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2月、下曽我梅林の梅を見に行く度に、宗我神社近くにひっそり建つ、 無住の「雄山荘」の門の隙間から、お洒落な木造の家や庭のたたずまいを拝見。 作家太宰の存在を身近に感じ、文学なかほりを楽しんでいました。 毎年のように訪れていましたが、年々荒廃が進み、 痛ましいなぁ勿体ないな、市で保存出来ないものかと思えど、 所有者に売却の意志無しのまま今回の火事に遭遇。 ■関連記事追記------------------------------- 今春 2009年2月21日撮った「雄山荘」の門です 太宰治の小説は、本の蟲だった若い頃いろいろ読んで 青森下北半島の旅の帰りに、友人達と別れて一人 憧れの「斜陽館」へお泊りに。 予約無しでいきなり飛び込んだので、 西日の射す4畳半でした。真夏8月まさに斜陽の部屋?! (当時は、記念館兼旅館として宿泊可能でした) その翌日、小説の舞台に憧れて、土埃のでこぼこ道をバスで十三湖へ。 家家に風除けの細い板を立てた柵がひょろと立つ寒村でした。※斜陽館 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%9C%E9%99%BD%E9%A4%A8 上記よりコピー 「雄山荘」(ゆうざんそう)は、神奈川県小田原市下曽我にある別荘。 太宰治の小説「斜陽」の舞台となった。 概要 昭和初期、東京の印刷会社社長の別荘として建築され、親類のつてで太宰治の愛人であった太田静子が太平洋戦争中に疎開してきた。 「斜陽」のもととなったのが、静子が実母と暮らしたこの別荘での日々の日記である。 1947年2月太宰が来訪し6日間滞在。この間、静子が後の太田治子を身ごもる。 1951年静子が去り、1993年頃、最後の借主が去り、以来、現在まで無人である。 太宰ファンらが4000名の署名を集め小田原市に別荘の買取りと保存を要望したが、現所有者に売却の意志がなく、現在、老朽化が激しかった。 2009年12月26日早朝(JST)に全焼した。 さても文学な乙女nora、十三湖見学の次は、秋田からご招待のあった 俳句仲間の家へと。 途中鯵ヶ沢駅下車、海の幸を求めて海岸をぶらぶら。 食いシンボnoraは、とある素朴な食堂にて、 氷の浮いた塩水できゅっと締まった あわびの水貝をいただきましたのであります。 水貝を堪能したあと、鯵ヶ沢から乗った列車に、若い母が大事にしっかりと 胸に抱いて見つめている生まれたばかりの赤ちゃんと、その祖母さまと同席。 生粋の東北弁の会話は、まるで異国の言葉を聞くようで・・・ noraより少し若い母の真っ当な生き様とくらべて、俳句にのめりこんで ヤクザな人生を歩むであろう自分の未来が思われる・・・ そんな事をひしと感じる東北の旅ではありました。 秋田では俳句仲間の家に連泊。連日句会あり、男鹿半島めぐりあり、 沢山の秋田の俳人達、佐藤誠二さん、今は亡き手代木唖々子さん、 論客故・野呂田稔さん、などにお逢いできて楽しい旅でした。 夏の朝食に出た「ジュンサイのお味噌汁」は絶品で、 すご〜く気に入り、 秋田では、八百屋で生のジュンサイを買うのだと。 お料理を作ってくださったS夫人にお願いして、 お土産に生のジュンサイを買っていただきました。 帰りに秋田駅で瓶詰めを見つけ、またとない機会だとばかりに 追加購入、満足でした。 その後秋田へは一度も行くチャンス無し! されど、食いシンボnoraはしょっつる鍋、ハタハタ寿司にも嵌まってます。 今は、秋田にブログ友2人在り、うらやましいグルメ暮らしの情報に よだれを垂らしてますです。 |

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