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生きることの意味

最近読んで、ショックを受けた本に、『精子戦争』(河出文庫)ロビン・ベイカー (著)がある。

これは一見、不可解な人間行動も、自身の卵子に優秀な精子を受け入れるための性行動として理解できるということが例を交えて延々と描かれている。

さすがに、最後まで細かくは読まなかったが、得るものはあった。

ただ、自分自身を考えると、どうも、優秀な子孫を残したいという強烈な欲望があまりないようで、この本からすると例外の様な気もする。

生物学的には、その他にも利他的な行動を分析対象にする分野もあるそうで、これなどは、個人の遺伝子というよりは、種の保存を優先する行動を分析対象にする様だ。

ただ、動物と違って、人間はこのような本能的な行動様式の上に、文化的な行動様式が重なってるので、単純ではない。




日本の正義の現在

人は、部分的な悪には怒ることができるが、全面的な悪には、沈黙してしまう存在の様だ。

最近、身近に起こったことがあって自分自身の心理を分析したが、部分的な不正ならとっかかりができて、ここの部分がおかしいと指摘することができるのだが、不正が全面的なものになると、何を指摘してよいのかさえ分からず、沈黙してしまう様だ。

勿論、全面的な不正に対する恐怖と圧迫感がそうさせる部分もあるのだが、それ以上に、自分自身の正義の体系を見失ってしまうものらしい。

今回の、大阪地検の特捜部暴走事件にも、不思議と怒りを感じない。検察のトップはあり得ないことだと驚いているようだが、自分自身は驚いてもいない。

罪刑法定主義、自白の強要の禁止、証拠主義、推定無罪の原則。

これら近代的原理は、権力の乱用から弱者を守る体系なのだが、最近の検察特捜部案件はそれらすべてを無視している。

更に救い難いのは、ふつう、警察の捜査の結果を検察が、上記の原理に照らし合わせて吟味して、起訴、不起訴を決めるのだが、その検察がそもそも、そんな原理をまともに適用していない。そこに、ことの重大性と、絶望感が集約されている。

彼らの、もつ正義とは、近代的な市民を権力から守るという役割をもつものでなく、現実はどうあれ、彼らの秩序を維持するために邪魔者を排除するためのものなのだ。必要とあれば、無実の人間を貶めても何の痛痒も感じない。

ある新聞によれば、検察トップの辞任にまで及ぶかもしれないなどと呑気なことを書いているようだが、ことはもっと重大だろう。

小市民の手元にある武器は、正義、正論しかない。これらは、文字通り力もをたない。

権力をもつ者の手には、不正、嘘、欲、これらは大きな力を持っている。何故なら、それらは人間の本能に属しているからだ。

日本国憲法は、不断の努力によってこれら近代的な権利を維持せよと言っている。

日本の正義は、現在大きな危機に直面している。



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