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侍達の夜明 のべるわんでいのお部屋
地道にコツコツと 先天下之憂而憂、後天下之楽而楽

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100万回も生きた猫


 「100万回も生きた猫」。

 2010年に亡くなられた佐野洋子氏が話を書き絵を描いた絵本だが、絵本は生きる意味の真理を追求し続ける一種の禅問答なのかもしれない。

 この絵本は彼女が亡くなって彼女自身が彼女自身の記憶が完全に消え失せていることすらも知らない状態にまで戻ったとき、彼女自身がこの絵本を作ったことすらも覚えていない完全な禅で言う「無」の状態になったとき、この絵本の意味は、生きている我々のなかでしか存在しえないものとなる。


 生きている我々だからこそ、この絵本を読むことができ、生きるとは何かのひとつを知ることができる。


 この絵本のタイトルは「100万回も死んだ猫」ではなく、「100万回も生きた猫」である。

 人間の一生はまさに1つしかない。大脳にダウンロードされインストールされたすべてのひとりひとりの記憶は、肉体と心の「死」を通じて完全にアンインストールされる。

 インストール中のバーグラフとアンインストール中のバーグラフを見ると、まさにそんな状態になるだろう。人生とはその死までインストールが続き、死とともに、アンインストールされる。すべての記憶が。個々人の。


 そのインストールされているプログラムのひとつに「100万回も生きた猫」も入っているのである。ほんの僅かな記憶の倉庫のなかに。

 世の中には輪廻を信じる人もいる。

 自分はまったく信じていない。

 佐野洋子氏もおそらくは信じていまい。

 輪廻転生というのはヒンズー教の布教のために必要な思考方法のひとつである。

 生きているときの環境や苦労は死んだのちに自分が望んでいた環境や存在に生まれ変わるというものである。

 この絵本は100万回も輪廻転生し続けた猫の物語である。だが、輪廻転生を100万回繰り返しても、常に猫である。

 猫は猫のままであり、生まれ変わるたびにその猫をとりまく環境が変わってゆく。

 物語では100万回も生まれ変わってほとほと生きるのに疲れた猫はとうとう生命の死を望むようになるのである。


 もし輪廻転生を望む人がいるならば、いったいどのような来世を望んでいるのであろうか。そこが自分には不思議でしかたがないのである。

 世の苦痛、楽しみ、喜怒哀楽などさまざまな人間をとりまく環境により、ほとんどの人が情感をもって日々を送っている。自分と同じように。


 ここに「今かいとほし」という画家の長谷川利行の言葉がある。彼は歌人でもあり享年49歳であった。若すぎるが、放浪と飲酒と栄養不良が祟ったのである。たったそれだけにすぎない。もったいない人生の使い方である。


 だが彼の言葉には、未来も過去もない。その「」しかないのである。

 人間は生きていると実感できるのは、実は過去でも未来でもなく「」しかない。

 これが絶対の真理である。

 長谷川の言葉はそれを端的に伝えている。

 人間の心理を操るのは簡単である。その人間の過去と未来にその人間の視点を向けさせればよい。心理というのは感情そのものである。人間を感情で動かしたり、動いたりする程度の思考力では、長谷川の「今かいとほし」の意味は理解することもさせることも不可能である。そして輪廻転生もヒンズー教の方便のひとつであると。仏教はいわば江戸時代の士農工商を民衆に定着させ安心立命を説く方便であり、ヒンズー教はそれよりも過酷なカーストを認めさせるための方便であるということである。


 個々の自分のことしか考えない世のほとんどの人がほとんど何も考えていないために、思想が生まれる。


 佐野洋子氏はすでに死んだ。

 もう10年以上もまえに。

 この事実を知らしめないと、ほとんどの人は自分のことしか考えないため、彼女の死は誰も知らないことになる。

 だが、絵本は「」に残っている。

 その「」というものは、未来の今でも。長谷川の「今かいとほし」という言葉は、決して古びることのない言葉である。

 100年後の「」でも、その100年後の「」に生きる人が想えることであるからだ。

 それは1000年後であっても変わらない。


 「今」に気がついていない多くの人は未熟な青春を謳歌している。だがそれでいい。

 「〇〇ナウ」という言葉がツイッターで書かれるのを見ると、自分はこいつはアホかと思ったものである。「ナウ」とは英語の「NOW」であり、「今」という意味だ。要は、今これをしているというのをツイッターで公表しているだけのことだが、「ナウ」の意味をきちんと理解せずに「〇〇ナウ」という言葉を使っているのである。けっこう、この「今」というものが二度と決して戻ってこないことを、それから「未来」ではない自覚がまったくないということを人間は意味を知らずして使っているのである。


 「100万回も生きた猫」は、「100万回の今の連綿とした時間経過を生きた猫」であって、人間一生に自覚しうる今よりもはるかに多くの今を経験してきたがゆえに、疲れ切ってしまったのである。

 もう生まれ変わりたくないと自覚した猫は、自分の寿命を知ることで初めて「今」を大切にしようと思ったのである。

 人間は人生の終了とともにその記憶が完全にアンインストールされ、自ら残した実績も痕跡すらも、本人の意識のなかに自覚しつづけることは決してない。

 だから、生きていることの本当の意味を「」を自覚することで可能となる。

 「」を自覚できるのは生きているからである。

 そこには過去の方便も未来の方便もない。

 この絵本はそうしたことを教えてくれるのである。

 絵本は詩人が書くものだが、だれにもその性質はある。ここに書かれている内容が理解できればだが。


 ここに書かれている内容は、資料がサーバーに残っている限りにおいて、いつでも読むことができる。

 そして読んだときが常に「」である。

」は決して古びる言葉ではなく、それに付帯される情報が古いか新しいかの判断材料になるだけだ。情報は常に古くなるが、「今」は決して古くならない

 「100万回生きた猫」の猫の苦痛は今読んでもその苦痛は伝わってくる。

 それが今だ。

 「今でしょ!」という予備校の人気講師がいて、テレビにも冠番組を持っているそうだが、彼の今は的を外していないこともないが、未来志向という点でちょっと違う。。「今」の意味を広くとらえすぎている。でも大体合っているね。学生どもには判りやすい実行のススメだ。


 今という魔法には必ず種がある。物理的な種だ。生きている今があるからこそ、多くを忘れ、思い出し、そうやって前進してゆく。そしてときどき生きている自分に気がつくのだ。まあ、たまにはね。
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