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ラツィオ北部のロマネスク その37(最終回)

ヴィテルボその5
今のヴィテルボの町は、結構広いんですが、われながらびっくりするくらいに縦横に歩き回りました。中世の名残が、隅から隅へと、広い範囲に残っていたから仕方なく。
そんなわけで、疲れた身体に鞭打って、最後に訪ねたこの教会、中世の名残は、歴史的な記述に残るのみ、という感じで、びっくりするくらいに何もなくて、すでに疲れはてた肉体に、さらに追い討ちをかけるように気持ちの疲れ、どっしり。サンタ・ローザ教会Chiesa di Santa Rosa。

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古い教会の上に新しい教会が建てられた、という歴史は、他の多くの教会と同じなんですけれども、その再建教会が19世紀のものであるというのが、ちょっと違っておりました。そういう流れでは、さすがに古い教会の遺構は、何一つありません。それも、オリジナルの教会および修道院は、13世紀のものだったらしいので、ますます、わたしの範疇外でした。
旧市街的には、反対から反対へ、つまり対角線にあるような場所移動をしたので、本当に疲れただけ。でも、ちょっとでも「中世」のキーワードに触れる場所は、行っておかないと(特に簡単にいけない場所は)、後悔必至なので、こういうのも有りかな。
ちなみに、サンタ・ローザはヴィテルボの守護聖人。なので、最後にご挨拶の機会を得たのも、なんとなく意味があったような気もします。

ヴィテルボの町で、もうひとつ紹介しておきたいのは、国立エトルリア博物館。

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エトルリアでは、タルクイニアで素敵な博物館を訪ねましたが、あちらは現地のものを中心に展示しているのに対して、ここは、エトルリアの傑作を集めておりますので、エトルリア好きは、やはり一度は訪ねなければいけない場所と思います。

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エトルリアのことは、正直、もう少しお勉強をしないとなんとも言えないところなんですが、美術的にはすごいんだなって言うのが最近のイメージ。こういう石棺装飾とか見ちゃうと、はっとする。

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イタリア半島って言うと、やはりまずはローマになるでしょう。
でもローマって、確かに技術はあったけれど、美術的にはどうよ?っていうのがね。独創的な作品ってあったっけ?みたいな。
で、エトルリアのこういう現代的なアートを見ると、ねぇ。

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いやはや、やはり鏡装飾の現代性はすごいですね。もちろんいろいろ研究されているんでしょうから、資料的なものを読んでみたいなぁ。改めて。

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こういうギリシャ彫刻的なものがたくさん。これはびっくりしました。
考えたら、エトルリアって、エジプトやギリシャの同時代で、実際に交流もあったんですよね。だから、いろいろ混じっている。模倣ではなくて交流の結果として。
ローマが余りに強大だったために、イタリア半島中心に、それ以前にあった文明が、歴史学的にいろいろと無視されてしまっているという現実があります。歴史的には結局勝つものが勝つわけでそれはそれなんですが、美術の世界で行くと、勝つものが勝つわけではないんですよねぇ。
なんか、古代文明を見ることで、中世が見えることもあるかもしれないと思ったりします。だって、ローマ以前、イタリア半島だけでも、本当にいろんな民族がいたんです、歴史上ではほとんど取り上げられなくなっているんですけれども。エトルリアは、このラツィオやトスカーナの一部にあった文明で、発掘でいろいろ出てきて重要性も研究されてきたから有名だけど、同時代にあったけれどもいまだにきちんと研究されていない文明が、実はたっくさんあるんですよね。

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イタリアで中世を見ていると、はじめは、ローマの後に、何でいきなりプリミティブな感じになるんだろうってびっくりするんですが、ちょっと中世を見ていると、今度は、ローマ時代だけが、辺にあだ花的な感じもしてくるんです。って言うか、ローマって結局、文化的にはギリシャの模倣以上に何かあったのかよ、みたいな…。言いすぎかな。

ということで、ラツィオ北部、長々とお付き合いいただきありがとうございました。最後は、古代で落ち着く、ということで、やはりこの地域、長い歴史を無視しては語れないということでしょうか。

ロマネスク本編は、現在ノヴァラ周辺の地味なロマネスクをまとめているところです。その次はシチリア、そして北部のマイナー、と頭の中の予定だけは、かなりきちんと先を読んでおりますが、現実はなかなか…。

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ラツィオ北部のロマネスク その36

ヴィテルボその4
次に訪ねたのは、サン・シスト教会Chiesa di San Sisto。

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ここは起源が古くて11世紀。クリプタもあるという情報を得ていたので期待して向かいました。そして、上の写真のように扉が外に向かって開いていたので、よっしゃ!と思ったのですが、完全なぬか喜びで、中扉はがっちりと閉ざされていたのでした。
実は、日と時間を変えて訪ねて見たのですが、常に外扉オープン、中扉クローズ状態で、何だよここ!という教会です…。
仕方ないので、外観をチェック。

なんだか住居含めて建物が立て込んでいる地域なので、一見どれがなんだかよくわからないのですが、改めて写真を見ていると、結構分かりやすいです。
教会も、起源は古いとは言え、それは後陣部分のことで、おそらく前部は、再建構造のようですね。

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マテリアルが違うのがよくわかります。そして、古い部分のオリジナルの鐘楼らしき部分をズーム。

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細部に、ロマネスクが見えました!開口部にある地味な小円柱の柱頭部分、素朴な浮き彫りなんです。それに、アーチ部分のレンガは、きっと当時のものですねぇ。
馬鹿みたいだけど、現代の中に中世当時がある姿って、なんともけなげで、妙に感動しちゃうんですよねぇ。

この教会、旧市街の端っこに建っているんで、古い門を外に出ると、その後陣を見ることができます。

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そして想像通り、後陣には、中世の名残がもうしっかりと。全体の姿も、ロマネスク好き、特に北部ロンバルディア・ロマネスク好きには、既にうっとりですが、詳細もまた、なかなかによく、浮き彫りが残っているんですよ。

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あああ、素敵。光学20倍ズームのカメラの価値が活きますよ〜!肉眼では、とてもここまで見えないですから。いやはや、ここは、結構気に入ってしまいました。教会内部を見ることができなかったのが、とても残念。

もうひとつ、意外に発見だった教会、サン・シルベストロChiesa di San Silverstro。

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ここはまた、今のヴィテルボの旧市街のど真ん中って言うような場所にあります。教会前は広場となっていて、雰囲気はよさそうだったのですが、ちょうど工事中だったため、本来の雰囲気は分からなかったのが、ちょっと残念でした。
教会のたたずまいはかなり地味なんですが、かわいらしい彫刻があって、大変印象が強いです。
ファサードのトップに鐘楼があって、その両脇に置かれている彫像が、なんともね。

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かわいいんですよぉ。尻尾ぐりぐりの羊状、それからいかにもの狛犬系。どうですか。
青空に映えて、本当にきれいだったし、全体に新しくなってしまっているファサードに、中世の心地よい息吹、って言うのかな〜。こういう風に置かれる彫り物というスタイルも、逆に古典的だったりしますよね。
ここも、残念ながら、扉は固く閉ざされていましたが、たたずまいから想像するに、内部はすっかりぴかぴかに新しくなっていることでしょうから、そういう場所は、入れないことがよかったりもします。
同じ広場の一角には、立派な中世の塔も建っていました。存在感としては、このサン・シルベストロ教会よりもよほどあります。

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ボルゴニョーネの塔Torre dei Borgognone。
どうやら、中世の貴族のお館に付属する塔だったようです。ということは、教会もまた、この塔の持ち主でもあった金持ちに関連する時期があったかも知れず。
歴史って、つくづくすべてつながっていますから、これだけ、とひとつを取り出すこともままならず、わたしのお勉強も停滞するわけです。情けないですが…。

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ラツィオ北部のロマネスク その35

ヴィテルボその3
過去の思い出に捉われながら、旧市街の散歩を続けます。
現在の旧市街観光地のど真ん中にあるサン・ペッレグリーノ教会Chiesa di San Pellegrino。

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聖巡礼者教会という名前には、ちょっと負けちゃった感あり、というところでしょうか。起源は12世紀らしいのですが、若干中世の面影を残しているだけで、本当に中世のものはないんじゃないかという状態で、少々がっかりでした。

このサン・ペッレグリーノ地区は、おそらくは、ヴィテルボの町の本来なんですが、今では、時代遅れの旧市街、とでも言った趣で、現在の市街と谷を挟んだ不便な場所にある住宅地になっています。かといって、中世の町並みが残っているのはほんの一部にすぎず、正直、ちょっと寂しい土地なんです。ただ、歴史オタクが歩けば、土地は当時のまま、おそらく道筋なんかも当時のままで、想像力を働かせれば見えてくる景色がある、というような。
そういう風に歩けば、ちょっと見える景色も違ってくるかも。というところで、次に訪ねたのは、サンタンドレア教会Chiesa di Sant'Andrea。

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教会を探して、結構行ったり来たりしちゃいました。それくらい、中世の遺構も残り少なな町並みなんです、残念なことに。
でも、ここは、中世の姿が、それなりにしっかりと残されている教会です。

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後陣部分は、とってつけたような浅い円筒が飛び出していて、町並みも含めて、スイスはティチーノに残された小さな教会が彷彿としました。

内部も、趣がありました。

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取ってつけたような三つの後陣の雰囲気も、ティチーノっぽい。なんだろう?この、わたしの中で結びつく妙な共通感?不思議です。全然違う土地なのに。
内陣部分が、かなり上に上がっていることで、気付く方もいると思いますが、ここクリプタあります。

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非常に正統派クリプタというか。

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わずかに中世の遺構らしきものもあるんですけれど、全体としては、本物の当時の空気が感じられなくて、そそくさと見学も終わり。正直、余り心に響くものがなかったです。

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そうは言っても、ここは下町。教会って言うのは人々が住まう場所の中心にあって、その建物そのもの、そして周囲にある広場ともども、人々がなんとなく集まりやすい場所であるのは、おそらく昔も今も同じ。つまり町のつくりとして変わっていないわけで、この教会の前にも、若者が、たむろしていて、生きた空間になっていたのが、なんとなしにほっとする、って言うのかな。いや、他人のわたしがほっとしてどうする、ですけれども。

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ラツィオ北部のロマネスク その34

ヴィテルボその2
いよいよ、とってもこじんまりとした中世の遺構を訪ねる町歩き、開始です。
まずは、旧市街のど真ん中、住宅街に埋もれるようにしてあるサンタ・マリア・ヌオバ教会Chiesa di Santa Maria Nuova。

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かなり住宅が立て込んでいるので、全景を把握するのも難しいのです。
ここも、もともと古い教会のあった場所に、ロマネスク時代に建てられたのが、現在ある教会のもの。昔は、修道院のようになっていて、回廊に加えて菜園なども所有していたとか。

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後陣には、ロンバルディア帯が見られますが、11世紀にこの土地には、ロンバルディアの職人さんたちがいたらしいのですよ。出稼ぎだったのかな。当時は、コモの石工を初めとして、北イタリアからイタリア半島全土、また他国でまで職人さんたちが移動していたんですね。今では北の人たちは、外国には行っても、中南部イタリアに移住することはありませんけどね。

内部は、すっきりとした三身廊。

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かなり修復されていて、ぴかぴかって感じ。どうやらここも、バロック時代はすごいことになっていたようなんですが、それが近代に、中世スタイルが取り戻されたようです。もしかしたら、柱頭なんかも金色で塗られていたのかも知れません。
その柱頭は、再建とオリジナルが混じっているような。古いスタイルと、中世のスタイルで、アーカンサスの葉っぱという古典的モチーフが使われていますが、同じものがないんです。

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内陣に、テンペラっぽい絵画が展示してあります。

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ビザンチン風ですが、一見13世紀くらいのものかなって感じなんですが、12世紀終り頃の作品なんだそうです。よく祭壇に置かれる三枚組みの絵で、裏にも絵があります。板に皮が張ってある上に、テンペラで描かれたもの。ガラスに入れられていて、後ろ側も見えるのですが、かなり隅っこに置かれているので、後ろ側の全体を見るには狭いスペースなんですよねぇ。どうせガラスに入れてくれるなら、せめて後ろもちゃんと見えるような場所に置いてくれればいいのに。もちろん無理やり隙間に入り込んで撮影しましたけれど、できばえはいまひとつ。祭壇に置きたいという気持ちは分かるけれど、半端な展示です。
ちなみにこの絵は、古い文書類の中から、結構最近発見されたものらしいです。

さて、また外に出て、ファサード左側の角に、12世紀の説教壇とされるものがくっついていました。

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これも2003年に修復されたばかりとか。もうちょっと時代が下ると、外側の説教壇というのは見かけますが、12世紀に外に説教壇って、見ないですよね?
この壁に沿って、教会後陣側に行くと、ロンゴバルドのキオストロの入り口があります。

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ロンゴバルド、というよりもロンバルディアということだったらしいんですけれど、スタイルから、そう呼ばれているもの。右側に並んでいるアーチ構造がそれだと思いますが、実はここは13世紀の建築。正面にある不ぞろいな三つのアーチが、ロマネスク時代、つまり教会と同じ時期の建築物。
今では、左側は住居で、不ぞろいのアーチの上部も、どうやら住居です。

このキオストロは、おじさんがいて、とても親切にいろいろ教えてくれました。実は前の日にも来て、看板では開いているはずの時間なのに、しまっていたんですよ。それを指摘して、今日は開いていてよかったわ〜、と、別に皮肉とかではなく言ったところ、「昨日来たの?それは悪かったねぇ。昨日は人が少なかったから、早仕舞いしちゃってさ〜。」ということでした…。イタリアだなぁ。

おじさんは、わたしがチェックしていなかったクリプタにいざなってくれました。

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クリプタと言っても、このキオストロの部分が、既に下に下がっているので、ほんのちょっと下に下りるだけというものでしたが、ここ、太い柱で祭壇部分が残っていて、なかなかの迫力。

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これは、今のロマネスク起源の教会の前にあった異教の神殿の内陣部分ということらしいのです。地下に遺構があるらしいということは分かっていたものの、5年前に発掘修復されるまでは、すべて土に埋もれていたとか。5年なんて、つい最近ですから、びっくりしてしまいました。なるほど、チェックできなかったわけです。
本当は、今の教会の内陣部分とも階段でつながっていたのだそうです。でも、愚かな観光客が足を滑らせて怪我をしたとかで、階段は閉ざされてしまったとか。イタリアは最近とみに訴訟大国になっていますから、あわよくば、ということで訴訟でも起こしたんでしょうねぇ。まったく嫌ですねぇ。

それにしても、おじさんが、誰も来ないから閉めちゃった、というのも判る気がしました。だって、目と鼻の先の旧市街では、観光客がひしめいているのに、ほんの数十メートル離れたこの教会には、ほとんど誰も来ないんですから。
このクリプタ、いい感じなのに、もったいないことです。

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ラツィオ北部のロマネスク その33

ヴィテルボその1
ずいぶんと時間がかかってしまいましたが、このラツィオの旅、最後の町はヴィテルボです。
この町は、もちろんエトルリア起源、そしてその後もずっと、地域では常にそれなりに力を持つ町であり続けましたので、各時代の痕跡が残っています。その中では、中世の痕跡が幅は利かせているものの、一級品、というような遺構はなく、若干マイナーなものが町のあちこちに散らばっているという状況。
どうしても見るべき場所に順番をつけるのも難しく、とりあえず、カテドラル方向に行って見ました。

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カテドラル。しかし、このポイントで、わたしの興味を引いたのは、バロックのカテドラルではもちろんなく、その手前の、道の右手にある建物の、ベース部分です。

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この建物は、中世後期、13世紀頃の宮殿、つまりありがちな貴族のお屋敷で、なんてことはないのですが、ベースのこの石は、一つ一つがすごく大きくて、少し崩れているところなども迫力。
これは、エトルリア時代、この場所にあった街を取り囲む壁の一部ということなんですよ。その壁を、ローマ人はそのまま活用して、その上に石を積み上げて、そして中世には館の基部に使われたということらしい。なんて気の長い、というか、そうやって軽く先年単位で持ってしまうというのが、石のすごいところです。

さて、カテドラルは、どう見ても、興味を持てそうもありません。一応、起源はロマネスク時代の教会とは言え、今では何も残っていないので、完全パス、と思ったのですが、教会脇のインフォメーション兼売店をのぞいたら、あと5分ほどで法王宮のガイド・ツアーが始まるところでした。

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法王宮といえば、この風景です。ヴィテルボで最もよく使われるイメージかも知れません。
13世紀半ばのゴシック建築でわたしの守備範囲外ですが、一応ヴィテルボに来たからには、歴史を見るという意味で見学してもよいかな、と思い、ガイド・ツアーに参加しました。この旅のちょっと前に、新しい法皇フランチェスコさんが誕生した影響もあったのか、また、ちょうどイースター時期ということもあったのか、すごい人の数でした。

建築的には興味を引かれるものがほとんどなく、実際、内部は漆喰でつるつるになってしまった壁だし、ちょうどもないし、面白味はなく、ちょっとだまされた感じ。ガイドはそれなりに面白い部分もあったけれど、入場料に見合うかと言うと…。
天井の梁に、法皇の名前が刻まれています。

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このほかにもいろんなところにいろんな名前が。自分のやった修復や改修工事には、必ず署名したんだそうです。人知れず、という奥ゆかしさゼロ。オレがオレが、なんですねぇ、教皇といえども。まぁ権力闘争の渦中もいいところの時代ですから当然なんでしょうが。

まずは、ヴィテルボでのお約束、クリア。あとはひたすら旧市街を歩き回って、マイナーな教会を訪ねまくることとなります。

実際、旧市街は、なかなか味のある雰囲気です。このあたりの石は、こういう灰色の重厚なタイプで、町が暗くはなるのですが、でも石の積みあがった感じって、嫌いじゃなくて。

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特に、サン・ペッレグリーノ地区には、思い入れがあります。
初めて、長期でイタリアに語学留学に来たとき、学校のある町に移る前、数日間をローマの友人宅に滞在し、毎日観光にいそしんでいました。
そのとき、日帰りで訪ねたのが、なんとなく名前を知っていたこのヴィテルボ。確かローマから直通のバスで行ったんだと思います。何も知らないで旧市街に迷い込んで、定かではないけれど、どうやらこの地区に迷い込んだんです。
昼下がり、なんとなくご飯のにおいが漂うような小路。こんな石に囲まれた小路で、小さなかわいらしい男の子が一人で遊んでいたんです。なんとなくしゃがみこんでおしゃべりらしいことをしていたら、建物から親らしい人が出てきて、「何してるの云々」と子供を抱き上げ、こっちにもひたすらしゃべりかけてきたんですよね。当時は、日本で1年ちょっとやっていたとは言え、会話はまだほとんど不自由な状態でしたから、何を言われているのかまったく分からず、気がつけば、彼が出てきたレストランに連れ込まれ、彼の一族の取り囲む大テーブルに座らされていました。

そしてわけのわからないまま、飲めや食べろやで、ランチを山盛りご馳走になって、では楽しい旅をね〜、と送り出されてしまって、そうそう、それで、結局観光はほとんどできなくなってしまったんだった。
今でも実家のどこかには、あのかわいらしい男の子の写真があるかもしれない。もう20数年以上も前の話だから、あの小さな子供も、立派な大人になって、ヴィテルボの町で働いているのかもしれない。
そんなことを思い出して、レストランがないかなぁ、とうろうろしてみたんですが、やっぱり分からなかったです。
でも上の写真の風景は、記憶に重なる何かがあります。

あの頃って、そういうことが結構あったんですよね。日本人が本当に珍しかった時代だし、イタリアといえども、観光地化してない場所がたくさんあって、このヴィテルボなんかも、ただの田舎の町に過ぎなかったんだと思います。
ま、そういう諸々に騙されて、今に至る、というわけですが。
わたしも潮時を見つけて日本に帰っていれば、こういう思い出をよすがに、須賀敦子さんのようなエッセイが書けたかも!?
いや、冗談ですが。

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