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テレビでやっていたので、なんとなく見た。
戦艦大和は、日本の海軍の象徴として建造されたが、完成したときにはすでに大艦巨砲主義の時代では無く、日本海軍が真珠湾攻撃で示した航空機主体の戦略を、日本海軍自身、学べなかった。
大和が出撃命令を受けたときはすでに、護衛する飛行機も無く、全くの犬死とわかっていて出撃した。
(要するに、実用的には何の意味も無く、精神主義の高揚のために使われたのだ。)
この映画によれば,大和の出撃の意味は、長島一茂に言わせたように、「新しい日本を作るため、古いものを壊さざるを得ず、新日本のために戦って死ぬこと。」が目的だということだ。
日本のシステムは、行きづまっていた。これは、明らかで、軍部は(天皇の)統帥権を盾に独走し、天皇は大日本帝国憲法に書かれているように無責任。これで、組織がまとまる訳が無い。
ただ、このような巨大な組織疲労を起こした社会をリセットするには、とてつもない犠牲が必要だった。何の罪も無い多くの人間が死ぬ必要があった。
(アメリカにとってもこの戦争は必要だった。大恐慌を切り抜けるのには、戦争が必要だった。)
それから、60年。日本の組織疲労はまた極値を迎えつつある。
この組織疲労の修正のために、民主主義は有効なのだろうか?
戦後60年、自民党は、民主主義の中で勝ち続けてきた。それは、
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