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■大村益次郎
西郷吉之助(隆盛)が新政府を大久保一蔵(利通)とともに江戸に立ち上げたときは、まだ警察というものがなかった。もちろん、奉行所は存在しない。江戸幕府がなくなったときに奉行所も閉鎖されたからである。
その西郷を悩ませた存在が彰義隊であった。
彰義隊は京都で活躍した新選組に影響を受けて江戸幕府の再興を旗印に江戸城下の街に跋扈した火付け盗賊集団であり、その集団は統制されており、街の平和を乱し混乱に陥れることで間接的に新政府樹立の反対を大義名分としていたのである。その数は1000名にのぼった。
彰義隊の活動は忍者の如く集団化されて出現してはさまざまな問題を引き起こし街の中へ消えてゆく。
これを捕縛することは新政府軍の軍事力(大砲・銃器)をもってしても不可能であった。仮に彰義隊のメンバーを捕縛しても、ボスの居場所やグループの活動計画を知ることはできない。口を割らないからだ。またそれを可能とする権限の法令も存在しなかった。新政府に警察が生まれるのは大久保を筆頭に閣僚たちが西洋に渡り西洋の法制度を学ぶ必要があったのだが(川地がフランスから警察制度を学ぶ)、その時期が到来する前の時である。
新政府の基幹となる法制度の整備がまったくなされていない状態のときに彰義隊は江戸の町に突如として現れ、混乱に陥れたのである。
西郷は新政府軍を総括し彼の言葉ひとつで全員の動静進退を決定することができる。その力をもってしても、彰義隊というネズミが齧った後の物を見つけるばかりであり、肝心のネズミの姿を探し出すことができなかった。
そこで彰義隊という煩い蠅どもをなんとか一網打尽し一刻も早く江戸の町を安静化し新しい政体へのスムーズな移行を目指すには、西郷よりも軍略に長けた軍師を求める必要性が西郷自身をして大村益次郎との出会いに結びつけたのである。大村は幕府講武所にて蘭語と兵学を教えていた。西洋の兵学は大砲の設置による軍略である。それをいかに活用するか。彰義隊を一挙に殲滅せしめるために大村がとった策は、わずか2時間足らずのあいだに1000名ほどの忍者部隊を殲滅させたのである。
西郷に呼ばれた大村はさっそく西郷に江戸の町の地図を求めた。精密に描かれた巨大な地図を眺めながら、大村はさまざまな化学的計算を交え新政府軍の配置と進退の行動計画を策定し、街に散在しながら潜伏しているネズミどもを誘導し、彼らが我知らずいつのまにか上野公演に頓集するように仕向けて、そこにすでに設置しているアームストロング砲の餌食となるように徹底された計算という準備をしたのである。
この準備が大村の罠である。この罠が軍略であった。
大村は自ら仕掛けた江戸の町を包み込む壮大な罠の計画の詳細を西郷に伝えることはしなかった。
ただ、西郷にひとこと「2時間で彼らを上野に集めて一挙に大砲で粉砕してみせましょう」と淡々と述べただけであった。
西郷は驚いたが、大村を信じ、彼に政府軍の進退の全権を与えた。
そして計画通りに2時間でちょうどに彰義隊はこの世から消えた。
このときは刑法もない。捕まえて処罰することができない。だから殲滅するほかなかったのである。
「やればできる。 やらねばできない」というのは誠の言葉であり、不可能かどうかをここでは言及しない。
もう少し具体的に説明すると、
準備が出来て居れば、できるし、準備ができていなければできないと言うことができる。
大村は完璧な準備を整えて作戦に臨み、成果をあげた。
むしろ成果が大事なのではなく、実行からひとつの成果が出るまでに策定された準備過程の消化推移の観察にある。
大村は作戦を開始するのと同時に、懐中時計を見て、時計の針の進捗度合いに従って、兵の動向を指図し続けたという。
2時間で作戦を完了するために、数分単位で各所に配置している新政府軍の各部隊という将棋の駒を移動させ、散在している彰義隊のメンバーをおびきだし、上野の山へ向かうように追いたてた。
淡々と設計された計画どおりに駒が動いたことで、彼らは大村の計画どおりに地上から消滅させられたのである。
大村は現状分析を重視し、江戸に残された財力と動員可能な兵力とならば、彰義隊を倒すことが可能であると考えたのである。
孫氏の兵法においても「我を知り、敵を知れば百戦危うからず(全勝)。我を知り、敵を知らざれば半々(時の運)。我を知らず、敵を知らざれば全敗。」という言葉がある。
我を知りというのは準備である。敵を知るというのもまた準備である。2つの準備をすれば「やればできる」ことであって、できないことはない。
大村はそれを知っていたのであろう。
ただ、大村が西郷に呼び出されたときは、すでに江戸の講武所が閉鎖され地元の山口に戻っていたときである。大村自身、新政府には興味がなく、西郷にも面識がなく、もちろん西郷から伝えられた彰義隊の存在も、西郷に出会ってはじめて知ったのである。
かような大村の彰義隊への認識はゼロの状態から、どのようにして彰義隊の敵の性質を知ることができたのであろうか。西郷の口頭による彰義隊の説明から、彰義隊の性格を知らざれば、戦略を立てることはできないように思われる。
だが、大村は彰義隊の性格をそこらの火付盗賊人ではなく統制のとれた軍隊と捉えた。
相手が軍隊ならば、大村の兵法が活用できる。
軍隊には棟梁がいる。その棟梁の行動はさまざまな結果が街に痕跡として残っている。それは西郷から情報を得ることができる。そこから棟梁の行動心理を読み、行動方針を分析して、彰義隊の進退を大村側から決定することができるのではないのかと考えたのだろう。
行動真理が読めれば先手を打つことができる。先手をうつ準備もできている。
そこで先手を打っておびき出すのである。
■流動負債と固定負債
固定負債を極力減らし流動負債に特化することで時代に応じた支出の増減を図ってゆくこと。
これが経営の健全化であり、経営の盤石化・永続化を図る手法である。
ここに気づかない人は、まあどうなるか、解り切っていることだが、これを自縄自縛という。
広告宣伝は固定負債である。収益をあげるためには売上をあげる必要がある。そこと広告宣伝をリンクさせてしまうと、収益をあげるためにいつのまにか固定負債を増やすこととなってしまうのである。売上をあげるためには、広告宣伝費をさらに計上しなければならなくなってしまう。損益計算書を見ることができる人は固定負債の重しが事業形態のなかでどれほどの比率になっているかを当然みる。広告宣伝は紐付きであり、長々と支出が続いてゆく。
かつて「スリムドカン」というCMがあった。短期間に集中してCMを出し、視聴者に強烈なインパクトを与えて消えた伝説をもつ広告宣伝である。その一時期以降、この商品のCMはいっさい出ていないが、覚えている人は今も多い。広告宣伝が紐付きであること、ダラダラと経費をかけ続けなければならないことを熟知している経営者の手腕である。
経営は無駄を省くことがとても大切である。
ここに気がついているのといないのとでは大きな相違がある。 |
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