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では、ガーナ人のどういうところに一番「なるほど」を感じたかと言うと、困っている人には優しいところだった。とは言え私は、腐ってもプロの端くれ。例え勝手の違う異国であっても、まずは自分の裁量でしっかり生活を整えることができなければ、他人様に手を差し伸べる仕事などできないわけで、ガーナ人の同僚や友人に物をたずねることはあっても、助けを求めたことはついになかった・・・と言い切りたいところだけど、実は1度だけあった。
犬の散歩である。私が飼っていた2匹は、どういう訳だか、子犬の頃から散歩が大嫌いだった。でも、それって日本に生まれながら味噌汁を嫌うようなもの。小さい時に馴染ませるのが肝心とばかり、気乗りしないガーナ&アクラをなだめつつ散歩の訓練をしていたある日のこと、家から遠く離れた地点で、ついに2匹そろって座り込んでしまったのだ。「ちょ、ちょっと〜っ!!」と右手と左手にそれぞれ綱を握って力いっぱい引っ張るのだけど、もう絶対イヤ!とばかり、腹ばいになって私とは目も合わせない。
お茶目なアクラ(黒)と姉御肌のガーナ(茶)
そろって散歩嫌い☆走るのと泳ぐのは大好き☆
「オブロニ(外人さん)!大丈夫?」と、通りの向こうから、ガーナ人が声をかけてくれた。「大丈夫、大丈夫、犬はちょっと疲れただけだと思う」と笑顔でやり過ごしたものの、しばらく休んでも、2匹は動こうとしない。「オブロニ!手伝おうか?」今度は、自転車に乗ったガーナ人だった。「有難う。いつものことだから問題ないよ(・・・って、自転車でどう手伝ってくれるつもりなんだろう?)」と若干引きつる笑顔で見送ると、また声がかかった。「オブロニ!」今度は車から顔を出していたので、「乗せてください!!」と頼んだのはいいけど、一匹づつ犬を抱きかかえて後部座席に乗ってみれば、そのガーナ人は犬が大の苦手とのこと。ハンドルを握った背中がビクビクと震えていた。一方のガーナ&アクラは涼しい顔をしていたが、見慣れた自宅の入り口が近づくと、ピョンと跳ねて窓際に身体を動かした。と思う間もなく、運転手は、「わ!」と大慌てで車を止めて、ボンネットの上に飛び乗ってしまった。その素早さたるや、こちらがびっくりするほどで、それにしてもその彼は心底恐怖を感じていたらしい。「ごめんなさいね。でも本当に助かりました」と頭を下げると、ただにっこりと白い歯を見せて去っていった。
それまで仕事で接してきたガーナ人に対して、私が最も腹に据えかねていたことは、「がめつさ」なのだが、この一件はコインの裏側を垣間見せてくれた。でもまずは、「がめつさ」の話。例えば、教育の質を高めるために、教員を対象に研修をしようとすると、まず研修を実施する自分たち教育省職員や、研修に参加する教員の特別手当の額に議論が集中する。もちろん教育省として手当基準額を定めてはいるものの、昨日のブログにも書いたように、どうにも統一的制度が馴染まないお国柄。状況の変化を列挙して、基準額見直しの議論が紛糾するのだった。と言うか、そもそも勤務時間中の研修に対して特別手当が支払われるということ自体が理解できないのだが、「それはガーナの慣例」と譲らない。そして実際、特別手当の額が不当に低いと判断された研修には、「葬式と重なったから」「道が渋滞したから」と人が集まらないのだった。特別手当の額に折り合いがついて、ようやく本題。一番大事な研修の内容の話に入ると、先ほどまでのファイティングはどこへやら。反論ジャブはピタリと鳴りを潜め、和気あいあいムードに切り替わって、すんなり原案が通るのが常だった。
そこまでして、どうして研修が必要なの?と疑問をお持ちの向きも多いだろう。私がガーナに赴任した直後に、ケジャビという山間の町で開催された教員研修に同行する機会があった。地域の小中学校の「先生」約70名を対象に、算数の研修を行ったのだ。「先生」と強調した理由はコレである。
「8−2+5=?」
研修の導入として問題が黒板に書かれると、一斉に手があがった。「11」「1」と大きな声で回答される。「じゃあ、11だと思う人?」で、挙手したのはちらほら。「1だと思う人?」が、ざっと数えて50名ほどだったのは衝撃だった。呆気にとられている私に、同じくJICAから派遣されている算数教育の専門家の方が言うには、元々イギリスの植民地だったガーナの教育は、基本的にイギリスのものを下敷きにしているのだが、ガーナにおいて四則演算と言えば、BODMAS(Braket Of Division Multiplication Addition Subtraction の各単語の頭文字をとった合成語)。本来は、数式のうち、( )の中の計算、そして掛け算・割り算は先に、ということなのに、ガーナでは、足し算も先に、という風に広まってしまったらしい。確かにその伝に従えば、先の数式では、まず2+5を計算して、8から引くことになるから、答えは1となる。先生方にももちろんプライドがあるから、研修には、難しい内容も含めつつ、四則計算についてもさりげなく、でも繰り返しやっていくという1日だった。
ケジャビの1日研修
ノリのいいガーナ人が私は好きさ☆
私はこれまでアフリカ、中南米、そしてアジアの途上国を回ってきたが、現在の日本のように優秀な人材が教員を目指す国というのは実は稀で、ほとんどの国では「でもしか先生」なのだった。ガーナでも例外ではなく、他に職がないから教員にでもなろうか、教員にしかなれないから教壇に立っているというパターンが多い。多産な国では子どもの数は増加する一方なので、教員はどんどん必要となるのだ。初任給は月80ドル程度と低いが、数年勤めたら、スタディ・リーブと呼ばれる有給進学制度により、国から給料をもらいながら大学に進学することができる。学位を取得して、もっといい働き口を見つけることができたら、さっさと移ればいいというのが、大方の教員のキャリア計画なのだった。
基本給が低いのは、教員に限らず、公務員全般に当てはまることで、総じて生活必需品の価格の安いガーナでも、暮らし向きは決してラクではないだろう。でもよく話を聞いてみると、自分の子どもだけでなくて、親戚の子どもの学費も出してたり、というのは決して珍しいことではないことがわかった。出張の道すがら、物乞いにも、すっと小銭を渡したりしている。「がめつく」得たお金は、自分のために使うというよりも、みんなで分かち合っているってことなのね。困っている人を見かけたら、自然に手をさしのべる・・・と言うか、さしのべずにはいられないガーナ人の一面に目を向けさせてくれたのは、冒頭のMr.ボンネット。それっきり会うこともなかったけど、私にとっては一生忘れられない恩人なのだった。
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