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浮世離れの世迷言
主語はいつだって ワ タ シ です。

いろいろあらあ

寒い頃はあの辺りに出掛けた帰りにしばしば寄った立ち飲み屋に、昨晩久し振りに入った。
季節がらある方が不思議な煮凝りがあったのでついお酒にしたけれど、久し振りにやる燗酒は美味しくもあり、思いのほかきつくもあり。

昨日は駅から家までの途にある公園のベンチで「ちょいの間」だけど眠ったようだ。
いい歳をしてやることではないが、いい歳をしても酒は飲めば酔うのだから仕方ない。
本当はベンチに横になって満天の星を見上げて織姫と彦星を眺めたかったのだけれど、まず第一にベンチには三人着座できるように肘掛が追加設置されているので横にはなれないし、曇っていたので織女も牽牛も見えないし、そもそも、川口には星なんてえものが無いのだからベガもアルタイルも見える道理では無いのだった。


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冬至には唐茄子を炊いて祝うけれど、夏至はそういうのが無いのでありがたい、もとい、残念だ、が、かぼちゃをそう嫌ってはいけない。
嫌うったってそれほど拒絶していることもなくて、天ぷらなら幾枚も食べるけれど、炊いたのなんか馬鹿馬鹿しくて食えるか、程度の話である。他意はない。

が、こないだの夏至は食卓に炊いた唐茄子が載っていた。
ついに呆けたのだろうと思い何も文句は言わず、付き合いだから一欠片食べて茶を濁した。
野菜の「生産」が突き詰まるとこういうことになる。仕方ない。

それで思い出したのが、つい先日の駅前のことで、かぼちゃとは全くかかわりのない記憶の連鎖なのが我ながら不思議だ。
きっとずっと気に病んでいたのだろうと思う。

先週末のことだが、頃合いに電車に乗るので駅に着いたところ、猫の里親募集と言うイベントをやっていて、こちらも黒猫が欲しかったところに黒猫がいたのでしばし眺めていた。
今日の今日にどうにかなるはずもないのだけれど、とりあえず何か条件が必要かと思って展示机の中側にいる老女に訊ねると、意外のものを観る顔つきで隣のもっと老女に話を引き継いだ。
その聴かれた方は私の目の前にいて、先ほどから幾度かちょいとものを伺いますと私としては大きな声を出していたのにずっと無視されていたののだけれど、さすがに同僚からの声は聞かないわけにはいかなかったらしい。

そうして条件は?と訊くと、ご一緒にお住いの方は?と言うので、老母が一匹、と答えると(もちろんこれは天災のネタから引っ張ってきた話である)、間をおかず、アーそれじゃあダメです、と言う。
つまりこういうことで、ワタシは老齢だからあなたが死んだら猫が行き場を失ってしまう、あなたのお母さんはそれより早く死んでいるはずだから猫がそのことでたいへんな思いをすることになる、だからあなたの家族構成では里親になれません、と言われた。

残念な思いが顔に出たのだろう、お子さんと住むことはできないのですか、そうすれば里親になれます、と言う。


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そうか。そうであったか。
それならば仕方ない。
仕方ないから電車に乗って出かけた。

この画像は電車ではない、気動車。

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茨城交通水浜線スイヒンセンという路面電車があったことは知っている。
戦時交通統合によって茨城交通になるまでは水浜電車だった。
その水浜電車軌道敷跡の石碑が立っているのを、今朝、ホテルから訪問先に行く道で見つけた。
この橋は水門橋で、向こうが本町である。
水門橋はミズモンバシと読むらしい。

ややこしいが、仕方ない。


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初めは、どれが軌道跡かちっとも解らなかった。
たぶんこれだろうと思って写した写真は橋が架かる桜川の土手の道で、後でよく考えればそんな所を電車が走るわけないのだけれど、サイクリングロードと言うのは1067mmの線路幅の道床としてはぴったりに見える。

でも、そんなこたぁねえよな、と思い返して、帰りにもういちど寄った。
もちろん iPad で調べたので、今度はそういう間違いはしない。


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これが軌道跡、というより、線路そのものだろう。
前後の線路は切断してコンクリートで埋めアスファルトを敷いたようだけれど、おそらくこの部分は支持が鉄なのでレールを外したあとの処理がたいへんなのだろうと推量する。
コンクリートで埋めたところですぐに剥がれてしまうだろうから、このまま残した方が良い、ということなのだろう。

おかげで貴重なものを観ることができた。


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水浜線が廃止されたのは1966年5月末と言う。
昭和41年か。水戸のみの字も関わり合いが無かった。

橋を渡ると本町だ、と書いた。
水戸駅からは2km以上ある。天狗納豆の工場があって、先日はそこで藁入り納豆をお土産に買った。
ふらふら歩くと、商店街があって、たぶん昔は賑やかだったのだろうと思える。
本町、というくらいだから、歴史は何も知らないけれど、間違いなく今よりずっと賑やかだったはずだ。

水浜線はさっきの水門橋を渡って本町の通りに出て、浜田とか磯浜とか大洗を経て、那珂川の川口に掛かる海門橋を渡って那珂湊の湊駅を終点としたらしい。

ワタシが初めて大洗に海水浴に連れて行ってもらったのはたぶん小学校の3年くらいだったはずだから、もう水浜線は無かったろう。
みの字ほどの縁も無かったと書いたことが嘘じゃなくて、ホッとした。

それにしても、浜田とか磯浜とか大洗とか、バスの行き先に表示されていたことを思い出した。
つまり、水浜線のルートを走るバスだったのだね。





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水戸市水戸駅前昨夕

知らなかった。
駅前が終点とは。


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このむこうは51号線のはずだから、どうせなら足して101号線にして千葉から前橋まで一本で繋いじまえ、

と思って調べたら、101号線は青森から秋田までのJR五能線とほぼ並行するルートらしい。

なるほど。
そっちの方が楽しそうだ。

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ももづきあん

桃月庵白酒が鈴本の中席夜席のトリを取っている。
それで聴きに行った。
同じ椅子に座ったまま一晩で雲助白酒馬石を聴ける幸せ。
昨日だったら、雲助白酒龍玉を聴ける幸せ、だった。

尻が痛くなったってへっちゃらだ。



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色物を除いて、前座から、春風亭隅田川林家柳家三遊亭三遊亭五街道桃月庵。
ちょっと嬉しい。

古典落語への興味が信じられないほど薄まったと書いたけれど、
雲助白酒馬石龍玉ははずせない。一朝もはずせない。
雲助一門を聴いていると、ああ、古今亭っていいな、って思う。
金原亭だけど、まあ、古今亭のうちだろう。
菊之丞もはずせない、だね。


仕事を途中で畳んで聴いてきたから、今から開いて、続き。

明日は圓生になって欲しいと心底思ってる円丈。
もっとも、行けるかどうかは今夜の踏ん張り次第。

さあて、どうなるか。




白酒 お化け長屋
dish dish dish

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もうばつ


さいたま市の北浦和駅の近くに、埼玉県近代美術館がある。
そこでただいま県展と言うのが開かれていて、日本画洋画彫刻工芸書写真の入選作品が展示されている。

ワタシの頭髪を管理してくれている床屋の大将が写真好きで、今年は応募するというので期待していたら、果たして入選したというので行ってきた。


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ずらりと展示された写真がどれも上手すぎて正直を言えばビビッて早く帰りたくなったけれど、件の写真を観るまでは帰れない。
と、なんだい、好く似た作風の写真があるね、と思って通り過ぎたのがその写真で、他のコントラストの強い写真の中で、ちょっと変わった風合いの景色がけっこうだった。
やはり、ああした中にあると、知人の写真と言うだけで100点満点中50点は下駄を穿かせて観る。当たり前のことである。

時間をさほど取らなかったので写真の部しか見物しなかったけれど、実にどうも、どれも上手で圧倒された。
まあ、思うに、機械六分の腕四分という要件構成だと思うが、どちらを取ってもワタシは足下に及ばないし、ああは決してなれない、なれる理由が見つからない、という感想を抱いた。


ワタシの写す写真はどう下駄を穿かせても文章の説明用カット写真である。
だから面白くはないし、それどころか、使える写真が無いとブログを書く気にならない、という主従入れ替わった錯誤すら発生する。
いや、している、か。

こういうのはセンスだからね。
仕方ない。


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だから、ワタシが芝居を観たり落語を聴いたりした時の写真は、もちろん説明用のカット写真なのであるが、そういう心で国立劇場大劇場を写すと、外観の校倉風デザインとか、駐車場にぶる下がっている幡とか、ロビーから2階を観た芝居の案内看板とか、吹抜けの天井を見上げた豪華なシャンデリヤとか、緞帳とか、まあそう言うところがせいぜいであった。

が。

このたび、初めて舞台を写した。
これはビックリ玉手箱だ。
なにしろ、ここからちょっとの間、写真を写してもいいですよ、と舞台で中村隼人が言うのでたいへん驚いた。
へえぇ。
そして、できたらハッシュタグをつけてSNSで発信してください、と言う。時代だねー。

高校生のための歌舞伎鑑賞教室のうち、前半、歌舞伎の見方の最後の数分のこと。
いやあ、オジサンまでご相伴にあずかりやした。
ごっつぁんです。

SNS、やってないけどねー。


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ライトの入った花道まで写せた。

しかし、今の高校生は賑やかだけど、芝居は静かに観ているね。
ときどき中手が入るし。
まあ、勘所はちょっと違うかもしれないけど。
褒め声は遠慮してもらっていたのかも知れない。だからなおさら手の入れどころが難しかったかも。


演目は歌舞伎十八番の内、もうばつ。


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ずっと昔に観た、亡くなった團十郎の粂寺弾正を思い出した。
この芝居、役者の愛嬌が観客にじかに伝わるところが、たぶん昔の見物にはとても楽しかったんだろうなと、そう思う場面が幾つもある。

粂寺弾正が両刀使いで、まず若衆、ついで年増に粉を掛けるがどちらも振られ、見物に詫びたり、最後に花道で半分地を出す心で見物に御挨拶するところなど、あの團十郎のこぼれるばかりの愛嬌がとてもぴったりと合っていたなあと思うのだ。
團十郎の歌舞伎十八番だと、案外毛抜きが一番ニンに合っていたんじゃないかな、なんて思い返してみた。

それにしても、年増の腰元巻絹に卑猥な言葉をかけるそのセリフを、ワタシは聞き覚えたつもりなのに忘れてしまってガッカリしているのだけれど、

あれを高校生の前でね、うふふふ、と思ったけれど、あんなのは当然だな、うん。

中村錦之介の粂寺弾正は、二枚目に似合わず、なかなか雰囲気が出ていた。

歌舞伎の見方解説の中村隼人は大立ち回りで息が切れるほど。
あれはたいへんだわぁ。
いつものことではあるけれど、装置を全部取り払って、回り舞台の奥まで見えるから、これは平場より階上から見下ろすのが好い。


も一回観に行こっかなー、なんて思っている。

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