無題
入院生活また長引いてブログの更新ができずに、すみません!! では前の続きにいきます!!!(いきなりですみません!!) そして転院した病院に来て6日目には、手や指の皮がむけてきたら治ってきた証拠みたいで、璃桜も手の皮がむけてきました(^^) しかし目の腫れもとれず、遊びはするがまだ笑顔は無い。 そして何よりも入院する前は人見知りも無かった璃桜でしたが、入院生活になると24時間完全介護になったのと、病気と重なり、うちが居なくなると泣く泣く泣くでしたので、璃桜が寝てる間に自分の食事の弁当を買い、又は風呂に入りと・・・・してました。 平日は病院内に保育士さんが居たので、寝てる間に起きても安心はしましたが、土日は休みやったのと、土日は人の感じも少なく感じるし、入院中は土日が来るのが嫌やったわ(><) そんなかんだで、璃桜も熱がずっと下がってるし、冠動脈の具合によっては退院できるかも??と言われ うちもルンルン♪♪としてて、次のエコーを待ってました。 そして入院16日目エコー検査をしたら、璃桜の冠動脈には4mmの瘤が出来てしまい、しかも1か所だけじゃ無くエコーで見える限りでは、3か所ありました(;;) なので退院は出来ず、又しばらく様子を見ましょうって事で入院生活が続きました(;;) そして入院19日目になると笑顔も出てきて、うちが少し離れても泣かなくなり、看護婦さんも慣れてきて、体重も良い感じに増えてきてたのに・・・・・・ この日の夜21時に何か璃桜の体が熱いと思い、ナースコールで看護婦さんに来てもらい、体温を測ると 「 えーーーーーーーー39.0度あるやん!!!!!! 嘘やん、まじで(;;)」 もう、看護師さんも慌てて、心電図、血圧測るのを璃桜の体につけ、又祭日とあり循環系の専門の先生は休みで(;;)別の小児科の先生が来て 「取りあえず、熱が下がって2週間たってるから、川崎病の再発では無いとは思いますが、明日まで座薬を使って様子みましょう」と言われ、うちは 「どうか川崎病の再発でありません様に・・」と願い、旦那も心配するからこの日はメールするのも止めて朝を来るのを待ちました。 そして朝になり、先生が来て直ぐに血液検査をしましょってなり、朝から血液検査してる間に旦那からメールがきて、内容が 「 琉生が熱が出てる・・・」 「今から診療所に行ってくるけども、インフルエンザじゃ無かったら良いけどもね」 とメールがあり・・・・・ またしてうちは・・・・・ 『 ガーーーーーーーーーーン(;;)琉生大丈夫なん??? 』っと願い・・・ 『どうかインフルエンザじゃありません様に』と願い・・・・ そして璃桜は血液検査から帰ってきて、又川崎病の再発の可能性も無くは無いから ガンバーグロプロリンと何かの菌が入ってるかも知れないので、抗生剤の点滴と血のサラサラにしてる点滴と3つの点滴をしなあかん、小さな体の姿はさすがに可哀想で(;;)辛かった(;;) そして点滴を始めてからは、昼の13時には36.8度まで下がり、一安心してても今度は琉生の様態が気になり、旦那にメールしたが 『診療所が凄く混んでて、午後からなる』って返信がきて まつど 旦那から来たメールが・・・・・・・ 『琉生、インフルエンザA型だった』とメールが来て・・・・・ 『 何でこんなに立てつづきに嫌な事が起きるの〜〜〜(;;)???』って思い 直ぐに旦那に電話して琉生に変わって貰って 『 琉生 大丈夫か?? 』 涙声で 『 大丈夫・・・・』ってこらえてる声を聞いた時は ほんまに子供がしんどい時に傍に居てあげれなく、ほんまに島の不憫さにはほんまに痛感しました。 また近くに自分たちの親、親戚も居ないのも不憫さをっめっちゃ感じました。 でもこんな苦しい時に友達が来てくれて、子供の弁当の残りやからさぁって言ってくれて みたらちゃんとしたお弁当を作ってくれたのは、ほんまに感謝の気持ちで一杯でした!! ほんまにあの時に食べたお弁当は、何より美味しいかったよ!! そして璃桜は熱が上がることなく、血液検査の結果から熱が出た原因は、点滴の注射針から何だかんだでばい菌が入り熱がでた可能性が高いので、川崎病の再発は少ないでしょうと言われ一安心だが、抗生剤の点滴は2週間になるって事で、入院生活は再び延びることになりました・・・・・・・ つづく・・・・・・
|






