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3012

先日、食料自給率が発表された。カロリーベースで39%という。

この結果についてとやかく言うつもりはないが、あまりこうした数値に右往左往することはないように思う。

ただ、食料自給率が高いに越したことはない。だからと言って危機を募るキャンペーンをしたって、自給率アップをめざして国民が食生活を変えるような行動をとることは永久に訪れないだろう。

また、反論として巷で言われているように、生産額ベースなら7割近く世界的にも上位だから問題ない、また食料危機はやって来ないとの意見にも与しがたい。


自給率は「現在」生じている状況を表しているが、「未来」は映さないし、食に関する本質を映し出している訳ではない。

食の危機が来ないとする説は、未来も今と変わらない現在の延長線上で考えていること、そして未来の時期設定に問題がある。農政も同じだ。担い手偏重の集約的農業を推し進めている。


しかし、時として「変わらない前提」は覆される。
この場合、最も大きな問題はエネルギーだろう。今のエネルギーに依存したシステムが未来永劫続くならば、食料危機は生じないかもしれないし、大規模化も可能かもしれない。

だが、このエネルギー問題はいずれ起こりうる可能性がある。技術革新によってカバーできるかもしれないが、それはリスクとして捉えるべきことでカバーできると織り込み、先送りするのは安易だ。

だから前提が変われば食料危機も起こりうるし、農政の集約化一辺倒のあり方も対処療法でしかないと言わざるを得ない。

どこに問題があるのか。
これらは、いずれも10年後20年後、せいぜい30年後のレベルの未来の話。ここに大きな落とし穴がある。
次世代に引き継ぐとは、次の世代だけなのか。

歴史はつながっているのだ。あまり近視眼にならずに、例えば1000年先の「3012年の未来」でも残っていて欲しいこと、引き継ぎたいこと。

そう考えると、読めないことが多すぎて、引き継ぎたいことというよりは人間として「放棄して欲しくないこと」になるかもしれないが、逆にそう多くはない。
例えば、大地を2本の足で踏みしめていて欲しいとか、自然を残しておきたいとか、農業であれば工場生産ではなく土から離れないでいて欲しいとか、そういうレベルでしか考えられない。

1000年2000年と引き継いできたことを次の1000年先にどう託すか。
そんな先のこと読めないからと、今の問題解決ばかりを視野におくのではなく、多くの選択肢を引き継ぐことを考える。

1000年先を想う局地に立つと、今向かっている方向が「感覚」としておかしいと気づく。

目先の問題に囚われ過ぎず、食の本質を見つめ直す必要があるのではないだろうか。


(伊藤 浩正)

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