先住民族末裔の反乱

〜民主主義の危機!国家の危機!もう黙ってられない!

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本日、マスコミ各社は、東京電力が福島第1原発1、2号機の原子炉建屋間にある屋外の主排気筒下部付近で、毎時10シーベルト(1万ミリシーベルト)以上の高放射線量を観測し敷地内で観測された線量で最も高く、急性被曝で死亡するとされる7シーベルトを42分で超える値であると一斉に報じた。
これに対し京大小出助教は「想像を絶する数字」だと語っている(本日の「たね蒔きジャーナル」)。具体的には、
◎7−10シーベルトの被曝で人間は2週間以内に死にいたる。
◎1999.9.30の東海村原発事故で10−18シーベルト被爆の2人の作業員は手の施しようがなく死亡した例あり
◎これだけの高い放射線が放出されている原因は、使用済み核燃料の一部がその辺りに転がっていて、1、3号機爆発時にそれら核燃料が吹き飛ばされ放射し続けているであろうと推測
◎作業員の被曝4ミリシーベルトとは、防護服装着してもγ線は透過し1ー2秒程度で被爆する量
◎仮に瓦礫撤去を遠隔操作ではなく人的処理しているのでいれば想像を絶する被曝
◎毎時1シーベルトですら恐ろしく、そこに人間はとても近づけないはず
 
以上から、今更、事態の深刻さを報道することで政府や東電らの免責を企む意図は見え見えなのだが、ひとつ恐ろしいことに気づいた。防護服やマスクなど無意味なこのような場所で人間が作業しているとすれば、これは最早「殺人行為」に等しいのではないだろうか。少し前、海江田が「センサーを装着せずに作業に当たる者を讃えるといった非常に人権を無視した荒唐無稽な発言が物議を醸し出したが、この海江田発言は、政府等関係者サイドにおける“人命尊重”を度外視した「餓鬼の如き愚かな保身行動」を象徴している気がしてならない。
そしてこれを裏付ける報道が週刊ポストよりなされた。これによると、
・フクシマ50とは一般的に、「東京電力福島第一原発(以下1F)の1号機および3号機が立て続けに水素爆発をした後、1Fに残った職員・作業員」となる。最初に残った約70人に、事故直後に加わった人たちを含めそう呼ぶ。
・東電はプライバシー保護を理由に公開しておらず、東電社員の内訳、協力企業の人数や年齢、支給された危険手当の金額など、よく分かっていない部分が多い。
・守秘義務等で口が固い彼等の一人、号機が水素爆発した直後、1Fへの“召集令状”を受け取り、地獄絵図の中に降り立った協力会社幹部は、「社長は上会社から『死んでもいい人間を用意してくれ』といわれていたらしい。社長、もじもじしてて、なかなか『行け』といわなかったですね。だから志願しました。だってうちの社長、熱い人だから自分が行っちゃいそうだったんで。社長が死んだら社員が路頭に迷うけど、俺が死んでも代わりはいますから」 と証言している。
 
この下請幹部の発言も正気の沙汰とは思えない。いずれにせよ、東電がいのちの危険を知りつつ、自らは犠牲にならず立場の弱い下請け業者を人身御供に差し出したものと想定される。
本日の読売新聞(2011 年8月1日19時52分)によれば、
「東電は事故後、確認が不十分なまま作業員を採用し、7月29日現在、計184人の所在が不明になっている。」と報じており、上記フクシマ50以外にも多くの犠牲者がいたものと予想される。これは「未必の故意」ならぬ意図的な殺人に該当するのではないかと私は考える。高給をとりながら額に汗して働くことなく、ひたすら言い訳口上づくりに専念した連中に対し、国民の意思として相応の処罰を与えるべきではないだろうか。
下記の記事を見て欲しい。予想通り放射被害は給食を通して子どもにまでその魔の手が伸び、また被害がないとされてきた日本海側の魚にもセシウムが発見される事態に至った。何度も繰り返すが、一日も早く食物被害が国内全体に拡散及び細胞分裂が盛んで甚大な影響が心配される子供への対応を政府・官僚が迅速に講じなければ、本当にこの国の将来に暗雲が立ち込める。
 
2011.8.1 20:26 産経 汚染疑い牛肉、給食で提供 宮城「健康問題ない」
>宮城県教育委員会は1日、東京電力福島第1原発事故後に収集された稲わらを食べた
>可能性のある牛の肉が、県内3市町の給食センターを通じて幼稚園と小中学校の
>給食に使われていたと発表した。

東日本大震災:新潟沖のマダイ、セシウムを検出 規制値下回る /新潟 (毎日新聞 7月29日)
>県生活衛生課は28日、26日に新潟市沖で採れたマダイの内臓から、
>放射性セシウムが1キロあたり21ベクレル検出されたと発表した。
>福島第1原発事故の影響とみられる。国の暫定規制値(1キロあたり500ベクレル)を大幅に下回っている。
フクシマ50 下請け社長は「死んでもいい人を」と発注受けた
(NEWS ポストセブン 8月1日(月)7時5分配信 :週刊ポスト)
 菅直人首相が原発対応拠点のJヴィレッジを激励に訪れたその日も、彼は現場で働いていた。その作業服の背中には、「菅直人1回現場に来てみろよ」とある。震災から4か月以上経ち、いま明かされる「フクシマ50」の素顔。原発でともに作業するフリーライター・鈴木智彦氏の、刮目レポートである。
 俗にいう「フクシマ50」の定義はひどく曖昧だが、一般的には、「東京電力福島第一原発(以下1F)の1号機および3号機が立て続けに水素爆発をした後、1Fに残った職員・作業員」となる。最初に残った約70人に、事故直後に加わった人たちを含めそう呼ぶ。

 東電は免震重要棟で指揮を執る吉田昌郎所長以外の「フクシマ50」を、プライバシー保護を理由に公開していない。東電社員の内訳、協力企業の人数や年齢、支給された危険手当の金額など、よく分かっていない部分が多い。

 東電としてはフクシマ50を英雄のまま曖昧な存在にしておきたい。一方のフクシマ50にしても、守秘義務からか、おおかた口が堅い。私はそのうち4人を知っているが、フクシマ50だとカミングアウトすることをためらっている。

 そのうちの若いひとりを、佐藤としておこう。彼は3号機が水素爆発した直後、1Fへの“召集令状”を受け取り、地獄絵図の中に降り立った協力会社幹部だ。

「社長は上会社から『死んでもいい人間を用意してくれ』といわれていたらしい。社長、もじもじしてて、なかなか『行け』といわなかったですね。だから志願しました。だってうちの社長、熱い人だから自分が行っちゃいそうだったんで。社長が死んだら社員が路頭に迷うけど、俺が死んでも代わりはいますから」

 もちろん佐藤は自殺志願者ではない。これまで原発を生活の糧にしてきた贖罪だったわけでもない。

「居直るわけじゃないけど、誰も原子力や原発が社会的にどうのなんて考えず、普通の会社に就職する感覚でこの仕事に就いてるんじゃないですか? 原発が善か悪かなんて、深く考えたことなかったです。学校もろくに行ってないんで、難しいことは得意じゃないし(笑い)。

 最初に1Fへ入ったときは、たしかにドキドキしましたね。不謹慎かもしれないけど、それはどっちかといえば楽しい気持ちで……。これまで威勢のいいこと、偉そうなこといってた人間がビビってたんで、『よし、じゃあ俺が行ってきてやる』みたいな。

(1Fに向かう)バスの中、みんな青白い顔して泣きそうなんです。話しかけられる雰囲気じゃなかった。でも俺、わくわくしちゃって、みんなを写メで撮ってました。20代とか、若いヤツらのほうが元気だったですね。年取った人ほどブルってた。なにかあっても死ぬだけなのに」

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