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非常に自然な映画に感じた。あったであろうことを淡々と描いている。アメリカ人である、イーストウッドにとっては大変なことであったかもしれない。
このレベルの映画を、日本で今作れないだろうか?それが、現在という時代なのだろうか?
年表を調べると、硫黄島は日本の戦争の終わりの始まりであった。その意味で、硫黄島の防衛を1日でも長引かせようとした栗林さんの判断は正しかったと思うし、闘った兵士の死は無駄ではなかったのだと思う。
ただ、残念なのは、戦争指導部が少しでも早く降伏の決断をしなかったことだ。最後まで「国体護持」、つまり、天皇制維持にこだわったことがかくも多くの日本人の命を失った理由だ。
もともと、勝算の無い戦争だった。そんなことは、戦争指導部、天皇は、みな知っていた。
中川昭一さんはアメリカの原爆投下は犯罪だといっている。それならば、日本の戦争指導部が行ったことも犯罪だろう。
彼も少しは、歴史を勉強すべきだろう。
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1945年
アメリカ軍のレイテ島上陸阻止に失敗した日本軍はマニラを拠点に多号作戦と呼ばれるレイテ島への輸送作戦を行った。9次にわたるこの輸送作戦でも日本軍は多くの艦艇を喪失した。レイテ島を制圧したアメリカ軍は12月15日にミンドロ島に上陸、そして1945年1月9日ルソン島リンガエン湾へ上陸した。この後戦いの舞台は硫黄島、沖縄へと移っていった。
2月16日 - 3月26日硫黄島の戦い
3月10日 東京大空襲
3月26日ー6月23日 沖縄戦
4月7日、戦艦大和の最期
05月07日ドイツ、無条件降伏 (ベルリン陥落)
7月26日
ポツダム宣言(ポツダムせんげん、The Potsdam Declaration)は、1945年7月26日の「ポツダム会談」での合意に基づいてアメリカ合衆国、中華民国および英国の首脳が、大日本帝国に対して発した第二次世界大戦(太平洋戦争、大東亜戦争)に関する13条から成る降伏勧告の宣言。
8月6日 広島市への原子爆弾投
8月8日 ソ連対日宣戦布告
8月9日 長崎市への原子爆弾投下
8月15日 玉音放送、終戦
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