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青岸渡寺の三重塔と那智大滝 |

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こんにちは、ゲストさん
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青岸渡寺の三重塔と那智大滝 |
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那智本宮大社をお参りしていると、Hさんが、八咫烏(やたがらす)の立派な像を見つけた。3人で近づくと、今度はKさんが、その隣に「しだれ桜の特別拝観」という手書きの看板が立っていることに気がついた。よっしゃと、私がバトンを受けて(?)受付に走ったところ、なんとしだれ桜は、普段は非公開のご本殿の中だという。神官によると、「一般の方に本殿に入っていただけるのは、桜が咲いているこの期間だけですから、特別のご縁がありましたね。公開期間が3日しかない年もあるんですよ」とのこと。これぞ、八咫烏のお導き。3人そろって頭をさげて、幣(ぬき、白い紙のついたお祓いの棒)のお祓いを受けてから、いざ、朱塗りのご本殿の扉の中へ〜〜〜。
那智本宮大社のしだれ桜
春雨に咲き始めの初々しさちなみに当初この場所には、後白河法皇がお手植えされたしだれ桜があり、室町時代の図絵に残っているという。そして、古典好きのKさんは、その話を覚えていたらしく(さすが〜)、境内に入った時から、キョロキョロ探していたんだって!!この桜は、何代目にあたるのかなぁ? 私は、桜並木の絢爛さと同じくらい、1本で咲く桜のいさぎよさに惹かれるタイプ。祇園・丸山公園のしだれ桜が花魁だとしたら、那智本宮大社のしだれ桜は舞妓さん。熊野の山に咲く山桜は、素朴な里の娘さんって感じ。 春雨にしっとり濡れるしだれ桜の根元には、烏石(からすいし)があった。熊野三山では、やたら三本足の烏の絵やら像やらを見かけるが、これぞ、熊野三山の神紋、そして今やJリーグのシンボルマークでお馴染みの八咫烏。『古事記』や『日本書紀』には、八咫烏の道案内を得て、神武天皇は、熊野・吉野の山中を行軍したと書かれていて、その任を果たした八咫烏は、この石に姿を消したのだそうな。 しだれ桜の根元にある烏石 |
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「熊野三山」って、熊野と高野山と吉野山のこと?と、とぼけた知識の持ち合わせしかなかった私。それは、熊野本宮大社、熊野速玉(はやたま)大社、そして熊野那智(なち)大社の3神社のことと知ったのは、実は、熊野に着いてからのことだった。まずは直感ビビビで体験して、そこで感動したことを、本腰入れて調べるってのが、myゴールデン・パターン。昔から下調べってやつがキライで・・・あ、でも仕事の時はちゃんとやりますんで、ご安心を!!ちなみに、熊野三山、高野山、吉野・大峯は、「紀伊山地の三山岳霊場」という表現を使うらしく、そう言われてみれば、冒頭のおとぼけも、正しく間違ったって感じ? 高さ日本一 大斎原の大鳥居 鳥居真下の人と比べると、やっぱりでかい〜 大斎原の小祠の脇では桜が満開♪ 根元に寝転がったら、花びらが1枚 セーターに舞い降りてきた(お土産ゲットv(*^o^*)v) 熊野本宮大社の宝物殿で、もともとの本宮大社は、大斎原(おおゆのはら)の地にあったという話を聞いた。御鎮座されてから、二千年以上の歴史を誇るという。大斎原は、熊野川、音無川、岩田川の合流点に広がる中洲にあるが、明治22年の大洪水に罹災し、上・中・下の各4社のうち、上4社は現在の熊野本宮大社に、そして中・下の8社は、今も大斎原の地に祀られている。ということはつまり、平安時代の「蟻の熊野詣」の最終目的地、そして鎌倉時代に一遍上人が、新仏教・時衆を開く宗教的覚醒をしたという地も、実はこの大斎原ってことなのね☆彡 熊野古道の見晴台地からの大斎原 和歌山朝日・夕陽100選にも選ばれている 熊野古道の途中、三軒茶屋を過ぎたところに、『ちょっとより道』の標識があって、その矢印に従って坂を上ると、突然、見晴らしのいい台地に出る。この大鳥居はつい最近のものだけど、昔は、ようよう歩いた末に、ようやく大斎原こと熊野本宮大社を望んで、すご〜く感激したスポットなんだろうなぁ・・・なんてことを思いつつ、私たちはベンチに腰掛けて、途中の無人販売所で買った1個30円の無農薬ハッサクで喉を潤したのだった。 大斎原を教えてくれた宝物殿の受付のおじちゃん、見晴台地を教えてくれた三軒茶屋のおばちゃん、
ありがとう〜('-'*)。 |
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熊野古道には、いろんなコースがあるけど、私たちは発心門王子(ほっしんもんおうじ)〜熊野本宮大社までの、ゆるやかな下り7kmを歩くことにした。 平安期に、多くの上皇・貴族が訪れた熊野詣(くまのもうで)のメイン・ルート、紀伊路(きいじ)と中辺路(なかへち)の沿線には「熊野九十九王子」と呼ばれる小さな社跡が残っている。ハニカミ王子、テニス王子って、王子ばやりの今日この頃だけど、熊野には九十九王子もいるの〜?なんて、誰も思わないか。これは大阪の八軒茶屋・窪津(くぼつ)王子を起点として、遠い熊野までの道々で、詣での人々に休息の場を与える神社のこと。確かに、私たちが歩いた道中の王子でも、社殿と休憩所がセットでしたわ。ちなみに、王子という呼称は、修験者を守る神で童子(どうじ)の姿形をしている大峯山中の八大童子から転じたのではないかと、熊野の語り部・宇江敏勝さんの本(ペンション『あしたの森』で、サイン入りのを買っちゃったv(*^o^*)v)に書いてた。 杉林も枝がうってあるので、結構明るい しかしこの時期、花粉症の人にはマスクは必須 私たちも一瞬マスクをはずして、パチリ☆彡 杉って、初めの5〜6年は毎年、枝をうたないと、幹が真っ直ぐ伸びないものらしい。ワイルドな原生林もいいけど、手間暇かけて育てられた林ってのも、また気持ちのいいもの。時々、花びらで道が真っ白になっている所があって、見上げると、山桜。幹と枝ぶりが、杉とウリふたつで伸びてるのが面白かった。 冊子を広げたHさんが、「へ〜、紀の国って、もとは木の国のことだったんだ!」と教えてくれた。神代の時代、スサノオ(伊勢に続いて熊野でも登場☆)が、荒れ果てている大地を嘆いて、木をお手植えされて、「木の国」と名づけたのだそうだ。そんなことを聞いてから、今やmy 熊野バイブル・宇江敏勝さんの本で、「紀伊半島の植生の特徴は、本州の北と南、太平洋側と日本海側の樹木や草のほとんどを網羅している」という一文に出会うと、紀伊半島からタンポポの綿毛みたいなのが、日本地図いっぱいに広がっていくところを想像したりして、再び、へ〜。トレビアの泉、大湧出☆彡では、ここで問題です!「熊野」の語源は何でしょ〜か? 1.奥まったところ 2.隠れたところ 3.神々の住まえる野 実は、3つとも全部○(出典:那智大社の看板)。もしもここで「熊がでる野」とか言われたら、そのままじゃん!って、つっこんで終わりになるところでしたね〜。やっぱり、「沿いつつづらす」ってのが、要諦だ〜ね〜。と言っておきながら、根が素直な私は、以下2つ「素」のままスナップ。熊野古道ののどかさが伝わるといいのだけど。 シシオドシみたいに水の力で動く人形のお出迎え〜 でも、急に手があがって、バタンっと音がした時には 相当驚いた w(☆o◎)w ニンゲンオドシ! 伏拝王子の茶屋の前に広がる茶畑 伊勢・熊野で出してもらったお茶は、いつも香ばしい焙じ茶 「茶」色の語源は、きっと焙じ茶 杉林でウグイスが鳴いて、しみじみ「のどかだね〜」と言えば、Kさんが「え?喉がかゆい?」と絶妙の受け答え。なんでもKさんは、花粉症がひどくなると、喉がかゆくなるそうなんだけど、もぉ〜、風流気分ぶちこわし〜!!そんなこんなで普通2時間半と言われる初級コースで、たっぷり4時間遊んだ私たち。ようやく、熊野詣の目的地、熊野本宮大社に着いた頃には、お腹もぺこぺこ。それにしても、伊勢・熊野の旅って、一歩一歩がヘビィなメイン・ディッシュだい (≧∇≦)b
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伊勢路をたどって本宮(ほんぐう)へ。クネクネの山道で運転が大変なのは、伊勢の高速をおりて新宮までで、新宮から本宮までの道は、拍子抜けするほどの快適ドライブ。それにしても、右カーブって、視線がフロントガラスの右枠でさえぎられて、曲がりにくくてイヤ〜ね〜と、毎回思いっきり首をかしげてハンドルをきってたら、Hさん絶句。「もしかして、道路のセンターラインの方、見てるでしょ?そうじゃなくて、サイドライン見たらいいよ」と教えてくれた。う〜む、確かに、そうすると随分先まで見渡せることがわかった!すごい〜って、あは、もしかして常識なのかしら・・・。 何はともあれ、4時間半のドライブの後、開湯1800年は日本最古とも言われる湯の峰温泉に、無事到着♪私たちが泊まったのは、高台にある『湯の峯荘』という旅館で、ここは太古より岩間から自然に湧出している湯のかけ流し。湯量が豊富なんで、循環させていないし、塩素とか変なものも加えていない純粋無垢な温泉〜。肌もすべすべだし、口に入れると、まろやかなお茶みたいな味がして、驚いちゃった。 そしてその翌日に泊まったのは、湯の峯荘から車で10分ほどのところにある川湯温泉にあるペンション『あしたの森』。通りをはさんだ目の前に、熊野川支流の大塔川が流れていて、なんでも地層の関係で、長さ70mの部分だけ川底から温泉が湧き出ているのだとか。川を堰きとめた広大な露天風呂【仙人風呂】は、毎年11月から翌年2月までとのことで、私たちが行った時にはなかったのだけど、それでも川原を掘ると、my 温泉というお楽しみ♪日がとっぷり暮れてから、シャツ&パンツでお湯につかってきた☆湯加減もよろしく、つい長湯 (=^・^=) 空を見上げると、オリオン座がきれいだったよ☆彡 ワイルド味たっぷりの川湯温泉 内湯ももちろん温泉。壁はシダの化石 そして、これだけ温泉を堪能しても、まだまだ温泉カードが残っているところが、熊野の懐深さ。湯の峰温泉街にある『つぼ湯』は、生死の境をさまよった小栗判官(おぐりはんかん)が四十九日の湯治をしたところ息を吹き返したという伝説のお風呂。公衆浴場としては唯一の世界遺産指定を受けている。ブロガー(風呂がー?)の私としては、抜かすワケには参りませぬ〜〜とは言え、のんびり夕方に行ったら、なんと2時間半待ちの行列〜★というのも、『つぼ湯』は、天然岩をくりぬいたお風呂を板で囲っただけのもので、30分交替制。さすがにそれは待てんというので、その日は一旦退散することにして、翌朝6時、寝起きで車を走らせて、再チャレンジ!見事、『つぼ湯』を体験することができたというわけデス♪(それでも、30分くらい待った。) ようやく入れた!世界遺産の『つぼ湯』 お湯の色は日に7回変わるんだって。朝一番は乳白色☆ かなり狭いけど、体操座りなら3人つかれる さらに、近くには「湯筒」っていう90℃の源泉が湧出している場所があるんだけど、私たちは、到着した時に、ちゃっかりサツマイモを入れておいて、お風呂上りに茹で上がりホヤホヤのイモにかぶりつくという余興付☆(でも、実は少し時間がたって冷めた後の方が、栗みたいな甘味がでておいしかったりした。) は〜、それにしても、湯の峰温泉のお湯って、特別よかった。小栗判官の蘇生伝説だけじゃなくて、佐々木小次郎がツバメ返しを会得したのも、この地で療養中だったと言うし、私も右カーブの運転術を会得したし、というのはさておき、昔から効能あらたかな温泉として有名らしい。そして、ここのお湯は、お風呂だけじゃなくて、料理にもいいみたい。「温泉粥」なる一品もなかなか美味しかった。あと、伏拝王子(ふしおがみおうじ)で地元主婦がやっている茶屋で飲んだ「温泉コーヒー」用のお湯も、わざわざ湯の峰温泉から運んだものだと言ってた。My温泉ランクでは文句なしの三ツ星☆☆☆ 以下、ご参考。
●川湯温泉『あしたの森』http://www.ashitanomori.jp/index.html オーナーは、林業経営者。というわけで、ロッジ風の建物には、先祖代々大切に育てたというヒノキ、杉、桜などの木材がふんだんに使われている。廊下もピカピカのヒノキ☆建物も食事も丸ごと手作りって感じ。オーナーも気さくにいろいろ話してくれたりして、かなり居心地のいいペンションでした♪紹介してくれたSさん、ありがとう〜。 |
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