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あっちこっちと、とっ散らかった感じですみませんが、いきなりジュネーブです。 ここ、2016年4月に、フィギュアスケートのショーを見るために訪ねました。ジュネーブの中世を記事にすることもなく、あっという間に時間がたってしまい、そうこうするうちに、昨年同時期にも、同じショーが再演されるということだったんです。 ショーのチケットはもちろん、列車のチケットやホテルの予約も早々に完了。後は行くだけ、ということになったので、では、ジュネーブの記事は、その後にまとめて書きましょう、と思っていたのですが、なんとなんと、ショーはドタキャンされてしまったのでした。 結果、ジュネーブの記事を各タイミングを失ってしまったまま、また一年がたとうとしているというわけです。今年こそ、ショーの再演がある、という噂はあるのですが、今のところ具体的な話は目にしていません。 だからと言って、日の目を見ないのもかわいそうなので、ちょっとジュネーブ、寄り道記事になります。 サン・ピエール大聖堂Cathedrale Saint Pierre。 このファサードを見たら、中世ラバーとしては、決して入ろうとは思わないですよね。でもこの教会、起源は4世紀と古くて、その歴史を物語るローマや初期キリスト教時代の遺跡が、地下にあるんです。 ふふ、どこに行くにも、とりあえず中世情報だけは仕入れます。 脇の方に回ると、ちょっと中世の名残を感じられるたたずまいも垣間見えます。 地下に降りると、有料の博物館になっています。順路が示された立体図。結構広い範囲を歩けるようになっていますが、建物構造的には、自分がどこにいるのか、まったくわからなくなってしまいます。 導入部分で、CGが、とってもわかりやすく、この場所の成り立ちを説明してくれます。 でも、きっとフランス語だったんだろうなぁ。 ケルト人が定住を始めたのが、どうもこの土地の始まりらしいです。北から南下してくれば、湖沿いの風光明媚な、気候も穏やかな(北に比べれば)、素晴らしい場所だったでしょうね。 そこで、まずは異教の神殿が建てられ、その後4/6世紀、初期キリスト教時代に、キリスト教の教会になったようです。 この辺りは、そういった歴史の降り積もり、いずれにしても基部がむき出しにされているだけなので、教会だか何だかも不明な遺跡状態です。 修道院機能もあったようですが、定住はどんどん進んで、結構早い時期から、街並みに埋没するようになってしまったようですよ。 寺町みたいなものに発展していったんでしょうね。なんせ水は豊富だしね。 構造物は、ほとんど、壁や門の土台とか、井戸とか、そういったもんしかないんですが、おそらく破片ではいろいろ見つかっているはずで、そういうのを頑張ってつなげたアーチとか。 11世紀には、洗礼機能も持ち、クリプタも備えた立派なカテドラルになったそうです。 左側の手すりの先にある穴が、おそらく洗礼の浴槽です。 この模型、すごくわかりやすい。4にあるのが、洗礼の場所なので、洗礼をしていない人は、その先に進めなかったということですね。時代とともに、どんどん拡張された感が見えますね。 さらに順路を進んでいくと、これは相当古い時代っぽい浮彫なんかも見られます。 たいしたものがなくても、地下探検は楽しい〜、なんて言っていたら、発掘品が展示されていて、ますます楽しくなりました。 これは愛らしいライオンです!明らかにロマネスクの時代のものですけれども、なんと、管かなにかを通すためでしょうが、顔半分に大穴。昔の人って大胆ですよね。東京オリンピックのために、何が何でも状態で、昔の風情を無視して、ばっこんばっこんと、新しい建造物を作りまくった東京のような…。まぁ、価値を見出していなかったんですよね、当時はロマネスクなんて。 きっとかわいらしいものが、たっくさんあったんだと思います。残念ですね〜! クリプタのあともありましたけれど、柱の基部すらなく、ただ、半円の構造だけでした。 11/12世紀の構造物ということなので、同時代で、今にちゃんと残っているクリプタはたくさんあることを考えると、ここは、あっという間に新しい時代へと移行した教会なのですね。おそらくお金持ちが多かったということなんでしょう。 金持ちの象徴的に、床モザイクが、結構残されています。 司祭が訪問者を受け入れるスペースで、床暖房も完備していたそうです。確かに、ローマの家や浴場の遺跡で見られる床下にお湯が流れる構造が見られました。 こんな感じです。 博物館を出た後、一応本堂の方へも。 すごくすっきりしちゃっていて、中世的な魅力には乏しいですが、でも構造的には中世の名残も残されていますね。そして、よく見ると、こんな柱頭があるんです。 やはり、起源が古い教会は、どんなに往時の姿を失っていても、ちゃんと確かめないと危ないですね、笑。 これなど、ダニエルさんでしょうねぇ。 再建っぽいものもありましたが、ちゃんとロマネスクを基本としていました。これなんかね。 うーん。なんだろう。垂れ乳、でべそ。誘惑?うーん。 |
イタリア以外のロマネスク
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チューリヒ、週末旅行その4 アイスショーのために出かけたチューリヒですが、そういうことがなければ、おそらくわざわざ行くことは絶対になさそうな町です。というわけで、最近、何でも修行状態にしてしまうわたしのこと、事前に、とりあえず観光すべきポイントは押さえよう、とネットで調査。 ところが、さすが、観光地ではなく金融都市。観光資源は、とてもリミテッド。週末旅行にちょうどよい程度の行き先しか見えてきません。多分、歩いているだけで楽しくなるような町でもなさそうだし、とにかく、この季節に行くべき場所だけは、しっかり観光しよう、ということで、到着早々のランチのあとに向かったのは、こちら。 旧市街にある、グロスミュンスターGROSSMUNSTER。要はカテドラル、大聖堂です。 こう見えても、オリジナルはロマネスクということだったので、二度と訪ねることはなさそうな町である以上、やはり行っておかないと、というところです。 扉は、南側に開いていて、どうやら周囲に装飾があるようです。 ほとんどすべて、後代の再建なのが明らか。それでも、モチーフが、とてもきちんと再現されていることには、好感を覚えました。 こんなん、どっかで見たような図像。膝に手を置いて、きちんと座っているライオンっぽい獣が、チャーミングです。 ロマネスク時代の一部が残っていて、そこから想像も含めて再現しているのか、それとも、ロマネスク時代の一般的なモチーフを参考にして再現しているのか、その辺が不明ですけれど、植物や幾何学装飾含めて、忠実なんですよね。この辺り、律儀なスイス気質を感じたりして。 側柱の彫りは、いかにも再建でしたから、ここは、創作だろうなぁ、と分かりましたけれども、木製の扉にも、木彫りが施されていて、とにかく全体に金かかってると思います。スイスだから、という偏見かしら〜。 入り口にも、中に入ったところにも、はっきりと撮影禁止とあるんですが、ちょっとだけ、こっそり。 内部も基本、新しいのですが、ふとした片隅に、もしかして、ここだけは古いかも?と思われるようなものが、ひっそりとあるのでした。なんとなく、ですが、こういうものをありがたく思う人は、少ない町のような気もしましたけれど。 それでも、やっぱり古いモチーフをなぞっているのが、不思議な気もしました。 再び外に出て、ファサード。 扉も何もない、二本鐘楼スタイル。ゴシックのフランスの教会みたいなスタイル。 何の変哲もない再建建築。だと思うでしょ。それなのに、片隅には、多分ほとんど誰にも省みられないのに…。 変にかわいいものが〜! 誰も見てくれないような場所にあるって言うのが、ロマネスク・メンタルでもあるんですよね〜。 チューリヒの町って、丘の斜面にあるので、結構アップダウンが激しく、このカテドラルは、丘の高いほうに建っています。このファサード部分からは、川を挟んで栄えている旧市街が見下ろせて、ビュー・ポイントとなっていました。 そこからだと、さほど大きくもない町なのに、立派な尖塔を持つ教会が、なんだかたくさんあるので、驚きました。 要は、昔からお金が集まる場所だった、ということですかね。 |
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フランクフルト、弾丸ツアー2 どこに行こうが、そこがヨーロッパである限り、わたしの好きなロマネスクに事欠くことはありません。それを幸いというのか、なんというのか。 だって、一人ならともかく、同行者が、そういう場所に行くことを喜ぶ人たちばかりでもないので、目的が違う場合は、あくまで控えめに、「ついで」で立ち寄れる状況を求め、押し付けがましくないようにしないといけません。 って、なんか、変ですが、まぁ、他の人と動く場合は、自分の好みを押し出さずに、無理のないように目的地に訪れる状況を作るっていうか、そういう戦略も必要っていうか、結構苦しい。 今回は、ミラノからフランクフルト一直線で、週末弾丸ツアーだったのですが、そういう状況でも、本音は何か見たい。ちょっと調べたところ、途中、世界遺産に認定されている一群の遺構発見。 その中で、目的地への動線をなるべく崩さない直線上で見つけたのが、ロルシュLorschでした。 フランクフルトから60キロくらい南にある世界遺産で、ロマネスクというよりはプレ・ロマネスク、カロリング朝の時代の遺構。 同行者たちに諮ったところ了解を得まして、とりあえず、立ち寄ってもらえることに(運転手は自分じゃないので、立場が弱いんです)。 ミラノを出てから、通過するスイスはかなりの雨模様。車窓の山は、霧やもやで覆われて、時々大粒の雨が降ってくる陽気です。 これはどうなんだろう、と心配していましたが、目的地ロルシュに着いたときには、トップの写真にあるように、青空で、暑いくらいの陽気に恵まれました。やっぱり、日ごろの行いかな〜(誰のかはわかりませんが)。 ロルシュの修道院は、その周辺にある他の同時代の遺構と合同で、ユネスコの世界遺産に登録されているものです。インターネット等で写真を見たりしたのですが、実は、修道院と言っても実態があるようなないような。一体何が世界遺産?という感じだったんですが、行ってみて分かりました。 要は、起源が古い。カロリング朝の遺構である。 そして古いだけに、当時のものはわずかしか残っていない。 その、わずか残っているものが、この王の門。 これが、しかし、思いっきり派手な修復が施されちゃっていてピカピカ。多分ちょっと前までは、両脇にある円筒の小さな塔状の部分も、石積み状態だったのが、いまや漆喰で真っ白。レンガ色と白の石での装飾的な外壁も、妙にきれいだし、屋根も新品状態だし、一見して、これがカロリングの何か、とはとても思えない眺めで、にわかには認識不可能でした。 インフォメーションでもらった簡単なガイドによれば、「2014年に、大規模な修復が終わったばかり」、とあったので、まさに修復直後の姿だったということです。以前に行かれた方には、驚きの姿ではないでしょうか。 修復にも、お国柄っていうか、好みが出ますよね。やっぱり持っているもののおかげとその結果としての修復技術のせいか、個人的にはイタリアの修復はいい線いってると思うんですけれど。ドイツって、そういえば、家屋の外壁も、汚れを嫌って、数年ごとにペンキでべったりぴかぴかに塗りなおす人たち。いつも新品状態が好きな感じが、修復にも出ているような…。 いや、大体寺なんてものは、元来そのオリジナルは、ピカピカできらきらで毒々しかったりするもんですが、でも数百年とか千年近くとか過ぎた現代で見るときには、そういうものが古びてしなびて落ち着いて、それがいい、っていうことがほとんどと思うのに、あえてオリジナルに忠実にぴかぴかにしちゃうって言うのはどうか、っていう話になりますが…。どうか? ここの修復は、かつて修道院があった場所全体を、美しく整備した、ということらしいです。確かに、村のはずれ一体が、丘のようになっていて、その一体が世界遺産の修道院跡ということらしいのです。 雰囲気はよくわかります。 王の門と呼ばれる、カロリング朝時代唯一の以降の、地上部分から、村。 そして、180度向きを変えると、修道院教会の建物が、さらに小高い丘の上に建っています。 この教会は、今ではファサードの部分しか残っていませんが、それは既にして、ゴシック以降のスタイルで、その上、まだ大規模修復中でした。 この丘一体が、美しい緑で、自由にアクセスできる公園になっていて、それはそれは美しい緑。これも、今回の修復の結果のようです。 これは、ファサードを後ろ側から見たところ。要は、このあたり、本堂だったり、回廊があったりしたはずの場所。以前は木があったり、土むき出しの部分があったりしたようなんですが、今はすべて美しい芝生。ただ、段差がつけられていて、本堂のあった場所がわかるようになっています。 土が盛り上がって土手のようになっている部分が分かるでしょうか。 後陣部分は丸くなっています。 本当にこの盛り上がっている部分が本堂の外壁だったのだとしたら、とんでもなく大きな教会です。南側には回廊があったのでしょうから、そちらは一段さがった場所に、やはりそれらしい段差が設けられていました。 ちょっと面白かったですけれど、別に、説明版とかあるわけでもないので、ただ市民の憩いの場(特に子供たち)で、ごろごろ転がっている子供なんかがたくさんいました。 緑と、平壁、赤い屋根、青い空、とにかく美しいですね。ドイツのイメージそのまま。この建物群も、修道院の宿舎の場所を基礎に建てられているようなんですけれど、今、どうなっているのか、よくわかりません。 まぁ、変にガイド・ツアーじゃないとアクセスできないというのも嫌ですが、ここまで変に開放的で、説明版ひとつつけないっていうのも、なんかよくわからないシステムです。今は修復直後だし、ファサードはまだ修復中だし、これから、もう少し親切になるのかもしれませんけれどね。 いずれにしても、漆喰塗り塗りは、拒否反応でした。 ちなみに、この村、こじんまりとしてかわいらしく、ツーリスト満載でした。 でも、村の中心にあったインフォメーション・センターは、まったく愛想がなく、英語のパンフレットも、頼まないとくれない有様でした。ちょっとがっかり。中世の世界遺産だというのに、有料無料ドイツ語英語含め、そういう資料が一切ない、というのもがっかりでした。 考えたら、わたしにとっては、記念すべきはじめてのドイツ・ロマネスク(正確にはプレですが)だったんですけどね〜、感動薄かったなぁ。 |
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スイス・ロマネスクは、知名度は低いながら、数は相当あるようです。今回、わずかながらでも、その一端に触れることができてよかったです。 イタリア国鉄の、スイス方面電車賃のプロモーション(一日で直通で行かれる場所は、一律片道19ユーロ。たとえばローザンヌだと普通の運賃は70ユーロ近くしますので、異常なお得感です)は、依然として続いているようなので、何とか年内にもう一回か二回、遠足で日帰りできるところくらい行ってみたいとは思っています。 でも、今月末で、夏時間は終わるし、寒くなってきたし、ちょっと厳しいかも。なんせ日が暮れてしまうと、何も見えなかったりしますしね。 行けるとすれば、パイエルヌのリベンジと、グランソンでしょうか。 修道院、緑の中の全体像も、スイスっぽくて美しいですが、あまりロマネスクっぽい外観じゃないですよね。 でも、よぉく見れば、やっぱりちゃんと。 盲アーチに、私の愛する付け柱。柱頭部分には、クリスモンのようなかわいらしい浮き彫りが見えます。レンガの色合いも、やさしくて暖かいですね。 肉眼じゃよく見えないような高くて隠れた場所に、こんな浮き彫りもありました。 かつては、全体的にもうちょっと装飾的だったのかもしれませんね。 側壁。 上の方が円柱で、下は角柱。多分どちらも同時代のものと思いますが、付け柱としては珍しいスタイルですね。 かつて回廊=キオストロのあった場所。 今は、中庭を取り囲む柱やアーチの基部が残っているだけ。きれいさっぱり。教会の側壁に、ちょっとだけ構造物の一部が残っているだけです。 このキオストロが残っていたら、相当インパクトがあったでしょうにねぇ。残念。 修道院、これでおしまい。 |
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正面からぐるりと周ると、後ろ側には木がこんもり。プラムの実などもたわわに実って、昔もこんなだったかな〜と、田舎気分満喫。 正面から見ると、右側壁の奥のほうに、とっても小さい扉があり、力をこめて押すと、やっと開きます。最初は鍵がかかっていると思って、すごすごあきらめてしまったくらいです。 ここ、ずいぶんと長い時間をかけて、作られた建物なんです。今でも建物としてはかなり大きいですが、全体が完成した当時の姿は相当のもの。 この入り口から入る部分にも、もともとロマネスク時代の後陣があったようなのですが、ゴシック時代に改築されてしまったみたいです。 つまり、外観はゴシックだけど、内部にはロマネスクの様子が残っているのは、そういうことだったんですね。 いろいろと図版がおいてあったのを見て、いまさら、なるほど、と思っているところです。 中はこんな感じです。 後陣にはステンドグラスなんかが立派にはめ込まれちゃって、ゴシックなんですが、この中央身廊見る限りでは、立派なロマネスク。背の低いどっしりとした円柱が、とてもかわいらしくてよい感じでしょう。ガルダ湖畔のバルドリーノとか、こんなじゃなかったですかね。 石がすごい迫力で迫って来るタイプのつくりですが、ひっそりとした装飾も残っています。 そして、これ、いいですよねぇ。 多分、もとはもっとちゃんとした説教壇の装飾じゃないでしょうか。今は、この一枚板だけで、説教の場所になっていますけれど。それにしても、美しいです。私の大好きなビスケット文様中心の十字架。組紐。ああ、大好き。ほしい。 後陣と反対側に扉があり、今は閉ざされていますが、建物正面入り口から入るロマネスク側の入り口のスペースとつながっています。こちらの教会の床は、残念ながら、ほとんどが新しくされていたと思いますが、その扉の前にある階段、これは古いですねぇ。 こういう、大きな石の階段や床の、古びてつやつやした感じって、ビスケット文様の浅浮き彫り同様に、すりすりなでなでしたくなるほど、好きなんです。 時々、装飾に夢中になって、床を忘れることがあるんですけれども、床の質感って、建物全体の評価には欠かせないと思います。上の方に、ごてごてのルネッサンスやバロック装飾があったとしても、床が古びていると、かなり得点アップ。わたしの場合はね。 ロマンモティエ、いいですねぇ。人が少ないのもいいです。夏のバカンス・シーズンですから、三々五々と観光客は来るのですが、ちょっと村をぶらついて、教会を急ぎ足で見て、さっさと帰っていくというケースがほとんど。このゴシック側や、ロマネスク側の二階にはほとんど来ないし、来てもすぐ帰っちゃうので、独占。いやはや、幸せでした。 |







