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9 徳ちゃんは答えました。 父親が早くに亡くなったこと。 お正月には、お餅どころか、何も食べる物が無かったこと。 長男の自分が働いて家族を守らなければと思って、学校を辞め、 北海道に出稼ぎに行ったこと。 初めての里帰りで、やっと、家族をお花見に 連れて来れたことなどを話しました。 徳ちゃんは、その時の自分の状況を説明して、大きくなったら、自分の家族や、 仲のいい友達なんかとご馳走を一杯持って、花見に来られるような、 立派な人になりたいと言いました。 それには、この立派な方々の写真に一緒に入れば、自分もきっと、 偉くなれるのではないかと思って、どうしても、列に入らなければ思ったと 告白しました。 そうすると、その方は、黙って写真に入ることを認めてくれたのでした。
8 写真屋さんが、「は〜い、撮りますよ!」と言った途端のことでした。 徳ちゃんはチョコチョコッと近づきその偉そうな人々の横に並びました。 が、途端に助手の人に「コラ〜!」と怒鳴られ、つまみ出されてしまいました。 それでも徳ちゃんは、2度でも3度でも、怒られてもつまみ出されても、 列に入ります。 とうとう、一番偉そうな髭のおじさんが、 「どうして、写真屋さんを困らせるのかね?」と聞いてきました。 徳ちゃんは、泣きそうになりながら、 自分の気持ちを打ち明けることにしました。 徳ちゃんは、今まで、写真を撮ってもらったことなどなかったのです。
7 4ヶ月程働いて、始めての里帰りは、花見の時でした。 わずかですが徳ちゃんの働いたお金で家族が、お弁当をつくって、 弘前公園の観桜会に行くことが出来たのでした。 徳ちゃんのお母さんや弟姉妹も嬉しくて、嬉しくて、 久しぶりの花見を楽しみました。 その時でした。 ある一つの花見の宴会が目に入ってきました。 それはとってもお金持ちの人達でした。 ひげを蓄え、紋付袴の偉そうな人々や綺麗な着物を着た 芸者さんたちが楽しそうに唄ったり、踊ったりしています。 徳ちゃんは大人になったらあんな風にお花見が出来る人に なりたいと思いました。 それには一生懸命働いて立派な人にならなければと思いました。 するとその宴会の人々が、椅子を並べ整列しています。 何が始まるのかと思ってみていると、記念写真を撮るようでした。
6 12才の徳ちゃんには、仕事も又、厳しいものでした。 厳しい寒さの中、辛い水仕事が、徳ちゃんの仕事でした。 12歳の徳ちゃんの小さい手はしもやけで真っ赤にはれ、 そして、あかぎれも一杯出来ています。 でもその頃は付ける薬さえない時代でした。 でも一緒に働く大人の人達は「徳、徳・・・」と可愛がってくれて 頑張れたのです。 きっと、徳ちゃんを見て我が子を思い出していたのかもしれません。 その頃の炭鉱は朝6時から夜8時まで働くのでした。 ですからその賄となると、朝3時には起きてご飯を炊かなければ 間に合いません。 みんなが出かける前には、お昼のおにぎりも沢山握らなければいけないのです。 そして、夜は夕食の後片付けをし、そして朝の用意をしてから寝るのですから、 いつも寝るのは、12時過ぎでした。 それでも徳ちゃんは辛くはありませんでした。 これで、誰の世話にもならずに、お正月お餅を食べられるし、 家族で、お弁当を持ってお花見にも行けるのですから。 母さんのホッとした顔が頭に浮かびます。 それだけで、徳ちゃんは頑張れたのでした。
5 そこで、北海道に出稼ぎにいっている近所のおじさんに頼んで 一緒に連れて行ってもらうことにしました。 徳ちゃんは、6年生でしたが、家族のに為に、 尋常小学校を、中退することにしたのでした。 今の時代でしたら、12歳の子供を雇ってくれる人はいませんが、 家庭の事情を話すと下働きの仕事をくれました。 その仕事は、炭鉱で働く人達の賄いの手伝いです。 北海道の寒さは、青森の冬の寒さとは比べられない程の 厳しいものでした。 それを1月の一番寒い時期に入ったのですから その、厳しさは、想像もつかないくらいです。
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