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アントキノワタシ

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思い出されて仕方がないので、ちょっと昔の話をします。

夫と結婚するとき、夫が転勤族だったこともあったし、昔だったので奥さんになるというのがひとつのゴールみたいだったこともあったのか、「イラストレーターになる、という夢はこれでおしまい」と、自分で思い込んでしまった。

子供も生まれてくるし、引越しもするし、思ってもいなかった海外転勤の話がきて、なんだかわーっと毎日が過ぎていったのでした。そんなとき、甲状腺の病気にもなったりした。それもまあひどくならずに済んだのですが、大きな病院の地下の放射線を扱う古くて暗い病棟に降りていくエレベーターが、どこまでも深い場所へ下りていくような気持ちがしたことをなぜかはっきりと覚えています。

ロンドンに着いてからは、そこに根付くまでが大変で、子供にかかりきり。夫は仕事仕事でけんかばかりでした。今にして思えば、お互いに余裕がなかったんだな。3年くらい過ぎて、子供たちも学校に慣れ、ホッとしたら、急に一人の時間ができました。ほんの短い間だけれど、自分に戻る時間。その自分と、お母さんや奥さんである自分との間にものすごく距離があった。お母さんや奥さんの顔が外側にあるのだけれど、その内側のずっと奥のほうに本当の自分がいる。その二つはまったく交わらなくて、パラレルな世界で、その間にある頼りないはしごを行ったり来たりするような感じにちょっと疲れました。

そのうちに、自分のそばに男か女かわからない、すごくきれいな天使みたいな人がいて、自分を慰めたり、励ましてくれる、という妄想にとりつかれてしまいました。あぶないなー。そんなに淋しかったのかなー。

そんなときに、ユング心理学の勉強会と、銅版画に出会いました。
他の奥様たちが刺繍とか、手芸とか、フラワーアレンジメントとか、シャドウボックスとかをやっていても私はどうしてもなじめず、何をしていいかわからなかった。そんなある日、リバティで一枚のエッチングを買ってから、こういうものを自分も作ってみたい、と思ったのが始まりでした。アートスクールを教えてもらってそこを訪ね、花瓶に挿した花の絵を描きました。それを刷ったときの歓び!

ユング心理学は、ロンドンではほんのきっかけで、日本に帰ってから本を読みまくりました。これまた、これだ!と思い、スポンジのように吸収しました。
私に話しかけていたのは、アニムスだということまで、ちゃんとユングの本には書いてあり、それが多くの場合、男か女かわからない、神性を持った美しい人の姿をとって現れ、その人の魂を活気づけ、その人本来の生き方に導く存在、と書いてありました。

私はあのとき、確かに自分の中のアニムスに助けられ、導かれたのだと思います。絵を描き始めてからは、その人はもう姿を現しません。そして、絵を描き始めてから、袋をぐるりと裏返したように、自分の内面が外に出て、それから乖離していた外側の顔と内側の自分が一つになり、永遠に交わらないと思っていたパラレルな世界が一つになりました。

今でも、昔の写真を見ると、自分ではないような気がすることがあります。喉のところにある甲状腺の病気になったのも、喉のところには表現をつかさどるチャクラがあるとされていて、本当は表現しなければいけない私なのに、そこに蓋をしてしまった状態だったわけで、ある意味納得。

版画を始めたころ、友達に「素敵じゃない。自分で描いた絵を部屋に飾ってお茶を飲むなんていいじゃない。」と言われ、それもいいな、と思ったけど、どこかでそれだけじゃダメ、とも思っていた。
そうだ。それから、夫に「版画はすごくおもしろい。とことんまでやってみたい。」とも言ったっけ。あの頃、怒ってばっかりいた夫だったけど、「やればいいじゃない」って言ってくれたんだった。ありがとね。

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