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いよいよ梅雨本番である。沖縄は昨日梅雨があけたそうだが、それ以外はすべてこれからだ。
56年ぶりだったっけ。こんなに遅い梅雨は。
これから1か月、たっぷり梅雨を味わうことになる。。
要は7月いっぱいは梅雨。
マイ畑の様子を見に行き野菜を収穫した。水浸しだ。
これは長靴でないと駄目。
ナスビもすくすくと。
ミニトマトは赤や黄を収穫する。
花オクラも順調に生長している。
こちらが本日収穫した野菜。
ちょっと遅くなったが城南宮付近にある京都パルスプラザにて「京都アンティークフェア」に行ってきた。
ついたら3時を回っている。
もう片付けが始まっていた。
もうちょっと早くくればよかったね。30日が最終日。
全国から集まってくる業者さんらは、5時までにここを退去しなきゃいけないのだろう。だから早めに仕舞い始めているのか。
次に城南宮へ行く。
今日は日本各所の神社で夏越の大祓(なごしのおおはらえ)がとりおこなわれているようだ。今回は城南宮に来た。大祓では人形(ひとがた)を用いて川に流す。ここで人形流しは前にしたから今回は載せない。これもまた風流なり笑。大祓でも人形流しをしていたようだ。
↑本殿前。これが城南宮の茅の輪くぐり。
心身を清めて災厄を祓い無病息災を願う。
京都では6月30日の大祓の時期、和菓子「水無月」を食べる習慣があるそうだ。
さっそく生わらび餅で有名な京嵯峨野竹露餡の店で「水無月」を買った。
和菓子は四季折々の風流をイメージしたものもある。6月に食べる和菓子は「水無月」というわけ。
ではなぜ6月を水無月というのだろうか。
まさに梅雨の季節だから、水だらけの月ではないのか。
実は、これが正解。
そう、水の月だから水無月という。
正確に書くと「水(み)な月」。
「な」は「が」や「の」と同様の連体助詞(名詞を修飾する助詞)。
助詞にはいろいろあってややこしいのであるが、「な」は古い使い方である。
本来の連体助詞は、たとえば
「私」+「の」+「物」といったときに使う「の」や、
「我」+「が」+「命」といったときに使う「が」をイメージするとわかりやすいだろう。
水は「速水(はやみ)」という具合に「みず」と呼ぶ場合のみならず単に「み」と呼ぶ場合もあり、さらに「すい」とも呼ぶ。後者は音読み。前者2つは訓読みだ。
日本語は音文化から発展している。そもそも日本語のみならず言語は音から始まるので、文字表記は表現される音をどのようにあてはめるかでしかない。たとえば英語の子音が日本人にとって聞き取りづらいのは、その理由である。耳です。
音読みは仏教とともに日本にやってきた漢字の読み方を貴族たちが勝手に思いついて読んでいるだけのことであって、本来の日本語はすべて訓読みの音。
ところが、連体助詞「な」は現代においてほとんど使われていない。
みなづき(水無月)。
かんなづき(神無月)。
この2つは、水の月と神の月を意味している。
水の月というのは梅雨の時期を指し、水が多い月という意味。
神の月というのは豊作の時期。自然信仰の日本では秋の収穫の時期に神が現れると考えてよいのである。
だから、漢字のあてはめが混乱を招来してしまうのである。
仏教用語では「南無」を「なむ」と呼び、梵語のnamasからきているようだ。たとえば「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏に帰依しますという意味であって、「namas」は帰依という意味だ。だから「南」が「無い」という意味ではない。自分は南が無いとは何のこっちゃかさっぱりわからなかった。そこで調べると、漢字の当てはめにすぎないということがわかったのである。
漢字を無理やりあてはめてしまうから、意味主義の人間たちを混乱させてしまうのである。
こうして音文化の人間社会の時代の名残が今に残っているのだが、漢字の音訓読みの区別から意味主義にならざるをえなかった現代人は、「水無月」を水のない月と誤解してしまうのも無理のないことである。
「な」を「無」という漢字であてはめたから、混乱した。ちなみに「無」は「ない」という意味以外にない。
ともかく、水無月は水の月ということであり、梅雨の季節を意味している。
それが今年56年ぶりに1か月ずれているのであるから驚いた。
これから1か月長雨が続くのだろう。
さっそく収穫した野菜のうちミニトマトを使ってパスタをつくる。
これもまた畑でとれたバジルをざく切りにして混ぜる。
そこに市販のミートソースをくわえる。
フェットチーネと普通のパスタを混ぜてオリーブ油で炒め黒コショウをかける。
できあがり。これまたおいしいんだわ。
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水無月はなるほど、です。。。神無月はてっきり神様が出雲大社に集まるから、島根以外の土地は神無月だと思っていました。日本全体を観ると、神様はいなくなっていないですもんね。パスタ、美味しそう。相変わらず器用ですね〜
[ 藤中 ]
2019/7/1(月) 午前 11:53
藤中さん、旧暦では和風月名と呼ばれ水無月とか神無月とかいう月名で読んでいたそうです。神無月は一般的にそう思われいますし、自分もそう思っていたときもありました。出雲大社は神話レベルの古い創建のようですね笑。すごい神社です。その話も創作でしょうね。アニメ日本昔話もそんな風に捉えていたと思います。
和風月名は人間の生活の気温の変化や環境の変化を見事に表現している素晴らしい名前だと思います。たとえば、如月はさらに寒くなるので重ね着をするという発想から生まれたという説もあります。「着更着(きさらぎ)」笑。
2019/7/1(月) 午後 11:58