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自由主義者の人曰く「人は他人の權利を侵害しない範圍で自由に振舞へる」――この發想は、人が「他人の權利を侵害しない行動を自然に取る」事を前提とする。それは人が「或領域においては自由に考へない」事を意味してゐる。
自由を唱道しながら最初から自由を諦めてゐる領域があると云ふ事になる。
自由主義者の人は屡々「權利としての自由」を守れと主張する。その主張が極度に「論理的」になると、結果として、現實に人が「自由に行動する事」「自由に發想する事」を否定してしまふ。
觀念の自殺である。

日本には「言葉は変化するものだ」とか言つて間違ひを容認する安易さ・甘さがある。そして「若い人に媚びて自分が好かれようとする年寄りの態度」が屡見られる。
「正しい言葉」とか「正しい假名遣」とか云ふ言ひ方を「嫌だ」「嫌いだ」と言ふ人は、間違つた言葉遣ひをしてゐる人に媚びてちやほやされたいと思つてゐる。

全ての人が自分の信ずる正しさを他人に押附けようとしてゐる。なのに、「『正しい××』と言う人は嫌いだ」とか言ふ人がいつぱいゐる。
――そんなに自分が嫌ひなら自殺したらどうかと思ふのだが、みんな自分は大好きなので自分が「正しい」のではない事にしたいらしい。

「正しいHTML」と云ふ言葉は「自由なHTML」とやらを信奉してゐる人々に隨分反感を買つた。
なんでみんな「正しい」事が嫌ひなんだらう。間違ひと言はれるのが嫌だからだ。

そんなに正しい事が嫌ひなら、なんでみんな自分の意見を「自由」に表明してゐるのか――自分の意見の「正しさを自由に」表明してゐる、と自覺してゐないからだ。そもそも自由とは、間違つた事だけをしていい自由ではない。正しい事をする自由もある。
と言ふより、正しい事・間違つた事はそんなにはつきりしてはゐない。皆が自分の信じた正しさを表明し、それを批判し合ふ事で、我々は少しづつ正しさに近附いて行く事が出來る。

今の人はあたまのをかしい人が多くて、何をするのも自由だと言ひながら、正しい事をしたり言つたりする自由だけは絶對に認めないとか平氣で宣言したりする。
「正しい事を言うと言いながら間違いだらけの事を言っているからおかしい」と指摘する人もゐる。なるほど、それが事實なら、こちらも謝罪するしかない。しかしさうなら、あなたは「正しい事を言ふ」事それ自體を認めてゐるのでないか。自分の態度を反省した方がいい。
或は「本当に正しい事を言えないのなら、正しい事を言うなんて言うな」なんて、をかしな言ひ方だ。

「正しい」と云ふ事は「ない」と主張する人は、その「正しいと云ふ事はない」と云ふ主張それ自體が自分の信ずる「正しい」事の主張である事實に氣附かなければならない。
自分が信ずる正しさを主張しないで生きてゐられる人間は、この世に一人も存在しない。そこで「正しさを主張する人間は胡散臭い」とか言ふのは、自分を棚に上げて他人を上から目線で見てゐるから暢氣に言へるだけの事でしかない。
自分の態度を反省したら、何んな人間も常に正しさを主張してゐる事實が認識できよう。逆に言へば、他人に「正しさを主張するな」とか言つてゐる人は、自分の事を一度も見詰めた事がない。
「他人を批判するな」とか言ふ人は、自分がその言葉を他人に投附けて、他人を批判してゐる事實に氣附いてゐない。

「正しさ」を言ふ輩は野嵜みたいに「他人を不快にするから許せない」と「正しさ」を否定する人は言ふ。しかし、その人は、自分が他人を不快にしてゐる事實を絶對に認めない(野嵜を不快にした事實があるのに)。快不快で物を語る人は、自分の不快感は正しく、他人の不快感は間違ひである、と簡單に斷定する。身勝手である。
野嵜が嫌ひだから野嵜の大好きな「正しい」とやらを否定してやる、と言ふ「正しい否定論者」の人もゐる。この手の人は、「正しい」と云ふ概念を一般に否定したいのでなく、單に野嵜が不愉快に思ふのが愉快で愉快でたまらないから「正しい」を否定してゐる。嫌がらせ目的である。
「正しい」と「言ふ人」が嫌ひだから「正しい」の「概念」を認めない、と言つてゐる「正しいを否定する人」は、「正しい」と云ふ概念が「ある」事を認めないのでなく、ただ「正しい」と言つてゐる人が嫌ひで、「俺が正しいと云ふ概念を認めないのはお前のせいだよw」と相手を侮辱して喜んでゐる。氣に入らない相手を脅すために、相手の支持する「正しい」ものを人質にとつてゐるわけだ。

「愛国」について

右翼は左翼を「反日」と言つて罵つてゐるけれども、左翼は「右翼こそ反日」だと思つてゐたりする。どつちも「日本は素晴らしい國」と本氣で信じてゐて、「自分の信じ方こそが正しい」と言つて相手に押附けようとしてゐる。俺にしてみれば、日本なんてそんなに素晴らしい國ではない。

右翼「日本は素晴らしい國である」
左翼「日本は素晴らしい國になる爲に斯うしなければならない」
俺「別に素晴らしくなくても自分の國の事は幾らでも好きでいいだろ」

右翼「日本は素晴らしい國である」
左翼「日本は素晴らしい平和國家である」
俺「何でそんなに自分の國を褒めようとするんだ」

――「素晴らしい國だから、素晴らしくあらねばならない」みたいな發想は、寧ろ危險である。「素晴らしくないなら・駄目なら、さつさと潰せ・無くせ・殺せ」みたいな發想に即座に繋がる。

みんな「優れたもの」と「自分が好きなもの」とをちやんと區別してゐるだらうか。
「優れてゐる→好き」ならいいが、「好き→優れてゐる」では困る、と云ふのは、或意味常識だ。しかし、「優れてゐる→好き」の人を「好き→優れてゐる」と「思っているんだろ」と極附けて罵り、嘲る「信者を批判するアンチ」の人もゐて、これがまたたちが惡い。

日本人は一般に人の行動とその動機との關聯を的確に表現し得ない。斯う言ふと多くの人が反論するだらう。
日本人の九割がたが神社に御參りした事がある筈だ。ところがアンケートで日本人の殆どが「私は神道の信者ではない」と答へる。
「神道とは何か」と外國人に聞かれた日本人は、きちんと説明出來るだらうか。辭書の定義を示しても意味はない。「神社に參拜したのに神道を信じてゐないとは何う云ふ事か」と聞かれて、相手の納得するやうな答を示せる日本人は何人ゐるだらう。
キリスト教やイスラム等の「宗教を信ずる」のと違つた仕方で日本人は神道に接してゐる。神道を「宗教」だと言ふ人は、議論の時、意識して、殊更にその事を強調してゐるだけである、と云ふ事が非常に多い。
「神社に御參りする」のを「宗教の行爲」でないと認識し、「自分は神道の信者でない」と言ふ日本人が、「靖國神社に參拜する」のを「宗教的な行爲」だと言ふ時、「一般的な行爲」としての參拜と、「國家のレヴェルでの行爲」としての靖國參拜とを區別してゐる事になる。
正月に初詣に行くやうな一般人の行爲と、國家神道とを、ウェブで議論する人は大抵區別してゐる――勿論區別可能である。が、「個人的な行爲」としての初詣と「政治的・國家的な行爲」としての「國家神道」とを區別出來るならば、個人の物である道徳と國家的なものである政治とを區別して何が惡いのだらう。
私は、「政治(國家・「公」)と文學(道徳・宗教・個人・「私」)」との區別を強調するけれども、一方で日本人が一般にそれらを區別しない習慣がある事を知つてゐるから、初詣に行くやうな個人レヴェルの神道と國家神道とを區別しない態度を日本人がとるのは自然だ、と考へる。
日本の社會をありのまゝに見るなら、「公私」は常に混同され、神道と國家神道とは「一致する」ものだと言はねばならない。一方、觀念論・べき論をするなら、我々は「政治に屬する領域」と「個人に屬する領域」とを嚴密に區別して考へる習慣を持たねばならない。

安蘇谷正彦『神道とはなにか』(ぺりかん社)をながめながら……。

http://twilog.org/nozakitakehide/date-100825/

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議論の勝敗

議論で、相手の矛盾を衝くのも、相手の主張の根本にある價値觀の問題を衝くのも、どつちも相手の結論に「問題あり」と指摘するのが狙ひだが、それが相手に對する勝ち負けを決めるだけの爲なら「メールで言へば良い」と云ふのは意味のない指摘――相手が聞入れなければ「何の意味もない攻撃」に終るだけだ。
公開の場での議論が、その場での論者の勝ち負けを決めるなんて事の爲に行はれる筈のものでないのは、どの論者も解つてゐる事と思ふ。なぜなら、公開の場におけるありとあらゆる議論は、觀客・ウオッチャーにそれぞれの論者がアピールする爲に行はれるものだからだ。福田恆存は「ショー」と呼んだ。
公開の場での議論はショーだ。しかし、觀客がゐるショーであつても、その觀客がその場での議論の勝ち負けを決める事で、勝敗が確定するものでもない。議論は、問題の檢討を、個人の中でやるのみならず、複數の人間でやる事で、より深く檢討する目的で行はれるものだ。
歌合での勝ち負けは、その場で決まる。平兼盛と壬生忠見の勝負は、その場では兼盛の勝ちとされた。しかし、後世の評價では、忠見の方が優れてゐるとされる。
議論の勝敗は、「その場の雰圍氣」でどつちの勝ちなんて事が言はれるけれども、第三者の評價、後世の評價、より研究が進んでからの評價……等々によつて、逆轉する事がある。
ウェゲナーは、大陸を移動させる力が何か説明出來なくて、その場の議論では敗北したさうだ。

右翼卒業

「私は以前、右翼でしたが、今は右翼をやめました、だから私の右翼批判は信頼出來るものです」みたいな事を言つてゐる人々は、野嵜が元左翼だと告白したら一聯の左翼論に説得力を認めて呉れるだらうか。


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