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近年の生活スタイルの変化(女性の社会進出、単身世帯の増加等)により、食の外部化が進展しています。このため、 国内の野菜需要は、家計消費用から加工・業務用に変化しており、全体の需要の過半を加工・業務用が占めています(H17 55%)。このため、 むらづくりで野菜を検討する際には、農産物直売所の他に、加工・業務用需要への対応は重要な課題となっています。
国内生産は、野菜の自給率は、80%程度で推移しているものの、高齢化の進展や担い手の減少等を背景に、作付面積、生産量とも減少傾向です。しかし、 野菜の輸入量は、たまねぎ、ねぎ等の生鮮野菜や野菜飲料等の原料用のにんじん、トマト加工品の需要拡大から、近年、増加傾向で推移してします。 一方、近年の国際情勢から安定した野菜供給の観点から国産野菜による対応の要請が高まっています。
農村ではほ場整備が行われ、区画整理と用排水の分離により水田の乾田化により輪換畑でき、土地条件としては、農業機械を使用した低コストの野菜づくりが可能となっています。しかし、これまでの市場を経由した流通では、市場価格に影響を受けて、持続的な生産を可能とする販売成果を安定的に上げることが難しく、生産農家を拡大できていないのが現状です。このため交付金頼みの「米+麦・大豆」の体系となっていますが、国に財政難やTPPなどにより、この営農体系からの転換が求められています。
こうした中で、マーケティングに基づき、外食産業、食品加工製造業と契約を締結し、安定した価格と収益を実現して、農村地域の土地資産であるほ場整備した水田で、「米+麦・大豆」から「米+麦・大豆+野菜」への土地利用型農業へシフトし、持続可能な営農体系の確立をめざす動きあります。
現在、農楽では市役所、関係4JA、ヤンマーアグリイノベーション(株)で構成する東近江市フードシステム協議会に携わり、加工・業務用野菜の生産・流通・販売を一括したフードシステムの推進を実践しています。
東近江市フードシステム実証調査(平成23年度〜)
(西村俊昭)

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日本IBMの設立75周年記念イベントにおけるサミュエル・パルミサーノ会長の基調講演を読んだ。
考えさせられたのはコモディティ化の圧力にどう対応するかという話。

IBMは周知のように、パソコン事業から撤退したが、現時点でどんなに儲かっていたとしても事業の中核をなさないと分かったら撤退する判断が重要とのこと。

なるほどと思う。


ただ、ここで考えてしまった。
特にコモディティ化の見本のような存在である米生産から日本農業は撤退できるのだろうかと。

ここ十数年、農業ビジネス、農家の経営感覚が取りざたされ、その感覚がない農家はダメな農家だと烙印をおされてきた。

一般的な感覚の持ち主であれば、兼業の水田経営など即時撤退の対象だろう。
そのため、経営が成立する大規模化、集約化への道筋ができた。

そして今、中小水田営農農家はコモディティ化の中にどっぷり漬かり、海外からの圧力に屈するという構図ができあがっている。

実際、これまで多くの兼業農家がこの波にのまれて「撤退」したし、これからも撤退は加速する。
一方で、様々なブランド米生産や直販によってこの波を乗り切っている農家も数多くいる。

では、日本の米づくりはやはり大規模化による効率化を推し進め現在の延長線上でコモディティ化に対応し、経営感覚のある農家や地域だけがブランド化で差別化を図る、そうした流れでいいのだろうか。

否、これでは日本の水田、米づくりを守ることができない。

思うに米は大衆化することが一種の宿命でもある。
本来日本人の誰もが安心して手にできるべき生命線という意味において、米の一般化は必要なのだろうと思うから。

そう考えると、「ある程度」の一般化は内包すべきであるものの、際限のないコモディティ化からは脱却すべきだ。

では、どうすれば脱却できるか。

答えは容易い。
日本の米、米づくりの価値を再認識して、皆で支えることだ。
片手間でやっている米づくりも赤字であることを皆が知り、農家も大規模化以外の効率化を推し進める。

どうすれば支えることができるか、どうすれば支えてもらうことができるかを真剣に考える。
つまり、自分たち国民一人ひとりの問題だと思うことだ。

やるべきことは簡単でも、実現は容易ではない。

地道にやるしかないのかもしれないが、最低限再生産できる採算ラインを見極めた価格の上に、ブランド化や大規模化、ビジネスといった話がこないと日本全体の水田農業の未来を語るのは難しい。

(伊藤 浩正)

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ここ数年、「六次産業化」という言葉が踊っている。
まさしく踊っていると言ってもおかしくないくらいの頻度で言葉を耳にする。

背景には、農産物をままの姿で商品として消費者に送り出すことの、「今のシステム」での限界があるとされている。
少しでも付加価値をあげていくことは、大切な姿勢だと思う。

ただ一方で、現在の国が全面バックアップしての6次産業化は果たして成功するのだろうかという疑問も湧いてくる。


その昔、日本全国至る所にハコモノ整備が進み、結果として十分な利用が図られずに、現在は無残な姿をさらしているモノも少なくない。もちろん、しっかり利用されているケースも多々あるだろうが、その能力をいかんなく発揮しているものは全体の比率からすれば少ないのではないだろうか。

そして、「景観・環境整備」もしかり。景観に配慮した、生きものに配慮した農村整備ということで、これも至る所で取り組まれた。結果はどうだろうか。

ハコモノも本来は必要なものだし、景観や環境に配慮した整備も必要なのに、結果としては不要なものになってしまっている例があまりにも多い。

何故、このような結果になったのだろう。

ハコモノも環境整備も、多くの人たちが「そりゃ、あればいいよね」という作る上での正当性が、その当時の関係者にはあった。
国はそのあたりのキャッチアップが上手い。まあ、当然と言えば当然だけど。
そして希望者を募り、ちゃんと利用してよねと計画を提出させて取り掛かる。

でも、実際は利用されない。
制度的には事後評価などがあるが、あくまでも国が利用主体ではないので、なんでちゃんと使ってくれないのか!と感じている担当者も多いのが実態じゃないかと推察している。


「現場に合っていなかった」、有り体に言うと、誰も「心の底から必要」と感じていなかったということに尽きる。
もっと言えば、それら計画を仕込む方も、仕込まれる方も心構えができていなかったと言うことだろうと思う。


助成金、補助金をもらえるなら、タダで施設ができるならという容易な覚悟で行政担当者が話を地元に持ち込み、現場が了承するという仕組みは罪が重い。

そこに原因があると仮定すると、六次産業化は果たして同じ轍を踏むことなく推進され、目標とされている10年後に10兆円の市場規模へと拡大していくのだろうか。

(伊藤 浩正)

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3012

先日、食料自給率が発表された。カロリーベースで39%という。

この結果についてとやかく言うつもりはないが、あまりこうした数値に右往左往することはないように思う。

ただ、食料自給率が高いに越したことはない。だからと言って危機を募るキャンペーンをしたって、自給率アップをめざして国民が食生活を変えるような行動をとることは永久に訪れないだろう。

また、反論として巷で言われているように、生産額ベースなら7割近く世界的にも上位だから問題ない、また食料危機はやって来ないとの意見にも与しがたい。


自給率は「現在」生じている状況を表しているが、「未来」は映さないし、食に関する本質を映し出している訳ではない。

食の危機が来ないとする説は、未来も今と変わらない現在の延長線上で考えていること、そして未来の時期設定に問題がある。農政も同じだ。担い手偏重の集約的農業を推し進めている。


しかし、時として「変わらない前提」は覆される。
この場合、最も大きな問題はエネルギーだろう。今のエネルギーに依存したシステムが未来永劫続くならば、食料危機は生じないかもしれないし、大規模化も可能かもしれない。

だが、このエネルギー問題はいずれ起こりうる可能性がある。技術革新によってカバーできるかもしれないが、それはリスクとして捉えるべきことでカバーできると織り込み、先送りするのは安易だ。

だから前提が変われば食料危機も起こりうるし、農政の集約化一辺倒のあり方も対処療法でしかないと言わざるを得ない。

どこに問題があるのか。
これらは、いずれも10年後20年後、せいぜい30年後のレベルの未来の話。ここに大きな落とし穴がある。
次世代に引き継ぐとは、次の世代だけなのか。

歴史はつながっているのだ。あまり近視眼にならずに、例えば1000年先の「3012年の未来」でも残っていて欲しいこと、引き継ぎたいこと。

そう考えると、読めないことが多すぎて、引き継ぎたいことというよりは人間として「放棄して欲しくないこと」になるかもしれないが、逆にそう多くはない。
例えば、大地を2本の足で踏みしめていて欲しいとか、自然を残しておきたいとか、農業であれば工場生産ではなく土から離れないでいて欲しいとか、そういうレベルでしか考えられない。

1000年2000年と引き継いできたことを次の1000年先にどう託すか。
そんな先のこと読めないからと、今の問題解決ばかりを視野におくのではなく、多くの選択肢を引き継ぐことを考える。

1000年先を想う局地に立つと、今向かっている方向が「感覚」としておかしいと気づく。

目先の問題に囚われ過ぎず、食の本質を見つめ直す必要があるのではないだろうか。


(伊藤 浩正)

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農村ビジネス

農村ビジネスとは、環境と生活との調和を前提に、農村にある資源を商品化し販売して、それに係る地域と人を幸せにするとともに、持続可能な農村の構築に役立つことを目的とした事業と定義しましょう。

このビジネスは、それに係る方とビジネスをつくり・実践する(農村にある資源を商品化して販売する)過程で、将来のむらついて話し合い、どのようなむらにしていくか、そのためにはどうすべきであるかなどの、プランをつくることが前提になります。
また、このようなプランニングとビジネスの実践の過程で係る人々のコミュニティも育てていきます。

このような農村ビジネスのプランニングとプロモートが、私の使命のひとつです。

<農村ビジネスの心得>
1)人を喜ばせること
2)多くの人を巻き込むこと
3)お金の流れを生むこと
4)関わる全員がパッピーになるような仕組みを作ること
5)リピートができる可能性を持つこと
6)感動 感謝 癒しが起きること

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