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春のグラッパ合宿、東部編、おまけ3

Lanaのホテルのすぐ近くに、散歩道にアクセスする道を見つけたのですが、これがすごかったです。

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写真ではわかりにくいでしょうか。目の前に立ちはだかってくるような坂道。何度くらいあるものか、感覚がわかりませんが、ほとんど這って上りたくなるような、手すりがないと相当きつい坂道です。ほんの数十メートルですが、途中で後悔しながらも、後戻りもいや、というような道でした。

でも、登り切った先は、平坦な散歩道が整備されていて、「彫刻の小道」と銘打った散歩道になっているのを、ホテルでいただいた情報誌でチェックしていました。

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地元の作家さん中心の石や木を使った現代美術が、道端に置かれているのです。その一部を、楽しみながら、のんびりと散歩。
でも、まずは、もっと気になっていたものを目指しました。

こんな美しい山の風景を眺めながら、進みます。
左の方に見えるのは、Brandisというお城。1200年ごろ作られたもので、地域の領主Brandis家が、1807年まで暮らしていたそうです。石の建築って無駄がないですよねぇ。

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実によく整備された散歩道が続きます。

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で、その先にあるのは、小さな小さな。

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滝でした。
小さくても、水音はなかなかのもので、すぐ近くまでアクセスできるので、それなりの気持ちよさがありました。実は、ビデオに撮ったのですけれど、どうも、まだYouTubeにアップして、それをブログに貼り付けて、というのがうまくできないので、残念です。

先述した彫刻を眺めながらぶらぶら。

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面白いものも、そうでないのも、いろいろですが、自然の中に現代美術っていうのは、結構好きです。

平坦な道なんだけど、崖のところもあって、そういうところには、ちゃんと橋的に道が渡してあったり。かなり至れり尽くせりの散歩道。

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かと思うと、これ、人んちの農園じゃないの?というようなことになっている場所もあったりして、飽きさせません。

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これではきりがない!と思い、途中で村の方に降りることにしたんですが、そのあたりでびっくり。

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いきなり高級ホテルが出現したんです。
基本構造は、伝統的な家屋を使っていますけれど、一部現代的にして、内部はおそらく超モダンな内装になっているのではないでしょうか。おそらく、今ってこんなのがトレンドなのかも。

そういや、町はずれの、風景の邪魔をしないような場所に、超モダンな家屋がいくつか散見されました。

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これなんか、外壁や屋根が緑で隠れているから、インパクトは少ないですが、超モダンで、普通の伝統的なこの地域の建物からは完全に浮いています。かなり新しいと思われますが、おそらく、当初は建築許可を取るのも大変だったのではないか、と思ったり。風景を乱すっていうか、合わないですしね。でも、きっと、こういうのが好きっていうのも、時代が時代だけにあるでしょうしね。難しいところでしょうね。

というわけで、一気にごはん編も行きたかったですが、眠くて無理。もう一回だけ、お付き合いくださいね。

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石棺のお値段リスト?

夏休み旅その19、フィレンツェその4

今回初めて訪ねた場所は、メディチ家礼拝堂のみならず。過去のわたしが、いかに王道の観光を無視していたか。われながらびっくりです。

捨て子養育院Ospedale degli Innocenti。

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左側の全面が回廊になっているのが、捨て子養育院。アーチの間にはめ込まれたメダイヨンの、この赤ちゃんフィギュアが有名です。

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ロッビアでしょうね。背景の水色が美しい。
それにしてもこの包帯まきまき状態の赤ちゃん。昔は本当にこうやっていたらしいけど、わたし世代の日本人には、どうしても梅津かずおさんの蛇女系の漫画を想起させるものじゃないんでしょうか?違います?

端っこの方に、かつて子供を預けるために使われたボックスが、今も置かれたままになっています。

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大きくなった子供たちは、他の施設があったので、ここでは新生児だけを受け付けたそうで、なんと1875年まで、稼動していたんだそうです。
この鉄格子の向こう側に、柔らかいクッションが置かれて、新生児はそこにそっと置かれたとか。
キリスト教は、宗教として好きなわけではないのですが、庶民を助ける多くのミッションを実践している点は、評価しています。今でも、地域に大きな貢献をしている教区教会はたくさんあり、教会なしでは成り立たない家庭は少なくないはず。
そういう純粋な部分が、かつての日本に置いてすら、迫害されても信仰を貫くキリシタンを生み出したのだろうとも思います。

この養育院、今は博物館となっていますが、訪ねたときは、閉まっていました。開いているはずの日時だったんですけれどもねぇ。

そのおかげで、お隣にあった別の博物館の見学をする時間が出来ました。これ、今回の発見。

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考古学博物館Museo Archeologico。
ギリシャ、エトルリア、ローマなどの古代ブロンズ作品展覧会をやっていたので、ちょっと気になったんですよね。

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エトルリアってあまり接する機会がないので、見られる場所で見ておきたいと思ってしまうんで。
結果、大正解。

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エトルリアといえばおなじみの、こういう小さい青銅のオブジェ。ウマのオブジェはよくありますねぇ。ゆらゆら揺れるようになった木馬型レプリカ、タルクイニアで購入したなぁ。

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こういうのも好き。多分つぼの取っ手とかなので、身体が弓なりにしなっています。実用品をちょこっと飾る、そこまで飾らなくてもいいってとこまで飾る、そういうの、好きなんですよねぇ。

展覧会もよかったんですが、常設展がすごかったです。

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これ、圧巻。こんなにたくさん並んでいるのは、初めて見ました。骨壷だと思いますけれど。ローマの博物館でも有名な、夫婦の石棺がありますが、ああいう全身入るようなサイズは相当の金持ちだけのものだったのでしょう、きっと。こういうタイプ。

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大抵、上に寝そべっている像が置かれている全身タイプ。
これなど、寝そべり像に加えて、前面に相当凝った浮き彫りが施されていますから、棺のタイプで言えば、「特上」的な感じ。
寝そべり彫刻がおざなりだったり、浮き彫りは人物像なしとか、いろいろ段階があったのではないかと(勝手に)推測します。
それでも、そこまでは無理、という人たちには、骨壷サイズになるのではないかと。勝手に、石棺含む葬式お値段リスト的なことを考えちゃいます。

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いきなり、超コンパクト。横幅50センチ前後。
それでも、上にご夫婦で寝ているし、「簡単ながら浮き彫りあり」タイプ。この浮き彫りは、おそらく生前の職業だったり、エピソードを表すものになっていると思います。
小さくても、「比較的凝った浮き彫り」タイプもあります。

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フタ上は簡略型ながら、浮き彫りは細かいし、彩色されていたのですね。
エトルリアのお墓は地下墳墓で、立派なものだと、ヘタなワン・ルームよりも広かったりします。壁をフレスコ画で飾ったり、多くの日用品を納めるなど、エジプト的な文化があります。そういった中では、確かに彩色が当たり前だったかも。

小さくても、上蓋上の彫刻の方に凝ったタイプ。

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こういうタイプは、それなりにかさばるから、墳墓の大きさもより必要だと思われ、つまり、それだけの墓所のスペースを獲得できる経済レベルということなのかな。
エトルリアでは、居住地と別に、墓所ネクロポリスがきちんと確保されていました。「死者の町」という発想だから、まるで家が地下に並んでいるような風情。でも、全員がそんな大きな立派な墓をもてたわけではないだろうから、それで、こういった小さめの骨壷系石棺があるんだと考えますが、こういう小さい石棺用の墓所は、どうなっていたんだろう。

この人などは、自分の女ぶりに自信があった人でしょうかねぇ。

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石棺コレクション、楽しかったです。やはりエトルリアは好きだわ〜。
ヘタウマ的なフィギュアがありながら、でも、すごいレベルの高いものが同時にある、っていうのが、なんかエトルリアの不思議で、ここでも、最後の方に、こんなすごい展示がありました。

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ブロンズのキメラ。アレッツォ近辺で発掘された紀元前5/4世紀頃のもの。
ブロンズでも陶器でも、巨大になればなるほど、技術的には難しさが飛躍的に高まると思うのですが、エトルリアでは、こういう大きなものが結構みられるのです。
以前にも書いたと思うのですが、ローマ人によって、エトルリアの主要居住地は徹底的に破壊されてしまったので、残されたものはわずかながら、その中にすらこういうものが見られるということは、実際は実に多くの美術品があったということでしょう。
ローマ人め!

フィレンツェでエトルリア再発見とは、意外な結末でした。
しかし、この博物館で、最も印象的だったのは、実は。

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この、階段の踊り場にある小さな扉。
そう、トイレなんですけどね。
見学を終えて入り口に戻り、場所を訪ねたら、とんでもなく奥まった場所で、表示ゼロ。相当目を凝らさないと見えない表示(せめて赤なのが良心?)を、何とか見つけた場所が、これ。一人入るのがやっとのスペースで、男女共用の、かなり古びたトイレがひとつあるだけ。
そういえば、昔のイタリアの公共施設は、劇場とかも含めてこういう感じだったなぁ、と懐かしく思い出される代物でした(ミラノ、スカラ座なども、改修前は、まさにこういう感じのトイレでした)。そう考えると、イタリアも、ずいぶんと進歩したんだ、この二十数年で。

せっかくすごいものを持っているのに、これは残念。予算がつかないほど、遺産が多すぎるのも理解できるけれどね、トイレは重要ですよ。

というわけで、フィレンツェ観光最後の記事は、ある意味、とってもイタリア的な落ちとなってしまいました。
いくらなんでもこれではなんなので、最後に眼福、ルネサンス。

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夏休み旅その18、フィレンツェその3

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フィレンツェには、わたしの好きなロマネスク時代のものはほとんどないので、ここからは、普通の観光旅行。時間を気にしたり、撮影に没頭したりする必要もないので、ある意味実に気楽。何にも捉われる必要のないこういう旅っていうのも、たまにはいいなぁ。

そして、これだけ何度も訪れているフィレンツェで、最も著名な観光地のひとつでもあるこちら、実は今回初めて訪ねることとなりました。

メディチ家礼拝堂、今は博物館になっているので、メディチ家礼拝堂博物館Museo delle Cappelle Medicee。

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別に計算した見学ではなく、人の少ない早朝にドゥオモを訪ねるつもりで歩いていたところ、途上にあったのと、行列もなかったので、とりあえず入っとく?みたいな気軽な感じで入場したのです。

既に中世脳で、ルネサンス以降が苦手になっている身に、入ってすぐこれ。

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若干辛い〜!
とは言え、なんか、この色とりどりの石壁見ると、しみじみメディチの財産とか感じちゃいますわ。すべての装飾が、わたしにとってはただのゴテゴテだけど、でもある時期のメディチの人たちは、確実に芸術を理解して投資したわけだから、やっぱり歴史を実際に感じるためには、とても重要な場所ではあるわけですけどね。

目的は、勿論こちら、ミケランジェロの作品がある祭具室。

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美術の教科書に出てきた彫刻だよ〜!今更本物に面会する日がこようとはね〜!っていうか、散々フィレンツェに来ていたシエナ時代、なぜ一度も来てないかね、ミケランジェロは好きなのに。
皆さんご存知かと思いますが、ジュリアーノ・デ・メディチの墓所。昼(男性)と夜(女性)を、擬人化したものですね〜。
女性の胸が異常なのが、さすがにミケランジェロというか、この人、ヌードの女性、ほとんどだめです。バチカンの着衣のマリアは美しいですが、アレは若い時代だったこともあるのかな。
向かいにはロレンツォ・デ・メディチの墓所で、やはり男女のフィギュアで、夜明けと夕暮れが現されています。

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でも仕事が遅くて、結局石棺は間に合わなかったんだそうですね。いくらよいものを作ってもねぇ、ミケランジェロ。それでも、こうしてきちんと今に残っているんだから、作らせた甲斐はありましたっていうところでしょうか。

美少年には力が入っています。

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ジュリアーノって、こんな美しかった?知らないけども、確実に美化してますよねぇ。

同じ祭具室の一角に、こんなものも展示されていました。

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なんだろうと思ったら、これ、屋根の天辺の飾り。こんなもんまでミケランジェロ作。なんか、普通に十字架を支えの上に置く形がいやだったんだろうな。で、十字架の下の球体、60もの三角面からなるんだそうな。底辺が五角形となるような12のピラミッド型が出来ることで、太陽光を反射して、よりキラキラするような構造になっているとか何とか。
作ったのは勿論職人さんで、ミケランジェロが設計したらしい。もしかして、レオナルドの影響があったか?とか、つい考えてしまいますね。
ミケランジェロが、こういう作品まで残していること、知りませんでしたわ。

実際どうかと言うと。

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今置かれている方が、勿論レプリカですけどね。ズームアップ!

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そりゃ、ただの球体や四角や三角よりは、確実に光を反射して、輝くよね。この日は大要強すぎて、乱反射も何も、何もなくてもぎらぎらだから、効果があまり分かりませんでした。

暑くても、さすがフィレンツェの旧市街で、この辺りは、団体客がそこかしこ。何も持たなくても、断片的にガイドを聞くことが出来ますね。この、左の建物は、ストロッツィ宮とかでしたか?いずれにしろルネサンス期の大金持ちのお館。

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通りすがりに耳に入ったガイドさんの説明だと、一般人に目のつく下部は、あまり手を加えず華美な装飾もせず、上階だけをきれいにするのが、庶民の反感を買わないようにする知恵でしたとか何とか。
ええ〜?それって逆に反感買わないか?庶民、馬鹿にしてますよねぇ。びっくり。

そして、やっとドゥオモに到着。

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既に11時半。そして、既に長蛇の列。
ただ、入るだけなのに、列。ウフィッツィすら行列などしたことのない20数年昔、ドゥオモに入るために行列する日が来るなんて、誰が想像したでしょうか。

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後陣を取り巻くように行列が出来ています。この辺りは、クーポラに登るための入り口もあり、そちらの行列もあるので、かなりカオス。
あまりこんでいなければ、二重数年ぶりにクーポラ登山もいいな、とちょっと思っていたのですが、即断念です。でも、前回時間切れでドゥオモに入れなかった姉を、本堂にはどうしても連れて行かねばならないので、長蛇の列の最後尾に着きました。

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遠そうに見えた道のりですが、所詮は教会に入るだけの列なので、結構スムーズに進んでくれました。それでも20分ほど並んだようです。
そして、これだけの行列で入るわけですから、内部も大混雑で、教会の敬虔なムードゼロ。まぁこれは昔からそうでしたが。
がっかりなのは、通路が出来ていて、そこしか歩くことが出来ず、後陣は、かなり手前に柵が立てられて、奥の方には近寄ることも出来なかったことです。
パッツィ家の陰謀の舞台、祭具室などに近寄ってみたかったですけれども、かないませんでした。

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ロレンツォが逃げ込んだ祭具室は、ここかと。ロッビアの陶器装飾で、リュネッタが飾られているようですね。

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なんか、でかいけど、無愛想だし、サン・ミニアートの静謐と人間らしいサイズが恋しくなります。
唯一よかったといえるのは、お土産屋さんでしょうか。地下のサンタ・レパラータ教会入場口の隣に新設されていて、結構充実していました。お勧め。

というわけで、並んだ割にはさっさと見学終了。
やはりここは、外からの眺めがベターです。

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フランクフルト、弾丸ツアー3

フランクフルトが目的地(と言っても、本当の目的地は、フランクフルトのサッカー場)だったので、一応フランクフルトの町も、そぞろ歩きました。っていうか、かなり歩きました。同行者が飲まない人なので、どこぞでのんびりアペリティフ、っていうアイディアもなく、なんだか夕食まで、ひたすら歩いてしまったのでした。

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宿泊した郊外の、ホテルの窓から見えた旧市街。
フランクフルトの町って、ほとんど新しいんですね。商業都市だし、想像はしていたけれど。でも、ドイツの町って、フランクフルトくらいに、誰でも知っているような町でも、だからこそ大都市だと思い込んじゃっている町でも、実はとてもこじんまりとしているっていうケースが多いですね。中心部はほとんど歩ける範囲に収まっているので、住みやすい町かもしれないと思いました。

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タクシー乗り場に並んでいるタクシーは、さすがドイツ!軒並み大型のベンツ。それもクリーム色なんですねぇ。
そういうところも含めて、なんか、わずかの差でダサさが同居しているみたいな、そういう感じ。人びとのファッションとか、ショーウィンドーとか、なんかすべて、ちょっとそういうテイストなんです。
それで、現代的なのか、田舎っぽいのかよくわからないイメージになってしまうんですよねぇ、なんか。

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現代的なガラス張りの高層ビルの前に、かなり古そうなガラス張りのベンツのビル。この古いビルの雰囲気、レトロな感じがとっても好きなんだけど、なんかバランスがダサいって言うか…。しつこいですね。

ま、そんな旧市街なんですが、ほんの一角、昔のドイツが残っています。

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いきなり目に入ってきたから、びっくりでした。木組みの家の一並び(左側にちらりと見えるのは、ゴシックのカテドラル)。この広場だけ。この並びの向かいは、市庁舎で、こちらも時代のかかった建物です。

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実は、フランクフルトの町は、第二次世界大戦で、古い町並みのほとんどは壊されてしまったらしいのです。この一角だって、わずかに残っていた木組みの建物を、執念で再建したという話らしいです。ドイツ人、そういうのも好きだよね。
だから、よく見ると、かなり新しい作りになっています。

こういう木組みの家のオリジナルは、やはり中世なのでしょうね。建物のあちこちに木彫りとか石彫りの飾りがあって、こういうのってロマネスク時代から引き継がれていたんだろうなぁ、と思われるようなものがたくさん。興味深かったです。

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夕食後も、夜景を楽しみながら、延々歩く。どっちかと言うと、ビールでも飲んだくれたかったのですが、皆さん飲まないもので…。

ライトアップで、何か面白い眺めになっていた古い建物の屋根。

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マイン川。

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この川があるから、フランクフルトの正式名称って、フランクフルト・アム・マインなんですね。初めて知ったわ〜。
それにしても、町が暗いんで驚きました。
ミラノでも、町外れの我が家の家のあたりはこんなもんでしょうが、ドゥオモのあたりは、かなり照明があると思います。ここでは、週末だし、人出もすごいのに、全体が暗い。目の悪い人とか老眼で暗闇がきつい人には、多分怖いくらいだと思います。みんな目がいいんでしょうか。暗闇に慣れているんでしょうか。

話はまったく変わりますが、フランクフルトで特筆すべきは、おいしかったラーメンかも。

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いたって普通の定食屋さんみたいな和食店で、経営も中国人がやっている、ミラノでもおなじみのタイプのお店だったんですが、安いし、おいしい。香港人のお姉さんは、英語もばっちりだし。このくらいのレベルのラーメンが、ミラノでも食べられるようになるといいなぁ。8ユーロ程度でした。

ついでに、帰りに泊まっただけの村。確かフライブルグから近い田舎です。

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典型的なドイツの田舎町ですね〜。とても美しい家並み。周囲は、ワイン畑で、緑もきれいでした。あと100キロほど南下すると、スイスとの国境バーゼル、という位置ですから、ドイツとしてはかなり南部となり、ワインも作れるということなのでしょう。
ガストホーフに泊まり、そこで夕食をいただきましたが、取れたての季節のきのこ、ピンフェルリが、とってもおいしかったです。

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ステーキを覆う大量のきのこ。そして、大量のポンフリ(ポテトフライ)。盛りすぎだろうよ。ポンフリは、ほとんど食べられませんでした。グラスの赤ワインを頼んだのですが、大きなグラスになみなみと注いでくれたのも、驚きでした。基本的に、人びとの摂取量が違うらしい。

あ〜、つくづく弾丸でした。でも、イタリアとは違うお食事もできて、週末旅行としては、それなりに面白かったかも。週末だけで、地上移動を1500キロって、初めての経験だし。
ということで、この項おしまい。
そろそろ本格的にロマネスク再開します。

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フランクフルト、弾丸ツアー1

この週末から、イタリアでは日本のお盆状態で、ほぼすべてがストップしています。多くの会社が夏休みでクローズするし、個人経営のお店のほとんどはお休み。ミラノの人口が、一年で最も少ない1週間です。
わたしも、本来は日本から家族が来て、一緒にエミリアやトスカーナのドライブ旅行をする予定になっていたのですが、諸事情からドタキャンとなってしまい、その代わり、というわけでもないのですが、ほとんど脈絡なく、フランクフルトに、週末弾丸旅行をすることになってしまいました。

いきなり、ドイツ、それもフランクフルト。
もちろん、目的がありまして、それはこれ。

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サッカー。
8月10日、フランクフルトの、コメルツ・バンク・スタジアムが目的でした。
実は、日本代表のキャプテン長谷部のファンがおりまして、その彼女が、フランクフルトが、リーグ開幕直前の最後の親善試合を、フランクフルトで、対インテルで行う、という話をキャッチ。それも、親善試合ということ、ファン・サービスの一環なのか、チケットは、一律10ユーロという破格な安さ。

一方で、長友が、イタリア・インテルに所属してから、既に結構な時間がたっております。ミラノ在住ですから、インテル・ファンは近所に事欠かず、彼が既にインテル・ファンにしっかりと受け入れられていることもあり、一度はライブで試合を見に行かねば、と思いながらも、時間ばかりが過ぎてしまっておりました。

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そういう中で、フランクフルト対インテルというカードであれば、移籍直後の長谷部、そして、ずっと気になっていた長友の両雄を一遍に見ることができるわけで、友人に誘われてすぐに、熱烈に参加表明をした、弾丸ツアー。

ミラノからフランクフルトは、約700キロ。イタリア人には、軽く一日で移動しちゃえる距離。友人ご夫婦と、その甥っこさんとわたし、というよくわからない組み合わせで土曜日の早朝に出発。寄り道をして、フランクフルトに夕方着。
試合は、日曜日の午後ですが、いろいろイベントがあるということだったので、当日昼頃にスタジアム着。

地方都市の「おらが町のチーム」って感じでしょうか。家族連れ中心のイベントという感じで、ほのぼのムードでいっぱい。スポンサー企業のブースや、ソーセージとビールの屋台が並び、スタジアム周辺は、お祭りのような賑わいでした。

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ドイツですから、入場時に、無料のビール券が配られたりして、とにかく、朝からみんな飲んでます。無料のビールは、わたしももちろんいただきました。子供さんが楽しめる遊具もたくさん。美しい芝生も開放されていて、みな、のんびりとくつろいで、夏休みの週末を、フランクフルト・ファンであるフランクフルトの市民みんなで楽しむ、みたいな空気満載で、欧州でのサッカーの拠り所を目の当たりにした気分です。

先だってのワールドカップで優勝したドイツではありますが、実はフランクフルトは、成績が悪くて、昨シーズンは、トップ・リーグにぎりぎり残れた状態で、今年の成績が危ぶまれているという状態。ですから、代表チームに選ばれている選手もおらず、個人的に今のドイツ・リーグは全然知らないので、フランクフルトのチームについては未知。当日朝に、ネット情報で、乾という選手がいることを知ったくらい(乾さんファンの方がいたら、申し訳ないです)。
当日朝に、インテル長友が召集されていることを確認。うまくいけば、22人しか立てないピッチに、なんと3人の日本人選手が含まれる可能性大、ということです。

そして、見事に、思惑通り、日本人選手、そろい踏み、となりました。

ゲーム前に、ピッチに姿を現したインテルの選手たちの中の、長友選手。

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ゲーム前の練習時の、長谷部選手と、乾選手。

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ほとんどゲームにかかわれなかった長友選手は、前半だけのプレイ、長谷部および乾選手は、後半の終盤に交代。一番活躍したのは、乾選手。フランクフルトの3ゴールすべてにかかわる奮闘振りでした。昨シーズン、あまり結果を残せなかったということらしいので、シーズン早々、アピールって言うことでしょうか。
一応、700キロ移動した甲斐はあったかな、という感じでした。

それにしても、どこでもそうですが、ホームって実にありがたいものだよなぁ、というのが、一番感じたことかも。
試合開始前は、国家のあとにチームの応援歌をみんなで歌ったりして、それが、いかにもドイツ的な牧歌的なチロル的な民謡的な曲で、およそこれから「勝ちにいくぞ〜!」的な戦闘的なものじゃないのに、フランクフルターが、チームの旗を振りながら、立ち上がって力いっぱいに歌っていたり、ゴールの後は、スタジアムのアナウンサーと一緒になって、インテルをくさすような大合唱をしたり、イタリア語で言えば「クルバ」、強烈なファンだけがそこで応援することを許される厳戒態勢のファン席がありますが、そこの人たちの定期的な拍手とかウェーブ的な応援とか、なんだかすごかったです。

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みんなが一体化して盛り上がる喜び、といったものも、地元にはやはりあるのでしょうね。

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インテル・ファンも、ちらほらとはいましたし、ミラノ在住である以上、気持ち的にはインテル側だったんですが、この圧倒的なホーム・ムードに、ついつい、フランクフルトの応援になってしまいました。結果、3対1でフランクフルト圧勝。ボール占有率なども優位で、古豪インテル相手に堂々の戦いぶりでした。

それにしても驚いたのは、帰り道。

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スタジアムのある最寄駅から一駅のホテルに滞在したのですが、帰りは、歩いた方が早そうだったので、一駅歩くことにしたのですが、それが、森の道。

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こういう森だった場所を切り開いてスタジアムを作った、ということなんでしょうかね。合間にゴルフ場があったり、馬の牧場があったり、その間はかなり本格的な森なんです。
予想外。でも一駅なのに、30分以上かかったのも予想外でした。
リスがいましたから、鹿くらいいそうな雰囲気。馬で散歩するには最適。
フランクフルトは結構な都会ですが、中央駅から電車でたった3駅ほどで森があるというのは、さすがドイツと思います。

というわけで、なんだか盛りだくさんの週末を過ごしてきました。試合以外のことなどは次回。もちろん中世は欠かせません。

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