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浮世離れの世迷言
主語はいつだって ワ タ シ です。

相模道

本場所中は寄席でも相撲の噺がしばしば掛かる。
まくらで、

われわれの方では前座二つ目真打と階級が上がりますが、相撲の方はもっと厳しいもので、前相撲から出世して序の口序二段と昇ってやがて十両に昇って関取になりますとがんばって三役、小結関脇大関、そして横綱モンゴルと昇り詰めます、

なんという話が出ると、たいてい稲川とか花筏とか大安売りとか、そういう相撲の噺になる。


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名古屋場所が終わった。

まあ毎年くそ暑い時期にクソ暑い名古屋でやるのだから、みんなたいへんだろ。
年六場所ってのはあれだ、止めるがいいじゃねえかって思う。
1月両国で初場所3月大阪で春場所5月両国で夏場所9月両国で秋場所11月福岡で九州場所の全五場所で充分だろう。
一年を75日で暮らすいい男。

あんまりいい商売じゃなくなったって話だ。

それにしても、夏場所だからというわけでもないだろうが、最近は観客やテレビで見ているワタシどもももちろん、力士も目の色変え過ぎ。

相模はわが日本古来より伝わる芸能、相模道は日本人の心を昇華してほしい。

敗けるが勝ち、という美しい心根を以て体現すべし。


じゃねえんかなー、って思った。


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相撲じゃねえかんね。

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東池袋という住居表示地域はなかなか広い。
池袋駅の東口の半分くらいから、北は山手線、東は山手線の大塚駅手前から春日通りを境にして丸ノ内線の新大塚駅手前まで、南は豊島岡墓地のすぐ北側まであってそのまま護国寺まで続く大通りが西の果てだ。
訪問する場所によって、池袋駅・東池袋駅・大塚駅・新大塚駅、あるいは都電の向原電停か東池袋四丁目電停か、つまりたくさん選択肢がある。

幸いなことに、向原電停が近い訪問先だったので、たいへん嬉しい気持ちで王子駅で都電に乗り換えた。


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仕事と言うのは結構なもので、始まれば終わる。
終わったらいつでも急いで次の訪問先に行かなければならない、と言うことばかりではない。
そうしてたまたま土地鑑があると言うほどではないけれど曽遊の地であったり、あるいはたまたま好きなものがあったりすれば、そのうえたまたまカメラを持っていたりすれば、それは誰だって都電の写真を撮りたいと思うだろう。

それで東池袋四丁目電停の方に向かって歩いた。


酷い雨でたいへんなところもあるのに、東京は雨が降らない。

昔は梅雨が明けるのはたいてい調神社の夏祭りの御神輿の日で、この日はまた通信簿の日で、昨日まで梅雨末の大雨だったのがすっかり晴れて、汚れが洗い流された街に真っ青な空が広がって暑く、次の日からしばらくそう言う暑い日が続いて朝のラジオ体操がだからこそ爽やかに感じられるのであった、そういう暑さがこないだの雨の次の日以来ずっと続いている。

だからすっかりもう梅雨明けじゃないだろうかと、エレベーターで一緒になるマンションの年寄り連中とそう話し合うほどの目のくらむような暑さで、そんな陽射しの下を帽子もかぶらずに歩くのはたいへん苦しい。

苦しいけれど、そこに踏切があればカメラを構える。


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四丁目の電停の周辺はなんだか工事をやっている。
この先の雑司ケ谷から鬼子母神の方へはすっかり様子が変わってしまったけれど、まさかこっちまでそんなことをするんじゃなかろうな、と思ったら、下水道工事らしい。

ふうん。

このあたり、くねくねした道にしびれる店がある。
そっちの方には影響はないようだが、果たしてどうか。
なにしろあまり暑いので、少しウロウロしようと言う気持ちにはなれない。


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そうして10分ほど炎天下で撮影し、大通りに出たら外国人様に東京駅までの経路を訊ねられたので、初めは、テイクアトデンアンドチェンジラウンドグリーンヤマノテライン都電で大塚駅に行って山手線に乗り換えろと言ったらありがとうと言われ四丁目のホームに昇って行ったけれど、なんだか不得要領な顔をしていたので戻って、そもそも一体どこに行きたいのかと訊ねたら六本木だと言うので、そこはむかし歩く駅すぱあとと言われた灰色の脳細胞をフル回転させたけれどよく判らないので、んじゃあテイクザサブウェーツーユーラクチョーアンドチェンジシビヤライン地下鉄で有楽町まで行って日比谷線に乗り換えたらどうだろう、とすべて日本語で言ったら、Oh!、グーグルマップと同じです、と言われた。

つまり、地下鉄の東池袋駅の出入口と都電の東池袋四丁目電停が隣合わせなので迷っていたらしい。

なんだ。
戻って良かった。

そうして彼らは涼しい地下鉄の駅に降りて行き、ワタシはクソ暑い中を池袋駅まで歩いた。

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蝦蟇の油という噺がある。
蝦蟇の油の膏薬売りの口上が聞かせどころの噺だ。

だがお立ち会い、放り銭投げ銭はおよしなさい、大道にて未熟なる渡世をいたしても、はばかりながら天下の町人、放り銭や投げ銭はもらわず、多年業とするは蟇蝉噪、四六の蝦蟇の膏だ。

というのは膏薬売りの口上の初めの方だけれど、その「天下の町人」と言うのが三遊亭圓生の蝦蟇の油だと言うことを、ずっと昔に読んだことがあった。
あの当時蝦蟇の油は他に誰がやっていたか知らないけれど、他の人は天下の浪人と言っていたことは当時レコードで聴いて知っていたし、その方が筋が通るんじゃないか、と思っていた。
でも圓生には理屈があって、納得はしないけどそう言うこともあるのかなと思った。
あるいはもしかしたら、正蔵が(もちろん真物の)天下の浪人とやっていたから圓生がわざわざそうしたのかも知れない。
ともかく、ワタシはそういう経緯がある言い立てだと憶えていた。



三遊亭あおもりという名前の前座さんは、その名前で、あー、白鳥の弟子だな、と解ると言う点で名詮自性と言えるかもしれない。
弟弟子は三遊亭ぐんまで、実に判りやすい。
白鳥は言わずと知れた円丈の弟子で、円丈は昭和の名人六代目三遊亭圓生の直弟子である。つまり、三遊亭あおもりは昭和の名人六代目三遊亭圓生の曾孫弟子ということになる。まさに三遊亭本流の直系である。

あおもりの開口一番をたびたび聴いたが、そういえば寄席の番組で聴いたことはあったのかどうか、とメモを視たら、あるある、そう言う席では堀の内とかやかん泥をやっていた。
でも、新作落語ばかりの会の前座を勤める時に聴く機会が多いせいか、いつも新作をやっていたように思ったが、それはワタシの勘違いだったようだ。

今日だって新作をやって当然だろうなと思っていたら、柳家一色の会でただ一人の三遊亭ですから、三遊亭の芸をお見せします、と盛大な笑いを取って始めたのが蝦蟇の油だった。
そうしてやっぱり天下の町人と言った。

そりゃあ圓生と較べてどうなんてのはあれだけれど、でも、天下の町人だったからというだけじゃなくて、あー、やっぱり三遊亭だなあ、って思った。

師弟関係というのか、あるいは伝承芸としての落語という仕組みと言った方がいいのか、あらためて凄いもんだなあと言うことを、今日も感じたのだった。



柳家一色の中でただ一人の三遊亭、と言うのはもちろん洒落で、なにしろこれは柳家小ゑんの会で、前方が一人、柳家小ゑんが二席、という構成で、これまでは前座はいつも柳家小多けという小里んの弟子が勤めている。今日は小多けが別用で来られないのであおもりが来たので、そういう経緯を踏まえてのただ一人なのである。

もっとも、小ゑんの出る会ではしばしばあおもりが前方をしているので観客にはお馴染みだ。


その小ゑんの一席目は、師匠あるいは先達があれだけ一所懸命に教えてくれたことに応えたくなる、そういう噺をやりたくなることがある、と言う前触れから季節ならではの青菜だった。

いま九州は水害でたいへんな目に遭っているが、もともと五月雨と言うのは集めて早いくらいだからなまなかな降りで済むことばかりでは無かったと言うことまでは想像がつくけれど、今年にしても去年の北海道にしてもその前の年の茨城県西部にしてもその前だかの奈良の十津川にしても鹿児島にしても、毎年梅雨の時期に酷い雨で水害が起きているわりに、いつまで経っても梅雨の雨はしとしとじめじめと言う真贋は不明の記憶に縛られている。

それがワタシどもの梅雨と言う季節の印象で、たとえステロタイプであってもそういう季節折々の風情と言うのが標準化された印象を成して風物詩として記憶に染み込んだのが日本人の季節感なのだろう。
そんなことないだろ、ってテレビを視て思っても、それでもやっぱり梅雨は梅雨、じきにやってくる夏は夏、という色合いと言いにおいと言い、もしかしたら汗がまとわりついて便所でパンツが脱げにくくなくなっているあのけつっぺたの感触までリアルな肌感触として共有できるのかも知れない。

うーん、そうじゃないかもしれないけど。

だから、都心部最高気温の今日、青菜はぴったりだった。


青菜もいろいろある。

たぶん詳しい人は解るのだろうが、植木屋さんのさぼり具合の意識の程度が違うことで後のオウムの失敗の風情がずいぶん違うのだろうと思う、つまり人となりの違いによるドタバタの意味の違いがあると思うけれど、そう書いたわりにその辺はワタシにはよく判らないし、判別もできない。そう言う違いのうちの一つが語られたわけだ。

そういう系統がどうのと言う話ではなく、小ゑんほどのベテランが思い偲ぶ師匠と言うのはどれほどの存在感なのであろうかと、そういうことを忖度しながら聴く噺はとても色合いがふくよかで、結構なものだった。


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二席目は銀河の恋の物語。
これも七夕の時期ならでは。
落語はさしづめ時価だよねー。
夏に時そばなんか聴きたくないもんねー。
つまりそういうこと。
落語ってのは、つまりそういう肌感覚なんだろうな、その共有共感のあるなしってのが落語を激変させるんだろうな、あるいは新作落語の生命は肌感覚の共有に宿るのかも知れないな、なんということは、もちろんいま適当に考えて書いただけの話である。

銀河の恋の物語は、皮肉たっぷりの時事ネタを入れ込んでそれだけでも面白い噺だけど、サゲはやっぱり小ゑんらしく、ロマンチック。

帰りに、谷中の寺の屋根に乗っているかのごとき橙色の大きな月をうっとり眺めながら、それがさっきの噺の余韻に浸っているからなおさら心が浮き浮きするという幸せな時間が、今日に限らずこの会の後にはある。

とても、嬉しい。

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月齢15

谷中初音町の木の間から、橙色の月が昇った。

仕事帰りでカメラを持っていたから写したけれど、どうにもならない。
日暮里駅まで来ても一度見やると、さっきよりはちょっと高い黄色い月。


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雰囲気は、iPadのカメラの方がよく出てくれる。

腕がなけりゃあスマホの方が重宝するね、なんて不イキなことを思った満月の夜。
耳に、

流れ星が叶えてくれるの、

と言う意外な声が耳に響いてくる、そんな気持ちのよいの口。

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夏の大三角関係

帰ってきたばかりだが、興奮を隠せないでいる。

なにしろ、ついさっき、下で、ということは川口で、ベガとアルタイルが見えたのだ。
仰天だ。そう、仰天して仰天した。
街の明かりがあって湿気が多くて、おまけに月齢13の月は23時では南中を過ぎたばかり。ベガもアルタイルもデネブも、もういい加減高いところにある。

それでベガとアルタイルが見えたら、二人を出歯亀するデネブも見えた。
夏の大三角関係であるもんね。

そもそも川口の空には星なんか見えるはずがない。
見上げてごらん夜の星を、なんてのはどこの国の話だね?ってなもんだ。
なのに今日に限って、限ったことじゃないのかも知れないが、アルクトルスまで見えた。

いったいどうしたと言うのだろう。

素面でよかった。
飲んでたら、空を見上げたらひっくりかえるに決まってる。


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さっきまで国立劇場で菊之助を観ていた。
眼福だった。
そして、播磨屋だった。
それはそれでたいそう驚いた。


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平河町じゃ月しか見えなかった。

腹黒いからな。

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