|
後から来るものの為に、やむにやまれぬ気持ちで書かれた田母神俊雄前空幕長の論文 「日本は侵略国家であったのか」は大きな反響となり、彼の想定した通りになっているかと思います。 明治維新の志士達を偲ぶ刺し違え覚悟の行動に、マスコミからの封殺が今後心配です。 部分観、一面だけを捉え、相手を一方的に非難し、自論が劣勢になると論点を反らす。 事実を絶対に受け入れない。 ○日新聞、○産党、○会党の十八番ですね。 五十にして四十九年の非を知る。淮南子常人が一定の年齢に達し自己が確立すると、反論を受け入れ難くなるのは、 今も古も変わらないということでしょうか。 しかし、反論も常とし中庸を求め、もう一段高いところに落とし込む努力をしないと、 英語で言う ”Ostrich Head in Sand”の状態を作り出し、閉塞感の打開、進歩は無いと思います。 さて、ごめんなさいと誤り、相手に許してもらえる可能性があるのは高等動物のみ。 下等動物の世界なら、そのまま餌になるのが落ちですね。 さて、今の中国は果たして王道を行く高等動物か?、覇道を行く下等動物か? もし覇道であるならば、降参イコール餌となりますね。 村山元首相を始め、東京裁判の呪縛から逃れられない方々は、その覚悟をしての
発言だったのでしょうか? |
知恵
[ リスト | 詳細 ]
|
詩人・坂村真民先生が 「あとからくる者のために」という、詩を書かれています。 この詩を読んだ時、己の子孫の為だけに美田を残さずとおっしゃった、西郷南洲翁の言葉が頭に浮かびました。 利他、大義に生きた偉人の境地には、必ず同一性を見つけることが出来ます。 来た時よりも美しく誰から教わったか、誰が言ったか不明ですが、日本人なら必ず頭の片隅にあるこの美しいフレーズ。 Mottainaiに続き、「来た時よりも美しく」。 More beauties than arrived! これを我々が世界に広める使命がある気がします。 後続之使命也
|
|
このブログに書き込みを始めて、今日で3年目になりました。 先日は、会社設立10周年記念パーティーを無事に終えることができ、新ためて皆様に助けられ ここまできたことに改めて感謝した次第です。 人はその子の悪しきを知ることなく、その苗の多いなるを知ることなし。(大学・伝八章)四書五経一日一言 渡部昇一・編 著より http://www.chichi-book.com/book/newbook/1141.html 人は自分の子供が悪いということを知らない。また、自分の家の苗が大きいと思わない。 格差社会云々だが一度世界に目を転じれば、日々の食料に事欠く人が大多数である。 それを考えれば、どれだけ我々が贅沢な暮らしをさせて貰っているか。故に我々の使命は? 「その大いなる苗」、すなわち先祖からの遺産、資産があったかこそであり、我々の世代が ごくつぶしとなるか、正統な継承者として、未来の子供たちに豊かな遺産を残せるかは 我々個々に与えられた使命に精一杯一隅を照らす努力を為し、また全体として大いなる 文明シフトを成し遂げるかにかかっていると理解しています。 福田首相の辞任について私の師匠がこう分析しておりました。 原因の一つは、衆参の「ねじれ国会」にありました。 これを乗り切るために、自民・民主の大連立が模索されましたが、 小沢一郎氏は、この「公武合体」よりも政権交代の「倒幕」を選びました。 その結果、国会運営が悉く行き詰まり、今回の辞任劇につながった次第です。 維新近し。 一隅を照らしつつ、その時に照準を合わせ、力を蓄えるべく精進して参りましょう! p.s. 写真はりんどう湖から那須高原の遠望
|




