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浮世離れの世迷言
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バラの品種名はすごい。
一杯ありすぎて1%も知っているかどうかすら怪しいくらいだ。

シャルルドゴールとかヘルムートシュミットとか、
ダイアナ・プリンセスオブウェールズとかイングリッドバーグマンとかカトリーヌドヌーブとかマリアカラスとか、
クリスチャンディオールとか、
ダブルディライトとか、
アブダカタブラとか、
ラフランスとかインカとかサハラとかカリフォルニアドリーミンとかリオサンバとか、
あるいは万葉とか初恋とか恋心とか芳純とか朱王とか。

ワクワクするような名前がある。


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これはたぶんシャルルドゴール。

ダイアナ・プリンセスオブウェールズが今年がエレガントレディという名前に変わっていたけれど、カッコ内に元の名前が書いてあった。
プリンセスオブウェールズと言う品種もあるけれど、ダイアナが付いている品種の方が華やかで美しい。


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これはたぶんリオサンバ。

黄色いバラが人気で、でも黄色いバラの花ことばは嫉妬だそうだ。

古来黄色という色に不吉を感じとったらしいが、ワタシは黄色やオレンジ色が大好きなので、「嫉妬」ではなく「変態」せめて「間抜け」くらいになってくれないかなと思う。


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これはたぶんクリスチャンディオール。

高芯剣弁に真っ赤なんてカッコよすぎる。
さすがはオードリーヘプバーンが着たデザイナーであるね。

それにしても、オードリーヘプバーンってカタカナで書いても、
バラの絵によく似合うわ。
素敵だもんねえ。
バラの精だな、うん。


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スブニールドアンネフランク。
この株は樹の下に入って、青い空の日でも昼近くになると陰になる。

思いを致すにちょうどいい場所なのかもしれない。




売店でバラのアイスクリームを買ってなめたり、洋館で紅茶を飲むくらいはできるのだけど、下の茶室でお茶を喫したり、テントの店でバラの香の品物を求めたり、というのはオヤジ一人ではなかなか致しかねる。

なかなか不便である。


まあ、いいです。



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上野の博物館でやってる東寺の展覧会に行ったのは連休が始まる前なので、ひどい混雑では無かったので助かった。

なにしろ昨今博物館美術館はどうしてこんなに勉強好きが多いのだろうと訝るほどの大混雑で、そのわりにはこの社会は間抜けな方向に進んでいるのが不思議で、美術だの科学だの宗教だのあれこれだのに対して実に立派な知見を有していても、それがすなわち知性ではないのだなあと言うことを今さらながら気付いたりするのだけれど、オレだってそれは同じなんだろう。

いや、オレは立派な知見は無いな。

まあ、いいです。


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最近はネット利用者がばか増えたおかげだろう、主催者がそうシャルネットワークを通じての宣伝効果を期待してのことなのだろうが、これだけは撮影オッケーでーす、なんてところが準備してある。
今次もこの帝釈天が象に乗っかった像が撮影が許されていた。

ワタシはいつだって写真を撮りたいのは、なにしろ能く憶えていられないがためであって、たとえば新薬師寺の屋根裏の柱と梁の組合せとか秋篠寺の梁一間目の頭貫の補修のようすだとか、そういうところを憶えていたいのだけれど、写真撮影は許されないのですぐに忘れてしまう。
せめてそういう部分の写真を売っていればよいのだけれど、たいてい売っていないので、売っているのは仏像だとか全体とかに限られていて、どこでも頭貫だの入母屋の母屋なんてものの絵葉書を作るはずがないものね。

そんなに写真ばかり撮っていないで自分の目で観ればいいじゃん、って言うかもしれないけれど、目なんかよりカメラのレンズの方がしっかりと対象を捕えてくれる。
言わば目の代わりである。自分の目と脳の記憶能力なんて信じられるわけがない。
長いこと生きてそれはよく解ってる。

だから写真を撮らせてもらえるのはたいへん嬉しかった。

密教と言うのは、思考の隘路に自ら嵌まっていくような感じがする。
鎌倉仏教が生まれる必然性が判ったような気がするが、もちろんテキトーに書いてるだけである。
密教の仏像の技術は素晴らしいけれど、術に塀を立てているような感じがする。
鎌倉時代の仏像がああなった必然性が判ったような気がするが、これももちろんテキトーに書いてるだけである。

中世になって人間が変わったと言うよりは、世の中が変わったので言えなかったことが言えるようになったということなのだろうと推量する。
思ったよりもずっと重苦しい時代だったんだろう。
そういうことを考えた。

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始祖鳥の羽

まだ若かった頃は、ロンドンの自然史博物館くらいいつだって行けるさ、と思っていた。

でも、もうそんな気にもなれない。
わざわざ差別されに行く気にもならないしね。
そういうところはまさに意識の高齢化なのだという自覚はある。

だから、アーケオプテリクスのロンドン標本の本物を見ることができるなんて思ってもいなかった。


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ワタシどもの世代は少年だった頃はたいてい恐竜びいきだった。

昭和40年代は恐竜の本なんてのはたいして数が無かったけれど、それでもワタシはこれこれ、友達はあれあれ、別の友達はそれそれ、また別の級友はなになに、などとご自慢の一冊があって、それを大切に学校に持って行っては見せたり貸したり借りたりしていた。

その頃から一貫して人気があったのはステゴサウルスとトリケラトプスで、いったい子供は角のあるものが好きなものだ。
動物園で一番人気はサイに決まっている。

人それぞれだが、ワタシはティラノサウルスは好きではなかった。
ああいう不細工なのは嫌い。
ジュラシックパークで有名になったラプターも嫌いで、ああいう残忍な奴は人間でも大嫌いである。

その一方でブロントサウルスは大人気だった。
でかくて大きくて長いものはそれだけで偉い。さすがは男子だなと、今にして思うが、まあそう言うものであろう。
動物園だってキリンは大人気である。

そんな中で、果たして始祖鳥は人気があったかどうか。
そもそもあの頃はまだ恐竜はワニ肌の図しかなく、ワタシどものイメージはギデオンマンテルが想像したものとたいして変わらなかったろう。
毛が生えた恐竜だって想像できないところに、羽なんか理解のあっち側にあった。

いまは鳥は恐竜が進化した生物とされているわけで、たった40年のうちにこれほど研究が進むとは。
あの研究をしている人たちは楽しいだろうねえ。



始祖鳥は羽がある恐竜とされてはいたが、しばらくは、羽は飛ぶためのものではなく、餌である昆虫類を効率よく捕捉採取するための網の役割のようなものだと解説されていたことは憶えている。

会場ではそれぞれ高名な標本についての90秒のCGが放映されていて、じつにそれがリアルで嬉しくてたまらないのだけれど、始祖鳥は空を飛んだのだね。

あのCG映像を売ればいいのに、と思った。


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羽の名残が化石で表現されている。

これだって眼福の一である。

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山種美術館は今、

 開館50周年記念特別展 山種コレクション名品選Ⅱ

という展覧会をやっている。

なにしろ入場切符が2枚あるので、先週に引き続いて今週も観に行った。
よほど楽しみだったのか、せっかくの休みの土曜日なのに、早くに目覚めてもったいない。

もっとも、先週見落とした、と言うのはしっかり見なかったという意味だけれど、それをあらためてじっくり観る楽しみももちろんあるけれど、その後のビールに期待が高まったのかもしれないが、それはまた別の話だ。



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最近の展覧会は、何枚か撮影可の絵がある。
春の、渋谷の bunkamura ザ・ミュージアムの国芳国貞展でも最後の一室は全部撮影可だった。知らなかったのでカメラを持って入らなかったけど。
SNSなどで掲載して宣伝になればいいという心なのだろう。

近代美術館は、特別展は撮影不可だけれど、常設展と言うのだろうか、いつでも観られるものは撮影可だ。
国立博物館は、撮影してはダメなものが指定されているだけで、基本的には撮影可だ。

でも、こないだのギリシャ展はダメだったし、国立博物館で不可解なのは改装を終えた表慶館が館内撮影不可なことがたいへん残念だけれど、
独立行政法人にオレサマごときが何を言ってもごまめの歯ぎしりなので、言わない。



山種美術館のこの展覧会は、写楽の、
 三代目坂田半五郎の藤川水右衛門
 二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉
が撮影可だ。

先週は無荷物で見物したけれど、今回はカメラを持って入った。


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刷り物だから、同じ意匠でも差が現れてそれがまた各作品の特徴になっているという。

それが判る絵が広重の東海道五十三驛の江戸出立・日本橋だ、と展示物に説明書きが添えてあった。
日本橋の左上の空に、雲が刷られているのが初期のもの、雲が削られて暈しだけになっているのがそれ以後のものだという。
山種美術館の日本橋はその初期のもので、国立博物館の日本橋は以後のものだということになる。

隣の空き地に囲いができたってねえ…

それを知ったおかげで、さあ気になって仕方がない。
品川から京師まで残りの54枚、全て空をチェックした。
たいへん専門的な見方をしたわけで、もはや見物ではなくて研究であろう。

どうりで疲れたわけだ。
ヒールが旨いに違いない。

が、それはまだまだ別の話である。


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ちなみに、知ったふりをして五十三驛と書いたのは、絵の無い、文字だけの表紙も展示してあり、それに五十三驛と書いてあったからだ。


そうして、勝川春章の四代目岩井半四郎のおかるをじっくり鑑賞し、
んー、鑑賞なんてもんじゃないね、やっぱり、見物だねー、
それで鈴木春信の梅の枝折りも好いけれど、それよりも春信の色子と伴がとても好かった。
伴が、というこの場合の伴ってのは、おそらく箱屋のことで、箱屋と言えば、
 浮いた浮いたと浜町河岸に 浮かれ柳の恥ずかしさ
花井お梅の明治一代女、そのお梅の箱屋の峯吉の、その箱屋のことである。

そんなん知るか、って話だろう。

その箱屋らしき伴の表情と足取りがとてもモダンで、芝居町の横丁を歩いている二人が鶯茶の幕を背景にした彩もよろしく、展示の中いちばんの好みであった。


が、絵葉書は無く、図録の中での扱いも小さい。
残念でならない。
写楽より、こっちを写させてほしかった。


と言うわけで、先週観そこねた感じがあった絵もたっぷり観て、結構な時間だった。

もちろんビールがたいへん美味しかった。

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オレたちの、

と言うと、
 オレたちの松尾雄治とか、
 オレたちのキャプテン・スティーブンジェラードとか、
 あるいはオレたちのスキッパー・サムウォーバートンとか、
 オレたちのセンター・ジェイミーロバーツとか、
まずそういうところが世界的常識と言うやつだろう。

しかるに。

俺たちの国芳 わたしの国貞 ボストン美術館所蔵 ときた。

オレと俺の違いはあるが、心惹かれるキャッチフレーズには違いない。


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神宮前の用事が終わって次の用事までにぽっかりと空きができた時、たまたまその朝 Bunkamura ザ・ミュージアムの看板を観ていたとしたら、誰だって、それじゃあちょっと行ってみっかなー、という気持ちになるはずだ。

それで行った。

たまたま大雨の日でたいへん空いていたのでシメシメしめこの卯さ兎さと思って油断してのんびり観ていたら、同じような心持になった人が多かったと見えてワタシのあとに大デレゲーションが入ってきて、おかげでたいへん観づらい思いをすることになってしまった。

なにしろ刷り物だから画が小さいうえに、文字が入っていたり判じ物だったりするので、ついじっくりと観なければならないわけで、そうすると枚あたりの滞留時間が長くなって、しかも枚当たりの可鑑賞人数は数人に制限されるので、たいへん詰まる。
たとえて言えばワタシの腸活動なみであろうか。

ワタシのように芝居が好きな人間にとって半四郎とか幸四郎とか菊之丞とか彦三郎とか三十郎とか團十郎とか仁左衛門とか海老蔵とか璃珏とか三津五郎とか、そんな文字が書いてあろうものなら喜びの極みで、なるほどー、確かに幸四郎の鼻は高えやだの團十郎はみんな眼がでけえやだの、もう気持ち悪いほどにやにやしていたのに違いない。

間の悪いことにさすがはシブガヤで、そういう芝居好きらしいおばさまたちがいっぱい来ていたらしく、あちこちが連れにそういうことをお喋りしてるからますます詰まる。

米を食べなかった頃のワタシの腸活動なみである。


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いろいろ気に入った画はあるのだけれど、とくに気に入ったのは国芳のこの画で、これは役者が壁に落書きをしましたという体の「荷宝蔵壁のむだ書き」という表題。
これを観ると、浮世絵の作法というのは様式であったということがよく解る。
当時の画家はたいへんモダンで、かつは大物と言えどもワタシどもと同じような感性であったということに、安心というとちょっと変だけれど、妙な連帯感を抱いた。

そして、やはり浮世絵はイラストレーションなのだなとつくづく感じたのであった。


そう言えば道頓堀芝居の楽屋風景と言うのが抜群に面白かった。
あれの絵葉書があったらぜひ欲しかったのだけど、展覧会では、だいたいワタシが気に入った画の絵葉書は売っていない。
「むだ書き」の絵葉書があったのは奇跡であろう。

黄金週間には図録がやってくる。
それが来たらも一度ゆっくりと眺めることにする。

空いていたらも一度観に行きたいんだけど、空くわけはないから無理か。

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