|
全国各地で七夕祭が実施されている。
白峰神宮へ行ってきた。
この神宮は、保元の乱にて悲運の最期を遂げられた75代目の崇徳天皇の御霊を慰めかつ未曾有の国難加護祈願をするために121代目の孝明天皇がそれを祀ろうとしたが、それが叶わずに崩御された。その遺志を継いだ122代目の明治天皇が、宮地を和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の邸宅地跡に求められ、慶応4年(明治元年)9月6日、社殿を現在地に新造したとのこと。
当神宮には「まり」の守護神として「精大明神」が祀られている。「精大明神」は蹴鞠・和歌の宗家である公卿・飛鳥井家が代々守護神として邸内にお祀りしてきたもので、蹴鞠神事の奉納は当神宮がその祭祀を受け継いでいるところを端緒としているようだ。どこの神事も由緒あるが、ここも同様だね。
今では、「まりの神様」として日本サッカー協会をはじめ各種スポーツにおいて使用された公式球が奉納されている。
ただ、サッカーの歴史を紐解くと蹴鞠の歴史に至るという話ではない。誤った認識を持つ人はあまりいないと思うが、サッカーは中世に行われていたイギリスのフットボールを起源とする。現代のサッカーは1863年にロンドンで設立されたフットボール・アソシエーション (The FA) にその起源を持つ。FAは試合の様々な要素を標準化するための基礎を作った。
現代球技の起源はすべて海外からきたものである。また現代スポーツの起源もほぼすべて海外からきたものである。
本来、日本のスポーツとして現代まで継承されているのは、ご存じ「相撲」。球技というスポーツへの意識は明治期に日本に入ってきたものである。
そもそも世界の球技の歴史を紐解くと面白い。蹴鞠とサッカーについて簡単に。
鞠の起源は中国。紀元前300年以上前にまで遡り、斉の国において既にあった。
軍事訓練に使用されたようだ。日本には仏教とともに伝わったらしい。中国ではすでに宮中の遊びとして利用されたきた蹴鞠を日本において平安貴族がたしなんだところから現代まで続く。
サッカーの場合はアソシエーションフットボールを簡略化した言葉であり(「association(アソシエーション)」の「soc」からとって俗語で「soccer(サッカー)」と呼んだ)、もともとがイギリス発祥のさまざまなフットボールのルールを1863年に統一し生まれたのがサッカーという競技である。日本サッカー協会によると、1873年に英国海軍の教官らが海軍軍人の余暇として伝えたのが日本におけるサッカーの始まりとされる。
とまあ、こうしたお堅い説明は置いといて、いずれの神社もこの時期七夕祭りの飾りがあるのだろう。神社のみならず祭りなど商店街やにおいても、七夕祭りはこの時期の風物詩である。
蹴鞠奉納は2時から始まった。
藤棚のある社務所の下で待っていると、中で控えていた京都蹴鞠保存会のメンバーたちが続々と現れてきた。平安貴族装束の狩衣姿はこうした神事のときのみ。練習は普段着でするという。
蹴鞠に使用する鴨沓(かもぐつ)を履きはじめる。
手間がかかりそうだ。
沓紐が非常に長い。ゲートルを巻くようにぐるぐる巻くんだね。
普段の蹴鞠の練習と違って、狩衣姿で実際に鞠を蹴るときは、衣装の裾が邪魔になってやりにくいらしい。だがこの装束が本当の姿であるから、やはりこの格好が大事なんでしょう。
保存会の面々は、このあと全員拝殿向かい側にある地主社の前に設置している白いテントの前に集まり、来賓者たちとともに祈祷する。
地主社に鎮座する数々の神々のうち、球技芸能スポーツの上達のご利益をもたらす精大明神へ神楽舞と蹴鞠を奉納する。4時から小町踊りがあるらしいが、自分はみていない。
神楽舞
神楽舞が終わり、ひととおりの祈願が終わると、蹴鞠奉納が始まる。
拝殿の向こうの白いテントに参集していた彼らが、見物人たちをかきわけて鞠壺の前にへやってきた。
蹴鞠保存会の理事長による秘儀が行われ、
蹴鞠が始まった。
蹴鞠は一座と二座に分かれ、それぞれ十数分程度の蹴鞠が実施された。
こちらが二座。解説者が紫の水干姿の女性に代わり声がハッキリと伝わってきた。
一座目は拝殿のなかで座った高齢の男性のぼそぼそとした声でよく聞こえない。あの髭のおっちゃんの解説のほうがいいかもしれません笑。
二座が終了すると、これからお楽しみの体験会。
ちょうどカメラのバッテリーが切れてしまい、この1枚しか撮れなかった。
けっこう見ていておもしろい。
保存会の方は鞠の性質をよく心得ている。
鞠は鹿革製の手作りであり非売品。これ1個しかないので、もし破損したら・・・・・・。
手作りの製品であるが、年々制作技術があがってよく飛ぶようになったそうだ。
重さは100g以下。とっても軽い。
サッカーボールと同じように蹴ると、
映画少林サッカーチームの鉄足の主人公のキックのようにはるか遠くへ飛んでしまう。
試しに空中に蹴り上げると、なかなか落ちてこないのかもしれない笑。
なかなか落ちてこないので将棋を指している間に落ちてくるのかもしれない。
ともかく、ボールが非常に軽く弾力性に富むので強く蹴ることは厳禁。
ボールが屋根に乗っかるぐらいならば、傾斜した屋根ならば滑り落ちてくれるが、藤棚の上に乗っかってしまうと、とるのが厄介になるだろう。
(藤棚) それにサッカーボールのように強くないので、潰れてしまう可能性もある。
だから弱く蹴るように指導された。
面白かったのは、円陣が大きいと、素人メンバーたちはどうしても強く蹴ってしまう。
だから、指導方が彼らの蹴る様子を見ながら都度「もうちょっと円を小さくしましょうか」と何度も繰り返して、とうとうかなり小さな円陣になってしまったところである。
これじゃあ強く蹴れない。
これはかなり笑える。
小さく蹴るには小さい円陣のほうがいいというわけだ。
これまた小さな男の子が混じると、やんちゃ起こして強く蹴ってしまうかもしれない。そうすると理事長が激怒する。前回誰かが強く蹴って理事長の逆鱗に触れたことをここで思い出した。
どうせなら、お互いの肩が触れるほどの小さな円陣になって蹴りあうと、もう蹴鞠じゃないから、そうなってくれると少林サッカーのチャウシンチー監督も大笑いしてくれるでしょう。ほがらかな天然ボケは愉快なものである。
そもそも指導方法が逆である。
慣れないときは距離を短くとり、次第に距離を離してゆくこと。
上にあげた少林サッカーの映像の一部にもそれが現れている。監督兼主人公がサッカーボールを蹴る場面において、壁打ちをする距離をだんだん遠くしている。この映画は習得の基本動作がよくできているね。監督一流のわざとらしいボケも多いが、サッカーを学ぶための基本動作の学習もできます。
この考えを蹴鞠に当てはめると、まずは小さな円陣にてボールを蹴りあい、しだいに慣れてくると、お互いの距離を開いて円陣を大きくしてゆく。そうすれば、感覚がつかめてくる。この体験会における指導方法は逆にしたほうがいいと思われる。最初は小さい円陣にて、それをしだいに広げてゆくこと。
それから蹴り方であるが、前へ蹴らずに、空中に打ち上げるように上へ蹴ることである。
これは結構大事なことであって、前へ蹴ろうとすれば、明後日方向に飛ぶ恐れがあることと、足の甲で蹴るのはベテランがすることであって、素人はつま先で上に蹴り上げることが大事ということである。
足の動かし方を教授されてから、順番に彼らは蹴り始めるが、これがなかなか続かない。でも、けっこう楽しそうであった。
参加する場合の靴はスニーカーのほうがいいでしょう。自分は鞠より高いかもしれないレースアップのエドワードグリーンの革靴を履いているため、あえて参加しなかった。
ちなみに自分はサッカーは割と得意なほうである。が、サッカーよりも蹴鞠ほうが難しいのかもしれないのは、この特殊な沓と鞠の性質なんだろうと思われる。
保存会の方々はプロのサッカー選手を交えて蹴鞠をしたこともあるそうだ。その映像も探せばあるのかもしれない。だがプロのサッカー選手であっても、鞠の扱いは難しいのでしょうね。やりにくそうだ。
|
全体表示







まりの神様なんてあるんですか。しかも蹴鞠って軽いんですね。ま、足で蹴るからあまり重くても大変だし。。。少林サッカー、2回観たかもしれない。劇場で腹抱えて笑った記憶が。。。かなり昔だけれど(笑)
[ 藤中 ]
2019/7/9(火) 午後 1:30
藤中さん、あるんですね笑。蹴鞠のボールは見た目よりも非常に軽いそうです。サッカーボールのほうが随分硬くて重たいでしょうね。
サッカーは足の甲を使って蹴るので何度も蹴っているうちに痛くなりますね。蹴鞠は痛くならないと思います。
お、2回見ましたか。自分はその3倍は見ています笑。ツボにはまると出演者チャウシンチーたちの泥臭さいボケ演技が病みつきになりますね。映画館ではなくレンタルビデオで見ました。彼はその後も数多くの作品を作っているようです。自分はカンフーハッスル以後はみていませんが、人魚姫は面白いらしいですね。彼流の味付けには好き嫌いが分かれると思いますが、自分は好きですね笑。
2019/7/9(火) 午後 11:17