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時代超え交流再開へ、
小田原市と奈良・斑鳩町が法隆寺の縁で
神奈川新聞 2012年1月7日
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◆斑鳩町交流展 記念講演会
①「飛鳥時代の斑鳩の様相− 法隆寺食封が結ぶ小田原との 絆−」
斑鳩町文化財保存係長 平田政彦
②「歌人『相模』の東下り」
文教大学講師 鳥養直樹
報徳博物館にて
小田原市郷土文化館より徒歩3分 2月26日(日) ①午後1時〜午後2時30分、 ②午後2時40分〜午後4時10分 一般 各100名 無料 往復はがきに希望講演名・郵便番号・住所・氏名・電話番号を明記し郵送 ※締切は2月10日(金)必着。申込多数の場合は抽選
小田原市郷土文化館 〒250-0014 小田原市城内7-8 電話:0465-23-1377 FAX:0465-23-0672 ◆斑鳩町交流展 「飛鳥時代の斑鳩と小田原」
小田原市郷土文化館
JR・小田急・箱根登山・大雄山線「小田原駅」下車、徒歩15分 平成24年2月25日(土)〜3月25日(日) 午前9時〜午後5時 一般 無料 ・・・・・・
早川の郷土史家の青木友吉さん(故人)は、自著の中で、早川周辺では早くから製鉄が行われていた事を示唆しておられた。
早川には牧があったことも。
製鉄は燃料としてずいぶん木を切ったはず。
それとこれと時代がフィットしているかどうか分からないけど、その辺の事を是非知りたいものだ。
講演会は参加しよっと。
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このGW中暇なので板橋から早川までウォーキングしてるのですが、紀伊神社の掲示板にはびっくりしました。木挽師ってもっと山奥にいたものかと思ってました。また親王伝説が早川にあるなんて…やはり製鉄や牧があったりしたことと関係あるのでしょうか?自分が知っている限り北条氏が水軍を編成するために紀伊半島から海族を連れてきたのは事実らしいですが、その人々が作った神社なのかと思いました。
2019/5/3(金) 午後 10:21 [ 阿弖流為 ]
久々に開けてみました。コメントありがとうございます。
先日この地域在住の小倉さんという大工さんにお会いしました。一族は代々紀伊神社を大切に守っているとのことです。木地挽きの末裔はいつ頃からか大工さんになられたようです。大工の仕事に誇りを持っておられる方でした。
2019/7/1(月) 午後 10:19 [ 野良子猫 ]