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2016.08.オーヴェルニュの旅 その103(最終回) サン・ロマン・ル・ピュイSaint-Romain-le-Puyの修道院教会Eglise Ancien-Prieure、続きです。 おそらく、結構長い間、放棄されていた建物と思われますが、それにしても、残されたものを、よくぞここまで再生された、と感心します。 典型的な12世紀のスタイルと見受けられる植物モチーフの柱頭の数々も、見事に修復されていて、美しい姿です。 彩色もあった様子が見て取れます。いくつか掲げられているフレスコ画は、画風が13世紀以降、ものによっては15世紀ごろのテイストにも感じられましたので、副柱頭の彩色などは、その流れでされたものかもしれないと思ったり。 こういう素朴なモチーフは、飽きが来ないように思います。 残っている彩色の色合いが、程よく柔らかくなっているのも、とてもいい感じです。もともとは結構どぎつかったのかもしれませんよね。 しかし、これだけのものを、個人で購入して、修復して、おそらく稼ぐことなどなさそうなギャラリーとしてキープするって、いったいどういう人なんだろうという疑問がわきます。本当のお金持ちなんでしょうねぇ。 すっごくお金があったら、まず、何か人助けがしたいと思うんですが、次にはこういうことができたらいいなぁ、という、私の価値観からは、理想的なお金の使い方です。 さて、教会としての遺構をガイドしてくださった後、青年は、現在展示されている現代アートのガイドに移ろうとされたのですが、この時点で、すでに予定を大幅に過ぎていました。お気持ちはありがたいけど、実は、と事情を話し、逃げるように、退去せざるを得なかったのです。 本当に名残惜しく、後ろ髪が惹かれました。が、実際、かなりやばい時間となっていたんです。 この、最後の写真を撮影したのが、14時50分となっています。 教会を駆け出して、道端にあったトイレを手早くお借りして、車に戻り、ひたすらシャンベリーを目指すドライブの開始です。ここからシャンベリーまでは、グーグルの地図で見ても、2時間かかる道のり。私の運転だと、本来は1.5倍くらい見るのが目安ですが、それでギリギリの時間です。 実はガソリンがギリだったので、返却前の満タンにするとかいう前に、とりあえず入れなければならず、途中、適当な道端でスタンドにより、時間ロス。そして、高速に入る前の一般道で渋滞に巻き込まれ、時間ロス。やっと渋滞を抜け出して、もう少しで高速に入るというあたりで、今後は絶対に道を間違えるなどは許されないな、と思った矢先に、しっかりと反対方向に進んでしまい、貴重な時間ロス。 それでも何とか高速に乗って、この調子なら、うまくいけば、最後にガソリンを入れたす余裕すらあるかも、とほっとした途端、高速の出口で大渋滞…。このときばかりは、心底泣きたくなりました。 じりじりと進む列に並んでいる間に、地図をたたんだり、カバンに詰めなおしたり、駐車場に到着次第、飛び出せる準備をしながら、普段は絶対にしないような、いきなり進みの早い、横の行列に割込みとか、イタリア人のような悪いドライバーのマナーを実践したりして、とにかく高速を出て、半泣きの状態で、駐車場に滑り込みました。 駐車場は、駅からも徒歩10分程度離れていましたし、荷物を取り出して、カバンを引っ張り出し、小走りでレンタカーの事務所に立ち寄り、他の人をすっ飛ばして、カギを放り出すようにして返却し、とにかく列車に乗らないといけないので、すみません!と謝りながら駅へ。出発時間まで、10分は切っていたと思います。 そして出発の表示を見たところ、なんと遅れが出ていたんでした。 遅れがこれほどうれしかったことはないですね、おそらく。 トイレに立ち寄る余裕と、軽食を購入する余裕ができたんです。 やっと列車に乗り込み、走り出したときは、本当にほっとして、旅が終わった達成感とも違った、充実感を感じることができました。 普段は、帰り道に、ノートをまとめることも多いのですが、このときは、ただ車窓の景色を眺めながら、いろいろな場所、教会を反芻し、最後の半泣きドライブを回想し、そんなこんなの気持ちの中で、あっという間にミラノに到着してしまいました。 というわけで、長丁場、お付き合いいただき、ありがとうございました。次回のロマネスクを始める前に、本ブログの引っ越しを実行したいと思いますので、ちょっとお時間くださいね。どうなることやら、です。 |
オーベルニュ・ロマネスク
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2016.08.オーヴェルニュの旅 その102 この旅の最後を締めくくる教会となります。 サン・ロマン・ル・ピュイSaint-Romain-le-Puyの修道院教会Eglise Ancien-Prieureです。2016年夏季に訪ねた際、記されていたオープン時間を、情報として、記載します。 3月:月末の週末の14/18 4月及び5月:土日及び祝日の14/18 6月から8月:毎日10/12および14/19 9月:毎日10/12および14/18 10月:土日の14/18 ここは、個人が所有する教会で、ギャラリーとして使用していることから、オープンの時間は、きっちりと守られているようです。 ネット等で、事前に情報収集ができたのかもしれませんが、私は、残念ながら、正確なオープン時間を知らないまま、とにかく訪ねてしまいました。 まず、サン・ロマンの町から、表示に従って、急坂を上ると、意外と広い駐車場があります。そこからは10分弱、徒歩で登る必要がありました。 到着したのは13時過ぎ、お昼休み真っただ中です。一応、まずは教会まで行ってみたものの、開いているわけもなく、すごすごと車に戻りました。とにかく炎天下の昼過ぎ、最も暑い時間です。水は持っていましたが、食べ物は何もない。昼休みが終わるまで、半時間はあったのですが、さっき恐る恐る登ってきた急坂を、また下って、何か食べ物を調達して、また戻ってくる、という元気もなく、ちびちびと水を飲み、おいしくもない煙草をふかして、ひたすらじりじりと時間の過ぎるのを待ちました。 そろそろオープン時間も近づいたので、重い腰を上げて、教会に向かいます。わずかな距離とはいえ、急坂登り。 周囲はブドウ畑で、美しい丘です。教会のある丘の天辺からは、美しい風景が広がります。 入り口は、ゴシックの遺構となっており、面白味ゼロで、こんなつらい思いをして、待つ意味があるんだろうか、とぼんやりと考えてしまいました。 美しい後陣の方へ、回り込みます。 ロマネスク時代のもの、後代のもの、現代の再建ぽいものなど、多種の建造物が混じっている様子です。 しかし、この、ちょっと台形的に変形した後陣、いろいろな石の混ざり具合も面白く、石ラバーであれば、気にいること間違いなし、ですね。 目を凝らすと、こんなものがはめ込まれていたり。 これ以上の素朴さはない!と断言できるようなライオンですね。ライオン、ですよね? もともと、かなりシンプルな彫りが、雨風にさらされて、角が取れて、さらにシンプルになってしまった、という様子の浮彫パネルが、何枚か並んでいるんです。 こういうのを見ると、なんか疲れが癒されて、ニッコリしてしまいます。本当にこのときは疲れていたんですが、純粋に嬉しくなったことを覚えています。 わかるでしょうか、ブラインドアーチを支える小円柱の下の切れ目の下に、ずらりとパネルが並べられています。 規則正しく積まれた四角い石の列と並行して、小さめの石がひし形に並べられていたりするのも、とても面白いですよね。こんなのは、他で見たことがないですが、オリジナルなのか、または後代の修復などで施された遊びなのか。 一見、ごつくて地味な後陣なんですけど、こういう楽しいものが隠されているとわかると、全然見え方が違ってきませんか。 外観をすっかり堪能したら、オープン時間となりました。正面に戻って、カギを待ちましたが、なかなか来ません。 実は、この辺りから、相当気持ちが焦りだしました。というのも、この日は、シャンベリーに戻り、レンタカーを返却して、ミラノまでの列車に乗らなければならないのです。で、出発ももたもたしたせいで、実は予定よりも遅れ気味になっているのです。電車なので、飛行機ほど事前に着く必要はないとはいえ、何があるかわからないので、1時間ほど前には、駅についていたい、と考えていました。 返却前に、ガソリンを入れたりとかを考えると、どんなに遅くとも、14時半には車に乗っていなければならない、できれば14時15分くらいに、教会を出なければ、と思っていました。しかし、カギが到着したのは、14時10分ごろでした。 英語の堪能な青年で、カギを開ける前に謝ろうとするので、「いいから!早く開けてください!」と焦る私、笑。 しかし、ゴシックの扉が開けられて、目の前に広がる眺めに、あっという間に我を忘れてしまいました。 これは…。今も、あのドキドキとワクワクの、舞い上がるような気持ち、思い出せるような気がします。 夢遊病者のようにふわふわ漂う私に、青年が、ガイドしましょうか、と声をかけてくださり、我を忘れていますから、自動的に、「お願いします」と答えてしまった私。 色々なお話を伺って、大変面白かったのですが、メモも取らずにいたので、全部忘れてしまいました!情けないですが。 とにかく、長い歴史を誇り、各時代の素晴らしいアイテムがよく残されています。 ずいぶん昔に買い取られた方が、ギャラリーとして使用する目的で、おそらく再生されたのだと思いますが、それも、ちゃんと遺構に忠実な修復を施されていて、内部の漆喰塗りも、適切で、全体がとても良い雰囲気に保たれています。 何とも言えない雰囲気のあるクリプタ。ギャラリーなので、現代アートが置かれていますが、まぁそれもご愛敬、ですかね。すっごく変なもんでもないので、よかったです。っていうか、ギャラリーにしているからこそ、ちゃんとオープンしているんでしょうから、ありがたいことです。 続きます。 |
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2016.08.オーヴェルニュの旅 その101 この旅の最後の一日は、オーヴェルニュの友人宅から、シャンベリーChamberyの鉄道駅までの移動途中にあるいくつかの教会巡りです。 まず向かったのは、出発地から1時間半ほどのドライブとなる、Champdieuです。 シャンデューChampdieuのサン・セバスティアン教会Eglise Saint-Sebastien(修道院教会Eglise Saint-Prieureという記載も見られました)。 かつての修道院の遺構が残っている中に、教会もあるという作りとなっています。そして、いかにも修道院がもとになっている村であることが明らかな村なのですが、門前町というよりも、修道院そのものが、時代とともに村と同化して、村の中に溶け込んでしまったような作りとなっており、独立して捉えるのが難しい建物となってしまっているような、そういう場所です。 こういう土地は、なるほど、と思わされる様子がよくわかりますので、是非、グーグルマップなどで、確認してみてくださいね。教会を中心とした感じで、いわゆる旧市街が形作られていますが、ここは、本当に小さくて、旧市街となっているところが、本来修道院だったろう、とよくわかるんです。 表示に従って旧市街に分け入ると、いきなりこんな様子。 修道院が、戦う拠点となっていた都市国家時代みたいのがあったのかもですね。これは明らかに城構造で、道も「お城通りRue du Chateau」となっていたと思います。 ごつい建物が見えてきます。 もはやほとんど再建と見受けられる地味な入り口があります。 かすかに残るロマネスクのかわいいやつ。 久しぶりに出会ったウナギイヌ尻尾の二股人魚です。全体に優しい色合いの石が使われています。アーチのシンプルな彫り物も、おそらくオリジナルなんだろうけれど、実にシンプルです。海に近いわけでもないのに、波型にも見える文様ですが、蕨型的な、植物の新芽モチーフなのかもしれないですね。 中もまた、光を和らげるような優しい色の石で、そしてシンプル。 こういうのって、ほっとします。 ほっとしたうえに、にっこり。 洗礼盤的でもなく、形としては、井戸の口かとも思いますが、どうでしょうか。彫られているモチーフは…。ぱっと見、かわいい悪魔くんにも見えるんですが、足元には蛇っぽいフィギュアが踏んづけられています。ということは、悪魔どころか、戦う天使ミカちゃんか?!でも、頭がつるっぱげに見えるのが、どうもね、笑。 大天使が彫られているとすると、洗礼盤の可能性もあるんですかね? 植物系のシンプル柱頭が多数ですが、時々人物フィギュアも混ざっています。 写真だとわからないのですが、おそらく結構暗かったので、ほとんどの写真がぼけちゃってました。植物モチーフと組み合わせたヒトのフィギュア、独創的でなかなか楽しいんです。鮮明なのが少なくて、残念。 全体、線が太くてシンプルさを前面に押し出したタイプの彫りですが、それぞれ風味が違っていて、楽しいですよね。 唐突に差し込みますが、内部側壁に見られたブラインドアーチ。 他の記事でも書きましたかねぇ。この、半円と三角のアーチというタイプは、結構目にするんですが、オーベルニュのスタイルですかね。またはフランス全体にあるのかな。多分イタリアにはないんで、毎度気になりつつ、ちゃんと調べるなり、全体で確認するなりしたことがありません。 こういう小さな疑問や気付き、出会う度に、あ、これ調べたかった奴だ、と思い出すんですが、旅を終えて、日々の生活に戻ると、なかなか…、笑。 さてここは、珍しくクリプタがあります。それも、結構好きなタイプでした。 これは、古い時代の教会のクリプタだったようです。11世紀。イタリアでよく見られるタイプに似ていると思ったら、柱は、ローマの遺跡からぱちってきた再利用ということで、なるほどでした。 柱頭は、明らかに上の教会とは違う手ですよね。これも、11世紀のものと。 石も、砂岩ぽくて、ちょっともろそうな。 11世紀と12世紀と、おそらく100年の違いはないと思いますが、時代が経て、シンプルにすることもできるようになるっていうか、シンプル・イズ・ビューティフルみたいな感覚が芽生えるっていうか、そういうのって、面白いですね。 今でも、緻密だったり正確だったりするとすごい、って、美術素人の人の方が思う比率が高いと思うんですけどね、なんかそういう感じって、ありません? 武骨な外観のスタイルからは想像しにくい面白さの教会でした。 光の下に出て、外も観察します。 ここでも軒持ち送りは鉋屑主流ですが、例によって、時々変なものが混ざっています。 こういうのって、つい正面の顔に気を取られちゃうけど、横っちょまで彫りこみがあって、それが結構謎っぽいって、こうやって、改めて写真見直さないと、絶対にわからないです。この子も、翼みたいなフィギュアと、蹄鉄みたいなフィギュアが彫られていて、今更ながら、大いに謎を感じています。 堪能です。ここでは、最後に、教会守母子にお見送りを受けました、笑。 |
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2016.08.オーヴェルニュの旅 その100 今、びっくり。なんとこの旅のシリーズ記事、すでに100個にもなっているんですね。そりゃ時間かかるわけだわ。以前のように、もっとシンプルに、さらりとした記事にすればよいのでしょうけれど、ホームページの枷がなくなったせいで、写真もたくさん載せたいし、どうでもいいことも書きたいし、というわけで、記事を書くのにずいぶんと時間がかかるようになってしまって、それで、書くのが面倒になって、という悪循環。 というわけで、いつまでもだらだらすみません。 とかなんとか言いながら、この旅も、佳境です。 ビオザBiozatという村の、サン・シンフォリアン教会Eglise Saint-Symphorien(夏季9/18)。 ここは、なぜだか、とっても良く記憶に残っています。村はずれの、小さな丘という美しいロケーションのせいも大いにあるかとは思うのですが、記憶の残り方というのは、本当に不思議です。 教会やロケーションは覚えているのですが、記憶の中では、気も心も元気いっぱいだった、い日にの初めに訪ねたように思っていたんですよね。まさか、一日の終わりごろに訪ねたとは、と今、びっくりしています。 記憶の一助となったのは、このオバサンかもしれません。ミサに備えてなのか、一心にお花の処理をされていました。何か話しかけられたのですが、当時はフランス語が全くダメで、きょとんとした自分、まで、よく覚えています。 上の写真でも見えますが、彩色が目立つ教会なんです。事前メモでも、情報としては、「色付き柱頭」とだけ、記していました、笑。 うひゃぁ、かわいいっちゃかわいいですが…。 全体はともかくとして、顔があると、色を付ける時代や人によって表情が変えられてしまうことがわかってきたので、はっきりした彩色は、厳しいです。本来の彫りの様子が、まったくわからなくなってしまいます。 こんなんだったら、まぁ、ありかなとは思うのですが…。 それにしても、柱までらせんできっちり彩色してて、なんという執着。色合いとか、現代的な感覚から言ってもかわいいですが、この場所でやらなくても、という装飾だと、やはり思ってしまいます。真白の漆喰ぬりぬりも好きではないですが、でも、おそらく、まだまし…。 例によって、構造図がありました。 黒塗りの部分が12世紀で、その他は現代の再建。鐘楼も再建なんだそうです。 後陣部分には、15世紀のフレスコ画がうっすら。 どうしても、周囲の彩色に目が行ってしまいます。かわいいが、なぜここに…、という気持ちが付きまといますね。 何かしら、華やかにしたかったんでしょうけれども…。 片隅に置かれていた洗礼盤らしきもの。 二面に彫り物があり、こちらの面は、カギを持っているのは、ピエトロさんでしょうね。 元来洗礼盤には見えないので、何かの一部とかだったんでしょうか。時代も不明です。 最後にもう一度周囲を見学。 まさにオーヴェルニュの典型的なスタイルで、すべての軒持ち送りが鉋屑。 それはもういっそ気持ちがよいほどの潔さですね。なぜ、ここまで鉋屑へのこだわりを持っていたのか、勉強不足でわかってないんです。石工さん達が働いているのに、大工へのリスペクト。不明です。 さて、今回は、もう一つ行きます。 コニャ・リオンヌCognat-Lyonneのサント・ラドゴンド教会Eglise Sainte-Radegonde(日曜15/19、住所Place de l'Eglise)。 後陣は、背の低い円形後陣で、ずんぐりむっくり系なのに、正面は、全然違うんでびっくりしますよ。 どう考えても、こちらは後付けの構造なんでしょうね。違いすぎます、笑。 こちらは、普段は開いていないようで、この日も閉まっておりました。 楽しみは、後陣部分の軒持ち送りくらいです。ほとんどは、例によって鉋屑ですが、ちょっと面白いやつらもいました。 素朴な奴ら。おそらくは地元の石工さん作、というところなんでしょうけれど、鉋屑は、結構しっかりした彫りでした。 これだけ普及したモチーフだから、マニュアル的なものが、しっかりとあったのかもしれないですねぇ。でもそれだけでは飽き足らない石工さんが、やはりいたんでしょうねぇ。そういうことを考えると、なんだかおもしろいんですよ。 この教会、今は丘の上に、教会があるだけなんですが、実は、軒持ち送りのために訪問するというよりは、歴史を感じるための訪問者が多いようです。 今は、平和そのものの眺めが広がりますが、この丘から見下ろす広い谷で、16世紀長間に、血みどろの戦いが繰り広げられたのだそうで、その記念プレートがあるんです。 1568年1月6日、なんとカソリックとプロテスタントの戦いが。 戦いは、プロテスタント軍が、勝ったようですが、戦いの後に、大将が、間違って自軍に殺されるというアクシデントがあって…、というようなことが書かれていました。 しかし、現代でも続いていますが、結局キリスト教からこっち、宗教が戦争の原因となってきていますよね。古代宗教の時代は、権力や土地、もっと世俗的な欲求が原因となっているように思うのですが…。 キリスト教というのは、戦う大天使など、戦闘概念を基本に持っているんですよね。新年のためには、戦いも辞さないという姿勢があるということで、やはりその辺が、なじまないような気がしています。 ま、何はともあれ、この日も無事、終了。この旅も、終わりに近づいています。 |
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2016.08.オーヴェルニュの旅 その99 すっかり間が開いてしまいましたが、すでに3年前となってしまうオーヴェルニュ、早く終えないと!と焦っております。 このブログ、もうしばらくで、お引越しとなります。まだ、どうするか、確定はしていないのですが、必ずどこかに移動して、継続するつもりでおりますので、どうぞよろしくお願いします。ある日突然消えてしまったら、どうぞ、イタリア徒然で検索してみてくださいね。 さて、次に訪ねたのは(といっても、もはや順番がどうとか、そういうのでもないですが、まぁ、一応一日の流れに沿ってアップしているので…)、こちらの教会です。 エブルイユEbreuilのサン・レジェ修道院教会Abbaye Saint Leger(夏季10/19)。 住所は、Place de la Liberta'となっています。 正面が、変形の塔のようになっていて、変わったスタイルです。 入り口のある側面から見ると、割と普通な感じですが、ファサードとなる塔のスタイルは、正面から見ると、独特ですよね。思わず、後代の付け足しかと思ってしまいますが、さにあらず、いや、創建から考えると、付け足しにはなるんでしょうが、12世紀のものだとありました。 硝子に反射して、わかりにくいですが、こういう感じになっています。塔の部分が一番下になりますが、黒が12世紀とあります。緑の部分が11世紀で、一番塔に近い部分の緑部分に、見るべきものがあります。 本堂から、ファサード、つまり塔の方向を見た図が、下となります。 アーチの上、手すりの奥の部分に、古いフレスコ画があるんですよ。残念ながら、登って近くから見ることはできず、そして、かなり離れないと見れない位置で、これは辛いですね。 かなり頑張って望遠で撮影しましたが、ブレブレのが何枚も。辛うじて、ぶれなかったのは、わずかです。 黒っぽい色をバックにした上部の帯には、狩猟の場面が、描かれているようです。 こちらは、壁に描かれた複製画。オリジナルに完全に忠実に再現されたもの、という注意書きがあったと思います。 触れるような場所にまで、見学者を入れたくない気持ちはよくわかりますが、何とか、オリジナルを見せてもらえる工夫をしてほしいものだとも、思いました。 こんな、無理無理の角度でしか撮影できないし拝めないというのは、すごく歯がゆいものです。 その代わりに、ビデオで、細部を見せてくれるようにはなっていました。 今の様子からは想像もできないくらい、鮮やかな彩色がされていた様子ですが、かなり暗い場所でもあるので、派手な彩色でも、やっと識別できるくらいのものだったのだと思います。というか、派手な色でもなければ、ほとんど見えないような。 ファサードの裏側に、モザイクやフレスコ画を描くというのはありますが、その場合は、何の構造物もつけずに、全体が見えるようになっているはず。 とすると、フレスコ画は古い時代のもので、その後に、今、見えないようになっている構造物が作られた、ということなのかな。ちくしょ〜。 見えないのに、ビデオで色々説明されてもねぇ…。 他は、扉口に、ちょっと装飾があったくらいで、やはりここはフレスコ画が命の教会だと思います。 12世紀ごろ、結構はやったらしい、このタイプの取っ手、結構好き。単純にかわいいですよね。これが、その時代のものかどうかは不明ですけれど。 最後に、教会守が出てきて、お見送りされました、笑。 |







