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書庫阪口涯子句集・解説・井上光晴

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解説 5

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   ★ 阪口涯子句集・解説・井上光晴 (5)完

 「リズムは思想だ」という考えには、リズムこそ思想に通じる一種の甘さがあり、にわかに頷き難いのだが、涯子の実作はむしろそういう言葉で拘束できぬ文学としての自由な呼吸が脈打つ。

    
           海辺にてあしたのことも解りますの

           からすはキリスト青の彼方に煙る

           胸にラッセル逃亡の一獣群写り


 海辺に佇む人はきっとやさしさのあまりに明日を望んでいないのである。黒い十字架と化したからすは、裏切者たちを嘲笑するかのように、ただ一羽離れて中空の青に消え行く。

 それらはゆるぎのない情景であり、優に小説一篇の秀作に比肩し得よう。にもかかわらず、これをも文学的過ぎると批評すれば、それこそ散文作家の現代俳句に対する偏見であろうか。

 つまり、どのようにも解釈できる方法と表現から、ついに逃れられぬ運命を、阪口涯子もまた背負っているといいたいのである。からすの句について「想念の色調」を見る金子兜太のみごとな鑑賞をわれわれは知っている。

<老ゲリラ無神の海をすべてみたり>を「非情を知り尽しての感受」だと受
け取る堀葦男の解釈は、それなりに筋が通っていよう。

「砂」を主題にした作に対する八木原祐計の批評も反撥を覚えない。しかも、なお私は潟に身を果つるという涯子作への印象を拭い去ることができないのだ。

涯子の文学精神は代表作を遥かに越えて「青の彼方に煙る」ものではないか。


             蒼々と猫族翔べり俺の旗

解説 4

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   ★ 阪口涯子句集・解説・井上光晴 (4)


 砂之章はひときわすぐれて虚無的であり、フォークナー流にいえば、響きと怒りにみちあふれている。
 
求めようとしないからこそ、神は答えないことを、涯子は知りつくしている。

  
          どろんと赤道直下ちっとも神答えず

          首かざりのような夜景のひとり仕官

          
 「ちっとも」は、地球の重さをはかろうとする不逞な涯子の計算である。彼にとっての慄えは、神の存在ではなく、醜と美を紙一重にしばる現実そのものである。


           旗に咳し砲に咳して白瀑布

           れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ


 <れんぎょう雪やなぎ>を例にあげながら、涯子自身、創作の根底となるべき  方法について語っているので、少し長くなるが引用してみよう。
 

 ぼくの口語表現というのは、さっきもいいましたが、ぼくの血液に近いようなものが前からあった、ということが一つ前提にあると思うんです。
それから、長い口語俳句のトンネルを通って、全部口語でやろうというような野望をいだいて、口語俳句の世界で悪戦苦闘して、

結局無駄な努力を十数年重ねて、実りなきものを実験したというその結果が、しかし、ある意味では自分のプラスにもなったと思いますし、なるだけ口語的な表現というか、発想というか、表裏一体のそういうものになって、

そして仮に<れんぎょう雪やなぎ>という、あれは、リズムは、九七三ですか、九七三というのは合計したら、十九音か、 十九音というのはそれほど長くはないが、リズムは五七五原型から、

かなり離れたという感じがあるから、ほかの人はリズムの堕落だというかもしれないけど、ぼくは、自分自身の身についたものでなんの抵抗もないですね。ぼくにとっては、リズムとは内側にあるものであって、外側にあるものではない、ぼくのリズムはぼくだけのリズムであって、それはもうすでにフォルム

というよりはむしろぼくのスタイルだと、そういう風な感じなんです。スタイルといういい方のもう一つ内側には北川冬彦だったですか「リズムは思想だ」という、そういう考え方に今立っているわけです。

<れんぎょう雪やなぎ>の句だって、自分としては、スタイルと、大きい意味の思想と表現が一体となって、結局自分自身であって、五七五からはるか遠ざかったという抵抗は全然感じていない。

ぼくのいまの作品、みんなそうだと思っているんです。

解説 3

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   ★ 阪口涯子句集・解説・井上光晴 (3)


 中之章四五句もまた、「青い花無く粘土の夏の夜学生」という慕情に似たやさしい叫びに包まれている。
 
           ふかい木目の垂直の家友ら消え

           学虚しそれから電車走らせる

 燃焼しつくした作品であろう。だが涯子の胸奥にはつねに、燃えつきることのない「こんとん」としたものが沈殿している。

彼の作が突如として、殆ど信じられない位の青春の焦燥感にさいなまれる
のは黒々とした胸のなかのつぶてを、一気に放とうとする時だ。

 「エンタープライズの橋」五句は、涯子の句が歴史の階段を、上昇も下降もならず、ただたちつくすのみの姿である。作品もまたそれ故に身動きもできず、熟していない。



          若い樹の花満開の泣いている橋

          ドストエフスキーの斜めな灯柱橋蒼ざめ

          凍海のくやしい過去の自分たち

          白い杖のまわり鉄片ふりつづける
 
          黒潮はてる街の無名なしずかなデモ


 黄沙すすりなく全く個人的な男、という激しい想いを彼方に配しているのだから、一層エンタープライズへ接近する短絡さが目立つ。

 流浪の果て、彼は砂丘に歩匍いつくばう草花をいつくしみながら海原を望むが、握りしめようとすればする程、砂は指の間から落ちこぼれる。

無残な時刻はすでに足許までしのび寄っており、つかみかけたかに見える太陽は蒼ざめるのみ。神は「ちっとも」答えないのである。

解説・ 2

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    ★ 阪口涯子句集・解説・井上光晴(2)



             海も河もしんしんと凍りわが喪章      
      
             ひと葬りぬ氷片浮ける蒼海のほとり

             にんげんの死蔓草のごときものをのこし  ・・・・・「凍河(二)」



 と、 「辺陲て(二)」を並べてみよ。


            碧落もしんしん凍る木の下よ

            冬天のもとの木椅子に寄らんとす

            施療行冬木の繊さ天に描かれ

 
 喪章にこめられた感傷をとるか、それとも木椅子の固さをよしとするか。
作としてはむしろ木椅子に及ばず。氷片浮ける一瞬、作意の様式を思うは、矢張り「リアリズム」に災いされるか。・・・・・(略)

(1957年秋ノート)

 それでいて、58年春に発表した『ガダルカナル戦詩集』の表紙に、「辺陲にて」一連の句を使用しなかったのは、木椅子の硬質をあえて避けたのかもしれない。


 「昭和十三年」より「昭和二十四年」まで、いわば遠く去り行く漁火を見送る孤独者の憂愁こそ、この句集に点滅する灰褐色の影をひきずる標灯である。



 LONGの章の冒頭、

       
            落日にこたえる落日いろのじゅうたんなし


 と、くちずさむ詩人の目の冷たい痛ましさをみよ。


            門松の蒼さの兵のズボンの折り目の垂直線のかなしい街

 定型も反定型も非定型すら無視せざるを得ない、涯子のひよわな魂。強靭とはどうあってもいいくるめることのできぬ長い昼は、恐らくこの句を境に、一瞬のうちに傾くのであろう。すると誰かがいう。


          六月の薔薇、大連にいたエミリーを悲しむ

  

解説・ 1

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   ★ 阪口涯子句集・解説・井上光晴(1)


 涯子へー
 
 阪口涯子は流浪する戦闘者である。或は撃たれる人といい換えてもよい。それはむろん

「老ゲリラ無神の海をすべてみたり」

「蒼穹に人はしずかに撃たれたる」

という作品をそこにおいていうのだが、言葉だけのかかわりではなく、数十年をへだてる秀作の間に放たれる苦渋にみちた表現者の苦闘は、文字通り文学に撃たれた人間の苛烈ないきざまに裏打ちされていよう。

 1951年夏、朝鮮戦争の渦中、涯子から手渡された『北風列車』の頁を、夜店通りにある旧第一中央館の休憩時間に、私はめくった。

白い簡素な表紙にくるまれた句集をふたたび開いたのは、製氷会社の前の錆
びた桟橋である。これは癈屋でひもとくべき文学なのだという戦慄に似た思いがわが身をゆさぶったからにほかならぬ。



        苦力の子母の肩なる荷をなぐさめ
   
        巻ぶとん並べ税吏の指をおそれ  

        苦力群れ曠原北に乾燥せり

        ちよろずのかなしみの雪ふる島あり


 数年後、私はそれらの句を小説『ガダルカナル戦詩集』に「長崎医科大学附属看護婦養成所事件」の厭戦俳句として登場させているが、今、自作ノートや日記を検証すると、1957年から58年にかけて、随所に涯子の句への幼き批評を試みていることが判明する。

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