A Challenge to the Future

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O'Conner判事が来日

訂正:Planned Parenthood v. Caseyのオコーナー判事およびほか2名の多数意見が平等権の見地から判断したという記述をしましたが、これは語訳でした。平等権の話は出ているのですが、平等権絡みの判例変更をした時の事実を述べ、判例変更が必要かどうかなどを議論している部分に過ぎず、多数意見は、中絶権につき、あくまで、プライバシー権を根拠に認め、その制約についてもプライバシー権のとしての基準を立てています。

間違った記述について訂正し、お詫びします。


久しぶりに、アメリカ政治の話題。
オコーナー前アメリカ連邦最高裁判所判事が来日し、慶應義塾大学で名誉博士号を受けるらしい。
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慶應義塾創立150年記念 未来先導基金プログラム

サンドラ・デイ・オコナー氏名誉博士称号授与 記念講演会

2008年12月12日(金) 16時20分〜17時20分

慶應義塾大学 三田キャンパス 北館ホール
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入場・申込 入場無料・申込不要 (240名) 
対象 どなたでもお聴きいただけますが、参加多数の場合、ご入場いただけない場合がございます。 
主催 慶應義塾大学法学部、総合政策学部 
お問い合わせ 慶應義塾 創立150年記念事業室 E-mail: info@keio150.jp  

女性として初のアメリカ合衆国連邦最高裁判所判事であるサンドラ・デイ・オコナー氏をお招きし、記念講演会を開催します。

プロフィール
サンドラ・デイ・オコナー氏(アメリカ合衆国最高裁判所前判事)
1930年生まれ。1981年にレーガン大統領によって合衆国最高裁判所判事に指名され、連邦上院の助言と承認を得てアメリカ史上初の女性合衆国判事に就任。以来、2006年1月の辞任まで約24年間にわたり最高判事を務めた。在任中は、アメリカでもっとも影響力のある女性とも呼ばれ、経歴だけでなくその人柄も愛される、現代アメリカの主要人物の一人である。
http://keio150.jp/events/2008/20081212.html

オコーナー判事は、私が最も尊敬するアメリカの裁判官像である。現在は、第3代アメリカ大統領のトマス・ジェファーソン大統領が出身であるバージニア州にあるウィリアム・アンド・メアリー大学で、学長をしている。

オコーナー判事は、指名された当初、中道保守的なスタンスとされていたが、任命されてからは、中道的な立場で、事案ごとの判断をする姿勢で、判決を書くことが多く、中絶問題などアメリカを二分する社会問題については、Ask Justice O'Conner(「オコーナー判事に聞け」)と言われるほど、バランス感覚に優れた判断をしている。

彼女の功績で大きいのは、1973年のRoe v Wadeという中絶権と州政府による胎児保護の利益との対立する問題が争点となった事案において示された本質的な基準を1992年のPlanned Parenthood v. Caseyで維持しつつ、胎児の生命保護のための制限を一定限度で認め、バランスを図ったところにある。

そもそも、Roe v Wade事件で、連邦最高裁は、臨月を第9月と表現し、妊娠9カ月を3分割し、第一期(first trimester)、第二期(second trimester)、第三期(third or last trimester)として分け、第一期は州政府は中絶を制限することができず、第二期は、母体の保護を理由とした制限は許されるがそれ以外の制限は許されず、第三期は、胎児に生命反応が見られるため、州政府が州法により胎児の生命保護を理由として、女性の中絶権を制限することは許されるとの判断が示していた。

しかし、これに対しては、医学的根拠が薄弱であることや憲法上の権利の根拠づけが不十分であるなどの理由から、この基準を疑問視する声が強く、リベラルと保守を巻き込んだ中絶論争に火をつけることになる。

1992年のPlanned Parenthood v. Casey事件において、まず、オコーナー判事の多数意見は、中絶する権利を合衆国憲法の修正第14条が定める適正手続きの条文から、プライバシー権が導かれることを前提に、そのプライバシー権の一内容として、政府から子供を産むか産まないかを判断する権利が個人にあることを確認した。

そして、多数意見は、胎児に生命が認められる時点においては、州政府が胎児の生命保護を理由として一定の制限ができることを確認している。

ここまでは、Roe v Wade事件の判断と同じである。

ところが、多数意見は、Roe v Wade事件の判例が示した臨月を第三期に分けるという基準を一部変更し、医学的技術の革新によって、当時は28か月で胎児の生命反応が認められるとしていた点が、現在では22か月あたりに認められるようになったと指摘。

オコーナー判事は、女性の中絶権への制限が許されるか否かは、制限が女性にとって不当な負担になっているといえるかどうかによるという新しい基準をしめしている。

この判決については、臨月の第一期における中絶権の制限を認める途を開いたとして、リベラル勢力から批の声が上がっているのも事実である。

しかし、医学的に根拠が薄弱とされる臨月を第三期に分割する基準の方がむしろその正当性に疑問が呈されていたというべきであり、不当な負担か否かという判断基準はより法的基準としては妥当といえるだろう。

女性の中絶権が憲法上保障されていることは明確にした上で、ある程度厳格な合理的基準といえるようなものであり、妥当な基準を示していたといえるのではないだろうか。

オコーナー判事は、事案ごとに判断する姿勢を用いており、他の裁判官のように政治的思想を全面に出した判断は避けている。この点も日本の裁判官に通ずるところがあり、とても共感できる。

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話題の周産期医療の問題も踏まえ、実務でも今後中絶が議論される場面は増えてくると思います。もし、同様の事件が日本で起きたらどう解決すればよいでしょうか。
Roe v Wade事件を参考にする場合、憲法13条から導かれる自己決定権が、胎児の生きる権利という公共の福祉による制約を受け、合理的関連性の有無を目安に立法にあたるというところでしょうか。
Planned v. Casey事件を参考にする場合、Roe v. Wadeの臨月3分割基準ではなく、「22週」を基点に前後に分け、22週前ならば、女性にとって「不当な負担」ならば中絶可、「不当な負担でなければ」ならば中絶不可ということでしょうか。
しかし、中絶権の制限が(男女)平等権の問題であるっていうことは、いまいちピンときませんね。男性は絶対的に中絶権利がある(?)のに対して、女性は中絶権利が制限される場合がある点に着目して平等権の問題としているのでしょうか。
仮に平等権の問題にせよ、本件の場合、憲法14条で問題とされている歴史的差別が常態化した典型的男女差別の問題とは場面を異にするため、合理性の基準で足りる気もします。

2008/12/11(木) 午前 0:22 [ ぽんせ ]

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私の誤訳でした。後半は私の誤訳のせいで、平等権の話になってしまっていますね。すいません。

Roe判決の3分割基準の限りで、判例変更したとみるのが正しいPlanned v. Casey判決の見方なのだと思います。Planned判決も、Roe判決の本質に変更はないと言っているので、プライバシー権から中絶権を導き、胎児の生命反応がある場合の保護する公益との対立と考えている点は同じだと思います。ただ、医学的根拠とした、三分割基準が見直され、胎児の生命反応が認められるとされる時点以前についての制約については、不当な負担か否かという基準になったのだと思います。

2008/12/11(木) 午前 1:38 [ ESQ ]


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