくと急に深い山に入ったような気持ちに なります。 崇神天皇の皇子、豊城入彦命が祀られています。】 商店街に戻り、’豊津駅’に着けば 終了です。 コース 約5.2km
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’淡路駅’ '阪急京都本線’沿いを東へ進み、 『東淡路商店街』を通るのですが、アーケードが解体されてました。 【淡路駅の改札口を出て東淡路商店街に入ります。 昔ながらのにぎやかな商店街でなにかなつかしいものを感じます。 商店街を抜けて、JRの線路をくぐったところに、モダンな建築のお寺、覚明寺があります。 16号線を少し行き、亀岡街道の道標がある道に入ります。 土塀のある家や菅原温泉の前を通りやがて菅原天満宮へ】 【 】内パンフより JR線高架を抜けて ’覚明寺’ ’市営菅原住宅’沿いを進み、’菅原1’交差点を東へ曲がります。 ’亀岡街道の道標’のある道に入り、 ’天理教文教会’の先へ (’菅原温泉’はありません) 『菅原天満宮』 【菅原道真をまつったこの天満宮では、天保年間(1830〜1843)から、毎年9月9日に土持ちという風習が 続いています。 これは堤防守護の祈りをこめて、境内に土を運んで盛るという行事です。 昔、菅原道真が九州太宰府へ流される途中に現在の西淡路町あたりに上陸しました。 その当時このあたりは千里山まで海で、多くの島があり、淡路島と間違えて上陸したことから淡路という 地名になったと伝えられています。 その縁で菅原町という名が残り、菅原天満宮が祀られたのです。 新大阪駅あたりの、東中島、西中島という地名も昔の島の名残りだといわれています。 菅原天満宮から、来た道をもどり、市営菅原住宅の手前で鉄橋をくぐり、北へ向かいます。】 ’菅原1’交差点に戻り、’菅原小学校’の先を左折 JRの鉄橋をくぐり、’東淡路公園’沿いを北へ進み 淡路駅を越えます。 『淡路本町商店街』を通って、’池田銀行’を右折し、 【東淡路公園から東淡路商店街にもどり、淡路駅改札口横のガードをくぐると、もう一つのにぎやかな 商店街、淡路本町商店街に出ます。 人のぬくもりが心地よい商店街を通って、右へ折れ、新幹線の高架を過ぎたところの小径を左へ入ると 中島大水道顕彰碑があります。】 新幹線の高架をくぐると 『中島大水道顕彰碑』 【中島大水道は、近隣の庄屋3人が、たびかさなる淀川の氾濫による村人の被害を救うために造ったもの です。 全長9.5km、幅19mの水路は明治32年(1899)の淀川改修まで使われていました。 この水路により、22カ所の村人が救われました。 ところが3人の庄屋は、水路の工事を幕府に願い出たのですが許可されず、無断で水路を完成させたため、 自害させられたそうです。】 東へ進み、JR線を越えて 『下新庄北公園』 【新庄はもともと一つでしたが、元禄年間(1688〜1703)に上と下にわけられたといいます。 その後、下新庄は天領、上新庄は土井大炊頭の領地となりました。 下新庄公園には、大正9年(1917)の神崎川下新庄樋決壊の様子を記した水防碑があります。】 水防碑 阪急千里線を越えて、2つ目の信号を右折、『覚林寺』 左折すると、『明教寺』 【覚林寺は、真宗本願寺派のお寺。 古い記録は残されておらず開基も不明だといいます。 すぐ近くの明教寺は、豊臣秀吉の臣下、中川清兵衛がこの地に築いた新城の跡に建っています。 それが後に、新庄という地名になったということです。 そのいわれによってこのお寺は、城地山明教寺と号しています。】 ’下新庄公園’を右に曲がって、 ’下新庄駅’に向かいます。 コース 約5.3km
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’山田駅’南東に出て、 ’郵便局’の先を左折、 ↑ 多分 この道ではないと思うが・・・ 住宅街へ 目印の’教会’を見つけられないまま 『王子池』 【駅を出て、住宅街を400mほど行くと王子池があります。 このあたりは、万博開催前まで竹藪が連なり、タケノコの産地だったそうです。 旧大阪中央環状線に出て、信号を渡り右へ進みます。 山田市民体育館前の信号から2つ目の信号を過ぎると、右手前方のビルの屋上になんと、でっかい! グランドピアノを弾く人の像が目に入ってきます。 そのビルは、ピアノの運送会社のビルで、屋上のピアニストは、なかなか印象効果のあるPRマンです。 このあたりで、左手の下り坂の道を来た方へ下り、右へ道をとります。】 【 】内パンフより 池の先を左折し、’旧大阪中央環状線(2号線)’沿いを進むと ’山田市民体育館’ ’山田スポーツグランド’の2つ先の信号を ぐるりと回り込み 『紫雲寺』 【神亀4年(727)に行基によって建てられたというお寺で、浄土真宗西本願寺の末寺です。 本堂の天井画78画は、大阪府指定の文化財。 江戸時代に、大阪の画家森狙仙によって描かれたものです。 森狙仙(1749〜1821)は、狩野派や円山派を学んだ人で、動物画を得意としました。 紫雲寺を出てしばらく行くと、右手に本説寺、それをすぎて、右に入ると安養寺、歴史の香りをほのかに 感じる道筋を歩きます。 山田川を渡ると山田公園。 WCもあるのでひと休みして、その少し先の伊射奈岐神社へ向かいます。】 ’山田川’を渡り、 ’本説寺’を 右折して ’安養寺’。 本説寺の角まで戻り、右折すると 『伊射奈岐神社』 【山田伊射奈岐神社とも呼ばれ、ここの主神が、伊射奈美命であることから姫の宮とも呼ばれています。 春はツツジが美しいことでこの地域では有名です。 この神社を出て、もと来た道を本説寺まで行き、右に折れて圓照寺へ。】 来た道を戻り、’山田公園’、本説寺を右折すると 『圓照寺』 【圓照寺は、仁寿3年(853)に慈覚大師円仁によって建てられました。 古くは、今の万博公園の太陽の塔あたりに、大きな本堂があり、それを中心に一大伽藍を形成し、 山田地域のあちこちに塔頭があったと伝えられています。 ところが、応仁の乱でほとんどが壊されてしまいます。 幸いにも、本尊の千手観音像や平安時代の仏像は、その戦災をのがれ、現在の圓照寺に今も伝えられて います。】 その先に’光源寺’ そのまま進んで ’万博公園南’交差点の先の入口から入園出来るらしいのですが、 閉まっていたので・・・ 右折した先から入園しました。 閉館したエキスポランドのゲートは そのまま残っています。 『万国博記念公園』に入ると ’太陽の塔’が見えてきます。 【圓照寺の少し先の光源寺まで来ると、もう万国博記念公園までは、わずかです。 太陽の塔のユニークな顔が空にぐんと突きでています。 けったいな塔といわれたこの太陽の塔も、そのユーモラスな風貌に親しみをおぼえるのは、大人だけでは なく、万博を知らない子供たちにも広まっているそうです。 帰りはモノレールで山田駅まで行き、阪急電鉄に乗りかえます。】 ’万博記念公園駅(大阪モノレール)’を越えて、自然文化園中央口へ、 この先に ’太陽の塔があります。 でも ココからは有料施設です。 ど〜しようかなぁ〜? って思っていたら 見知らぬ人が二人分の入場券をくれました! ビックリ&めっちゃ感謝です!!! 最近 知らない人から可愛いキーホルダーもらったり、声を掛けてもらったり・・・ もしかして 私たちの正体はバレているのか・・・? プチ有名なのか・・・? そんなはずないよねぇ〜? ただの偶然だと思いたいっ! 万博後生まれなので 初めて見ました、太陽の塔! 横から見ると こんな感じ。 猫背気味だけど 完璧に見えるのは何故ぇ? 公園内には、EXPO'70パビリオンという施設があり、 施設パンフによると、 ”時空を越えて甦る「EXPO'70」の感動が今再び・・・。 万国博当時の出展施設であった「鉄鋼館」が記念館「EXPO'70パビリオン」として甦る。 未公開を含む約3000点もの資料や写真、映像が一堂に公開され、館内に入れば瞬時にして当時に タイムスリップ! 「EXPO'70」熱い空気、そして今も生き続ける万国博のDNAを体感してみましょう。” って事らしい・・・ 万博って何? って方に(私もだけど・・・) パンフより説明すると ”日本中を興奮と熱狂の渦に巻き込んだ20世紀最大の祭典「EXPO'70」 1970年、アジアで初めて開催された「日本万国博覧会」。 「人類の進歩と調和」をテーマに大阪で開催され、 6422万人という万博史上最高(当時)の入場者を記録。 誰もが記憶に残る、まさに国家的イベントでした。” 私の知っているポートピア博の4倍もの人が入館しているなんて・・・ 凄い。 当時の模型なのかな? (ブレてて すみません・・・) 普通入場料 大人800円は 当時の価値ではどーなん? 手の椅子。 ココで休憩されてたん? コンパニオンさんのコスチューム。 遊具の写真がたくさん展示されていたんですが、 個人的に このダイダラザウルスが気になりました! 全長682〜1186m、4種類、5コースに分かれたコースターを一斉にスタートし、 最高時速65kmで互いに交差し、トンネルや急カーブのあるコースを走りぬけ、同時にゴールする仕組みだった。 ・・・・ 同時にゴール? 凄すぎる 万博内で使われていた乗り物たち。 気になるパビリオンの行方。 結構 国内で健在なんですねぇ〜♪ ちなみに、 ポートピア博のパビリオンたちは 神戸館→青少年科学館、UCC珈琲館、ポートアイランドスポーツセンター、神戸国際展示場が現存。 遊園地であったポートピアランドは 2006年に閉園されて、今は IKEAになってます。 カンボジア館は、神戸市北区で(中にあった仏像と共に)集会場になっているそうで・・・ EC館の近くにあった彫刻塔は、しあわせの村(北区)に移設されているそうです。 パビリオンの模型展示もあって、本物を見てみたかったなぁ〜・・・ と つくづく思いました! 1階には、エキスポタワーの展示室の一部や 鉄の楽器がありました。 華やかなコスチュームたち せっかくなので 太陽の塔の後ろ姿も・・・・ 模様があったんですね。 随分 寄り道をしてしまいましたが(万博公園内はコースではありません)、 ’大阪モノレール’の’万博記念公園駅’から モノレール(参考画像です。違うモノレールに乗ってますっ)に乗車して 山田駅に戻ります。 コース 約5.1km
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