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クリュニーのあとは、また田舎めぐりに戻ります。何とか雨も上がりましたが、依然寒くて、辛い修行…。 Taizeという小さな村にあるサンタ・マリア・マッダレーナ教会を訪ねます。 このあたりも、田舎道に入ると、次々と「ロマネスク教会」の看板があったりして、ブリオネ地区のように、どの村にも教会があって、どの教会もロマネスク様式、というロマネスク超集積地のようでした。さすがクリュニーですね。 ただ、この日はもう帰る時間が決まっていますので、何でもかんでも立ち寄っている時間も余裕もなく、とりあえず、事前に調べている場所を中心に、と心を鬼にして、看板を無視しながら先に進む、ということになり、ちょっと残念でした。 さて、この村、タイーズとでも発音するのでしょうか。 教会は、村の入り口、という事前の情報どおり、村の入り口すぐにありました。 小さい小さい教会で、村もとってもこじんまりした雰囲気。なのに! なんだかざわざわしていて、人の往来が妙に激しくて、不思議に活気ある空気が漂っているのです。 教会前に、若干のスペースがあったので、そこにすばやく駐車してしまえばよかったのですが、後から来た車にするりと先を越され、その上とにかく人の行き来が激しいので、もうちょっとちゃんとした駐車場所を探すか、と先に進むと…。 村はあっという間に終わってしまうのですが、街道は続いていて、その街道の一方はキャンプ場、一方は広大な駐車場になっているのでしたよ。呆然。そして、リュックを背負ったりしている若者が、激しく行き来しているわ、大型バスはやってくるわ、の大騒ぎ。 駐車場に入って、何があるのか尋ねてみたところ、「何もないけど、ここはTaizeだから!」とこっちにはなんのこっちゃとしか思えない答え…。 若者の団体の様子からして、おそらく宗教関係の集まりがのべつ行われている場所なんだと思います。きっとそういう集まりのメッカみたいな場所で、そういう関係者にとっては、Taizeといえばそういう場所、ということになっているのでしょう、多分、ですけれど。 ま、そんなわけで、面倒ながらそういう場所に駐車して、教会に徒歩で戻りました。 かわいいですよ。墓地にある、本当にミニマムのスペースだけ持っている教会。 本当に多くの人が集まっているので、村中が騒然としている感じです。そして、教会を訪ねてくる人も、もちろんそれなりにいて、この教会の周りまでもが、なんとなく落ち着かない空気に包まれています。 しかし、中に一歩入ったら、まさに別世界でした。 暗闇。 その中にじっと祈っている人が複数いて、ぴたりと静寂です。 さすがにしばらくは、動けず、その祈りの空気を堪能しました。暗闇は苦手ですが、本当に包まれるような、それでいてお仕着せがましくない、とてもポジティブな空間でした。 とか言いながら、そんなところで写真を撮る私…。でもある意味、その暗闇の雰囲気が、とってもよかったんです。本当に祈りの場所だな、という感じとでもいいましょうか。外の騒々しさとのコントラストもまた、結界的な空気をもたらしたように思います。 教会は古いもので、かなり古いフレスコ画があるようですが、もちろん見えません。特にお天気も悪かったので、外からの光がほとんどなかったですからね。 なので、ロマネスク的な観察はできないまま。 ただ、現代的なステンドグラスがいくつかはめられていて、それがなんとも愛らしいのでしたよ。 小鳥に説教するサン・フランチェスコ。なんてかわいらしいのでしょう。これは、本当に好きです。色も美しいです。 若者たちはキャンプ場の方にたまっていますので、教会の裏手に広がる、小さな猫額ほどの村をちょっとだけ散策。童話に出てくるような村。こんなに美しくて嫌味のない村って、そうないと思います。 雨のせいで、石や道の色がしっとりしていたのも、逆によかったのかも。 ここは、また行ってみたい。でも、願わくばキャンピングの若者たちがいないときに…。 |
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[ hnr29oabbz44z07 ]
2012/9/11(火) 午前 7:00
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[ xur29oabbz49zb6 ]
2012/9/11(火) 午前 7:46
テゼのロマネスクの教会にいらっしゃったのであれば、テゼ・コミュニティの「和解の教会」にもいらっしゃればよかったですね。残念!兼好法師の有名な話を思い出しました。誰もが入れますし、それはもう最高です。
[ cut*na*on*han ]
2019/7/23(火) 午後 11:04