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浮世離れの世迷言
主語はいつだって ワ タ シ です。

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ははあ…。

病気療養のため、という理由の落語会中止のメールが届いた。
払い戻しするように、とのことだけれど、半月くらい後の会は中止になっていないので、もしかしたら空席作りの手の込んだガセメールかと推量をして払い戻しをしていなかったが、さきほど、手術するという記事を読んで得心した。

池袋の上席は出ているし、ぜんたいどうしたんだ、と、頭が悪いくせにそういうところだけは要らぬ勘繰りをする。
育ちが悪いね。

明日の日中はさいたま市だの都心だのは摂氏37度などという不埒な高気温らしい。
そんな中で寄席に出勤するのはたいへんだろうから、本当はこんなクソ暑い時期に顔付けなんかしなければいいのにと思うけれど、この超絶高気温な東京で真夏にマラソンをやろうと言う世界の意志もあるほどだから、人間国宝が高温下に寄席に出勤するくらい大した問題ではないのかも知れない。

人出のある時に大看板をぶつけるのは商売としては当然だ。
しかし、出勤するのもたいへんだろうが、大人気の番組で開場のだいぶ以前から並ばなきゃ入れないのだから行く方も覚悟がいる。
むかしのお盆帰省列車は上野駅のテント村で並んだけれど、寄席の並びはテントも無い路上だからたいへんだ。

でもねえ、寄席が指定席なんてのは野暮な話だし、それはそれで仕方ないのか。


まあしかし、記事では元気らしいので、ホッとした。



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その池袋の、小のぶ・小はん・小満ん・歌笑が顔を並べた番組に行った。先月のことである。
日替わりで歌笑の代わりに栄枝が出る日もあるが、歌笑の日だった。

それにしてもこの昼夜、いい顔付けだねえ。


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それからひと月くらい後、今度は小のぶ・小満ん・春輔・一朝と顔が並ぶ会があったけれど、こっちは幾分若いことになるのか。

最近になって、突然ものを思い出すことがある。
たとえば、小はんを観て、あ!、子供の頃に観た(落語家に似てら)、とか、昔昔亭桃太郎の駄洒落の前振りを観て、あ!大正テレビ寄席だ(あるいは日曜演芸会)、とか。
もちろん別の人かも知れないが、そういう雰囲気、あの口調、ああいう発声、つまり、ワタシの記憶に刷り込まれている噺家がまとっている雰囲気とか、場合によっては画面の向こうからでも受け取ることができた気配ってのがあったのだろう。

あの時代にワタシも含む大衆が受け入れた気配が今の寄席に突然湧いて出たわけで、今日のモダナイズされた、と言うのか、ソフィスティケイトされた、と言って良いものかどうか、そういう状況が当たり前になって目に慣れているところで不意に昔のにおいして、懐かしいばかりでなく、希薄になってしまったあれらの体温が愛おしくてたまらなくなった。


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とはいえ、一方で「江戸の風」とは正反対な方向かも知れない新作落語こそ今のワタシにとってベストバイだったりベストアンサーだったりする。
だから、たとえたいへんに好きな噺家でも、真っ当まっちかくな古典を、つまり誰でも知っている噺を話芸の力で聴かせるようなスタイルは、志ん朝のCDを聴けばそれが最高なのだから、21世紀の今の時代にいったい何をいまさらやっているのだろう?と訝る気持ちがある。
消えゆく宝物の追憶は、残された音で充分なのに。
ワタシよりうえの人たちならどうと言うこともないが、私より若い人たちのそんな姿はどうなのだろう。


と言いながら、今風ではない小のぶの話しぶりや体の動きを観ると目が離せず、あー、ちょっと中毒になってるな、オレ、なんてことも自覚している。


この記事に

日々是なんたら

毎日馬鹿馬鹿しい日々で、お後もちっともよろしくないが、たとえ成り行き任せでも日々は明けて暮れる道理で、もう意義位置付けなんと言うことを考えるのは疾うに止めたけれど、ますます無思考に磨きがかかってたいしたものだ。


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今年の朝顔はいろいろあって、今ごろ花が咲き始めた。

毎年の入谷の朝顔市だけれど、昼に抜けられず初日の夜の仕舞いごろに寄ることになった。
当たり前だけれど花がしぼんでいるし、しぼんだ花はこれも当たり前だが皆赤紫だし、その店がどういう花を売っているのか解らないまま目が合ったおじさんから買ったのだけれど、朝起きて曜白だったのでたいへんガッカリした。
ワタシは日本朝顔が好きなのだ。

それで二日目に何とかもう一鉢と思ったのだけれど、結局行けたのは初日と同じ頃合いで、別の店の人に、日本朝顔の水色はないかしら、と訊ねたら、あー、もうしぼんじゃってるんでねえ、と言われたので、それもそうだと思って、あらためて翌日最終日、友人と日本橋で落語を聴こうと待ち合わせたその直前に行って、ようよう水色を求めた、その鉢だ。
おかげさまで一日中、日本橋でお昼に黒ビールを飲んでソフトクリームを食べて落語を聴いて万世橋のホームでクラフトビールを飲んで上野の串揚げやでホッピーを飲んで広小路のライブハウスで焼酎を飲んでカラオケでハイボールを飲んで、その間中ずっと朝顔の鉢を持ち歩いた。
あちこちで、あー朝顔市だねー、と喜んでもらえたけど、さぞかし花は苦しかっただろう。

もともと、つぼみが遅いけど、じきにたくさん咲きますよ、と言う女の子の言葉を信じていたのでしばらく咲かなかったのは何とも思わなかったけれど、最近になってお目当ての水色、白、ピンクの絞り、ピンクの四色が咲いてくれて嬉しい。

欲を言えば、いずれも大輪ではなく、できれば濃紫か赤紫系が一色入っていればもっと華やかだったなあ、と思う。が、仕方ない。毎年買う時は、去年どう思ったかなんて憶えてないかんねー。

以前はどうしても團十郎みたいな柿色が欲しかったけれど、あれは飽きた。
本物の團十郎なら欲しいけれど、團十郎みたいな柿色だけれど覆輪付きの花は迫力が無いなあと思ったら、もういいや、ってなった。酷薄な性格を自覚する。
今は水色にお熱だ。
おやおや、意外と流行に敏感じゃないの。


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ワタシはイケない口なので、少しは酒を飲むもののそのじつ味は解らない。
いま大変人気なお酒は、初めて飲んだずっと以前、日本一臭い酒と言い合ってネタで飲んでいたほどで、要するに一番好きなお酒は菊正宗だと言い切るし、純米酒は好きだけれど、本醸造でもバッチリオッケーで、そういうワタシのブイキを知らない取引先の人と飲んでいる時に、これ美味しい、と言ったら、吟醸ですか?と訊かれたので、いんや本醸造、と答えたら大変ばつが悪い顔をされたことがある。

それ以来、好みを人前では言わないことにした。

醸造酒でへっちゃらなのは燗酒が好きだからで、夏でも燗が良い。
熱燗だっていい。
ひやも好きだけれど、しかし、常温、なんて言葉は使いたくない。
でも、お店でひやでねと言うと冷酒を持ってきやがるから、仕方なく常温でね、と言うこともある。
ひやで冷酒を持って来るなんて一体どこの権助だよおめえは、って心中毒付いている。ひやで通じねえならシヤって言ってやるぜ、でもシヤじゃ、火屋?ひやでも良いからもう一杯、が通じないじゃねえか。
野暮な話だね、まったく。

そんな気配なのだけれど、ついこないだ吟醸酒を冷やして、たいへん美味しくいただいた。つまり、あれば飲むわけで、卑しい話である。

丑の日だから丑の刻詣りと言うはずもないが、ともかく毎年浦和の鰻屋に行くのが楽しみなのだけれど、都合を繰り合わせたその日は丑の日の次の日で、ふと思い立って調べたら毎年行く店が休業だった。
すぐ近くの店やら街中の店やら、ともかく思い当たる店のほとんどが休業で、県庁通りのあの店ならと思いもしたが、そんなではたいへん混んでいるだろうと潔く諦め、川口の店にした。

ワタシは実は川口の店の方が好きなのだけれど、他の連中が浦和の店に行きたがる。
子供の頃から馴染んでいると言うことらしいが、それだったら人はみな幼馴染と結婚しなければならないではないか、とは言わないできたけれど、今年はひょんなことからワタシの意見が通った。

そうしたら悟乃越州が置いてあったので、つい飲みすぎてしまったと言うわけである。
なにしろ時間がかかるから仕方がない。
白焼がたいへん美味しいので仕方がない。
鰻巻も美味しいので仕方がない。

おかげで、蒲焼の味が全然解らなかった。
馬鹿なことをしたなあ、くらいは思っている。


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iPad のカメラはたいへん結構に写してくれるので、重たい一眼レフやのっぺりした画質のコンデジをわざわざ持ち歩かないことが増えた。

ただ、ccd の問題なのか、強い光線は筋が入る。
さすがにコンデジはこうはならない。
カメラとタブレットの違いは確かにあるようだ。

ここのところ身体を酷使する日々だったけれど、それが金曜日の昼過ぎに片が付いたので、チケットを買ってあった浅草見番の落語会に行くことができた。
納涼四席とて、四人の真打いずれも古典の話者で、もちろん楽しみだから求めたのだけれど、ワタシは今や新作落語が古典落語より上位にあり、古典ばかりの会はなかなか食指が動かない中で早くから買った会で、楽しみだった。

でも不思議なもので、今晩は古典を四席、前座がいればあるいは場合によると六席も古典かいな、という思いも身支度を整えている間に去来したのも事実で、やめよっかなー、なんて思ったほどだった。

とは申せ、顔ぶれは春輔・小のぶ・一朝・小満んで、そういう迷いはすぐに断ち切れた。
演目は九段目・へっつい幽霊・紙屑屋・中村仲蔵で、その前に二つ目の小はぜが富士詣りをやって、納涼だから怪談話かなと思ったのは見事に外れて、楽しい会だった。
九段目も仲蔵も芝居に関わる話だからワタシは楽しかったし、観客も年かさの人ばかりだから芝居の気配が通じて受けていた。
小のぶは、なんだか昔まだ私が子供だった頃に聴いた噺家みたいで懐かしい。そういう懐かしさは小はんや桃太郎にも感じるのだけれど、桃太郎は大正テレビ寄席的懐かしさだからちょっと雰囲気が違うかもしれない。

紙屑屋は清元新内都々逸が聴けてたのしいのだが、はくしーははーくーしからすーはかーらーすというあのリズムが、円丈のインドの落日に出てくるのを思い出して、あーそーか、って思った。

ここからしばらくはまた新作中心の予定。

それは好いのだけれど、小三治一門会が公演中止になり、払い戻しとなった。
すわ病気か、と思ったらいま池袋には出ているようだ。
他の主催者の会は別段なんともなさそうである。

まあ、いろいろあるのだろう、仕方ない。
なんとか池袋の上席には行きたいものだけれど、べらぼうな混み方だろうから悩んでいる。

落語も文楽も、人気がありすぎて、行きたいけれど行けないことばかり。
人が多過ぎるのだろう。
減るまで、うーん、オレは待てないんだろうな。

この記事に

相模道

本場所中は寄席でも相撲の噺がしばしば掛かる。
まくらで、

われわれの方では前座二つ目真打と階級が上がりますが、相撲の方はもっと厳しいもので、前相撲から出世して序の口序二段と昇ってやがて十両に昇って関取になりますとがんばって三役、小結関脇大関、そして横綱モンゴルと昇り詰めます、

なんという話が出ると、たいてい稲川とか花筏とか大安売りとか、そういう相撲の噺になる。


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名古屋場所が終わった。

まあ毎年くそ暑い時期にクソ暑い名古屋でやるのだから、みんなたいへんだろ。
年六場所ってのはあれだ、止めるがいいじゃねえかって思う。
1月両国で初場所3月大阪で春場所5月両国で夏場所9月両国で秋場所11月福岡で九州場所の全五場所で充分だろう。
一年を75日で暮らすいい男。

あんまりいい商売じゃなくなったって話だ。

それにしても、夏場所だからというわけでもないだろうが、最近は観客やテレビで見ているワタシどもももちろん、力士も目の色変え過ぎ。

相模はわが日本古来より伝わる芸能、相模道は日本人の心を昇華してほしい。

敗けるが勝ち、という美しい心根を以て体現すべし。


じゃねえんかなー、って思った。


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相撲じゃねえかんね。

この記事に

東池袋という住居表示地域はなかなか広い。
池袋駅の東口の半分くらいから、北は山手線、東は山手線の大塚駅手前から春日通りを境にして丸ノ内線の新大塚駅手前まで、南は豊島岡墓地のすぐ北側まであってそのまま護国寺まで続く大通りが西の果てだ。
訪問する場所によって、池袋駅・東池袋駅・大塚駅・新大塚駅、あるいは都電の向原電停か東池袋四丁目電停か、つまりたくさん選択肢がある。

幸いなことに、向原電停が近い訪問先だったので、たいへん嬉しい気持ちで王子駅で都電に乗り換えた。


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仕事と言うのは結構なもので、始まれば終わる。
終わったらいつでも急いで次の訪問先に行かなければならない、と言うことばかりではない。
そうしてたまたま土地鑑があると言うほどではないけれど曽遊の地であったり、あるいはたまたま好きなものがあったりすれば、そのうえたまたまカメラを持っていたりすれば、それは誰だって都電の写真を撮りたいと思うだろう。

それで東池袋四丁目電停の方に向かって歩いた。


酷い雨でたいへんなところもあるのに、東京は雨が降らない。

昔は梅雨が明けるのはたいてい調神社の夏祭りの御神輿の日で、この日はまた通信簿の日で、昨日まで梅雨末の大雨だったのがすっかり晴れて、汚れが洗い流された街に真っ青な空が広がって暑く、次の日からしばらくそう言う暑い日が続いて朝のラジオ体操がだからこそ爽やかに感じられるのであった、そういう暑さがこないだの雨の次の日以来ずっと続いている。

だからすっかりもう梅雨明けじゃないだろうかと、エレベーターで一緒になるマンションの年寄り連中とそう話し合うほどの目のくらむような暑さで、そんな陽射しの下を帽子もかぶらずに歩くのはたいへん苦しい。

苦しいけれど、そこに踏切があればカメラを構える。


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四丁目の電停の周辺はなんだか工事をやっている。
この先の雑司ケ谷から鬼子母神の方へはすっかり様子が変わってしまったけれど、まさかこっちまでそんなことをするんじゃなかろうな、と思ったら、下水道工事らしい。

ふうん。

このあたり、くねくねした道にしびれる店がある。
そっちの方には影響はないようだが、果たしてどうか。
なにしろあまり暑いので、少しウロウロしようと言う気持ちにはなれない。


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そうして10分ほど炎天下で撮影し、大通りに出たら外国人様に東京駅までの経路を訊ねられたので、初めは、テイクアトデンアンドチェンジラウンドグリーンヤマノテライン都電で大塚駅に行って山手線に乗り換えろと言ったらありがとうと言われ四丁目のホームに昇って行ったけれど、なんだか不得要領な顔をしていたので戻って、そもそも一体どこに行きたいのかと訊ねたら六本木だと言うので、そこはむかし歩く駅すぱあとと言われた灰色の脳細胞をフル回転させたけれどよく判らないので、んじゃあテイクザサブウェーツーユーラクチョーアンドチェンジシビヤライン地下鉄で有楽町まで行って日比谷線に乗り換えたらどうだろう、とすべて日本語で言ったら、Oh!、グーグルマップと同じです、と言われた。

つまり、地下鉄の東池袋駅の出入口と都電の東池袋四丁目電停が隣合わせなので迷っていたらしい。

なんだ。
戻って良かった。

そうして彼らは涼しい地下鉄の駅に降りて行き、ワタシはクソ暑い中を池袋駅まで歩いた。

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蝦蟇の油という噺がある。
蝦蟇の油の膏薬売りの口上が聞かせどころの噺だ。

だがお立ち会い、放り銭投げ銭はおよしなさい、大道にて未熟なる渡世をいたしても、はばかりながら天下の町人、放り銭や投げ銭はもらわず、多年業とするは蟇蝉噪、四六の蝦蟇の膏だ。

というのは膏薬売りの口上の初めの方だけれど、その「天下の町人」と言うのが三遊亭圓生の蝦蟇の油だと言うことを、ずっと昔に読んだことがあった。
あの当時蝦蟇の油は他に誰がやっていたか知らないけれど、他の人は天下の浪人と言っていたことは当時レコードで聴いて知っていたし、その方が筋が通るんじゃないか、と思っていた。
でも圓生には理屈があって、納得はしないけどそう言うこともあるのかなと思った。
あるいはもしかしたら、正蔵が(もちろん真物の)天下の浪人とやっていたから圓生がわざわざそうしたのかも知れない。
ともかく、ワタシはそういう経緯がある言い立てだと憶えていた。



三遊亭あおもりという名前の前座さんは、その名前で、あー、白鳥の弟子だな、と解ると言う点で名詮自性と言えるかもしれない。
弟弟子は三遊亭ぐんまで、実に判りやすい。
白鳥は言わずと知れた円丈の弟子で、円丈は昭和の名人六代目三遊亭圓生の直弟子である。つまり、三遊亭あおもりは昭和の名人六代目三遊亭圓生の曾孫弟子ということになる。まさに三遊亭本流の直系である。

あおもりの開口一番をたびたび聴いたが、そういえば寄席の番組で聴いたことはあったのかどうか、とメモを視たら、あるある、そう言う席では堀の内とかやかん泥をやっていた。
でも、新作落語ばかりの会の前座を勤める時に聴く機会が多いせいか、いつも新作をやっていたように思ったが、それはワタシの勘違いだったようだ。

今日だって新作をやって当然だろうなと思っていたら、柳家一色の会でただ一人の三遊亭ですから、三遊亭の芸をお見せします、と盛大な笑いを取って始めたのが蝦蟇の油だった。
そうしてやっぱり天下の町人と言った。

そりゃあ圓生と較べてどうなんてのはあれだけれど、でも、天下の町人だったからというだけじゃなくて、あー、やっぱり三遊亭だなあ、って思った。

師弟関係というのか、あるいは伝承芸としての落語という仕組みと言った方がいいのか、あらためて凄いもんだなあと言うことを、今日も感じたのだった。



柳家一色の中でただ一人の三遊亭、と言うのはもちろん洒落で、なにしろこれは柳家小ゑんの会で、前方が一人、柳家小ゑんが二席、という構成で、これまでは前座はいつも柳家小多けという小里んの弟子が勤めている。今日は小多けが別用で来られないのであおもりが来たので、そういう経緯を踏まえてのただ一人なのである。

もっとも、小ゑんの出る会ではしばしばあおもりが前方をしているので観客にはお馴染みだ。


その小ゑんの一席目は、師匠あるいは先達があれだけ一所懸命に教えてくれたことに応えたくなる、そういう噺をやりたくなることがある、と言う前触れから季節ならではの青菜だった。

いま九州は水害でたいへんな目に遭っているが、もともと五月雨と言うのは集めて早いくらいだからなまなかな降りで済むことばかりでは無かったと言うことまでは想像がつくけれど、今年にしても去年の北海道にしてもその前の年の茨城県西部にしてもその前だかの奈良の十津川にしても鹿児島にしても、毎年梅雨の時期に酷い雨で水害が起きているわりに、いつまで経っても梅雨の雨はしとしとじめじめと言う真贋は不明の記憶に縛られている。

それがワタシどもの梅雨と言う季節の印象で、たとえステロタイプであってもそういう季節折々の風情と言うのが標準化された印象を成して風物詩として記憶に染み込んだのが日本人の季節感なのだろう。
そんなことないだろ、ってテレビを視て思っても、それでもやっぱり梅雨は梅雨、じきにやってくる夏は夏、という色合いと言いにおいと言い、もしかしたら汗がまとわりついて便所でパンツが脱げにくくなくなっているあのけつっぺたの感触までリアルな肌感触として共有できるのかも知れない。

うーん、そうじゃないかもしれないけど。

だから、都心部最高気温の今日、青菜はぴったりだった。


青菜もいろいろある。

たぶん詳しい人は解るのだろうが、植木屋さんのさぼり具合の意識の程度が違うことで後のオウムの失敗の風情がずいぶん違うのだろうと思う、つまり人となりの違いによるドタバタの意味の違いがあると思うけれど、そう書いたわりにその辺はワタシにはよく判らないし、判別もできない。そう言う違いのうちの一つが語られたわけだ。

そういう系統がどうのと言う話ではなく、小ゑんほどのベテランが思い偲ぶ師匠と言うのはどれほどの存在感なのであろうかと、そういうことを忖度しながら聴く噺はとても色合いがふくよかで、結構なものだった。


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二席目は銀河の恋の物語。
これも七夕の時期ならでは。
落語はさしづめ時価だよねー。
夏に時そばなんか聴きたくないもんねー。
つまりそういうこと。
落語ってのは、つまりそういう肌感覚なんだろうな、その共有共感のあるなしってのが落語を激変させるんだろうな、あるいは新作落語の生命は肌感覚の共有に宿るのかも知れないな、なんということは、もちろんいま適当に考えて書いただけの話である。

銀河の恋の物語は、皮肉たっぷりの時事ネタを入れ込んでそれだけでも面白い噺だけど、サゲはやっぱり小ゑんらしく、ロマンチック。

帰りに、谷中の寺の屋根に乗っているかのごとき橙色の大きな月をうっとり眺めながら、それがさっきの噺の余韻に浸っているからなおさら心が浮き浮きするという幸せな時間が、今日に限らずこの会の後にはある。

とても、嬉しい。

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