歴史

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徳川吉宗

徳川吉宗は名将軍だったそうだ。幕府の財政が逼迫し、大奥のリストラをしなければならなかったとき、部下に、大奥の中で見栄えのいい女性のリストを作らせたそうだ。吉宗は、そのリストをもとに見栄えのいい女性に、暇を与えていった。なぜならば、見栄えのいい女性には、すぐに行き先が見つかるはずだからだ。また、そう話せば当の本人たちも納得するだろう。そうして、大奥にはあまり見栄えのよくない女性が残った。

この話は、吉宗が、名将軍だった例として語られるが、そうなのだろうか?

たとえば、財政状況に大きな問題がある会社を考えよう。退職者を募るとたいていは、有能でほかの会社に行ってもやってける従業員が応募して出て行き、そうでない人たちが残る。リーダーシップがなければ、会社にはどこに行っても通用しない人たちが残るのが普通だろう。

こう考えると、この大奥の事例は吉宗が、きわめて日本的な経営者であったことを示す例ではないのか。ただ、この話も吉宗は女性の見栄えにこだわらず、中身を重視したのだと考えれば美談になりうるのかもしれない。ただ、そうなれば才色兼備の女性はやっぱり残らないのでこの場合にも吉宗の分が悪い。

大奥というのは世襲的封建社会にとってその生産性がきわめて重要になる機関である。そこで、優秀で英明で健康な将軍候補が生産されるかどうかが、徳川の太平を続けることができるかの鍵なのである。そのような重要な機関の改革を、一時のやりやすさで本当に吉宗が判断したとするならば、彼は日本の並のリーダーを超えていないといわざるを得ない。


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