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時津港に行った・・・。
そうだ、
「二十六聖人殉教地・西坂の丘」に
まだ行ってなかった
「ココウォーク」の「龍馬様」を右手に眺め・・・
NHK長崎の福山「龍馬様」から左折し、急な坂を登る。
後、100mで殉教の地。
この階段をのぼると・・・
「日本二十六聖人殉教記念碑」 彫刻家・舟越保武氏の作
祈る少女とその母(観光客のよう・・・)
人若し我に従はんと欲せば 己を捨て
十字架をとりて我に従ふべし マルコ第八章 ・・・の文字が。 拡大すると読めます
聖フィリッポ西坂教会(設計者:今井兼次氏)
「アントニオ・ガウディ」がふっと頭をよぎった・・・
帰る途中、正面に「稲佐山」が見えた。(平和だ〜
外国人宣教師6名と日本人信徒20名(うち2名は道中自ら志願)が
耳と鼻を削ぎ落とされ、(刑の執行にあたった石田三成の配慮により
左耳の一部を切り取るだけで終わったのでは・・・と言われている。)
京都・大阪から歩かされ長崎に到着。(途中、船も使用。)
キリストが十字架にかけられたゴルゴダの丘に似ている
という理由で宣教師らが願い出た、この「西坂の丘」で
彼らは十字架にかけられ、槍で突かれて処刑されました。
26聖人の指導者だった「聖ペトロ・バプチスタ」をはじめ、
最年少12歳の少年「聖ルドビコ茨木」等々
多くの信者たちがこの地で天に召されていきました。
☆その後、西坂の丘では600人を越えるキリスト教徒の血が流されました。
・・・おしまい。
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日本26聖人
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長崎に越してきて、十数年、
初めて訪れた時津港。(近くは通っていたけれど・・・)
目的の場所(物)を探す。
なかなか見つからず、ウロウロ
ペーロン船発見
・・・これじゃない
着いたのがお昼過ぎ。(お腹が減ってる
日曜日はカレーの日
港にあるホテルのレストランで
遅めの昼食
カツカレー(ミニサラダ付き) 450円
うどんセット(おにぎり、唐揚げ付き) 450円
そばに座った若い男性は一人で
カツカレー、スパゲッティミートソースを注文。(それでも800円
・・・そして・・・
それはホテルのすぐそばにあった。
「日本26聖人上陸の地」の碑
ただ、それだけ・・・
あっけなく建っていた。
(実際上陸した場所は、今の時津町役場、時津警察署のそばになるそうです。)
説明文をじっくり読んだ。
何故。何故。
私には理解できない・・・
「岡山で行をともにしたいという信者が二人加わった」
それが信仰なのか。。。
昔とは、すっかり変わってしまった時津港です。
・・・おまけ・・・
「上陸の地」の碑のすぐそばにあった、恵比寿さんたちです。
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ここは、閉園した「旧オランダ村」
今は、西海市役所西彼総合支所と
県央振興局農林部西海事務所が移転してきています。
・・・こちらは、通過しただけ・・・
・・・そして・・・
また来てしまいました。
道の駅「彼杵の荘」
東彼杵・・・「お茶とくじらの町」らしい。
抹茶のソフトフリーム
ちょっと食べてみたかった
・・・そして・・・
今回の目的:「日本26聖人 乗船場跡地」
車はそのまま「彼杵の荘」の駐車場に、
細い道を歩いて行く
その場所は、そこにあった。
ひっそりと、
雨に濡れ石碑が建っている・・・ 詳しくはこちらを
子供たちもこの地を守ろうとしている
帰る途中、石塔が建っていた。
前回、来た時「彼杵の荘」について記事にし、
「海比古さん」から26聖人乗船場跡地について教えていただいた。
その時から、また行きたいとずっと思っていた。
ここから船に乗り、
時津港で降り、
西山の地で処刑された26聖人。
歳は12歳〜64歳、全てが男性。
京都(大阪)から長崎まで死の行進をさせ、キリシタンのまち長崎で
公開処刑をすれば禁教が徹底すると思ったのでしょうか
次は、時津と西山か・・・。
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