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夏休み旅その21、モデナその2 モデナ大聖堂Cattedrale di Modena続き、そして、長丁場となってしまった夏休みの旅、最後となります。 ファサードも、やはり真っ白でピカピカ。修復で、まったく見られない時期もある分、こうやって全身を楽しめる時期もあり。わたしの場合、モデナ辺りなら、また次があるさ、と思えますが、遠くから来ているとそういうわけには行かず、これも運ですねぇ。 このアダムとイブのストーリーは、いつもしっかりと確かめないではいられません。何をか、といえば、これ。 禁断の果実を、思いっきり間抜け面して口に入れるアダムの様子です〜!しっかりと自信に満ちたイブに比べて、なんとものほほんとした様子のアダム…。 どの作品でも、イブがしっかりもの系のタイプは多いような気がしますが、ここのは格別…。 えいっ!アップ! イブは、肋骨から生まれたときから、既にして、よほどしっかりしてる感じ? ファサードに向かって左側、ここの壁面、わたしの大好きな上から下までつながった付け柱が美しくて、毎度うっとりします。 付け柱は、実に好きなアイテムなのですが、「付け柱がすき、うっとり」などと言うと、奇異なものでも見るように見られます。というか、こういうものを見慣れていない人には、付け柱?何それ?という感じでしょうかね。 以前、一緒にいくつかのロマネスクを回った友人に、付け柱好きを告白したところ、最初の反応は「訳がわからない」だったのですが、一緒にいくつか見た中に、付け柱の美しい教会がありました。多分、スイスはティチーノ地域の教会だと思いますけれども、正確にはどこだったか覚えていません。その後、「少しわかる気がする」と共感されて、ちょっと嬉しかった記憶があります。 こういうアイテムは、現場で見ないと、よさがわかりにくいものなのだと思います。 ここの壁面は、石がピカピカつるつるしている質感、通路の石とのコントラスト、いい具合の影、すべてが素晴らしいんです。特に、後陣側からがいいです。リピートするリズム感がね。 この先、後陣近くに、扉があります。考えたら、北側なんですね。養魚場の扉Porta delle Peschieraと呼ばれる扉。 名前の由来はわかっていません。養魚場があったのでしょうかね。そういう様子は、まったくないんですが。 アーキヴォルトも、アーキトレーブも、そして扉の両脇も、それぞれがタイプの異なる様々なモチーフの浮き彫りとなっていて、楽しいものです。ただ、この扉部分は、かなり危ないようで、もうずっと昔から、両脇に金属の支えがはめ込まれています。構造的な問題で、修復しても、だめなんでしょうね。でも、浮き彫り部分は、ずいぶんときれいになっているので、修復は施されています。 前回もその前も、鐘楼は全部足場で覆われていたので、久しぶりのご対面です。ここも、よく見ると、愛らしいものがちりばめられています。 このライオンは、ちょっと邪悪な感じ。クリプタのマルコ・ライオンとは、まったく違うものですね〜。 わー、こっちには、もしかして、愛するサムソン? こうやって宝探し出来るのは、楽しいですね。 後陣側にも、なんとも心引かれる作品がたくさん。 なんだろ、この人たち。ダンスしてるみたいな。 こっちは、うそつきの舌でしょうかね。 人物フィギュアが、みな愛らしいんですよね。 ここの建設には、カンピオーネ(コモ地域)出身の石工さんがたくさんかかわっています。コモ出身のランフランコや、また地元の棟梁ヴィリジェルモなど、今でも名前が残っている数少ないマエストロたち。棟梁さんたちだけが彫ったわけでは勿論ないはずですが、やはり高いレベルに影響されて、こういう素晴らしい造詣の数々が出来たということなのか、と思います。 南側には、ファサードに近い方に扉があり、こちらは扉脇に聖人がずらり。 今、写真を見ていて気付きましたが、洗礼者ヨハネさんもいらっしゃいますね。 相変わらず、らくだの衣着てます。らくだの衣、本気で好きになってきたな〜。 こちらもまた、ぎっしりと、少しのスペースも余さないぞ!という気合のような彫り物。 そして、やはりどれもレベルが高いです。 細かい部分まで、決して手を抜かずに彫られているのは、すごいです。勿論、この高さだと、肉眼でも結構見えるとは言え。 あ、保存状態がよいことも驚異的。大切にされてきたということですね。 つる草に隠れた変なフィギュアもありますよ。中でもお気に入りはこちら。 宝探し的にいろいろ発見できるものが好きな方には、是非訪問してほしいカテドラルです。改めてまとめていたら、時間を忘れて果てしなく没頭したい、という気持ちになってきました。日帰りにふらりと行くにはちょっと遠いので、春になったら、ボローニャの友人を訪ねる際にでも、ゆっくりと立ち寄ってみたいと思います。 何度行っても、こういう気持ちになるんだから、やはり格別魅力的な教会ということですね。というか、行けば行くほど、はまる場所というのが、あるのかもしれないです。多くのロマネスク・ラバーがフランスに始まりフランスに終わるパターンも、そういうことなのかもしれない。 わたしのロマネスク・ラブは、スペインに始まっていますが、さて、終わりは、やはり住んでいる身近なイタリアになるのか、やはり終わりもスペインとなるのか。最近スペイン通いが続いていますからね〜。さてさて。 というわけで、長々とお付き合い有難うございました。 |
エミリア・ロマーニャ・ロマネスク
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夏休み旅その20、モデナその1 旅の最後は、ランチのために小休止したモデナです。 行き同様、ロマネスク的に重要な土地を選んだようになってしまいましたが、ミラノから南下する場合、そうなってしまう確立が非常に高いのは、どうしてもエミリア街道を辿ることになるからです。 エミリア街道は、もともとローマ時代の古い道ですが、中世には巡礼の道でもあったので、その道沿いには、多くの教会が今も残っています。 モデナも、そういった町のひとつ。 モデナ大聖堂Cattedrale di Modena。 それにしても、この大聖堂、修復中ではない姿を目にするのは、何年ぶりのことでしょうか。ずいぶんと長い間鐘楼が足場に覆われていましたし、昨年春に立ち寄った際、この後陣は、全部足場でした。ファサードが覆われていたのは、その前だったかそのときだったか。 後陣、ぴかぴかですね。修復、きっと終わったばかりなのでしょう。 全体、思い切って洗った感じで、本来の石の色が見事に蘇っています。古びた様子に慣れた目には、ちょっとぴかぴかしすぎな感じもあるのですが、でも、この大聖堂が完成した当時は、まさにこういう様子だったのだろうと思うと、感慨深いものです。 これほどぴかぴかしているのは、でも多分、かなり短い時間のことだと思われます。 以前、修復していた鐘楼、既に汚れていますもんね。雨のときなど、水の流れる跡がついちゃったりするんでしょう。広場がありますから、すぐ近くを車が通ることはなくても、100メートルも離れていない場所に、結構交通量のありそうな道路もあるし、排気ガスの影響なども、大いに関係があるのだと思います。掃除しても洗っても、一面終わったら、次の面をやらないと、という繰り返し。やはり近現代になって、汚れる頻度も増したでしょうし、当然石の傷みもあるでしょうから、千年生き抜いてきた建物にとって、現代は、受難な時代であるかもしれないですねぇ。 さて、既に何度も訪ねていて、ここでも複数回紹介していますが、この大聖堂、ディテールが本当に楽しくて、何度来ても、何度でも楽しんでしまえます。 本堂では、まずこの内陣障壁のようになっている持ち上げられた部分の浮き彫り。 これほどの規模のもので、彩色の残りもよい浮き彫りは、他にありませんね。 この浮き彫りも、以前訪ねたとき、修復で全部覆われていました。 これ、撮影するのが結構難しい。結構高い場所にあるので、近づくと、見上げた形での斜めの絵しか取れないし、かといって離れて望遠で撮影するのも、わたしの安いカメラでは、細部まで鮮明に捉えるのが難しい。 自分の撮影の結果を見ると、プロのカメラマンがいかに素晴らしいか(機材も含め)、実感できます。わたしも一眼レフで撮影したいものだと思わないでもないのですが、ただ、重量を考えると無理。旅には、コンパクト・カメラに勝るものなし。 ちなみに、わたしは今もデジカメ派で、スマホ・カメラは使いません。 少なくとも自分のスマホ(ソニー、エクスペリアの3年ほど前の機種、と思います)は、スマホとしては、結構よい性能のカメラを搭載しており、画素数も200万とかあると思いますけれど、でもだめですね。まず、撮影できる範囲がとても狭いこと(昔のカメラみたいです)。ピント合わせは、カメラ主導でかなりやってくれますが、適度なズームは慣れないと難しいです。いまだに、指でレバーを操作する、というアナログの方が楽です。 でも、スマホ派、圧倒的に増えてますね。 さて、この障壁をじっくり観察したら、順路としては、クリプタです。 クリプタ全体は、新しい時代に合わせたピカピカ・スタイルになってしまっていますが、いくつか、見逃せない柱頭があります。いつも必ずご挨拶するのが、四福音書家の柱頭。 超愛想のいいマルコ!人のよさそうなよい笑顔ですよね。裏側にはルカちゃん。 マルコに比べると、妙にお澄ましな二人。手は同じだと思うのですが。 そして、今度は、内陣の上部に上り、ここではもっと古いものにご対面。 ここに来たら、この浮き彫りにも、必ずご挨拶します。かわいいですよねぇ。そして、ここは、ちょっと奥まっているので、本堂に観光客がたくさんいても、人が少なく、またレリーフに注目する人はほとんどいませんから、レリーフはいつも撮影し放題。 レリーフのある側から下への階段は、説教壇の絶好の撮影スポットです。 それにしても、背景の水色が美しいです。人物も、かつてはしっかり彩色されていたはずなので、かなり派手な絵になっていたと思われます。 やはりこの大聖堂は、何度来ても楽しい。 ちなみに、下記リンクの「ロマネスクのおと」で、大聖堂については結構詳細を記しています。今回、自分のサイトを印刷して持っていって、勉強になるわ〜、と感心してしまいましたとさ。時間たつと、すっかり忘れちゃうからね、自分で書いたものでもね。あ、でも改めて読んで、誤字の多さにあきれました。 |
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夏休み旅その15、ラベンナ13 次に訪ねたのは、現地でチラシをもらって、初めて知った場所です。サンテウフェミアという18世紀の教会の地下に隠された、6世紀の床モザイク、床モザイクの邸宅Domus dei Tappeti di pietraです。 いただいたパンフによれば、オープンしたのは2002年10月30日とありました。直近で訪ねたときには、既に開いていたはずですが、滞在時間が短かったので、知る暇もなく、その前に訪ねたときには、まだ整備中とかそういう状態だったのでしょう。 土地が土地だけに、何かの工事とか、修復とか、そういう機会に、結構ざくざくと見つかってしまうのだと思います。 今では、地面から3メートルも地下という状態ですが、もともとは、ビザンチン時代の貴族のお屋敷の床装飾のようです。 発掘されただけでも相当の広いスペースに渡っていますので、さぞや羽振りのよいご一家の邸宅だったのでしょう。 よき羊飼いの図。 ハイソックス状の編み上げ靴が、とっても愛らしいのです。ビザンチン・モザイクなので、図像的にも表現的にも、ローマとは異なっているということで、そういえば、よき羊飼いって、普通羊を抱え込んだり肩車したりしていますね。この人は、羊飼いって言うより、なんかポーズしちゃっているし。 モザイクのほとんどは、幾何学モチーフや植物モチーフ。 その中に、上の羊飼いさんと、そしてもうひとつ具象の目玉として、こちら。 ”輪になって踊っている季節の神々”。 全体が見えにくいので、縦置きのレプリカ。 と思ったら、実は床に置かれているのがレプリカで、縦置きが本物でした。床の方が、色あせた感じなのですが、それは、修復も相当入っている、周囲のモザイクにあわせた色なのかな。 こうやって輪になって踊っている図、絵的にはマチスを想起しつつ、現実的にはカタルーニャのサルダーナを思い出しました。今でも、みんなで踊っていますよね、本当にこういう感じで。これは神様たちだけど、きっと当時、こうやって踊っていたんだろうな、と想像できるし、庶民がしていることを、神様に置き換えちゃうところが、なんかいいなぁ、と。 季節の神々ということは、一人ひとりが四季を表しているんでしょうねぇ。一人かけちゃっているのが残念ですが、なんとも言えずかわいい。両性具有的でもあり、普通の人々風でもあり。 頭が虫みたいになってる人が、やはり冬ですかねぇ。寒さ対策的マントだし? 4ユーロ、高いなぁ、と思いましたが、でも、これだけの発掘して、こういう施設作ったら、お金かかりますから、仕方ないかも。普通のモザイク・ルートにはのっていないので、観光客は大変少ない上に、4ユーロで、引き換えしちゃう人もいました。気持ちは分かります。 さて、最後の訪問地は、福音書家サン・ジョバンニ教会Basilica di San Giovanni Evangelista。四福音書家の一人、ヨハネに捧げられていますが、ラベンナで最も古いビザンチン時代の教会で、ガッラ・プラチディアが創設したと言われているそうです。 とても立派な教会ですが、何というか、縁のない教会だったみたいです。 まず、立地が、宿泊していたホテルから徒歩3分程度という近さで、他への観光のために、何度も脇を通っていました。その上、訪ねるべき教会、として、事前にチェックしていたのにもかかわらず、それがこの教会であると、最初は認識していませんでした。 ローマ風の立派なバジリカで、修復も激しくなされているため、後陣側など、かなり新しい教会風になっていたのも原因とは言え、われながら情けないことです。 一日の終わりに、最後にここを見ていこう、と立ち寄ったのですが、教会に近づくと、スピーカーからミサのお説教が流れています。まさか、と思い覗き込むと、まさにお説教中。 参加者は、3人ほど。すっごい広い本堂ですから、スカスカです。司祭様は立派なご衣装で、立派なミサっぽかったですが、寂しさはありましたねぇ。 15分ほど、門の外で一服して時間をつぶしましたが、スピーカーからのミサは、終わりそうにもありません。あきらめました。 翌日、ラベンナを立ち去るにあたって、なんせホテルから3分ですから、出発前に行ってみたところ、なんと!またもやスピーカーからお説教が! 司祭様には申し訳ありませんが、爆笑してしまいました。我々の運のなさ、というか、もしかしたらミサに参加しろと強要されているような状態に。 信者さんは、またもや3人ほどでしたので、なんか、やるせないって言うか。 この教会も、実は後陣のモザイクは、16世紀に失われてしまっています。 こんなのがあったらしい。でもそんなことはまったく知らないし、ないものを探しに来たわけではなく、壁モザイクはない代わりに、床モザイクがたくさん展示されている、というのに、興味があったのです。それも、結構好きな白黒での様々なモチーフで、写真で見ると、かわいいのがたっくさん。 残念でしたが、今回、これ以外は、見たいものすべてクリアしたと思いますので、もしかすると次回のために、一つくらいは、残すべきということだったのかもしれません。 スピーカーから流れてくる、時々咳き混じりのお説教を聞きながら、中世の名残を探しました。そしたら、やっぱり何かしらはあるんですねぇ。 教会前にある門のリュネッタ。ゴシック時代のもののようですが。 もうちょっとわたし好みの時代のものは、その脇の上部にありました。 普通足元にいるライオンが、ここでは上にいました。ライオンは写実的で怖いんですが、子羊、かわいい…。 よく見ると、門柱にラベンナ風の透かし彫りがありました。 ビザンチンではなく、それ風なんだと思いますけれどもね。 というわけで、最後はちょっと地味なレポートですが、ラベンナ編、終了です。 フィレンツェに移動しつつ、お食事話題などは次回。 |
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夏休み旅その14、ラベンナ12 サン・ヴィターレと同じ敷地内にある、ガラ・プラチディアの霊廟Mausoleo di Galla Placidiaに移動です。 ここはもう、なんだかこのたたずまいだけで泣けるくらいに、清純で無垢なプラチディアそのものって感じがするよね。 入ってすぐの天井部分に広がる、この雪の結晶モザイク! 初めて訪ねたときと同じ驚きって無理だけど、それでも、やっぱり同じように美しいなって、そういう感動はあります。 初めてラベンナに来たときって、何が自分を待っているか知らないことが多かったし、ここなんて、本当にびっくりしたかすかな記憶があるな〜。初めての出会いっていいよねぇ。 写真を含めて、多くの情報をネットで簡単に入手できるって言うのは、とても便利だし、訪ねたくても訪ねることができない人にとっては、素晴らしいことでもあるのだろうけれど、でも、そういう手段がない時代に生きる時間が持てて、しあわせだったような気はする。 建物は、ラテン十字型で、雪の結晶のアーチをくぐって中に入ると、中央部のクーポラの下に出ます。 正面のくぼみ部分に、ガッラ・プラチディアの石棺と言われている石棺がドカンと置かれていますが、彼女は、ここには眠っていないはず。ずっとローマで過ごしていたような。そういえば、バチカン博物館にも、彼女の石棺があったような? とにかく、この霊廟は、小さいけれども、建物内側の半分から上は、すべて、隙間なくモザイクで覆われています。これだけ見事に往時の様子を残している建物は、他にありません。 解説によれば、シンボリズムでいっぱいということらしいですよ。ここは、ゆっくりと解説を読みたいところですが、それは、今度、「ロマネスクのおと」更新の際にでも…。 今は、美しいモザイクを堪能したいです。 先に進むと、中央部になり、天井のクーポラ部分には、星空が広がります。 ちょっと前に紹介した、博物館内にあるサンタンドレア礼拝堂の小さな後陣と同じモチーフ。あちらは、金銀が混ざっていましたが、こちらは金色だけで、キラキラ輝いています。四隅には、有翼のフィギュアに姿を変えた四福音書家の姿が描かれています。 縁取りが、渋い赤を背景としたリボン模様というのも、とてもオリジナリティが高くて、ラベンナですねぇ。 クーポラのさがってきた壁部分まで入れると、こういう状態です。 窓には、オリジナルではないでしょうが、アラバスターの板がはめ込まれているので、外光の入り方がかなり穏やか。それでも真夏だったので、薄ぼんやりとしたいい感じの光が入ってきます。 それぞれ、窓の下に、同じ杯から水を飲むペアの鳩がおり、両側には、使徒が、やはりペアで立っています。 さらに下、十字の腕の奥の方の半円には、もっと物語的な絵があり、よき羊飼いとか。 こちらは、拷問というか殉教の絵。網で焼かれて殺されちゃうのは、サン・ロレンツォでしたか? 怖い〜! そしてこちらはキラキラの中に鹿のペア。 やはり仲良く水を飲む図なのですが、水は生命の象徴なのだそうです。全体に対比的に、死を想起させる図像となっているとか。 ここでも色がすごいですね。氾濫していますが、いやらしく派手にならない色使いが、すごいです。 モチーフにしても、ここの壁と、アーチの下と、つながっている場所なのに、それも、かなりハデハデな縁取りでつながっているというのに、全体としてはまったく違和感なく、しっくりしちゃってる。 なんだろう?モザイク・マジック的な? 外観から想像つくように、本当に小さい建物です。そして、すぐお隣のサン・ヴィターレには観光客がわんさか。でも、その割には、意外と大丈夫。というのも、モザイクが上部だけだからかな。実は、かなりの人がいたりします。 春、修学旅行とかが多い時期が最も混むようで、その一時期は予約必至とありましたが、それ以外はフリーで大丈夫です。 入り口に、「狭いので、10分程度で出てください」、みたいな注意書きがありましたが、ほとんどの人は、そんなに滞在しません。だから、結構ちゃんと流れるみたいです。 結構長くいたように思っていましたが、今、写真でみると、貪欲な我々ですら、せいぜい15分程度過ごしただけだったようです。 やはり狭いので、どうしようもなくなっちゃうんですね。 そして、写真も意外と撮っていませんでした。どうしても、見てしまって、写真を忘れるというか、自分の腕では撮りきれないので、あきらめてしまうというか、ちょっとそういう感じ。 それでいて、今改めて写真を見直していると、どのモザイクも、見れば見るほど美しくて、もっと撮影してくればよかった、などと思ってしまいます。 ここもまた、後ろ髪を引かれる思いで後にしました。 この、いかにも初期キリスト教的な、単純で美しい建築スタイルを見ながら、しばしモザイクを反芻し、そしてサン・ヴィターレとこの霊廟の美しすぎるモザイクにあてられてしまった気分を立て直して、次に出発。 ラベンナ・モザイク・ツアーは、ほんとに、果てしなく、どこまでもモザイクです。 |
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夏休み旅その13、ラベンナ11 サン・ヴィターレ教会Basilica di San Vitale、続きです。 本堂に入ると、どうしたって、まずは壁や天井モザイクに目が行ってしまいますが、それら以外にも、しっかりチェックすべき素晴らしい芸術が、ここには、たっくさんあります。 たとえば、同じモザイクとしては、かなり地味ですが、やはりレベルの高い床モザイク。 時代が、いろいろだと思うのですが、たとえば、この上のは、比較的新しいように思いますが、それでも、いずれも素晴らしいことには違いなし。 作品としても素晴らしいし、保存状態も文句なし。 これは、かなり中世っぽいタイプ。 床モザイクも、やはりテッセラが細かくて、デザイン的なモチーフでも、びっくりするほど繊細なイメージが描き出されています。 壁モザイクとも呼応しているような。 実は、床モザイクについては、過去にきちんと見た記憶がないのですが、おそらく十数年前は、今のように、立ち入り禁止などにはなってなかったんじゃないかと思います。だから、逆に、注目することもなく、何の気なしに踏みしめていたんじゃないか、と。 または、きちんと修復されていない状態であったかもしれません。今は、メインのモザイク・スペースは、柵で囲まれて、踏みしめることが出来なくなっていますが、その代わり、注目しますので、きちんと意識して、鑑賞できるようになったわけです。 やはり、オリジナリティ、高いです。テッセラがここまで細かくなくてもいいんじゃないのか、というくらい小さいのですが、一片一片が小さいからこそ、繊細な図像が描き出せるのでしょうね。 その他、柱頭にも注目です。 この、透かし彫り風、レース風の柱頭こそ、ビザンチン起源で、イタリアでは、ビザンチンのラベンナやベネチアでしか見られなかったタイプなのだと思います。 副柱頭も、同じ時代かどうか不明ですが、透かしのバックに、赤とか色が入っているんですよね。本当にレースみたい。 マットな彩色は、フランス・ロマネスクで今でも見ることが出来ますけれど、ロマネスクでもオリジナルでは彩色されていたというのは、こういうところに起源があるのかな、と思わされます。 完璧なレース。 上の壁モザイクの派手な彩色との対比がすごく印象的。 というわけで、サン・ヴィターレ、やはりすごいです。見ても見ても、なかなか堪能した気分になれず、何度も同じところを行ったり来たり、ぐるぐる。 時代とともに、かなり手が入っている様子も分かり、そんな中で、ビザンチンのいろいろなものが、よくこれだけ残ったな、と感心しつつ。 だって、建物構造や要素はそのままながら、今ある装飾の大半は、バロックですよ、こんな。 おそらく、柱頭も、黄金に塗りたくられた時代など、あったのかもしれません。いっそ、表面的な装飾が剥げ落ちちゃっている場所の方が、ほっとしたりもします。 そういうもろもろも含めて、本当に素晴らしい。 いつまで見ていても、やはり名残惜しいけれど、次に行くべき場所があるので、そろそろ移動します。 次訪ねるのはいつになるか、また次があるのかどうかも分かりませんが、そのとき、何を覚えているのか、楽しみです。 |




