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浮世離れの世迷言
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ライトアップと言われるとつい行きたくなる。

こないだだって、明るいうちに六義園のツツジを観て前日とはうってかわって暑い盛りに帰宅してゆったりしてから、わざわざ薄暮に着くように夕方に川口を出て足利まで、上り線の渋滞を横目に東北道を走ったのは足利フラワーパークのライトアップを観たかったからだ。


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好い日で、大藤はこの日を挟んだ数日が真っ盛りであったようだ。
じつにどうも、この、果報もんてぇやつでして。


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この日、白藤はまだ五分程度、キバナフジはまだまだと言うところだった。
じつにどうも、けしからんもんで、てへっ。

そのうえ石楠花も真っ盛りだった。
じつにどうも、アタクシみたいな好い男ですと、花の方も気を遣うというほどのものでげしょう。

ところが、その肝腎の石楠花の花てぇものが、この、写真というものが無い。本人は撮ったつもりだてんですが、無いものは無い、無いものを脇から出せという方が無理というわけで、こうなっちまっては別のもので茶を濁すてぇますから酷い話があったもんで、おいおい、おまい、どこい行くんだい、


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ワタシが六義園の年間パスポートを切らさないでいるのは、春の枝垂桜と秋の紅葉のライトアップの日に入場券を買う並び列を横目にすいすい入場できるそのお気楽さを味わいたいのが第一の理由なのは日本人の80%は知っている話だけれど、同じ伝で旧古河庭園のバラ庭園のライトアップの日にすいすい入るのが快感でそちらの年間パスポートも切らさないでいる。


と言うのは嘘八千で、こんなに長いこと旧古河庭園に通っているのに、ライトアップをしているってのは今年初めて知った。
バラなんかライトアップしてどうすんだい、と思ったけれど、そこはそれ、ついこないだ足利で新しい撮り方を憶えたもので試したくてうずうずしているところにこの話だから跳びついた。


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三脚なしでこんなふうに撮れるところがウデじゃなくてカメラの力で、あらためて写真の出来はカメラがほとんど、という原則を思い知ったのであった。

でも、本当を言うと夜景は iPhone の方がきれいに撮れる。

でもでも、もっと本当を言えば、ワタシにとっては結構良いつもりの一眼レフカメラより、iPhone の方が高い。たぶん。
だから、あっちの方がきれいなのは当然で、つまりそういう点から言っても原則は正しいことが証明されたのであった。


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ただまあ、やっぱりクローズアップしたくなるバラの花は、夜間のライトアップだとちょっと曖昧さが強くなってしまうので、写真が目的なら、やっぱり明るい方がいいのかなと思いもした。

このカトリーヌドヌーブはまだ日が暮れる前に写せたもの。
いろっぺえね。

ふしぎなのは、カトリーヌドヌーブもイングリッドバーグマンもマリアカラスも、あちらの美人を冠したばらは赤が多い。
もちろんあちらで作出している。

日本人の名前を冠したバラは、それはたいてい高貴な方々の名前なのだけれど、白が多い。
作出はもちろん日本である。

なんとなくだけれど、感性の方向性が見えるような気がした。


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皆が知ってることだけれど、ワタシが好きなバラのひとつのライラックビューティはとても好い匂いで、風が吹くとあまりに素敵な香にクラクラして、失神してしまいたくなる。

自画自賛するが、若いころ霞ヶ関駅で当時大流行したディオールのプワゾンをぷんぷん放散している女の人に心を奪われて、丸ノ内線の電車の反対方向に乗ってしまったほどだ。
仕事の付き合いの人たちから「きつい香水のにおいは迷惑でかんわ」とか「香水きついとたわけ言うたくなるでね」とか「におい振り撒きゃ―がるで迷惑だぎゃ」なんてことを言われると、こっちも立場が弱いものだからお説ごもっともと言ってきたけれど、なに言ってやがる、オレは好い匂いが大好き過ぎて香水もお香も好きなんだよ。


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こんな感じで背景が真っ黒になるのはちょっと得した気分だった。

咲き始めの「初恋」。
ワタクシが満を持してお届けする、一番好きな品種ですね。


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つまりこんな雰囲気のライトアップと言うことでした。

まあ、よかったです。


タイトルのダジャレは誰も意味が判らないだろう。

まあ、いいです。

ゴールデンウィークも残すところ三日となって、たいへん暗い気持ちである。

もうそんなことを気にしないで良いようなペースでやっていけるはずなのだけれど、いつも日程に追われているような気がしてならない。
しかし約束が迫っている仕事はいくつかあるのでそうそう気楽なばかりではないのも事実だけれど、このあたりの心の持ちようが昔から不器用でどもならん。


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この休みの前半は、酷い天気に腹が立ったうえに病院通いで気持ちがざわざわしていた。
というのも、四月の半ばあたりから歯が痛みだし、じきに治るだろうと思っていたのがちっとも改善されないので、いやいや近くの歯科医に行ったら怒られた。親知らずらしい。

それはまあ、もう年寄りで、人なみの知識もあり、じっさいに経緯を一番把握しているのは他ならむワタシ自身ではあるので、怒られても仕方ない。仕方ないけれど、もうそれ言っても仕方ないじゃん、という話だ。


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歯科医も大人なのでそこのところはすぐに呑み込んでくれたけれど、ともかく連休を控えたタイミングであることと、簡単では無い治療をしなければならないとのことで、大きな病院に紹介状を書いてもらった。休み中でも前半は開けていると言う。

それで入院覚悟で病院に行ったら、まあ当たり前だけれど相手にも都合があるわけで、だいぶ先の日程を予定することになった。幸いなことに、ここまでの薬が効いて、今すぐに何かしなければならないと言う状況ではないらしい。


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物忘れが激しいワタシが忘れないように、あっちの病院の同意書とこっちの病院の同意書をそれぞれクリアファイルに入れて壁に貼りつけた。
なんだか仰々しくて気分が好い。

気分は好いが、あれこれの副次障害の可能性を予告されたので、それはあまり気分が好くない。

まあ、いいです。


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そうは言ってもせっかくの休みなので、病院の予定が無く、痛みも無く、仕事も、今すぐにやらないで後に延ばしても何となく大丈夫なような気がしてきたようなタイミングで外出はした。

いつものように東京都立電車に乗り、ジョイフル三ノ輪でパンと古書を買い求め、荒川自然公園に戻って青い空の下で花を観て、また電車に乗って梶原まで行って古書と都電最中を買い求め、その足で旧古河庭園まで歩いてバラの開花状況を確かめた。


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とにかく古書店で物色した結果は良好で、こんなに運が好くていいのだろうかと生きているのが怖くなるくらいだ。
きっと悪いことがやって来るに違いない、その前に少しだけいい気分にさせてやろうと言う話なのだろうと言うことは解る。


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そろそろこのブログをどこに移動するか考えなければならないことを思い出した。

明日考えようっと。

春の花の浄瑠璃寺を観たいと思った。

運好く休暇を取れた。
いったんは諦めた時点でホテルをキャンセルしなかったのは良い判断だったと言えるかもしれないが、そうなりそうなことを解っていたからでもあるので、まあ、いいです。


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すぐに奈良に行くつもりだったけれど、朝早く出掛けるのはもう本当につらくて嫌なので、ゆっくり出て、京都にちょっとだけ寄って、それでみんなが乗りたがっているJR大阪東線に乗って奈良に行くことにした。
なんと言うか、あまりにも清々しく、世界中に愛を振りまいたような計画であるね。


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いきしな、電車から眺めた荒川新河岸川境界の土手の桜はまだ八分くらいで、帰ってきてもまだビールには間に合うな、と思ったのは、関東にしか桜は無いと思い込んでいたからかもしれない。

でも実際は、今度は行く先々で桜が満開であった。
たぶん人生で一番素晴らしい旅になったのかもしれない。


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奈良の夜。
好きなお店で美味しいお酒を飲んだ翌日は早くから雨上がりの斑鳩。

そうだった、八日は仏生会、花祭り。
おかげで、ふだん入ることのできない国宝建造物に入り、灌頂し、散華をいただき、甘茶を振る舞われた。
外は桜が散って、空は青い。


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次の日。
こないだと同じバスで浄瑠璃寺まで。
前回は冬だったから開門が10時だったけれど、今はもう9時から観ることができたばかりでなく、ちょうど吉祥天女の開帳で、初めて真物を観た。

拝んだ、ではないところが、まあワタシの宗教的に言えば善悪二面であるね。
ワタシの精神で言えば、ごく当たり前であるけれど。



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今度の旅程はゆっくりしていたつもりだったけれど、かなり歩いたせいか、ずいぶん草臥れた。
初日  19000歩
二日目 27100歩
三日目 19700歩

四日目は朝から冷たい雨。
へばって起きられない。
仕方ないから伎芸天だけ観て予定を切り上げた。
大和西大寺駅を12:15に乗って東京駅には15:23に着いた。
たいへん速い。速いけれど、どこでもドアがあったら好いのになと、たった3時間が思いのほかしんどくて、そう思った。
だから6700歩。

でも、やっぱり良い旅だった。

だから本心から、

まあ、いいです、

だなぁ。

見沼の桜

シュタットパークリーニエという路線はさいたま市の鉄道の要衝グロッサーパラスト駅からクレヨンしんちゃん所縁のフリューリングスターゲスクルブ駅を経て千葉県に入って沿線隋一の醤油都市フェルトライスフェルト駅、さらにその先のスイッチバック構造のモッテ駅で方向を変え海に近いであるブリュッケアウスモース駅まで通じている。
この路線を運営しているのは東武鉄道と言うれっきとした日本の会社だけれど、埼玉とか千葉とか、一見外国風の街を繋いだせいか日本とは思えない路線名だったりするのだが、歴史上仕方のないことである。

家に帰る道をナビに逆らってしばしば通る道にしたら、春の景色が待っていた。
その幸運を喜んで公園の駐車場に車を置き、歩き始めたら、シュタットパーク線ご自慢のレツターツークが走って行った。


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この辺りは江戸時代に広大なスウォンプビジブルを干拓した農地で、いまでもフェルトスウォンプビジブルと呼ばれて小学校で必ず習うのだけれど、たぶんいまでも市街化調整地域が多いのだろう、ワタシどもが子供のころに、東武野田線と言っていた前世期に岩槻に住む親戚を訪ねた際に見慣れた車窓に広がる段丘川田圃川田圃川段丘の景色がほとんど今でも残っている。

そこに立派な公園があって、桜がとても立派だ。
でも、今日まですっかり忘れていた。



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埼玉は昔からオランダで、ワタシどもが子供のころは西の方の台地に風車があったが、あれはいつ無くなったのだろう、定かではないが、当時の園児は遠足で風車を見上げてアイデンティファイした。

今はここにも風車がある。
埼玉は風が強いから風力発電をしようと言う魂胆なのか、あるいは埼玉は意外だけれどうどん県なので風車小屋で粉を挽いて、水車小屋じゃないけどフリッツブンダリッヒのような色気のあるテノールで美しき水車小屋の娘を歌わせようと言うのか不明だが、何か壮大な秘密があるのだろうと邪推している。


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桜の花に似合うのは菜の花であるね。
菜の花に最新型電車が似合うかどうかは微妙である。

さ、それでは桜を観に行こう。


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今日は朝から、走る道々でたくさんきれいな桜を視た。

練馬の大泉のあたり、三鷹の天文台のあたり、多摩川の中野島から登戸の先までの土手、二子玉から等々力のあたり、そして目黒川、千鳥ヶ淵
ああああ、車に乗ってる場合じゃねーよ、と思いながら後ろ髪をひかれる思いだったのだけれど、へええ、見沼の桜もたいしたもんじゃん。


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街の桜とはまた趣を異にするけれど、結構なものだった。

ここはとても広い公園で、小さい子供を連れてピクニックに来たお母さんたちのグループがたくさんいて、だから子供たちの声があちこちで聞こえて、やっぱり子供の声が遠くから聞こえる空間は良いなあと思った。


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冷たい風が吹いてくる。
北関東は雪が降ったらしい。
埼玉も北関東の一部というが、さすがに雪は降らず、空が青い。
寒くて写真を写す手がかじかんだけれど、おかげで花の時期が伸びてくれそうで、嬉しい。

この季節を寝ないで楽しみたいくらいである。

でも、そうは言っても毎晩寝不足でたいへん辛い。
寄る年波だろう。


まあ、いいです。

天城吉野

花の季節だ。

歳を重ねるにつれ、花を求める気持ちが強くなる。
一年に一度のものの尊さが身に沁みて解るようになったということだろう。
そういうことがあるかもしれない、と、遠い先はかすかにしか見えなかった頃に思ったことはあったけれど、本当にそうなった。



そんな遠い先を予想して当たるとは、意外に読みが深いね。

読みが当たる、のか。

今週末は土曜日が中山のGⅢ、日曜日が阪神でGⅠか。そうかそうか。



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鉄血宰相オットーフォンビスマルクが、

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

と言ったそうな。

たしかに愚者であるワタシは歴史が不得意で嫌いだけど、しかし経験に学ぶほど記憶力も無い。
ワタシは賢者では無論のこと無く、愚者でも無いというわけだ。
どうしてくれるのだ、と怒りたいところだけれど、つまりワタシの経験の元になる記憶にあるミツバツツジはたいていもう数日でゴールデンウィークだなあ、道路は混むだろうけど、楽しみだなあ、美味しいものが食べられるなあ、なんて気持ちが喉からこぼれそうな時に目に入るものだった。

記憶は4月下旬、昨日は3月下旬。およそ一ト月の違いだけれど。

地球の歴史46億年の中ではたいした違いでは無いとでもいうのだろうか。
責任者出てこい、と、人生幸朗先生ならおっしゃったであろうな。


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アマギヨシノという品種は、ソメイヨシノとは母種父種をぶっちがいにして産出したものとある。
母がオオシマザクラ父がエドヒガン。
ソメイヨシノは母がエドヒガンで父がオオシマザクラ。
なるほど。
人間じゃこうはいかない。不器用なものだ。


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アマギヨシノはソメイヨシノに較べると、
 少し早く咲き始める
 花と一緒に葉っぱが少し出る
 花びらの色味が濃い
 鍔の色が濃い
 もしかしたら花びらがやや大きい
という違いがあるように思う。

そのために印象は、
 華やかである
 もっとたっぷりしている
 グラマラスである
 色っぽい
 艶っぽい
とワタシには見える。

変態だね。


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まだ三分ていどのソメイもたっぷりしているけれど、アマギはもっとボリュームがある。
好い花だ。
最近はアマギを観るために時間を空けるようになった。


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仕事帰りに観ることができる枝垂れのエドヒガンはほとんど満開だった。

花は美しく観るのはとても楽しいけれど、


次の日、脚が疲れる。
悔しいが加齢だろう。

まあ、いいです。

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