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昨日は9・11。
あのテロの日だ。
あれからもう5年も経つというのに、
あの日、あのとき、自分がどうしていたかを、
たいていの人はいまも鮮明に記憶しているという。
それだけ、衝撃的な出来事だったのだろう。
ぼくはそのときまだ家族と一緒に生活していて、
居間でNHKテレビでニュースを見ていた。
ちょうど1機目がトレードセンタービルに激突したといって、
ビルの上部から黒煙が上がっている様子が映し出されていた。
間もなく、セスナのような軽飛行機が、
ツインタワービルのもう一方のビルにめり込むように突き当たったのが見えた。
NHKのレポーターはいち早く、
「テロのようです」といった。
一つめのビルから黒煙が上がっているときに、
台所にいた妻に声をかけ、一緒にテレビに見入った。
そしてツインタワービルが崩壊するまでテレビの前から動けなかった。
軽飛行機のように見えたのは旅客機で、
ペンタゴンにも乗っ取られた旅客機が突っ込んでいた。
ぼくはそれまで2度、出張でツインタワービルを訪れたことが、
あったからとても他人事に思えなかった。
その直後からぼくの家庭も崩壊へと向かった。
それはともかく、それまでイスラム教に関し、
むしろどちらかというと牧歌的なのんびりした宗教と思っていた。
あの宗教は暑い国の信者が多いと思っていた。
赤道に沿ってイスラム教国が並んでいるからだ。
そしてそういう国を訪ねると、
暑い日盛りに樹下の茂みのベンチで日がな一日、
働かずに寝そべっている人々が多い。
現地法人の日本人に聞いてみると、
イスラム教の教義で金持ちは貧しい人を助ける義務があるとかで、
圧倒的に多い貧しい人たちが全く働き気を見せない、と嘆いていた。
気候が温暖でその日暮らしに事欠かない、ということもそれに輪をかけているという。
だが、その代わり争いも少ないのだという。
働き過ぎの日本人はそんな姿を見て、
そういう生き方もあるのかと、いわばスローライフに魅せられもした。
だが、イスラム教のもう一つの顔に気づいていた人は案外少ない。
厳しい戒律を持つ原理主義が姿を見せると、
どうもあの長閑な時間を過ごす人々と結びつかない。
今ではあの穏健なインドネシアやマレーシアのイスラム教徒も、
表情が険しくなったような気がする。
飛行機に乗ってもやたらに規制が厳しくなったし、
9・11後は何か世の中がギスギスし出した。
ツインタワービルの崩壊は価値観まで変えたようだ。
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本田勝一が書いた中、高校生むけの「ぼくは報道する」(筑摩書房1971年)という本の中に、ベドウィンについての報告があります。(エスキモー、ニューギニア高地、戦争中のベトナム、アメリカの黒人、ベドウィンについて書いてある本です。)親切で慎み深いベドウィンは、数日一緒に過ごす旅行者には、素晴らしい隣人となりうるのだそうです。ところが、何日も一緒に暮らすと、その奥に潜んでいる物が現れてくるのです。読んで、私も腹が立ちました。宗教ではなくて、民族性のような気もします。
2006/9/13(水) 午前 0:13
今でもまだ信じられないです。まるでおもちゃのブロックが崩れる様な場面しっかり目に焼きついています。2度とこのような事が起きない事を切に祈ります。
2006/9/15(金) 午後 0:54
ご無沙汰してます。誰だったかのブログか忘れましたがちょうどこの事件のことが書いてあってそこでも書いたのですが娘はちょうどこのテロの起きる1週間前の同じ時刻、同じ場所にいました。1週間ずれてたらまさに娘はこの悲惨な出来事に遭遇していたわけで。となると家の生活もがらっとかわってたでしょうね。
2006/9/16(土) 午前 5:47