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土曜は淀の河津桜を見物し、日曜は大阪フィルハーモニー管弦楽団による弦楽演奏を観賞した。
むこうに桜の花が見えている。
新聞にも掲載されるほどの素晴らしい景観らしいが、ここは住宅地。
桜の木がだんだん近づいてくる。どうやら水路際に並んでいるらしい。
なるほど、これが淀の河津桜か。
初めてみたが、壮観ですね。
河津桜はソメイヨシノよりも2週間ほど早く開花しけっこう長く咲いているらしい。
桜のなかでは最も早く開花する桜なのだろうか。他に元旦桜というものもあるらしいが。これは1月に咲く桜。
河津桜はカワツサクラとは呼ばずにカワヅザクラと濁る呼び方となる。静岡県の河津町にて1950年代に発見された新種らしい。
一足早い春の探訪のためか、撮影しに来ている人は多かった。
なお、淀には城跡がある。
これが淀城跡。天守などの建物はなく土台の石垣しか残っていない。
実は、淀城は2つある。
この淀城跡地は、江戸時代の譜代大名たちの居城。最後は稲葉氏。
もうひとつが、秀吉の側室茶々が住んだとされるお城。秀吉が茶々の子育てをするお城として築城した。これも淀城だったが、完全に破壊されている。跡形もなく残っていない。
家康は秀吉の側室茶々を嫌っていた。のちの淀君となる女性であるが、茶々自身も家康を嫌っていたらしい。それはなぜでしょうか。
それから家康は秀吉の正室であるネネを厚遇している。
茶々の痕跡を地上からすべて抹消せしめ、ネネの痕跡を代々残してゆくのが家康であった。ネネは秀吉亡き後出家し高台院と名乗り、家康がこしらえた高台寺に住むことになったが、茶々には秀吉の息子がいた。秀吉の息子が天下を承継することとなれば、家康の時代は絶対にこないのである。だから茶々を嫌った。いっぽうネネには秀吉との間に子どもがいない。だから家康はネネを厚遇したのである。ネネは秀吉と若い頃から苦労を共にしており、秀吉の性格を知り尽くしている。その性格を知ることも家康が上手に秀吉との間を取り持つために必要なことであった。一方、ネネのほうも家康の懇意に思い、世辞抜きでいろいろな相談を秀吉の居ないときにしていたらしい。まさか後に家康が天下を取るとは思いも寄らなかったのかもしれないが、茶々と秀吉との間に出来た息子が憎いあまりに、いっそのこと家康に天下を譲ろうという意識が心のなかで働いていたのかもしれない。
それにしても家康恐るべし。
子どもさえいなければ、天下をとることができる。
鳴くまで待とうホトトギス。
ま、こんなネタはみなさんが知っていることだから深く書くこともないでしょう。
えー、この記事の画像には淀君が住んでいた淀城跡は写っていない。
淀君が住んでいた淀城跡地は、稲葉氏の淀城から500mほど離れた場所にあるらしいが、何も残っておらず、小さな石碑がポツンと街中にあるようだ。
ま、これは余談。
上記の淀城跡地のそばには小さな神社がある。これが與杼(よど)神社。稲葉氏を祀る。
こちらが淀城と神社の由来について書かれている掲示板。
さて次は、1月にチケットを購入していたクラシック音楽の鑑賞。
自分は8歳の頃から13歳までピアノを習っていた。
もうちょっと早く習っておけば良かったかと思うが、気づくのが遅かったのかもしれないね。妹は6歳の頃から習い始め、某4年生音大まで行った。今も演奏会をしている。
ピアノの場合もそうだが、指の骨格が固まる前までに始めたほうがいい。大人になってからピアノを始めて習う人はピアノの指をしていない。ピアノの指とは動きである。なめらかな動きは骨格が固まる前までに完成させておくべき。大人はもう硬いから、大人になってからの指の動きと、できれば小学生から始めたときの指の動きはぜんぜん違う。ピアノには鍵盤と音階と音感がセットになって習得できるため、大人になっても初めて弾くことはできるが、指の動きは小さいときに作っておかないといけない。
また絶対音感というものは3歳から初めておいたほうがよろしい。身に着く。
できればヴァイオリンから始めることである。ユーチューブに以下の幼児教室があったから載せておく。とても良い教室である。3歳からヴァイオリンを習い始めると、一生それで食っていけるほどの力がつく。
自分はスズキメソッド(鈴木慎一)をピアノで習っていたが、鈴木メソッドはヴァイオリンから入ることがおススメである。ヴァイオリンの絶対音感はピアノでも有効であり、ピアノが楽になるだろう。
世界4大メソッドのひとつスズキメソッドの創始者鈴木慎一の演奏 ヴァイオリンだけでなくクラッシック音楽に使用される弦楽器には、あれがない。
フレットがない。
これ大事なんです。
フレットがないことが音感を身に着けるための最も大切な視点なんですね。
ギター類にはすべてフレットがある。だから大人になってからも身に着けることができる。
だが、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、こうした弦楽器にはフレットがない。
フレットがあると、そこを押せばだれでも同じ音階の音が出てしまう。
ピアノでいえば、ドレミファソラシドの音感とキーの位置が視覚的に理解できてしまう。
いっぽうフレットがないと、音階を知る手立てがない。だから、指で押さえながら音感と音階を鍛えてゆくしかないのである。
これはたいへん難しいところだから、小さな頃から始めたほうがいい。
こちらは世界的なチェリスト ヨーヨーマが演奏するバッハのプレリュード。
左手の動きをごらんなさい。左手の指の位置の把握はとても難しい。ギターのようにフレットがないためであり、フレットを示しているギターの楽譜ではないから、感覚を身につけねばならないからである。
幼少時に身に着けた感覚は一生ものだから、それを大切にすることはとても重要なことだ。
こちらは押尾コータロー氏のアコギ演奏。
ギターにはフレットがビッシリ張り付いているでしょ。これが音階を知る手立てである。
クラシック音楽に使用される弦楽器を習いたい人は多いのかもしれないが、大人になってからでは、
ちょっとかなり難しいと思われる。
というか不可能かもね。
耳が出来ていないとね。
こういう音楽と耳との関係の基本はさておき、
大阪歯科大に行ってきた。
ちなみに大阪歯科大は私立。最低6年間(留年もある)で3000万円弱の学費がかかる。
国立なら6年で350万円だから10倍の開きがある。
大阪歯科大は高いほうかもしれないが、だいたいの私立歯科大では2500万円から3000万円の学費はお覚悟を。
歯医者は設備に金がかかる。とにかく金がかかるのが歯医者だと思っておけばいい。
自分は定期的に歯の健康診断を受けている。国立の神戸大歯学部卒の医師のもとで。腕がいい。とても笑。偏差値はこちらのほうがはるかに高いのだが、学費は安い。国立はいいねえ笑。
歯もとても大事。
なぜクラッシック演奏会を歯科大でするのか疑問におもったが、枚方市長の紹介で説明されていた。 昨年の大阪北部地震にて枚方市の市民ホールが壊れてしまったらしい。あらま。そこで大阪歯科大の学長さんが最寄の樟葉学舎にて実施されてはどうかという好意を受けた。そこで市長経由にて大阪歯科大に決まったというわけか。
今回演奏される交響楽団は大阪フィルハーモニー交響楽団。
14時30分すぎに中に入る。
チケットは即完売だったらしい。非常に人気のある演奏会ということか。
講堂は2階席と1階席があった。すべて全席指定。びっしりと観客が詰めていた。
演目は以下のとおり。
モーツアルト尽くし。他にグリーグがあった。
モーツアルトが一番初めに作曲した交響曲第1番と最後に作曲した41番を聴かせてもらえるなんて、なんて幸せなんだろうと思う。
交響曲第1番はモーツアルトがわずか8歳のときに作曲した。
最後の交響曲41番は、32歳のときに作曲している。その3年後にモーツアルトは亡くなった。もっと長生きしておれば連番で作曲していたのかもしれないが、41番はモーツアルトの交響曲のなかで最高傑作と言われている。指揮者が説明していた。41番はジュピターという通称が与えられている。
今回大阪フィルハーモニー管弦楽団(今回は弦楽の比重が多い。管にはファゴットがあった)を指揮する男性指揮者は角田氏。グリーグ、モーツアルト楽曲の演奏と指揮はとても素晴らしいものであったが、ちょっとはしょってなかったのかな。笑。
それから2本のオマケはよかった。
平和を意味するバッハのG線上のアリアとしめの弦楽器によるピチカートは観客を喜ばせてくれた。
とくにピチカート(弓を置いて指だけで楽器を鳴らす)にてコントラバスの3人がクルリとコントラバスをタイミングよく回転させるところは、もしかするとのだめカンタービレのときにも使っていなかったのかな?笑。 弦楽者たち総勢の右手のピチカートは豪勢ですね。ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス。贅沢ですねえ。さすが大阪フィル。
あれは角田氏の指示だったのかな?笑。演奏者たちも笑いながら演奏していましたね。これがとてもよかった。観客もさぞ満足したことでしょう。
指揮の面白みはどこにあるのか。
実は、指揮によってすべての演奏スタイルが決まってしまう。同じモーツアルトの41番でも指揮者によって演奏の味付けが異なる。
もし指揮者がいなければ、楽譜通りの演奏となり、味気のない平板な演奏と化してしまう。
かつての室内楽ではコンサートマスター(指揮者の左横にいる首席ヴァイオリニスト)が本来は指揮者の代役であったが、作曲者がどんどん楽器を追加してゆくと、コンサートマスターだけでは指揮がとれない状態になった。マスターから遠くにいる演奏者にはマスターの指揮が見えないという問題があった。
そこで指揮者という役割が登場し、演奏者すべてに見えるように指揮をふることで、いかに多くの楽器が増えても問題なく演奏が滞りなく進行することができることとなったのである。
指揮者の両手の動きを観察すると実に興味深いことがわかる。
右手はリズムをとる。指揮棒はこちらに持つが、指揮棒がなくてもよい。今回の指揮者は空手であった。
要は指揮者の右手の動きが演奏者全員に見えればいい。
次に左手。
これが指揮者による味付けとなる。指揮者の左手の動きにより、楽曲演奏の個性が出る。
右手は左手の補完をすることもある。
たとえば、ピアニッシモをもっと小さく表現したいときは左手で口を押えシーっと黙る様子に見せたり、それから展開を早くしたいときは左手をすばやく回転させたり、ヴァイオリンなどの各パートの進捗度合いを次々に指令を出してタイミングを決めたり、情緒的に緩やかに、ときには激しく強くといった具合に、楽譜の指定以上の個性を指揮者が決めることができるのである。
たとえばベートーベンの運命交響曲を楽譜どおりに演奏すると、少しもダイナミックな演奏にはならない。
それをこしらえるのが指揮者の役割だ。まさに運命を感じさせるかのごとく、稲妻の強い光をあてるかのように激しく指揮すれば、あのダイナミックなオープニングが作られるのである。
当演奏会だけでなく日本国中のすべての演奏会の撮影は禁止。動画撮影のみならず写真撮影も禁止。
だから自分が指摘している左手の動きをビジュアル的に理解するには、他の映像を引用して紹介するほかない。
今回は故カラヤンの運命交響曲の映像を見つけた。
左手の動きを注意深くみてほしい。カラヤンの個性がこれだ。
なお、ベートーベン自身が自ら作曲した運命交響曲を自ら指揮したこともあるらしい。
だが、彼は耳が聞こえない状態で作曲したこの名曲の指揮を、演奏者自体が理解できなかったようだ。むちゃくちゃに指揮をするため、演奏者たちが混乱するためである。
だから、ベートーベンの指揮のそばにもうひとりの指揮者がいて、演奏者たちはその指揮者の指揮を見て演奏したそうだ笑。
笑いごとのように思えるが、指揮もまた適当に振っているわけではなくて、耳が良いことを条件に、かつすべてのパートの音符を暗記(これを暗譜という)していることも条件に、個性を出してゆかねばならない。
指揮者用の楽譜を見たことがある。
めまいがするほどの楽譜だ。
楽器の数が増えるほどに楽譜は複雑化し、各パートの演奏される音符や記号類をすべて記憶しておかねばならない。
指揮者は譜面を見ながら指揮をしているわけではなくて、記憶されているすべてのパートの音符を脳内に描きながら、同時進行する音階の複雑な流れを的確にリードしてゆかねばならない。だから指揮者の仕事の大部分は譜面読みと構成づくりにある。
膨大な量の音符の記憶、これができないと指揮者にはなれない。
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河津桜は最近ではあちこちにありますね。。。2月から今時期まで咲いていて花見の期間が長いから重宝されているんでしようね。うちのほうでは今時期は玉縄桜が見頃が終わったけれど咲いてますね。しかしノベルさんは演奏会とか色々なところに行かれますね。。。
[ 藤中 ]
2019/3/11(月) 午前 8:53
藤中さん、そうらしいですね。自分が気がつかなかっただけかもしれませんが笑。 春の本格的な桜盛りと梅の花をつなぐ桜なのかもしれません。ソメイヨシノよりも濃い色をしていますね。桜にもいろいろな種類がありますね〜。
クラッシックの演奏会を観賞するのは好きです。時間見つけて鑑賞できるようにしたいですね。やはり生演奏が一番かもしれません。
2019/3/11(月) 午後 11:47