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大学編

さてさて今週は天気よく日曜のオープン戦もできそう。
台湾遠征前唯一のゲームです。

いよいよ大学生活!!
東京経済大は国分寺にあり中央線をはさんで学芸大、早稲田実業高校と
有名どころに隠れてあります。
学問優先でその中で部活をするといった感じなので試合があるからと
いって単位に必要な出席など特別扱いなしでした。
野球部は首都リーグに所属で1部の最下位争いする感じで寮もなければ、
素晴らしい施設も揃っているわけでもなかったです。
首都リーグは東海大、日体大、佐々木の帝京大、佐藤賢の筑波大などから
形成されていて、1部、2部とあります。2部には小嶋の大東文化大もあります。
今では東経大も2部ですが・・・

1部にいるってだけでまあまあ厳しいんです(#^.^#)

入って驚いたのが選手自身で積極的に練習に取り組み、追い込むことも
愚痴も言わずやること。先輩方には失礼だけど、高校で有名選手がいるって
わけじゃなく有名高ばかりでもない。
のちに理由がわかってくるのだが。。。

わたしはと言うとそこそこの評価をもらい1年の秋季リーグ戦に
ベンチに入り東海大戦に代打で1打席だけ立たせてもらった。
これがデビューでした。
感想はというと、スピード、キレ、コントロールいままで見たことのない
異次元の感覚で、打てないと思ったの鮮明に覚えてます。
高校とははるかにレベルが違いすぎる。

でもこのレベルについていかないと一線では戦えないとも思った。

だから先輩は必死に文句も言わず練習して、1部に残ろうと
出来てたんだなと。

あともう一つ東経大で学んだことがある。自分たちが野球をやってることが
ほんとに楽しくて仕方ないってことだ。
これだけはどんなに強い大学の選手よりもあった。
だから常任の監督が居なくても自分たちで切磋琢磨出来たんだと思う。

2年になりレギュラーになったが個人的な成績もよくなく今、思えば
普通の選手のひとりだった。にも関わらず、いろいろと思っていること
を口に出しちゃう性格なのでうるさいやつになってました。

3年になる前に、尊敬する先輩が卒業、卓ちゃん、かっぺさん、田嶋さん
他にもたくさん。元気かなぁ。

3年では快進撃で2位になったことも。
その立役者の一人、斎藤投手だ。私が見た投手で今にも先にもこんなに強気で
気迫のこもったピッチャーは斎藤さんだけだ。
もう一人は同級生の高橋。MAX150キロを超えて一躍ドラフト候補になったほど。
ほんとにすごくて見ているほうがドキドキ。のちに日通に進む。

こんな2人の活躍が勢いをつけミラクル東経炸裂でした。
ミラクル東経とは最終回に逆転とかするから名づけられました。

4年になると自分たちの同級生が指揮をとるようになり、
うるさい私は煙たがられ、ときにベンチアウトってことも。
仲のいい奴にもっと人の話を聞かないとと言われ、言いすぎていた部分も
あると反省はしたけれど、納得いかない部分がある。
野球って勝ちか負けかの勝負。
いつもいつもバントして送ってヒット待ち。ましてや負けている場面、
強い相手、なにか仕掛けることがなきゃ、流れも変わらないし、
変化を起こさないと隙も出てこない。それで失敗しても勝負のせかい
なんだから賭けもしないで負けるよりイイじゃないかって思っていた。
けどすべて言うことの聞く兵隊みたいなものを望んでいるのに
こんな言うこと聞かないジャジャ馬はいらないみたいな。

のちに佐々木になんで9番だったんですか?とGG入ってから聞かれましたけど。

春のリーグ戦でまさかの2部落ち。
最後のリーグ戦は2部。テンション下がりまくり。
けど負けたまま終われないとがぜん一致団結。
私も学生コーチとのいざこざもおさまり2部優勝、1部復帰卒業にまっしぐら。
 
そして優勝して、入れ替え戦も勝ち1部復帰決定。
ほんとにうれしくてみんなで泣いて喜んだなぁ。

たいして実力もなかった4年間だったけど、いろんなことがあった
大学生活、充実した時を過ごせました。

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