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伊豆に行ってきました
タイトル見て、釣りかと思われた方、申し訳ないっす。
釣りじゃないっす。
そう、今回は城巡りです。
釣りと同時に城巡りも進めなければ…と思いましてね。
今日の目的は、平たいところしか歩いていない私と妻のリハビリ。
手軽なところ&景色の良いところ、整備されたところ、比較的近く…と考えて、目的地は伊豆方面。
いつもの早番モードの時間に目覚めたものの、いつもの休み同様にIXAの内政&空き地凸と、ロボウォーズの日課をこなしている間に、時刻は7時30分に…
だいちゃんの釣りに行こう♪
が始まってしまいました。
久しぶりなので、だらだらとテレビを観て、8時に出発。
箱根越えで三島から南下しようかと思ったのですが、かったるくていつもの246で沼津を目指します。
途中、長泉町の長久保城を攻略。
どうやら主郭は開発により消滅したようで、神社のところに段々と土塁、井戸、虎口のようなものがあっただけでした。
超お手軽な丘城で、朝のウォーミングアップにはちょうど良い感じ♪
それから、これまたいつも釣りに行くルートを通り沼津市外に入ります。
「そういえば、徳倉城があったはず」
と、徳倉城へ。
遊歩道がキレイに整備され、非常に歩きやすく、散歩にはちょうど良い感じ♪
山頂に着くと、切り株型の展望台があり、四方が見渡せます。
北に柿田川湧水公園(泉頭城)、その反対側には大平城(?)のある山が見えます。
富士山は恥ずかしがって雲に隠れていました。
遺構のほうは、遊歩道から藪の中をのぞき、かろうじて段々が見えた程度。
続きまして、狩野川を南下しようかと思ったのですが、妻が長浜城に行きたいと言い出したので、メインの長浜城へ向かいます。
土曜日と言うことで倶楽部メンバーの陣中見舞いができるかと思いきや、この日は誰も竿を出していませんww
長浜城下に着くと、キレイな看板とトイレがありました。
釣り堀の人に声をかけて、城に登ります。
道も整備され、説明版が随所にあり、さすが国史跡と言った感じでしょうか。
発掘調査も全面的に行われたようで、藪や木がなくなり、全体像が掴みやすくなっていました。
山頂の主郭からは、内浦湾が一望できました。ここでも富士山は恥ずかしがって雲の中に…
主郭から海側に段々を下ると磯場のような場所に出ました。
係留ロープがたくさん入っているため、釣りは厳しそうですね。夜でもライトひとつで歩けそうですが。。。
ここから、狩野城を目指して、狩野川を南下します。
某所でごんさんとお会いでき、ハリスの話をしたり道糸の話をしたり。
ごんさんは足保に向かい、我々は目的地へ向かう。
途中に噂の釣具店があるため、ちょっと寄り道♪
沼津で釣りをするときに使うものは安かったですが、釣り全般で使うものに関しては量販店とさほど変わりないように感じました。
途中の渋滞もあり、狩野城に着いたのが15時。
ギリギリです。
主郭を目指してひたすら遊歩道を歩きます。
主郭に辿り着くと…????
こんなもんだったっけ????
数年前の記憶とは、だいぶん違った印象^^;
さらっと見て、終了です。
ここも遊歩道がキレイに整備されていて、緩やかな登りばかりで助かりました。
良い城巡りのリハビリになりましたとさ♪♪
これからは、月に1〜2回は城にも行きたいですね♪
次回は城の師匠に初めて連れて行ってもらった、葛山・千福あたりに行ってみようかと思っております。
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城めぐり
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お城巡りの日記です。 数年前の事件以来、整備されていない山城には行っていませんが、いつかまた始めたいと思っています。
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番頭さんのブログで紹介されていた烽火リレーに行ってきました。
時間は、10時40分から。
いつもより少し遅い時間に起床。
速攻で朝飯を食べ、古紙・PETのゴミを捨てる。
少し早いので、河村新城へ。本日の狼煙のスタート地点。
看板がだいぶ古くなってきています。
登る途中、烽火リレーの関係者の方と遭遇し、これから行こうとしている山から見えるかどうか尋ねたら、あそこなら大丈夫だよ、と教えてくれた。
さて、城跡の様子ですが、
この看板の裏が主郭のようですが、相変わらず藪で覆われていました。
少し迂回したところに、獣道のようなものがあったので、突撃。
久々の突撃でしたが、ふと足元を見ると、人のものとは思えない足跡が。。
しかも、けっこう大きい。。
一寸先は藪のため、万一のことを考えて撤収。
本日のお城巡りは、これでおしまい(笑)
ここから、烽火を見るべく、山を登ります。
もちろん、車で登ります。細い細い山道をゆっくりと。
辿り着いたのは大野山乳牛牧場。
ここは、ソフトクリームがあるわけでもなく、ただの牧場。牛乳の自動販売機があるくらい。。
到着時刻は10時ちょうど。
まずは、烽火が上がる山城が良く見えるポイント探しです。
右へ左へ尾根を歩きました。
絶好と思われるポイントに着いたのは10時35分。
ゆっくり一服しながら烽火が上がるのを待ちます。烽火台を守る番兵の気持ちです。
10時40分、いよいよ上がるか?と期待していたのだが、上がりません。
5分…10分…15分…いっこうに上がりません。。。
諦めて帰ろうとした瞬間、
河村新城から狼煙が上がりました!!
ほんの数分(2分くらい)後、今度は鐘ヶ塚砦で上がりました!!!
そして、5分くらい後に、河村城から上がりました!!
遠くて見難いですが、左中央の山に白い点のように見えるのが烽火です。
一か所ずつ上がっていく様子を撮りたかったのですが、
私達が陣取った場所からでは、3ケ所を一枚の写真に収めることができませんでした。
車を停めたところから見ると…
3ケ所が一枚の写真に納まりました。
最初から車で待ってれば、寒い思いをしなくて済んだのかも…(汗)
写真右の煙が河村新城、真ん中薄らと縦に伸びる煙が鐘ヶ塚砦、左の煙が河村城です。
さて、この河村城から、小田原の本城へはどのように烽火を繋いだのでしょうか?
松田城を経由したのか、小田原城から見えたのか…。
今回は初の試みなので山北町単独で3ケ所だけでしたが、少しずつグレードアップして、最終的には小田原城に烽火を伝え、小田原城から国境地帯へ向けて武者行列が出陣する…なんてイベントになったら、とても楽しいな〜〜なんて思いました。
番外編
丹沢湖や三保ダム、富士山がよく見えます♪♪
相模湾もよく見えるのですが、空気が霞んでいたためイマイチ。酒匂川の流れもよく見えます。 |
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昨日は、城巡り復活のためのリハビリとして、ゆる〜いお城巡りを。
山梨県の谷戸城に行ってきました。
詳細図などが書かれたパンフレットは、現地、近くの資料館で入手しましたので、じっくり歩けます。
二の郭の喰い違い虎口です。
喰い違い好きにはたまりませんが、この虎口を入ると異様な光景が広がります。
先ほどの『虎口を入ってすぐのところ』です。
じつに不思議です。一見、なんの変哲もない土塁と堀。
しかし、ここは虎口を入ってすぐなのです。
写真右側が二の郭。左側が虎口。
なぜ、土塁の内側に堀があるのだ???
何度見ても不思議です。
排水溝にしては大きすぎるので、きっと堀でしょう。しかし、これでは土塁を登ってきた敵を迎え撃つ時に堀が邪魔になるのではないかと思うのですが。
実際にこのお城が機能していた時に、お城を使っていた人しか解らないことなのでしょうが…なにか奥深いものが隠されているのか…
主郭の虎口です。
これも主郭の虎口。
謎の堀。どこから見ても、この堀がどのような機能をするのか解りません。。
まぁ、こんな感じで、久々の城歩きでした。
ここは丘城ですので、登り降りが少なくて楽ちん♪
整備されているようですが、なんともスッキリしないお城でした。。 |
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続き…
次に向かったのが、土肥城。土肥氏の本城です。
ここは椿台から歩きます。20分ほどですが、けっこう疲れます(笑)
主郭からは真鶴半島や初島が見えます。
絶景ですので、ここでお弁当を食べることをお勧めします(笑)
主郭から、湯河原駅方面に降りていくと…
こんな堀切があります。って解りませんね(滝汗)
土塁のようなものもあります。もっと解りませんね(滝汗)
こんな景色を見ると「山城に来たなぁ〜」と感じます(笑)
次に、『御所山城(みところやまじょう)』に向かいます。
ここは、1980年代に見つかったお城跡です。立地が太閤道(豊臣秀吉が小田原城を攻撃するときに通ったと言われている道)沿いにあるので、陣城かと思います。
ターンパイクを使わなければならず、少々お金のかかるお城です。
この写真は、まだ城域ではありませんが、堀底道が直角に曲がっています。
お城から見て、小田原方向ですので、北条氏からの反撃に備えたのかもしれませんね。
こんな標識もありますが、道らしい道はありません。
これ、枡形虎口なのですが、非常に解りにくいですね(滝汗)
遺構のほうは、ほぼ完存で見ごたえある城跡かと思います。
ここで、城巡りは終了♪
久々の山城でしたが、楽しめました♪♪
しかし、体力の低下は顕著に出ていて、これでは城仲間との攻城だと足を引っ張ることになりそうです。
少し慣らさないといけないかもしれません。 |
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mixiの人が大阪より、遠征してきたので迎撃です。
遠征軍のご希望で、行先は真鶴&湯河原。
ここらは釣りのメッカでして、ついつい釣りがしたくなります(笑)
グッとこらえて、道案内です。
まず向かったのが、真鶴台場。
鎖国していた江戸幕府が、幕末に外国から日本を守るために作られた台場です。
石列が残っています。
台場からこんな景色が見ることができます♪♪
はい。ここは、有名な景勝地『三ツ石海岸』です。下まで降りると、磯釣りができますね♪(笑)
次に向かったのが、荒井城。
ここは駐車場がなく、無理矢理広い場所に停めたので私は車で待機したので、詳細は解りませんが、見事に公園として整備されてしまい、遺構は解らないそうです。
ここで真鶴を後にして、湯河原に向かいます。
まずは駅前で土肥実平の銅像を。
後姿です。
この土肥氏は源頼朝旗揚げに貢献し、その戦功により今の広島のほうに所領を与えられ『小早川』と名を変えたと言われています。戦国時代に毛利元就が養子として三男を送り込んだ小早川氏です。
そして、この土肥氏のお墓のある城願寺に向かいます。
七騎堂というものがありました。
この中には、七騎の木造があるようです。
土肥家中興の祖と呼ばれている、実平・遠平のお墓もあります。
次に向かったのが『しとどの巌窟』
源頼朝が再起をかけ、潜んだと言われている場所です。
土肥実平の奥さんが、色々と面倒をみたそうです。
続く… |



