FC2ブログ 「阪口涯子の俳句」 管理人=阪口涯子応援隊
FC2ブログ「阪口涯子の俳句」
2013年2月3日
yahooブログ「野風俳句日記」の 阪口涯子関係書庫 を
FC2ブログへ引越しました
が yahooブログの書庫も 今まで通りお読みいただけます
ご遺族から公開の了承をいただきましたので
すっきり独立した 阪口涯子作品のみのブログとして公開
ただし 貴重なコメントが全部消えてしまいましたのは
とっても残念です
コメントいただきました皆様にお詫び申し上げますm(__)m
おまけに 引越し当初は yahooで書庫別に掲載していたのが ちゃらになり
UPした順に記事が並んでいたので
カテゴリー別(書庫別)に 再編成の作業があり
慣れないFC2仕様にとまどいながら 一晩かかって
なんとかやっつけました
FC2へのブログの引越しは 「野風俳句日記」の記事全部1660件を一括引越し
自動でいつの間にか引越しが出来
「引越しが完了しました」というメールが入る(2時間ほどで引越し完了)
部分引越ししたかったのですがよく分からず・・・
しかーし 便利ですね すごいスキルです 感動です
2006年1月〜9月までの「阪口涯子関係書庫」記事と
それ以前の2005年11〜12月の記事を残して あとは全部削除
6年分の記事1300件ほどを せっせと消しに消し
すっきりしました
FC2ブログは容量 20GB→ じゃなくて 10GB でしたごめんなさいm(__)m
yahooブログは容量 2GB (画像容量制限) 文章は無制限だそうです
現在使用容量を調べることは出来ず・・・
一回2MBまでUP可能
noraは一回1MB使用と考えて、1660MB使用済み?
2005年から始めて8年目になり
書きちらかした あばうと記事や へぼい芋虫写真なども溜まりそろそろ
2GBに近くなってきました?ので
バックアップも兼ねて ブログの引越しを試してみました
意外と簡単でした・・・
|
■TOP・阪口涯子
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(17)
|
■2013/2/1
以前から気になっていた 阪口涯子さんのご遺族と連絡がつき
拙ブログで 俳句や文章を 公開してもよいと ご了承いただきましたので
さっそく 全書庫を公開します
阪口涯子の俳句を 世界に発信することが
拙ブログ開設の主目的であり 心おきなく公開出来て とってもうれしいです
阪口涯子応援隊・・・nora記
■2013/2/8 ・・・追記
ご遺族代表の Yさまから
「父阪口涯子の著作のすべてを インターネット上に公開することを 了承致します」
という書面・捺印と 下の句碑写真コピーを 送っていただき
記事に追記のご了承をいただきましたので
UPさせていただきました
Yさま ありがとうございましたm(__)m
▼ 1991.9.15 阪口涯子3回忌に 句碑建立(佐世保市・弓張岳) 2句
ちよろずのかなしみの雪ふる島あり
空に鳥たち茗荷はうすく礼装して
■9月20日は俳人阪口涯子忌 一句
風の九月銀河へ涯子の書庫ひらく 野良
▼阪口涯子・79歳 ▼阪口涯子・80歳
『航海日誌・黒の回想』扉の写真 秩父にて(1982.7)撮影nora
■阪口涯子の7句 nora抄出
海峡はいちまいのハンカチ君の遺髪ぼくの遺髪をつつむ(1950年作・nora註)
門松の青さの兵のズボンの折り目の垂直線のかなしい街
れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ
むつごろうわが逆光の泥はなびら
からすはキリスト青の彼方に煙る 凍空に太陽三個死は一個
空に鳥たち茗荷はうすく礼装して
(この句は 涯子さんの故郷 佐世保の句碑に刻まれています)
短歌より長い音数の 自由律俳句を経て 俳句定型575へ回帰した俳句遍歴
医師として戦中戦後を生きたあかしが
3冊の句集『北風列車』 『阪口涯子句集』 『雲づくり』と
著書『航海日誌・黒の回想』に躍動しています
1989年9月20日 敬愛する阪口涯子氏が 87歳で他界しました
『海程』(俳句同人誌)で
氏の晩年にお付き合いさせていただき
お逢いしたのはたった2回 秩父と佐世保
ダンディなお人柄と 俳句のファンです
好きな俳人は?と聞かれれば 即 阪口涯子!
灰白のコスモポリタン涯子 (『雲づくり』 解説で 金子兜太氏命名)の
珠玉の俳句をご紹介いたしたく ブログを開設 涯子俳句の書庫作成
沢山のコメントをいただきありがとうございました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 阪口涯子紹介 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
九大俳句会で吉岡禅寺洞の指導を受ける
満州(大連)で医院を開業
戦後満州を引揚げ 故郷佐世保で医院開業
1950年 第一句集『北風列車』刊
俳誌『海程』の創刊同人
のちに「西海病院院長」を勤めたあと
65歳頃から数年 船医として 貨物船に乗りアフリカなど世界へ
『海程』に『航海日誌』を連載
最後の著書『黒の回想 わが俳句遍歴』
共に涯子さんの魅力全開の名文です
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ nora記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
薔薇を愛し 佐世保薔薇会会長だった涯子(がいし)さんへ
2010/12/23撮影 小田原フラワーガーデンの 薔薇を捧げます 著者略歴
阪口涯子(さかぐち・がいし) 本名・阪口秀二郎。 1901年11月11日 長崎県佐世保市生れ。 九大医学部卒、医師。 『俳句基地』 『鋭角』を主宰し、廃刊後『穹』顧問。 『海程』同人。 句集『北風列車』
『阪口涯子句集ー戦後俳句作家シリーズ(海程新社)』 句集『雲づくり』。 1989年9月20日没。 |
|
酔芙蓉農道(2012.9.22 午後3時ごろ)南足柄市千津島にて
11−11−111 へ 阪口涯子の書庫ひらく 野良
■2012.11.11は
阪口涯子(1901年11月11日生)
生誕111年にあたり ふと思いついて
関係書庫を11月末まで公開します
11ー11ー111
美しい数字がそろいました
拙ブログを 最近知った俳句仲間から
「黒の回想を読んでます 9月末までに読み終われるようがんばります」と
連絡あり
味わい深い涯子さんの 俳句や文章は
毎年9月だけの公開では ゆっくりお読みいただけないかもと
11月末まで公開を延期します
2006年1月〜9月まで 毎日涯子俳句記事をUP
気合を入れて 涯子さんの俳句を紹介しました
その後 いつの間にか ページのレイアウトが変わって
読みづらくなっています お許しください
かつて阪口涯子という男ありき
世界に向けて ご紹介したい俳人です
2012年9月30日
大型台風接近の日に nora
▼涯子さんにいただいた 源右衛門窯・絵変りぐい呑5客セットのうち 残り4客
粗忽nora 愛用の1客を 落として割ってしまいました 南無南無・・・
|
|
風の九月銀河へ涯子の書庫ひらく 野良
■9月20日は俳人阪口涯子忌
薔薇を愛し 佐世保薔薇愛好会に所属していた涯子(がいし)さんへ
2010/12/23撮影 小田原フラワーガーデンの 薔薇を捧げます
■阪口涯子の7句
海峡はいちまいのハンカチ君の遺髪ぼくの遺髪をつつむ(1950年作・nora註)
門松の青さの兵のズボンの折り目の垂直線のかなしい街
れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ
むつごろうわが逆光の泥はなびら
からすはキリスト青の彼方に煙る 凍空に太陽三個死は一個
空に鳥たち茗荷はうすく礼装して
(この句は 涯子さんの故郷 佐世保の句碑に刻まれています)
短歌より長い音数の 自由律俳句を経て 俳句定型575へ回帰した俳句遍歴
医師として戦中戦後を生きたあかしが
3冊の句集『北風列車』 『阪口涯子句集』 『雲づくり』と
著書『航海日誌・黒の回想』に躍動しています
1989年9月20日 敬愛する阪口涯子氏が 87歳で他界しました
『海程』(俳句同人誌)で
氏の晩年にお付き合いさせていただき
お逢いしたのはたった2回 秩父と佐世保
ダンディなお人柄と 俳句のファンです
好きな俳人は?と聞かれれば 即 阪口涯子!
灰白のコスモポリタン涯子 (『雲づくり』 解説で 金子兜太氏命名)の
珠玉の俳句をご紹介いたしたく ブログを開設 涯子俳句の書庫作成
沢山のコメントをいただきありがとうございました
涯子さんとは 親しかったとはいえ 著作権の関係から
2010/6月から書庫を非公開に設定変更
年1回9月には公開したいと思います ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 阪口涯子紹介 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
九大俳句会で吉岡禅寺洞の指導を受ける
満州(大連)で医院を開業
戦後満州を引揚げ 故郷佐世保で医院開業
1950年 第一句集『北風列車』刊
俳誌『海程』の創刊同人
のちに「西海病院院長」を勤めたあと
60歳頃から数年 船医として 貨物船に乗りアフリカなど世界へ
『海程』に『航海日誌』を連載
最後の著書『黒の回想 わが俳句遍歴』
共に涯子さんの魅力全開の名文です
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ nora記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
著者略歴
阪口涯子(さかぐち・がいし) 本名・阪口秀二郎。 1901年11月11日 長崎県佐世保市生れ。 九大医学部卒、医師。 『俳句基地』 『鋭角』を主宰し、廃刊後『穹』顧問。 『海程』同人。 句集『北風列車』
『阪口涯子句集ー戦後俳句作家シリーズ(海程新社)』 句集『雲づくり』。 1989年9月20日没。 |
全1ページ
[1]





