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きのう、突然のメールで午後、急にコンサートに行くことになった。 朝出かける時は、東京へ出かける予定はなかった。サプライズのクリスマスプレゼントのようだった。 アンジェラアキ・・・この歌しか知らなかった。
でも声量といいピアノといい英語も流暢ですばらしかった!!! |
お出かけ
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先日、平日にフェルメール展を見に行ってきました。 平日にもかかわらず人・・人・・人 チケット、上野公園で買ってから入ったのに、入館してから40分待ち。 「待っている時間の方が長いよね。どうせ見るのはあっという間に流れていくんだよね」 なんて話していた通り、流れるどころか、前列の人が立ち止まり後ろの人は何も見えない! 時々空く隙間からチラリ。 信じられない光景。 こんなに人気があるの?? 「真珠の耳飾りの女」の実際の絵を見たいとわざわざ山梨から出かけていったのに、どこにもない。 そうなんだ。今回はオランダのその当時の画家たちの絵、数点とフェルメールは7点のみ。 しかも有名な「牛乳を注ぐ女」「絵画芸術」は展示されておりませんと大きく張り紙が。 17世紀のオランダの様子はよくわかったが、ちょっぴり残念。 数年前にオランダ旅行した時に、アムステルダムでフェルメールの牛乳を・・を見たので 今回は別のを見たかったのだが、本当に見たい絵に出会えるのは一生のうちでそんなにないのかも。 お昼にサントリーホールでパイプオルガンコンサートをやっていました。
無料です! これはすばらしかったです。ぜひ一度聴いてみてくださいね。 |
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何年かぶりに軽井沢へ。 道はすごく空いていて、1時間45分で到着! 帰りももちろんガラガラ。 アウトレットに1時間前に着いて、下見なんかしてしまった。 今回はあまり買い物をするつもりはなく(先月買いすぎ!)お店を全部網羅した。 リボン付き長袖を1枚get なんと10時間半もそこに滞在していた! お茶したり食事したりウインドーショッピングしたりして。 ワンちゃんも多く、コーギーも1匹会ったけどウチのマロンには無理だなぁ・・・と思いながら 眺めていた。サングラスかけたわんこもいました(笑) 車降りて、空気がひんやりしていて秋風のようなさわやかな風で高原に来た〜って感じでした。 歩いている人もおしゃれで、リフレッシュできました。 食事は近江牛の焼き肉屋さんで、上カルビ定食を。 先月は、病人が出たりしてとてもバタバタしていたので、ちょっと気分転換できました。
おかげさまで姉は回復に向かっています。心配してくださったみなさん、ありがとうございました。 |
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毎日暑い日が続き夏バテ気味・・・ 我が家は昔の家で夏は涼しいはずだが、今年はさすがに暑い 夜気温が下がらない きのうは涼を求めて東京のデパートへ(笑) 学生時代の友人と会う約束をして立川へ。 ワンピースを3つ買い(ついつい)ランチは梅の花へ。 冷たいお豆腐がおいしかった〜 その帰り話題の「コールドストーン」へ。 冷たく冷やした(−9℃)の石板の上でアイスクリームを乗せ、フルーツやナッツ類、チョコなどをミックスインしてかき混ぜできあがり! ハッピーな歌も歌ってくれる! 私はマンゴー味 友人はチョコレート味 種類もたくさんありかなり迷う アイスを選び次に量(like it にした)を選択して次は容器(ワッフルボウルにしてみた) かなり前に朝のニュースでやっていた。新鮮なフルーツをその場で混ぜてくれおいしそう! と思っていた。 なかなかおいしいし、楽しい気分になる。 一度は食べてみるべき!
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先週の日曜日 「ターシャ・チューダーから学んだこと・・」 ターシャ・チューダーさんの作品を多く翻訳していらっしゃる食野雅子(めしの まさこ)さんの講演会が清里の八ヶ岳自然ふれあいセンターで開催された。 ターシャ・チューダーさんは先月 92歳の生涯を閉じ永眠されました。 私もあまり知らなかったのですが、コーギーを飼っているので本屋さんでその素敵な絵本を見たことが あり今回行ってみました。
ターシャ・チューダー
23歳で結婚して4人の子どもに恵まれるが、46歳で離婚絵本作家としてデビューして100冊近い本を出版 50歳代半ばでバーモンド州の山奥で自給自足の一人暮らしを始め1800年代の農村の生活を実践 しながら、広大な庭で季節の花々を育て続けた。 食野雅子さんは翻訳家(私があこがれている!)で、それはそれは素敵な方でした。 私がフェローの通信で勉強していると言ったら、 「まぁ! 翻訳は必要とされているのでぜひがんばってくださいね!」 と励ましの言葉をかけてくださった。 握手もしていただきました。 彼女自身も四女の母で、今回の講演会にもお嬢様達がお手伝いに来ていました。 もう清里は、400回以上も来ていらっしゃるとのことでした。 ターシャ・チューダーさんのお家は、息子さんが最初教師だったが、教師は自分の育てた結果がすぐわからないから大工さんの方が結果がすぐわかるということで大工になって建ててくれた家だそうだ。ちょっと教わっただけで、一人で建ててしまったそうだ。とても素朴ないい感じの家だ。
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