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侍達の夜明 のべるわんでいのお部屋
地道にコツコツと 先天下之憂而憂、後天下之楽而楽

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人生を渡る橋


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 人生の軌道はすべてにおけるバランス感覚である。


 剣道における竹刀の構え方であれば、上段でも下段でも八双でもない構え方、中段の構えである。中段の構えとは水の構えという。水を斬るように攻守が自在であること。この自在性がバランス感覚である。自分は学生時代において2段どまりだが基本は習熟している。大学では剣道をしなかった。だから剣道2段。剣道2段がちょうどいい。それ以上は趣味の世界だ。


 もうひとつ具体的な例をあげよう。たとえば、1本の長さ10m幅30cmの平板を芝生の上に置いてそこを歩くことは難しくない。よほど平衡感覚が崩れた人でない限り、渡ることができる。


 だが、これがエベレストのクレバスに架かった板ならば、果たして渡る気持にすらならない。自分は少なくとも決して渡りたいとは思わない。おまけに風があるところだ。渡れると思う勇ましい人がいるならば是非とも連絡を頂きたい。この記事にコメントを頂きたいのである。その場合は、コメントを頂いた方に登山家かどうかを自分は尋ねる。クレバスに実際にこの板を架けて渡る意欲を持っている者、実際にその計画を立てているのか、も尋ねる。もし渡った経験があるならば、その経験を教えてもらおう。


 自分は想像で10mの板の事例をあげたまでである。その想像をしたとしても、自分はできないと思ったまでだ。ただし条件がある。1本だけではね。無理だ。


 人間の両目は縦についているわけではない。地面に平行に横に並んでいる。


 だから平行がある存在を見ると安心できると思い込むのである。だが、想像のクレバスに渡した橋を想像してもそこに安心はあるのか。


 実は、橋以外のところの想像する部分が、人間が生来持つ不安の部分である。何人もそれは変わらないものである。視界に安心がどこまでひろがっているか。どこが不安か。ホモサピエンスがジャングルの密林から無防備に平地に出てきたとき、そこにはホモサピエンスよりも体が大きく強いクロマニョン人やネアンデアタール人は絶滅していた。彼らはさらに強い動物と闘い、共倒れになったのである。ホモサピエンスはとても弱い人間であるから、草原に出てきたときに安心を得た。


 ホモサピエンスの場合は偶発的な幸運である。だが、ホモサピエンスである現代人はすべて準備をしてゆかねばならない。銃の発明によりホモサピエンスより強い動物はいなくなったためである。だが銃はあくまで猛獣から防備のために使用されるものであって、それ以外に用いてはならない。戦争はそれをしてしまっているが、これは銃の恐ろしさを知らないからだ。道具の使い方を決して誤ってはならず。政治家はそれを扇動してはならず。
 
 ともかく個々人の話に戻そう。

 想像をより明確にして、それに対するすべての準備を整えれば、橋を渡ることはできる。

 人生はすべて準備と段取りである。


 1本長さ10m幅30cmの平板だけでは、非常に危険である。いっそのこと両目をつぶれば、クレバスを渡るという恐怖心が消えるのかもしれないが、もうすでにクレバスを渡るという行動意識があるため、両目をつぶってもその恐怖心を消し去ることは不可能である。


 この行動意識が不安を作るわけだから、その行動意識を安心させるための準備をすればよいわけだ。たとえば、1本だけではなく10本並べて渡したらどうかな?渡る橋の面積の幅は30cmから3mになる。3mにした時点でクレバスの深い穴に対する視界は10分の1に減ることになる。視界が遮られることで行動意識には安心感が増えるのである。例外なく確実に。


 10本用意すれば、クレバスを渡ることはできる。おそらくこれは誰でも容易に恐怖心をもつことなく渡ることはできるだろう。


 かように人生とはすべて準備と段取りであるというのはこの意味だ。


 そして、危険を安心にするために人間の歴史は積層されている。


 わざわざ危険にさらすバカ者もいるが、そういうのは諸悪の根源であるから、意識改革をさせて事理の正しい方向性を指し示してやらねばならない。


 それはともかく、肝心なことは何らかの想定をしたときに(想定自体は無限に可能である)その危険性をしっかりと考えて準備段取りが大切であるということだ。


 これは小説や劇や映画などの創作メディアではなく、現実の実践である。現実の実践をする場合に必要なすべての準備段取りである。創作メディアには提供者がこれを行うが、それを受け身で捉えて品評するだけの者たちには何ら行う必要がない。準備段取りは、受信者側にはいっさい必要がないのである。だから受信者だけが何の準備もなく人生を徒過してゆく。


 橋を渡るのは実践者であって、受信者はそれを遠くから眺めるだけだ。それすら知らない場合もあるだろう。


 敵を知り己を知れば百戦百勝危うからず。孫氏の兵法のひとつである。


 だがこれを超える考え方がベスト。敵と戦わずして敵に勝つということである。人間は決して無敵ではない。


 豊臣秀吉は見掛け倒しの軍勢を率いて、各地の古豪を圧伏させ闘わずして有利な協定を結んだ。古豪は地方の貴族であり歴史がある。だが秀吉の家系は粗末な歴史しかない。だから、金に物を言わせて時代劇のアルバイターを数多く雇い、見掛け倒しの軍勢をつくった。10万人クラスの軍勢を地方に送り込み、扇子ひらひらと笑顔で秀吉は各地の支配者に謁見するのである。こうして闘わずして全国制覇を成し遂げた。闘うことがすべてではない。孫氏の兵法は敵を圧伏させる力をもつが味方の損失もまた計量にかけられてしまう。損失なく支配下に入れる秀吉の戦略は現代においても大いに役立つだろう。


 これもまた準備と段取り。秀吉は準備と段取りを最も重視したのだ。危ない橋を安全に渡るために。


 実践するのは当たり前であるが、その実践の準備段取りをすること自体は当たり前ではない。周到な準備が難しいことである。


 だからそこが大事。


 人間の1つの行動を10等分するとしたら、準備・段取りが9、実践が1である。


 各国人の特色としていろいろな見方があるけれども、自分はこう考える。


 スペイン人は走りながら考える。 闘牛の国だからね。牛追い祭りの牛だ。

 
 フランス人は走ったあとに考える。 フランス革命の国だからね。人権が生まれた。


 イギリス人は走る前に考える。 資源のない国である。EC離脱のことで揉めているが。


 イタリア人は走るだけだ。 勝つことを目標にしているから。何も考えていない。フェラーリ。ランボルギーニ。その他いろいろある。


 中国人は日本の真似をしている。日本の行く末を見ながら行動する。爆買いは終わったようだが。


 そして日本人は、


 各国に対して後だしジャンケンをする。


 これなら確実に勝てるよね。

 データはとても大事である。

 
 




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