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流れ星に願いを

人は、流れ星を見ると願い事をするのだという。

自分自身は、流れ星に願ったことはなかったが、流れ星を思いながら願ったことがある。

流れ星は、もともと宇宙に漂う、それ自体、発光しない土くれのような天体だ。それが地球の大気に秒速数kmから数十kmという猛スピードで突入すると、上層大気の分子と衝突してプラズマ化したガスが発光する。そして、大抵は地上に到達する前に燃え尽きてなくなってしまう。

はるか昔に思った。自分は、それ自体発光しない土くれだが、流れ星のように全速で駆け抜ければ、一瞬でも光ることがあるのだろう。

一瞬でも光り輝くことがあれば、その後、自分自身が燃え尽きてもかまわないと思った。

そのあと、気のとおくなるような旅に出かけた。

遠く遠く、高く高く、駆け上った。

あまりにも歯を食いしばりすぎて、前後左右の四本の犬歯の根元が、すべて折れてしまった。

自分が光っているかどうかなどわかるはずもない。それは、止まって空を見上げることが出来る人たちが見られるショーなのだ。当たり前のことだが、自分では見ることが出来ない。

その後、幸か不幸か、燃え尽きずに地上に戻ってきた。

今ふと、自分を振り返ると、自分自身が土くれに戻ったようだ。

自分に、もう一度、全力で駆けだす勇気と気力が残っているのだろうか?

周りに、摩擦があればあるほど、幸いだ。

この摩擦は神様が与えてくれた贈り物だろうか?

この摩擦の中を駆け出して、もう一度、流れ星に、

卑怯なり!

秋葉原の無差別大量殺人事件について同時に生きている人間として心を整理したいと思う。

まず、このような事件は日本だけのものではないようで、機関銃を使ったアメリカでの大学キャンパスでの大量殺人事件や、北欧でも同じような事件があった。

テレビなどでいろいろなコメントを聞いているのだが、このような事件の起こる社会的背景とか、犯罪者の心理を理解しようとか、死刑制度に対する議論がある。

ただ、単純な感情として「それは卑怯だろう」と言う言葉が少なかったのが意外だ。

トラックに乗って、他の自動車にぶつかっていくのならまだ判るが、歩行者にぶつかってゆくのは卑怯だろう。

ナイフを持って、ナイフを持った人間にかかって行くのならわかるがまだ判るが、武器を持たない人間を刺していくのは卑怯だろう。ましてや、刺された人間を介護している人間を刺すのは、言語道断。

死刑になった宮崎勤も同様で、抵抗できない少女を手にかけるなど卑怯にもほどがある。

自分にはこの手の人間に同情する気持ちはまるでない。

アメリカで、このような無差別殺人事件が起こると、いつも銃所持の問題が出てくるが、銃を持って襲われる場合に、同じように銃を持って立ち向かおうという気持ちは当たり前のものだと思う。

(アメリカでは、公権力による保護よりも、自衛のための権利を重視する。)

このような犯罪を犯す人間は、社会で負け続け、性格も破綻しているので、そんなことを言っても仕方がないということなのだろうか。

勿論、社会の勝ち組といわれる人々にも卑怯なことをすることがある。勿論、無差別殺人のようなことは無いが、影でこそこそ卑怯なことをする人間は結構いる。

税金を有無を言わせず取っておいて、そのお金をあたかも自分のもののように使う公務員やそれにつながった「勝ち組」。それは卑怯だろう。

また、このような現象は時代特有でもない。

ただ、今回の事件で驚いたのは、犯人を英雄として賞賛する人々がいるということだ。一体、彼のなしたことが、何故、賞賛に値するのか教えて欲しい。

僕には、犯人が、まともに人と面と向かって対峙できない臆病者にしか見えない。

声を大にして、叫ぼう、卑怯なり!

同性婚

カリフォルニア州で、同性婚が合法化されたということで英語の新聞で話題になっていた。これはマサチューセッツ州に次ぐ「快挙」だ。

正式にいえば、カリフォルニア州の最高裁が、同性婚を憲法違反とする判決を否決したということだ。

ただ、これはこの州のコンセンサスでは必ずしも無いようで、この間、カリフォルニア州の弁護士に同性婚について聞いたら「同性婚を認める国など、この世界のどこにもない。」と、怒っていた。

結婚というシステムは、時代によって役割が変わってきた。

封建時代には家同士のつながりを築くためのシステムだった。近代的には子供を生み育てるシステムになった。

現代では、必ずしも子育てのシステムにはなっていないようで、子供がいなくても仲のいい夫婦はいるし、一方、フランスのように結婚していなくても、婚外子の社会的な認知度を高めることによって少子化に歯止めをかけた例もある。

超現代においては、同じ性別同士にも結婚を認めることが主流になるのだろうか?

現在において、結婚というシステムは突き詰めて考えれば、財産共有のためのシステムになったという解釈なのかと思う。

好きなもの同士が一緒に住みたければ、結婚という法律的な手続きをとらなくても同棲すればいいだけの話で、法的な結婚というシステムを作る理由は、財産共有に関して便宜を図ることだ。

(たとえば、健康保険とか、財産の譲渡税とか、遺産相続)

まだ、これからの選挙によって同性婚の合法化が続くかどうかは予断を許さない状況だという。

アメリカの保守的な州では、同性婚など到底考えられないことだろう。

自分は、ゲイではないので彼らの気持ちはわからない。

少数派として権利を守るべきという考え方もある。ただ、この同性婚のシステムを悪用するする人々も現れると思うので、それには注意する必要があると思う。

日本国憲法では「結婚は両性の同意による」とあるので、日本では憲法違反になる。ただ、カリフォルニアで結婚しようという同性カップルは、出てくるだろう。

勇気の遺伝子

家の近くに時代屋と言う本屋が出来た。

普通の本屋のようだが、店員は着物を着ていて、歴史物のフィギアがおいてあった。こんな店は長続きしないだろうと思いつつ、思わず高杉晋作を買ってしまった。

昔からぼんやりと考えていたことがある。

それは、勇気とか正義感は遺伝するのだろうかという疑問である。

高杉晋作は、幕末の志士だが、明治維新を見ることなく死んでいった。彼のように名前が知られることはないが、多くの若者が日本の将来に危機を抱いて、戦い死んでいった。

彼らの多くは、正義感が強く勇気のある人たちだったと思う。

勿論どのような革命でもそうであるように、明治維新もその理想と欲にまみれた現実がある。西郷隆盛と彼を取り巻く薩摩の志士達は、明治維新の現実に失望して西南戦争に消えていった。

西南戦争の後、薩摩には優秀な人間がいなくなったといわれている。

社会の危機が、明らかになるとき最初にそれに気がつき、自己を犠牲にして戦って死んでいく人たちは、多くの場合、正義感が強く勇気のある人たちだ。

いつの時代にも、自己を犠牲にして不正に立ち向かい、勇気を奮って死んでいく人間がいる。

このような資質は遺伝するのだろうかと言うのが、疑問である。

僕の答えは、否である。

何故なら、過去何十万年の人類の歴史の中で、そのようなことは何千回あっただろうが、未だに正義感と勇気を持って立ち現れる人々がいるからである。もしそれが遺伝する資質であるならば、とっくにこの世界はゴマすりだけの世の中になっているはずだ。

そうではないことは、歴史を見れば明らかだ。

多分、正義感とか勇気は、生物的な遺伝する資質ではなくて、その社会を守り存続するための社会的現象なのだと思う。

ユダヤ人とユダヤ教

asahi.com に、「シオニズム運動」の根拠を否定する著書がベストセラーとなっているという記事があった。

民族と宗教は必ずしも一致しないが、ユダヤ教はユダヤ民族の宗教と思われてきたがこれは、ナチの宣伝で、ユダヤ教を信ずる人々がユダヤ人だ。

母親がユダヤ教徒なら子はユダヤ教徒になるが、ユダヤ教を捨てて他の宗教を信ずることは過去に多くあった。

テルアビブ大学の教授は、現在のパレスチナ人が、そういった人たちで、過去、ユダヤ教を信じていたが、あるときキリスト教やイスラエル教に改宗人たちの子孫だという。

そして今のユダヤ人の祖先は別の地域でユダヤ教に改宗した人々だそうだ。

これが真実なら、ユダヤ人がパレスチナ人を追い払って、イスラエルを建国したこと(シオニズム運動)の歴史的正当性が失われる。

そしてイスラエルの初代首相もパレスチナ人が、古代ユダヤ人の子孫だと指摘していたという。

題名「ユダヤ人はいつ、どうやって発明されたか」テルアビブ大学、シュロモ・サンド教授=歴史学、ユダヤ人

なぜ、ある人々がユダヤ教に改宗する必要があったかという理由がこの記事にはなかったが、非常に興味深い。

イスラエルの大学の先生が書いて、イスラエルでベストセラーになったという事実を考えると、イスラエルの国民も、パレスチナ人との平和共存への受け入れ態勢が出来てきたようだ。

中東和平も近いのかもしれない。


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