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【木菟】the snowy day 第四節
高専衆4人が、健斗の奢りでにくまんを頬張っているのと同時刻。
市立旭川商業高校の教室前廊下に、スクールバッグを床に置いて厚手のコートを着込んでいる青年がいた。先日、英俊の隣で黙々とドーナツを食らっていた例の青年である。
今は友達に貰ったチョコチップクッキーをもごもごしながら、藤島竜之介(ふじしま りゅうのすけ)はスクールバッグを肩にかけてのんびりと歩き出した。
健斗が秋田へ行くそうだ。大切な友達の仇討ちをしに、生きて帰れるかも分からない戦争に参加するそうだ。
昨日は30人、今朝のニュースでも10人以上の志願兵が死亡したと伝えられている。その中には、もちろん高校生志願兵が何十人も混じっているだろう。たった1週間の訓練を受けた後に、戦闘の最前線へと送り込まれる――生還の確率は、ほとんどゼロに等しい。
それでも、健斗一人を行かせる気にはなれなかった。あたしも行くよ、じゃあ俺も行くよ、といった具合で、気付けば高専衆4人と自分もが軍に志願していた。
そうなるだろうな、とは思っていた。秋田で死んだ志願兵が健斗の大事な友達であるのと同様に、健斗も自分たちにとって大事な友達なのだ。戦争なんて一人で行けばいいなんて、そんな浅薄な関係じゃないことは分かっていた。だから、健斗が軍に志願したと聞いた時点で、自分も当然秋田に行くんだと思っていた。
それに、もし自分が行って早く戦争が終わることなら、いくらでもその身を差し出してやろうと思っていた。身代わり、といってもいいかもしれない。誰かのかわりに自分が行き、誰かのかわりに身を危険に晒す。格好付けて言えば自己犠牲の精神。
親にはすんなり了承を得た。むしろ、担任の先生の諭しが長かった。若い命を散らすことはない。軍に行くのは反対だ。そんなことを延々と繰り返し繰り返し言われた。だが、健斗が、大紀が、英俊が、姉さんが行くと言っているのだ。自分も行かなくてどうする?
進路指導室(戦争に行って死ぬかもしれないのに「進路」というのも皮肉な話だ)での長い語り合いを経て、ようやく先生は志願を許してくれた。自分と親、そして先生の判子と、軍の人の志願受付印が押された志願書は、鞄の中に綺麗に折り畳まれてファイルに入っている。
ぼりぼり噛んでいたクッキーを飲み込むと、竜之介はイヤホンを耳に突っ込み、学ランのポケットに入れていたケータイを取り出してコートのポケットへ放った。そして、普通に学校から帰るのと同じような気軽さで、生活用品や着替えなどが入ったスクールバッグをもう一度肩にかけ直す。
まぁ、またこのボロい校舎に戻って来れるかも知れないしな。そんなことをぼんやり考えながら階段を降りようとした矢先、
「軍の人の足手まといになるんやないでー」
友達がそう声を掛けてきた。北海道の風土には異色の、ふんわりした関西弁。竜之介は苦笑いすると、友達の方を振り向きもせずに手を振った。
「お前と違ってドジは踏まんよ」
別れの挨拶も無しのそれは、いつもと全く変わらない風景。また会えると2人とも疑っていなかったから。それが当然だと、この時は思っていたから。
2012年12月28日――旭川市全域とその周辺地域から集められた167名の志願兵、及び陸上軍兵士43名からなる志願兵中隊が、1週間の訓練を経た後高速フェリーで秋田県へと送られた。
73式大型トラック5台、装甲の施された軍用救急車1台、本部管理班用の高機動車1台が振り分けられ、旧式装備である64式81mm迫撃砲と無反動砲が主力な火砲として割り当てられた。
この時点をもって、彼らはこう呼ばれるようになる。第17志願兵中隊、識別名称――アスタリア、と。
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