空と風

明けましたのでおめでたいらしいです

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日本一社 延喜式式内社 阿波國美馬郡 倭大國玉神大國敷神社二座 (論社) 倭大國魂神社

鎮座地 徳島県美馬市美馬町重清字東宮上3

御祭神 大國玉命 大己貴命 (徳島県神社誌による)

神紋 三つ柏

創祀年代は不明。
鎌倉時代(1185年頃-1333年)には隣接する重清城の小笠原氏に崇敬されていたとある。

また、隣接する「八幡古墳群」「大国魂古墳群」は、6世紀のもので、この一帯は古代から栄えた土地であることがわかる。


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八幡神社横の石段を上がる

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日本書紀によれば、崇神天皇の治世五年、疫病が流行し、人民に多数の死亡者がでた。
紀によれば、「大半」、記によれば、「人民死爲盡」(死に尽きなむとす)と記されている。

その翌年には、人民の心は離れ、反逆する者まで現れた。
その勢いは徳をもってしても治まらず、天皇は朝夕天神地祗に祈った。

これ以前は、天照大神、倭大国魂神、二柱の神を宮中に祀っていたが、その神々の勢を畏れ、天皇は皇女である豊鍬入姫命に命じ、天照大神を倭の笠縫邑(かさぬいむら)に祀った。
また、皇女渟名城入姫命に命じ、倭大国魂神を祀らせた。
ところが渟名城入姫命は髪が抜け落ち、体は痩せ衰え、お祀りすることが出来なかった。

これが、倭大国魂神の初見である。
つまり、いつから宮中に祀られているのか、この神の別名など、不明な点が多い。
また、天照大神については「倭の笠縫邑」に祀ったとあるが、倭大国魂神については書かれていない。
しかし、文脈からすると、同じく笠縫邑かその付近としか考えられない。

大国主神の別名のひとつが「大国魂大神」であるため、同神とする説もあるが、大国主神の娘下照姫命と結婚した天津族、天若日子の父の名は「天国魂神」であり、単純に「国魂神」がつくから同じ神といえるものでもなく、本居宣長なども同一神とする説を否定している。

その正体はともかく、「倭国の国魂神」であることは間違いない。
「○○国の国魂神」を「○○国」以外に祀ることは有り得ない。
他国から同じ神を勧請した場合には当然国名は記されないか「○○座」と元地との区別を付けて表記するものである。

殆どの日本人の思い違いに、「倭」と「大倭」=「大和」の同一視がある。はなはだしい場合は=「日本」としている。
この点に注視するだけで、歴史の見え方が変わってくるほどの間違いである。

日本中の式内社で、倭大国魂神を祀るのは当社だけだ。
すなわち、崇神天皇が祀らせた倭大国魂の神の社がここである。

他にも、この物語に関連してくる、ミマ・ミノ・オオタ・ミシマ 等、すべて当社周辺の地名である。




上の動画では、イスラエル大使が、神社の神紋を「メノラー」に似ていると言っているが、これは「三つ柏」だと思われる。

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葉の皺の形が似ているわけだが、枝が七本でなければメノラーとは言えない。
倭大國魂神社の屋根に掲げられた神紋は九本のようだ。
社殿の垂れ幕の神紋は七本。
従って特別な意味のない一般的な三つ柏紋だと思う。

ただし、柏の葉の模様がメノラーを連想させるのは確かで、なぜ古代から柏の葉が神事に使われたのかという謎に連想が及ぶことも直ちには否定出来ない。

が、これだけをもって古代ユダヤと結びつけるのは少し無理があるだろう。

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閉じる コメント(4)

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お久しぶりです。
大国魂大神についてですが、大和も阿波も同じような気がしています。
日本書紀の説では大国主ですが、少し違います。
大倭坐大国魂神社の大倭神社注進状によると、
大国主の荒御魂が大国魂神というそうです。

美具久留御魂神社に大国主の荒御魂神が祀られています。
美具久留神が大国主の荒御魂神ということになりますので、
美は美称で、ククリ神で白山姫=豊受大神のことじゃない
かと思うのです。
大倭氏(海神族)が斎きまつる神ですので、その祖神であるはずで
その点も符号しますし、真名井原という古墳が、
美具久留御魂神社にあり、この地名は豊受大神の降臨地には
つきものの地名です。

一方元々倭=阿波の国魂はオオゲツヒメですよね?
オオゲツヒメは、豊受大神と同一視できます。

2011/6/20(月) 午前 2:28 [ 昌幸 ] 返信する

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大国魂神について、出雲でも祀られています。

出雲の安来市に意多伎(おたき)神社がありますが、大国魂神を祀ります。意多伎神社は、京都の愛宕(元々おたきと読む)神社の元社
ではないかとも考えられ、京都の愛宕社の愛宕山は、秦澄が開き、
白山とも言うそうです。愛宕社の神は、白山神という訳です。
つまり、意多伎社の大国魂=白山神=豊受大神=オオゲツヒメ

こういった事情からみて、各地の大国魂神は、オオゲツヒメ
のことであろうかとおもわれます。
阿波→出雲・河内・紀伊→大倭、丹後→加賀・美濃とオオゲツヒメ信仰が広まったのではないかと・・・
(これはあくまでも私説です・・)

2011/6/20(月) 午前 2:29 [ 昌幸 ] 返信する

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昌幸さん、こんばんは。
しかし、すごいですねえ。これだけの文章になんという情報量、なんという深い洞察。以後、先生と呼ばせていただきます。
神社や祭神に関する一般的書物などには、通り一遍のことしか書いてないじゃないですか。

昌幸先生の説を拝見しても、ご祭神の正体と地名の由来の追求が歴史の解読には欠かせないという認識を強くします。

2011/6/20(月) 午後 10:00 のらねこぶるーす 返信する

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白山姫=オオゲツヒメ、というのはちょっと衝撃ですね。
ご存知のように菊理媛神は「紀」の泉平坂のシーンにだけ登場し、伊奘諾尊に何事か申し上げ得心させたとなっていますが、阿波の式内伊射奈美神社の有力な論社のひとつ高越神社のある、阿波説では比婆山だと言われれている高越山の麓の山に白山比売神社があります。

この一帯は忌部の里です。
泰澄を調べましたら、出身は越前国麻生津となっていますが、泰澄は秦氏のようですし、麻生津という地名も忌部の匂いがします。
徳島にも愛宕山が2箇所比較的近き距離に見られますが、これは阿波の海部・ワダツミ族の里にあり、その地名もなんと「福井」です。

福井県の名のもととなったフクイという地名も古くからあるが詳しいことはわからないようです。

オオゲツヒメについては、ちょっとスルーしすぎていたようです。
先生のご意見を参考にしつつ勉強してみて改めて記事にしたいと思います。またご指導ください。

2011/6/20(月) 午後 10:01 のらねこぶるーす 返信する

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