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侍達の夜明 のべるわんでいのお部屋
地道にコツコツと 先天下之憂而憂、後天下之楽而楽

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■レンタル業は儲かる

 腕時計、靴、服、ネクタイなどのレンタル業が流行しはじめているようだ。

 定額料金使い放題は映像、音楽のみならずこうしたアパレル関係にまで進出しはじめている。

 これじゃ、一般庶民の好むバイキング方式と変わらない。

 定額固定料金は、利用している物を忘れてしまい、毎月数千円以上口座から引き落とされる可能性が高い。

 人間は、借りているものであったとしても、自宅にあるとそれが借りているものであることを忘れてしまう人も多いのである。

 自宅にあっても所有権は常に業者のほうにある。返却するのは無期限であり、その間毎月、自動的に引き落としされる。棄損、滅失があれば全額賠償。故障以外の傷は利用者の負担にはならない。どう考えても利用者にデメリットしか残らない。利用者にはひとときの所有欲を満たすだけであり、試用にしても購入するなら初めから購入すべきであって無駄が多い。レンタルはレンタルであってそれを購入することはできない。

 人間の所有と利用との混同を巧みについた心理戦術であるといえるだろう。

 しょせんは物である。

 レンタルの意味をよく理解しているのは業者や便乗するステマ連中のほうであり、利用者はあまり理解していない。

 映画のDVDレンタル業や音楽のCDレンタル業が衰退しているのは、そもそも映像と音楽という形のないものがDVDやCDという物品を介して提供されている時代は業者がたいへん儲かった。

 物品の所有権は業者のほうにあり、それを弱者である利用者が利用できるシステムであって、この賃貸借の契約関係は貸主に圧倒的な利用価値があり、物品を失わずに何度も再利用できる長所がある。

 利用者は利用期限が決められており、その期限を超えてしまうと、延滞料金がかかる。さらに業者は儲かることとなる。

 利用者は物品の利用を通じて娯楽を楽しむことができるのであるが、返却を忘れないようにしなければならない。手軽な利用に落とし穴がある。


 腕時計、靴、服、ネクタイなどのレンタル業も映画と音楽のレンタルとなんら変わることはない。

 手軽な利用にうつつを抜かす連中は、顧客となっても、所有権をもっていない。

 所有というのは使用収益処分が自由にできる権利であるが、利用者は所有権を持たないため、使用することしかできない。しかも、故障させると損害賠償の責任をも追い、延滞する可能性もある。所有権を移転すれば、そのような不測の損害を被ることは絶対にありえないのに、手軽な利用は利用者の利用の時点で利用者の権利が制限されていることに気がつかないでいるのである。

 目先の利用が利用者の行動を制限することとなる。

 なぜ、腕時計、靴、服、ネクタイなどのレンタルを利用する者が増えたのであろうか。


 まあ〜浮かれる気持ちはわからないでもないが、しょせんは他人の物だ。

 無知というのをバカというが、利用をする者は物に縛られていることに気がついて初めて利用するのはやめようというのだろう。初めから考えずに利用する者をバカという。


 高級なブランドの腕時計、靴、服、ネクタイなどを使用したとしても、それはその者の収入に応じたモノではない。

 見栄え、その時限りの恰好をつける、この見栄っ張りが外面と内面の格差を極端に生み出し、中身の発言と態度が外見と一致しないことが出会いによりあからさまに露見するのである。


 レンタル着物で社会問題になったこともあった。社長は逮捕された。

 
 着物においても同様。

 日本は着物文化を捨て洋服文化に移行しているが、そもそも着物文化自体が日本の生活様式の本座であった。そこに洋服が海外から割り込んできて、そちらに色気を持つようになったのが現代の日本人である。

 着物は高価な品である。着衣はとくに高価な品がそれぞれの家柄の資産状況から決められた。着衣が格差のあらわれでもあった。

 だが洋服がそれを壊してしまったのである。


 本来、高価な着物は買ってもらう物であって、自分で買うものではない。

 自分で買えるようになると、それは他人に買ってあげるものである。

 この関係性が日本本来の物流である。

 
 高価な腕時計、服、鞄、これらのものも、プレゼントする物という考え方が常識である。

 それができない環境下のなかで、無理して使いたいと思う人々がレンタルに走るのである。

 愚か。

 この愚かさが、くだらぬ業者を浮かび上がらせる。商売はあの手この手いろいろな手法で世間に割り込んでくるから、それはくだらぬ欲を持った人々が増えてきたからであろう。

 
 高価な品は自分で買うんじゃない。もらうものである。

 その関係性を作っていない人や作れない人がレンタルに走るのだ。

 馬鹿垂れ。

 人間関係が希薄になり、個性というつまらぬ自我ばかりが欲に走り出すと、くだらぬ業者が増えてくるのである。まあ、バカタレが多いのはしかたのないことか。業者は賢い。手軽さをアピールするだけでいい。利用者はバカだ。これは男も女も。特に女性は愚かな者が多い。


 モノ文化からコト文化への移行はこうした衣装類にまで進んできている。
衣装は演出であって、その場限りの浮ついた存在と化しているのであるが、こちらの移行には自分は反対である。

 コト文化は、娯楽を楽しむだけの非日常の現象である。ネタになるが、自分の本質ではない。ここはあらかじめきちんと理解しておかねばならない。自分の本質を磨かないでコト文化に走る者は、時流という流れるプールに流されてひとときを味わっているだけである。癒しを求めているのだろうか。
時流に呑まれた人間は、それぞれ自分なりの言い訳を用意しているのであろう。 


 なお、映像と音楽については、映像から解説しよう。

 これからの時代は、制作と回収との関係がますます頻繁になる。数多くつくり、視聴者が選択する時代であって、主体は視聴者になる。月額見放題パターンは音楽の聴き放題のパターンになり、映画館への人出が減る。映画館が特に地方ではドンドン潰れてゆく。映画館は映画館に足を運ぶようにもっとアピールすべきである。映画は劇場で見るのとそうでないのとの印象が雲泥の差がある。これもまた手軽さに移行した現代人の愚かさに影響されたものだろう。



 音楽の場合はライブが主となり、それが出来ぬ者は排他される。インディーズが主流の時代だ。それを中心に活動してきた人は発展し生き残る。それが出来ずにテレビ指向に走る人は消えてゆく。


 時代は原理原則を忘れて手軽さを求めるようになった。そこにつけいる連中らも増えるのは当然である。

 服が売れないのは、作りすぎだ。つまらぬ素材とデザインで。だからレンタルで賄おうとしている。

 時計が売れないのは、魅力づくりが下手だから。だからレンタルで賄おうとしている。

 靴やネクタイもレンタルしているとは驚いた。

 それぐらい買えよ。






■当たり前

 当たり前だと言う認識しかない者は可哀そうである。

 何が当たり前なのか?

 それはそのようにしか見ていない人の姿勢であり、当たり前だという言葉に逃げている人である。

 ありとあらゆる物をスケッチすると、どこに当たり前が存在するのか必ずわかるようになる。

 人間は、その多くがスケッチをしない。

 紙と鉛筆を用意すれば、いつでもどこでもできるのに、それをしない。

 スケッチする対象はいくらでもあるのに、それをしない。

 それをするとよくわかることなのに、それをしない。

 当たり前のものは何ひとつないことを。

 人間は何を見ているのかね?

 たぶん何も見ずに当たり前だと思い込んでいるのではないのかな笑。

 言葉には実体がない。当たり前だという言葉にも実体はない。

 その言葉を発する人は、何も見ていないのである。

 何も見ていないのに、当たり前だと言えば、それはもう空想の世界を思い描いているだけにすぎない。

 想念の世界はすべてその者の視点だけであって、視点はすべて実体化しているものではないのである。

 本当のことは、スケッチをしないとわからないものである。どこに当たり前のものがあろうか!

 なにひとつ当たり前のものなどない!

 それすらも解っていない人は教育しなおさないといけないね。自分は苦笑を嫌うが、こればかりは苦笑せざるをえない。

 


■努力と友情 それからリンゴ

 「セザンヌと過ごした時間」という女性監督のフランス映画があるらしい。まだ未見であるが、フランスでは印象派、モンマルトル、の画家たちをモデルにした映画作品がいくつもあるらしい。

 セザンヌは印象派ではないのだが、「印象派、若きモネと巨人たち」というイギリス映画にも出ているのだろう。

 こうした絵画グループにもありがちな友情というものが描かれているのだろう。

  「セザンヌと過ごした時間」は、おそらくリンゴをテーマにしたセザンヌ爺の回想録という具合に描いてゆくと、きちんとした良い作品になるかと思われる。

 自分は「アマデウス」というミロス・フォアマン監督のアメリカ映画を数十回見ても飽きない。回想録がうまく使われている好例である。

 さしずめセザンヌであれば、後年セザンヌとともにひとときを過ごしたエミール・ベルナールが爺になったところにインタビューする形式を、自分なら構成するだろう。ポール・セザンヌという近代絵画の父がかつて存在していた、この男の物語をインタビューワ―に語るという映像展開である。


 セザンヌとブルボン中等学校で出会ったゾラの人間関係は、リンゴから始まったのである。

 セザンヌは父親が銀行業をしている関係上金持ちである。身なりもいい。素養もある。詩が好きだった。いっぽうゾラは貧乏人の家庭に育った。身なりがみすぼらしいため、教室の同級生から虐められた。子どもは大人以上に身なりだけで人間の格差をつくる。

 ゾラは昼食にも事欠き、水を飲んで誤魔化していた。その彼に赤いリンゴをあげたのがセザンヌである。ゾラは大喜びでリンゴにむしゃぶりついた。それからゾラとセザンヌの奇妙な友情関係が末永く続くのである。

 友情には努力が必要だと言う人もいる。だが、努力して友情をつくり持続しようとすると、その努力はいつまでたっても終わらないことにいつか気がつくだろう。努力が努力を呼び、ついに相手にも努力を要求するようになる。そうなると気づまりが生じて、友情という手紙はいつか途切れてしまう。

 では、セザンヌとゾラとの関係はどうだったのだろうか。セザンヌの言葉をしまう。セザンヌの言葉を記した本は2つしかない。詩人ガスケと画家ベルナールの本しかないのである。

 ベルナールは画家であり、セザンヌ自身が警戒を解いた唯ひとりの男であることは、ベルナールの著書を読めばわかる。セザンヌはガスケを嫌っていた様子がわかる。ガスケの著書を読むと、ガスケの詩的な装飾的表現の羅列がセザンヌの実態からかけ離れていることがわかる。ガスケはセザンヌという偉大な画家を使って有名になろうとした男であることは、彼のインタビュー形式の著書を読めばすぐわかる。

 セザンヌ自身が信頼した男は、ベルナール、セザンヌの一人息子のポール、この2人だけであった。

 ゾラはセザンヌの信頼を裏切った。セザンヌの友情をゾラは裏切った。


 セザンヌを銀行業を営む父から引き離し、パリへ画家への道を勧めたのがパリで新聞記者をしていたゾラである。ゾラは職人になることをセザンヌに勧めたが、頑固なセザンヌは画家になることをあきらめなかった。新聞記者をしていたゾラはイラストを描くように勧め、セザンヌはイラストを描いたこともあった。風刺画である。それを新聞に掲載させたのはゾラであった。だが、パリに出てきてもセザンヌの家計のバックボーンは非常に大きく裕福である。いっぽう、家系の支援のないかけだしの新聞記者をしていたゾラの懐具合はいかほどか。セザンヌの金銭的援助はゾラを助けた。
ゾラの目的は、セザンヌからの支援を求めていたのであろう。

 セザンヌ自身、父親の銀行業を引き継ぐことを嫌い、経理や事務や顧客とのコミュニケーションが苦手であった。だからゾラからの勧めに父親を説得しパリへ出てきたのである。パリへきてグレールの教室に入っても、癖の強いデッサンにグレールは何か隠れているものがセザンヌのなかに存在していることを見抜いていた。セザンヌはモデルを使ってデッサンもしていたようだが、そのモデルと付き合い始める。若々しい頃のセザンヌの欲は他の青年と同じであった。

だが、セザンヌ自身は自らの絵画の方向性に悩み、けっきょく画家を断念して、ゾラの引き留めも無視し、父親のいるエクスに戻ってしまう。

 セザンヌはしばらく父親の下で働いていた。いっこうにつまらぬ銀行業の修行を続けるが、けっきょく自分には向いていないとわかった。それからやっぱり画家になると決めて、母親と妹のマリーの支援をとりつけることに成功する。彼は母親と妹の後押しで父親を説得した。そのとき、セザンヌ自身が結婚していることを父親に話した。なんでもパリで出会ったモデルと同棲しているという。

 父親は取引先関係の令嬢を考えていたのだが、これでもう銀行業を引き継ぐことができないと断念したのである。


 支援は惜しまないが、父親は息子に諦めた。


 セザンヌは意気揚々とまたパリに出て、ゾラと再会し、学校に通いつつも描くことを続けた。

 
 のちにゾラが新聞記者の傍ら書いていた小説が売れた。彼は有名小説家になり、執筆業に専念する。印税で大きな屋敷も買い、金持ちになった。また、いつのまにか付き合っていた女性と結婚していた。

 そんな祝福すべき時にあっても、セザンヌはゾラとの友情を大切にし、手紙のやりとりを続けていたそうだ。いまだに完成しない絵画をひたすら描き続けた。

 ある日、ゾラから手紙を受け取り、セザンヌはゾラの邸宅へ遊びにいった。

 セザンヌはグレール門下生の年長者で後年印象派となったグループリーダーのカミーユ・ピサロから「外で描こう」と誘われた。グレールの指示らしい。ピサロはマネやモネやルノワールらと一緒にセザンヌもつれて光あふれる自然を描きにいったのである。
 その習慣を最後まで守っていたのは、モネとセザンヌだけであった。モネは先に売れたが、セザンヌのゴツゴツした硬い風景画はいっこうに評判がよくない。それでも頑固に外で描き続けたのである。

 そうした状況をゾラは知っていた。ゾラ夫妻はセザンヌを歓待した。だが、外で描き続けるため汚い恰好のセザンヌを野獣だと陰で嫌っていたのはゾラ夫人である。夕食時、臭いセザンヌに鼻をしかめるゾラ夫人は夫を呼び出して、セザンヌの愚痴を語った。それはセザンヌに聞こえていた。女性は身なり恰好で人間の中身を判断する傾向にあるのかもしれない。早々にセザンヌはゾラ邸を立ち去った。

 ゾラ夫人がセザンヌを嫌っていたことは、ガスケの著書にも描かれている。ゾラ家もセザンヌ家も成り上がりの存在であるが、セザンヌ家は父親が銀行業を営む社会的信用のある財産家であった。だがゾラ家は新聞記者あがりの小説家の家でしかない。ゾラ夫人がセザンヌを憎むようになったのは、お互い成り上がりであっても、社会的信用性の隔絶たる格差に嫉妬していたのではなかろうか。

 いっぽう、セザンヌにも妻があった。モデルあがりだから、家計のことはいっさいわからない。家事ができない。だから、父親が買ってくれたジャドブッファンの邸宅へセザンヌの妹が実家からやってきてすべてを取り仕切った。
 やがてセザンヌの父親が病死する。銀行業は母親が畳んだ。財産はひとりむすこのセザンヌにすべて転がり込んできた。

 その母親が病死したときも、妹のマリーがそれを伝えにセザンヌのもとへ走ったが、彼は母親の葬儀のときも外で描いていた。涙を流しながら描いていたという。

 ジャドブッファンでのセザンヌの生活は誠に質素なものであった。妻とマリーはよく口喧嘩した。セザンヌは女の口喧嘩を嫌っていたから、いつも幼少の息子ポールの部屋へ行き、ポールと遊んでいた。ポールはセザンヌと同名である。いかにセザンヌが息子を愛していたかがよくわかる。
セザンヌは素直な息子に絵画だけでなく古典や詩や自然科学や哲学を教え、人生論まで語った。

 そんな折に、ゾラから一冊の本と同封の手紙がセザンヌのもとへ送られてきた。その本は新刊のゾラの短編小説であった。『制作』というタイトルである。喜んで読み始めたセザンヌは、最後まで読んだとき、大きな涙を目に浮かべていた。息子ポールは不思議そうな顔で「なんで泣いているの?」と父親に尋ねた。

 セザンヌはゆっくりと本を閉じて、返信の手紙を書き始める。それは、新刊本の出版を喜ぶ旨だけを簡潔に書いただけのものであった。

 この短編小説は、売れない画家が貧乏の末に最後は世をはかなんで自殺する内容であった。その画家の性格が、ゾラが見たセザンヌそのものだったのである。

 それ以後、ゾラからいくら手紙がやってきても、セザンヌは返信しなかった。

 この小説はおそらくゾラがその妻を喜ばせるために書いたのではなかろうか。そんなふうに自分は考えている。


 のちにセザンヌの静物画にリンゴが登場しはじめた。


 リンゴがゾラへの友情をあらわすかのように。


 こんな感じのことを映画にするなら表現するだろう。自分ならば。

 セザンヌがゾラと再会したのかはわからない。セザンヌがリンゴの油彩画をゾラに送ったのかもしれないし、そうでないかもしれない。だが脚色するならベルナールの言葉を通じて再会したことを表現するだろうね。ベルナール自身はセザンヌと一緒に過ごした時間が終わり、のちにパリへ戻った。それからセザンヌと手紙のやりとりがあったらしい。2年後、セザンヌと再会するために出立の準備をしているさなか、セザンヌが死んだことを手紙で知らされた。セザンヌは外で風景を描いている最中に雨に打たれて倒れたところ通りかかった人が助けてセザンヌ邸へ運んだ。人事不省の状態が続いたのちにそのまま息絶えたという。その内容を知ったベルナールは、「死ぬまで描いていたいという翁の言葉どおりとなった」というふうに著書を締めている。



 友情とは決して努力でつくられるものではない。偶然の出会いがつくるものである。

 ベルナール自身がそれを理解していたのかもしれないし、セザンヌ自身がゾラへの想いを代弁していたのかもしれない。


 なお、ベルナールがセザンヌに初めて出会ったときの描写はこうだ。


 30代後半の若いベルナールがセザンヌ邸を探すためにエクスの町役場へ行った。
彼はセザンヌの居所を知る人を電車のなかでも街角でも通行人に尋ねたがわからなかった。それが町役場でわかった。

以下有島氏の翻訳の古文を現代漢字に置き換えている。

 ※

 セザンヌ・ポール氏。1839年、1月19日、エクス町に生まれる。住居、ヴゥルゴン町25番。

 右の番地を尋ねていった。上のほうが画室になっている至って見付きの粗末な家の両側に呼び鈴の紐がさがっている。表札に翁の名が読まれた。

 ここだったのだ!

 ついに二十年来の宿屋が叶えられた。心して鈴を鳴らすと、ひとりでにうちから扉が開き、窓越しに日に照らされた中庭と蔦の這った壁とが見える晴れ晴れした廊下へ入った。そのすぐ前の幅広な階段を二三段昇ってゆくと、一人の老人が、大きなマントを羽織って、ずた袋の一種を肩にかけ、腰を曲げて大儀そうによたよたと降りてきたが、いきなり自分のほうに振り向いた。私は近づいて、たぶんこれが先生だろうと思いながらも、ピサロの肖像画にあまり似ていないので「あなたがポール・セザンヌ先生ですか?」と尋ねてみた。老人は一歩退いて立ち止まるや、さっと帽子を脱いで、つるりと禿げた額と将軍然たる顔をあげ「左様! なんの御用で!」と答えられた。


 で、自分は訪問の目的、永年氏に対する尊敬、親しい面会の希望、しかもその機会の今日までなかったこと、またカイロから今帰国したことなどを話した。

 翁はこれらがことごとく意外千万という顔つきで、「うん、それで君も絵描き仲間か?」と訊かれる。翁の年齢と、その画業に対し、はいとはすぐ返事できなかった。
 「そうだろう。君も画家だろうがな。それならやはり仲間だ。」はっきりした物言いでありながらたいへん優しい響きがこもっていた。

 ※

 改訳「回想のセザンヌ」
エミール・ベルナール著 有島生馬訳 岩波書店
2000年2月21日 第5刷

P15〜P16抜粋 

 
 




■橋本治死去

 ひらがな日本美術史を読んだとき、このオヤジは面白い視点で突っ込んでくるなあと思った。

 彼は日本美術史家なのだろうか。


 よくわからないオヤジだと思った。

 わからないからこそ彼はいろいろと自分なりに調べて自分なりの結論を出してゆくのであるが、あの眉毛と目と笑顔のなかには、真実を追い求める純粋な少年の心が宿っているようにしか思えない。

 井の中の蛙大海を知らず。

 しかし待て待て。

 それで充分なのではないのだろうかとも思えるのである。

 なぜかというと、生涯美術一本で生きることができることはとても特別なことである。モラビトの言葉。「贅沢が特別なのではありません。特別なことが贅沢なのです

 井戸という特別なところに居続けることができることは、本当に珍しいことなのかもしれない。

 橋本氏は常に大海の魚の立場でいろんな井戸のなかに首を突っ込んで、底に棲む蛙たちを調べていこうとしたのではないのだろうか。

 少年が井戸をのぞき込むように。そこに棲んでいるそれぞれの時代の美術家たちの視点を自分なりの解釈で世間という大海の魚たち(大衆)に見せようとしたちょっと変わった魚なのだろう。


 長渕剛の名曲のひとつに「しあわあせになろうよ」がある。

 そこに「ずぶぬれの僕は魚になりあの島へ泳いでいった」というフレーズがある。

 この歌詞はいきなり魚という言葉が出てきてそれを人間ドラマに置き換えている。そこが唐突であり歌詞は感性で作られるものだということがわかる。人生という大海には多くの種類の魚がおり、さまざまな魚と出会いつつも、ひとつの島にたどりつく。そこが2つの魚が初めに出会った場所ということになるのだろう。


 実は、魚は自ら大海に棲んでいると理解しているわけではない。大海がどこまで大きいのかを知らず、海すらも知らないのが魚であって、魚自体は魚の体格の都合上、海のなかで棲むという必然性のなかにあるだけだ。その必然性にも気がつかないでいるのも魚である。

 大海に棲む我々という魚は、自ら大海に棲んでいることに気がつかないでいる。

 
 そのなかでも変わった魚がいて、自ら大海に棲んでいるということに気がついているのが橋本治なんだろうと思うのである。

 ひらがな日本美術史を読むと実に笑える。確かにそうかもしれないね、という具合に、橋本氏の指摘の面白さがそれぞれの時代の日本美術を血だるまにあげ叩きに叩いているのだ。

 橋本氏が美術を好んでいるのかも自分はわからない。

 美術が好きだから橋本氏は美術に関する本を数多く書いたのではないということが、ひらがな日本美術史を読むとわかる。

 だいたいは、人間好きなことをしているのを見るのは実に面白くないのである。

 好きなことってのは、どこか盲目になっていて、その好きを客観的に説明することができないもんだから、けっきょくいろいろと誤魔化しながら、好きなことをしているのである。

 そういうふうに自分は思っているから、橋本氏が井戸をのぞき込むようにいろいろと日本美術史を調べてゆく姿はとても尊敬に値するのである。


 その彼が70歳で亡くなったというのは、だれかこういう考え方や物の見方を引き継ぐ人はいないのかなと思うと、実に悲しく思えるのだ。


 大衆という魚こそが一般であって、井戸の中の蛙こそが特別であり、魚がいちいち蛙をひっつかまえて、おまえは世間知らずだと糾弾することのほうがおかしい。

 蛙のすごいところは、それ一筋で生きることができるからである。

 この視点が橋本氏には抜けている。彼はあくまで大海のなかの変わった魚でしかない。

 ここが大きな欠点だ。


 だが彼なりの素人目が頓珍漢な理解をものともせずにそのまま執筆に突き進んでいることは、美術に詳しくない人にでも、多少の美術への関心を深める効果があるのではないのかなと思う。

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