ゆめをかんがえて

素敵な方たちのお話を紹介してみんなの夢を応援するブログです. by Hiromi&Nami

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今日ご紹介させて頂くのは、小学校で一緒にPTA活動をしている、“素敵なママ”
KAYOKOさんです。
 
☆ プロフィール
KAYOKOさん  30代 2女(2・6年生の母)
福岡在住4年(宮城県 仙台市出身)

KAYOKOさんとは、昨年、NO5で紹介させていただいた、鶴田明子さんのAP講座で知り合いました。子育てに関する講座で、いろいろ悩みを話したり、子育て方法や学校の在り方などについて話したりしている中で

はじめの印象

“とても可愛らしい雰囲気のママ”から

“やさしい雰囲気だけれども、何に対しても前向きでしっかり者のママ”

へ、私の受ける印象が変わっていきました。


KAYOKOさんは2人の娘さんのお母様として、積極的に小学校の活動に参加されています。
昨年度は、“成人教育委員会の委員長”として、学校をあげての講演会の企画のリーダー。
そして、今年度は、“学年委員会の副委員長”として、全学年の役員を取りまとめる、
副リーダーをされています。

私は1年生の“学年長”を担当していますが、小学校のことは未経験で分からないことばかりなので、困った時はすっかりKAYOKOさんに頼ってしまっています。

学年委員の“副リーダー”を決めるとき、いろいろな事情で私かKAYOKOさんのどちらかに、大役を!という状況になってしまいました。私が、仕事との兼ね合いもあり引き受けをためらっていた時に、

「Nami さんにはお仕事を頑張ってほしいので、私が引き受けます。」

と堂々と挙手されたのがKAYOKOさんでした。

 昨年もリーダーで忙しかったのに今年も負担が大きいのを承知で大役を引き受けられた姿が、
とてもまぶしく輝いて見えました。

 また、運営委員会という幹部会の中から、“選考委員”という役員を決める時も、
みんながためらっている中で、
「やる方が居ないならば私がやります!」
と手を挙げられたのもKAYOKOさんでした。

 ある時は、地区対抗ソフトボール大会の練習の子供たちの中に、ノックをしながら声かけ指導をしている、
KAYOKOさんが・・・。

「男の子(娘さんしかいないのに)の大会なのにどうして?」

という私の問いに、

「ボランティア指導よ!」 と爽やかな笑顔。

中学生時代、ソフトボールの経験があるKAYOKOさんは、こんなところでも活躍されていました。


どうして、大変になるのが分かっていて、いろいろな役員を引き受けるの?とお聞きしたところ、

「泥棒以外のことは、経験できることはなんでも経験しなさい。」

と、子供のころからお母様に言われて育ったそうです。

そんなお母様の言葉を大切に受け止め、何事にも前向きに取り組んできたKAYOKOさんだからこそ、いろいろなところで人に頼られるオールマイティな女性で居られるのだと、近くにいて感じます。


 将来の夢は??

「実は保母さんの資格をもっているのです。いろいろな迷いもあり、いったん遠ざかっていましたが、2人の子育てが一段落した今、あらためて、小さな子どもたちと触れ合う“保母さん”という職業にチャレンジしてみたいです。近所で小さな子どもたちを見ると、可愛くてたまらないのです。」

KAYOKOさんは最近、“コーチング”の講座に通い自分自身を見つめなおし、
“KAYOKOさん自身の強み”を見つけたそうです。
その“強み”を、子供たちを指導する!“先生”という仕事に生かしてみたいそうです。

結婚し、ご主人のお仕事の都合で生まれ育った仙台を離れ、千葉、鹿児島、福岡と転々と過ごし、子育て、PTAでの活動など様々な経験をすることにより、これからの自分に何が出来るのか、どうありたいのか?という、“将来像” “目標”が見えてきたそうです。

「まだまだ子供が小さいので、フルには働けませんが、少しずつ保母さんの仕事に関わっていければと思います。」
 

負担が多いこと、しんどいことに目を向けず乗り越えていくKAYOKOさんならば、10年後、20年後、よりいっそう魅力的な女性になっていることでしょう。
いつも“はつらつとした彼女”と出会うたびに、”自分もがんばらないと!”とパワーをもらっている私
です。

PTAの活動は、全て、子供たちのための“ボランティア活動”です。
KAYOKOさんの他にも、多くの保護者の方が日々活動をされています。
雑誌やメディアでとりあげられる“キャリアーウーマン”という言葉は、やりがいある仕事をし、
収入を得ている女性のことかもしれませんが、地域社会、特に学校や幼稚園など子育てに関わる部分では、わが子や地域の子供たちのために、報酬や見返りを考えることなく、ボランティアで活躍している女性がたくさんいます。

 そういう方々がたくさんいらっしゃるおかげで、子供たちが安心して暮らしていける環境が保たれているのだと、保護者会のメンバーの1人になってみて身にしみて感じているところです。

 また、PTA活動は、有意義な社会経験として、KAYOKOさんのように将来お仕事に携わった時に、必ず生かしていけるものだとも思います。


今日は、子供たちのために活躍する女性達の中でもひと際輝いて見える“KAYOKOさん”を紹介させていただきました。

by NAMI

 

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 皆様ご無沙汰しております。今回Hiromiが紹介するのは、前回同様ボクシングジムのトレーナー

の鶴田学さんです。 ジムでのさまざまな要望に対し、私たちの意見にも耳を傾け改善に向けて行動

してくださる心強い存在です。 日頃の感謝の気持ちを込めて、話を伺ってみました。



現在ジム以外に加圧トレーニング&パーソナルトレーナーとして独立しされています。鶴田さんの

HPには、詳細とブログも更新されていますので是非ごらんください。(私も写真で登場しています)

http://gotanda-kaatsu.com/


1977年生まれ、山梨県出身 小学校のときはミニバスケット部、中学校ではサッカー部、その他

陸上やスキーの大会では借り出されるほどスポーツ万能だったそうです。




鶴田さんの夢



☆ 普通に生きること。(結婚し、仕事をして家族に恵まれること。普通の幸せを感じながら生活を
したい。)


☆ 自分のジムを持つこと。



正直、夢を聞いて「えっ!」と驚きました。鶴田さんはとても普通の青年だと思っていたからです。

しかしその半生は、私の想像を超えるものでした。




 高校一年生のとき学校を中退し、一人暮しを始める。 大学検定の予備校に通いながら勉強をし、

大学検定に合格。その後も新聞配達をしながら浪人・大学生活を送る。
 





                    人生の転機



☆  医者の息子として生まれ育った鶴田さんは、安定した生活を約束されてはいました。

自分の人生で“夢を持つこと”や“冒険すること”などは頭の片隅にもなかったそうです。

しかし家を出て、自分で働き生活をする道を選んだことにより、レールの上を歩いていた

人生とは行き先の違う方向に少しづつ変わり始めます。




☆  新聞配達は朝2時半に起床、6時まで配達した後に学校へ行き、昼3時から夕刊の配達を

した後に勉学に励むという生活でした。集金も配達員の仕事なので、月末には更に勉強時間が

なくなったそうです。



   このバイトでは様々な生活環境の人との出会いが待っていました。大学の学費を一生懸命稼い

でいる学生もいれば、年齢の高い配達員が、集金したお金を持って逃げてしまったこともありま

した。バイトの中で『このくらい努力すれば、世の中で生きていけるんだ』という感触を掴む

ことができ、経験は今でも自信につながっているそうです。



☆  大学3年生のとき、1ケ月かけて東京から北海道の最北端まで自転車旅行へ出かけました。
  
たった一人の自転車旅行は孤独で寂しいものでした。日が暮れて皆は家路へと帰っていきますが、
  
帰る場所がなく泊まる場所もなく夜が更けていく中、野宿する場所を探しているときは、一番寂

しいと感じた瞬間でした。
 

   しかし、旅の途中に出会う今までみたことのない絶景、行く先々で出会った人の優しさ、温かさ
  
が心底染み渡りました。
   
この旅を振り返り「辛いことや寂しいことは承知の上で、自分で行き先を決めて努力し続けると、  
いつかは必ず素敵なものと巡り会える」きっと、自転車旅行と人生は同じなのかもしれないと大学

  3年生の鶴田さんは感じたそうです。 結果『人生は自由だ』と思いました。




☆  その後ボクシングを始め、プロのライセンスを取得し、デビュー戦では音信不通だった家族を

  呼び久々の再会を果たしました。しかしプロボクサーという道ではなく、運動をする人のサポート

  をするトレーナーという職業を選ぶこととなります。




  今年に入り10年ぶりに五反田にある新聞配達所の所長さん、奥さんと再会してたくさん話をした

 そうです。その中で「人間の大きな流れとは、生まれて大きくなって、結婚して後世に伝えていくこ

 とが使命でもあり、幸せでもあるんだよ」と言われたそうです。当時もたくさんの素敵な言葉を自分
 
 たちに伝えてくださっていたはず・・・。と、鶴田さん。
 


   様々な出来事や、仕事を通じて出会った人の人生に触れ、自身が成長していく過程で
 
 「普通の幸せ」いう夢が見えてきたとき、偶然にも全く同じことを言われこの想いがより
  
  深まりました。




   仕事に関しては、高校を退学してから、自分に自信が持てなくなり、人と接することが苦手

  だと思うようになっていたそうですが、職場の先輩トレーナーやお客様などお世話になりながら

  下手なりにコミュニケーションの取り方を学んでいき、結果お客様の人柄や人生に触れることが

  出来るようになってきました。



   仕事を通じて出会った人々と接していると、目標体重、体形に達して喜んでいる人や、会話の

  中に垣間見る人生ドラマの話を聞く瞬間があり、その人生ドラマは一般の人なのに、TVドラマや

  スポーツ観戦の中でのドラマ、もしくはそれ以上に感動することがありました。そのことを共有

  し、共感できることがとても幸せなことだと感じているそうです。


   「これからも仕事をしていくなかで、出会う一人一人のドラマに触れながらも、皆様の日常が

  より豊かに代わっていく体つくりのお手伝いをしたいと思っています。」と語ってくれました。




    今回話を伺って一番思ったことは、人生は自分で切り開いていくものだということ。そして

   一人だけで切り開いていくものではなく、出会った人々が大きく関わって今の自分があるという

   ことでした。




   鶴田さんは昔からの夢を叶えたということではなく、若いころ必死に「自分らしさを見つける旅」
 
  に出てその旅を続けていくうちに、様々な人と出会い、普通の幸せということがいかに大切なのか

  を再認識し、自分の夢として語ってくれました。
  


   きっと鶴田さんは今までの経験を活かして、人の痛みのわかる本当の接客ができるトレーナーと
 
  して活躍されていくことと思います。そして結婚し、子どもを授かり、家族の喜びを噛み締めなが
 
  ら、自分のジムを開いて運動する喜びをたくさんの人に伝えていってほしいと思いました。

                                    by Hiromi

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今回Hiromiが紹介するのは、プロボクサーの松土翼さんです。1984年生まれ スーパーライト級

五反田にあるワタナベジム所属、現在、同ジム7F女性フィットネスのトレーナーでもあります。
知り合った当初彼は、ボクサーを辞めていましたが、最近、私達会員に「ボクサーに復帰します」と
宣言してくれたこともあり、夢を聞いてみました。


         松土さんの夢

◎  ボクシングで結果を残す。チャンピオンになりたい。

◎  中途半端な自分で終わりたくない。完全燃焼したい。



        ボクシングとの出会い

 子どもの頃から家族でTVのボクシング観戦をしていて、父親が「ボクシングをしたかった」と
話していたことも影響し、小、中学校のころからやってみたいという気持ちはあったが、母の反対
もあり、言い出すことが出来ずにいました。



 高校時代ジムには通うが、練習で腰を痛めてしまい、通院生活となり、ジムを辞めることに。
その後、専門学校に進学。卒業と同時にTV関係に就職しましたが、ボクシングへの情熱を諦めき
れずにいました。
 当時同じ歳の選手が世間から注目され、活躍している姿をみて、再度ボクシングを始めることを
決意。このとき父親と「ボクシングをするなら三年間だけ」いう約束を交わしたそうです。



 どこのジム入ろうかと考えていたと同時期、ワタナベジムの福原力也選手の日本タイトルマッチ
をTVで観戦。このときの福原選手の試合に感動し、衝撃をうけ同ジムを選びました。



念願のプロボクサーになったものの、デビュー戦は負けてしまったそうです。勝ってデビューする
という願いが崩れることに。しかしプロとしての三年間で2勝1敗1引き分けという結果を残しま
した。
 

 最後となった試合は、腰を痛め、拳も怪我という最悪のコンディションでしたが、「応援しに
来てくれた人に負ける姿を見せれない」という想いで何とか判定に。しかし敗者扱いという結果に。
怪我、そして父親との約束の三年目が訪れて、結果ジムを去る決意をしました。


 
 ジムの人に「今は辞める時期ではないのでは?」と言われたそうですが、父との約束に重きを置い
ていた松土さんは辞めてしまいます。辞めた後は「ボクシングをしていたときには出来なかったこと
を満喫できたので、この時期のことは後悔してません」と話してくれました。

 

 その後、ジムの人から女性のフィットネスのバイトを始めないかという話をもらい、働き始め
私達と出会うことになります。その当時に何度か「ボクシング復帰しないの?」と聞きましたが、
「いや、復帰はしないと思います」と言ってました。


 その彼がどうして復帰を決意することになったのでしょうか?



 「やっぱりボクシングが大好きなんです。諦めきれませんでした。」と話をしてくれました。
彼が復帰に際して絶対条件があり、それは元トレーナーで、元ボクサーの佐藤康史さんに見てもら
うということでした。松土さんにとってワタナベジムに来て一番良かったこと・・・。
それは佐藤さんとの出会いでした。



 松土さんいわく、自分は才能があるタイプだとは一度も思ったことがないそうです。
その彼のことを、佐藤さんは「松土を見たい」と周りの人に話していたことを本人が聞いて「心底嬉
しかった」そして、この気持ちに答えたいと感じていたそうです。「トレーナーとして佐藤さんにど
うしても教えてほしいと思っていた」と話してくれました。トレーナーと選手は強い信頼関係で繋がっ
ているんだなと思いました。


 
 佐藤さんは元女性フィットネスのリーダーで、トレーナーとして私自身も面識があったため直接、
松土さんのことを聞いてみることにしました。すると、佐藤さん自身「これほど松土さんが自分を
慕ってくれていることを全く知らなかった」と驚きを隠せない様子でしたが、「嬉しくて泣きたく
なった」と気持ちを話してくれました。
 


 二人が一緒に話をしている姿を間近で見て、佐藤さんは行動が先にでるタイプ、松土さんはじっく
り考えて行動するタイプ。性格も正反対なのに、二人が合わさると『一人では出せない力が湧いて
くる』そんな素敵な関係が伝わってきました。

 

 松土さんは子どものころ引越しが多くて友達とは広く浅く付き合ってきたそうですが、ボクシング
を始めてから、応援しに来てくれる家族、友人、職場の人のありがたさを肌身で感じることが出来る
ようになったり、自分の仲間をこころから大切にしたいと思っています。そんな松土さんだからこそ、
トレーナーとの絆も大切にしていると思います。

「是非、二人でチャンピオンになってください」


松土さんがボクシングを始めてからいつも心に思っている言葉があります。
『自分自身をあきらめない・・・』
 この気持ちを持ち続け、子どものころに憧れていた強いボクサーになって、今度は
”子ども達に夢を与えられる”そんな人になってほしいとインタビューをしながら感じました。


                              By Hiromi
 

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 今回ご紹介するのは、Hiromiが通ってているメイプルセンター「エッセイを書いてみよう」講師
河崎 啓一先生です。


 このブログを始めようと考えているとき、文章の書き方を初めから学んでみたいと思い受講生に
なりました。
初日に緊張しながらエッセイ教室のドアをたたいた瞬間、河崎先生のにこ〜っとした笑顔が飛び込
んできました。
教室の年齢層は幅広く、三十代から八十代の男女合わせて十名弱の受講生で構成され、毎回
出される課題に沿ったエッセイを提出し、合評しあうという講座内容です。


講座のみなさんは、職業も趣味もさまざま。私は生まれてこの方,文章を書くことと無縁の生活を
してきたため、初めのうちは この場所にいてもいいのか と感じることもありました。
しかし、そんな考えを吹き飛ばすほど、教室の雰囲気は暖かく、どのような人も受け入れてくれる
空気が流れています。
 きっと河崎先生の人柄が、教室に現れているからではないかと感じています。


  ☆ 河崎先生の夢 ☆


◎ 寿命をまっとうに生きること


◎ エッセイを書くことから得た幸せを人に伝え、また人の書いたエッセイから幸せをもらい
  1日1日を燃焼すること。その結果、実母の寿命(97歳)を超え、命の恩に応えたい。

◎ 今年の3月に創刊した同人誌『木星』の成人式まで見届けたい。


               文学との出会い

 小学生のときから本を読むことが好きで、当時にしてはませた本を読み、難しい言葉を
引用して使っていたそうです。

 
             エッセイを書くきっかけは?

 野の花の観察、写真、ハーモニカ、囲碁などあれこれと手を出し、熱中してこれぞ趣味と
いうものがない。
 このままでは後に何も残らない、と考えたとき、ともかくその日を記録しようと思いついた。
そうすれば中身はどうであれ、確かにその日は存在したという証になると考えた。
つまり、先生にとってエッセイとは、バラバラの人生を一本にまとめる要のようなものだそうです。


    

    
                  経 歴

  昭和 4年  熊本県出身 父の転勤で札幌で生まれる。  
 
  昭和25年  学業終業と共に第一銀行勤務  
             (現みずほ銀行)
  平成 元年  定年前から文章による表現に興味を抱き、NHK通信文章講座を受講 

  平成 6年  定年退職 
         池袋のカルチャーセンターエッセイ教室に入る
   
  平成14年  木村治美エッセイストグループ入会        
   
        
 平成17年  浜松カルチャーセンター講師

 
平成20年  東京、西大井のメイプルセンターエッセイ教室講師 現在に至る


 
   先生のように生きがいを見つけるヒントを教えてもらいました。


 書くことが好きな人は、毎日かかさず何でもいいので書いてみる。そして目線をかえ時間をか
えてみる。すると同じ場所、同じ一日でも必ず新しい発見があるはずです。

 何かをしようと思ったら 何でもしてみましょう。
歩いていると見えてくるものはあるが、歩かないと何も見えてこないですよ。という答えが返って
きました。

 見えた後に、これは自分に向いている、向いていないという選択をしていき、自分に合ったものを
見つけてくことも大切だと教えてもらいました。



 
 今回のインタビューで、先生に一番最初に訊ねたことが夢の話でした。すると先生は静かな声で
「寿命をまっとうに生きること」と話してくださいました。


 私の年齢では漠然と長生きしたいとか、人生を楽しみたい、健康でいたいと考えることはありま
すが、先生のように考えたことはありませんでした。なので、とても重みのある言葉だと感じたし、
”まっとうに生きる”ということがどういうことか分かりませんでした。


 その答えは人生を重ねていくことで実感できるのかも知れません。続けて先生は「両親から受け
継いだ命を、きれいに生きぬきたい」と話してくださいました。


 最近の痛ましい事件をニュースで見るたび、きれいに生き抜くことが難しい世の中になっている
のかもしれないと思います。



 先生は、命に対して真正面から考え、そのことを実践してこられたんだと話を伺いながら思いま
した。先生のエッセイを読むと人生の悲哀が描かれていて、色にたとえると"セピア色"の美しさを
感じました。



 私はエッセイを書くようになってから、年齢を重ねていくことは決して悲しいことではなく、
若いころより奥行きの深い、味わいのある文章に変わっていくことに繋がると思うようになり
ました。


 文章を書く楽しさ、難しさを先生から教わり、ひとつの課題を書くことで、それぞれの個性で全く
違う内容になること、人は違っていい、違うからこそ面白いということを教室のみなさんから教えて
いただいています。


 ”書かない人生は流される”という言葉を教室のみんなに伝えられていました。


 今回の夢のひとつに 同人誌”木星”の成人式を見届けることときき、驚きを隠せません
でしたが、この夢の実現には、私自身も頑張っていかないと叶えられないということもあり、
書くことにいっそう精進していこうと思っています。

先生の美しい人生に少しでも花を添えることが出来ますように・・・。

                                  By  Hiromi 
 


      

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 今日ご紹介させて頂くのは、子育てママとしての大先輩であり、私と同じファイナンシャルプランナー(FP)としても、尊敬している“鶴田明子さんです”。
 
☆ プロフィール
鶴田明子(つるたあきこ) 40代 2女1男の母。(23歳 21歳 11歳)
AP(アクティブ・ペアレンティング認定トレーナー)
ファイナンシャルプランナー
金融知力普及協会認定インストラクター
  URL http://tsuruaki.seesaa.net/

☆ キャリア
1982年 大学卒業後 会社勤務
1984年 退社後 結婚 専業主婦となる 
2001年 ファイナンシャルプランナー(AFP)資格取得
2005年〜独立してフリーのFPとして活動開始
AP(アクティブ・ペアレンティング認定トレーナー)資格取得
       NPO法人(アクティブ・ペアレンティング共育サポート)設立(代表)
   
現在は、FPとしてお金に関わる講座、またAPとしては子育てに
関わる講座など、幅広く活動中!


明子さんとは、幼稚園ママのお友達からFPとして活躍されている方が近所にいらっしゃるという噂を聞き、紹介して頂いて出会いました。
子育てにおいても、お仕事においてもたくさんの経験をアクティブにこなしてきて、NPO法人まで立ち上げてしまったという、明子さんのパワフルさに圧倒されたのが初めて会ったときの印象です。

“明子さんと一緒に何かやりたい!” そんな衝動にかられました。

☆ 鶴田明子さんのすごいところ 
(その1) “先輩ママ、APのトレーナーとして” 
 3人の母としての経験を生かし、「アクティブ・ペアレンティング講座」のトレーナーとして、多くの人に、より良い親子関係を築くためのノウハウを伝えるワークショップや講演会をされています。1度明子さんとお話しすると、その経験の豊富さと、3人の子育てエピソードが面白くて、もっといろいろ教えてもらいたい!という衝動に駆られます。
 AP講座に参加したいという方もどんどん増え、小学校や自治体からの講演依頼も入るようになっているそう。明子さんの周りでは、APの輪はどんどん広がってきています。

☆〜☆〜☆ AP って何?? ☆〜☆〜☆
アクティブ・ペアレンティング(AP)は、アメリカのマイケル・ポプキン博士によって考案された、親や子どもに関わる人たちのための「コミュニケーション・スキル」のプログラムです。お互いの立場を尊重し協力し合えるより良い人間関係を築き、心身ともに健康な自立した大人になるために必要な『勇気』『責任感』『協力精神』を備えるために、大人がどう関わったら良いのかを学びます。

(その2) “FPの先輩として!!”
 FPとしては、生協のLPA(ライフプランアドバイザー)のリーダーを3年間され、その後、こどもの金銭教育に携わる活動も経験し、フリーのFPとして独立。これまでの経験を生かし、主に高校生やその保護者の方たちに対して大学進学のための奨学金制度などを含めたライフプランやお金に関する講演会をされています。
数百人の前で堂々とお話される姿は本当に素敵です。

最近では、講演の中にFP的な知識と、子育てに関するAPの内容を組み合わせたお話をすることによって、先生方や親御さんからの反響が大きく、各学校からの紹介やリピーターが増え、あちらこちらからご指名で講演会の依頼がくるヒッパリダコ状態。来年度は、九州だけでなく、広島などの中国地方まで進出される予定だそうです!!
 
 私も講演を行いますが、リピーターを取れること、もう1度聞きたい!!って思わせることの難しさは、いつも実感するところです。

 そんなことを、簡単にやってのける明子さん!ひとえに、多くの経験をされてきた人間としての深さ、そして、何かを伝えたい!そういう気持ちがストレートに伝わってくる人間味あふれるお話、時には面白おかしく笑わせ聴衆を吸い込んでしまうような話術、そんな人間としての魅力があるからですよね(*^_^*)。

娘の言動に手を焼いている私に 
  → 子どもは親の言うとおりにはならないから、大変よね。だから、親の方が考え方を変えて、接し方を変えると、子どもは変わってくるわよ。

娘を叱りすぎてしまい自己嫌悪に陥っている私に
 → “子育てはいつからでもやり直しは出来るよ!自分(ママ自身)を許してあげてね”

 ささいなことのようですが、いつも明子さんの言葉に、救われている私です。

私は、子育てにマニュアルがあるとは思っていません。でも、子供(子供だけでなく、人間関係すべて)に対して、自分自身の接し方、言葉のかけ方を変えていくことによって、よい関係に変えていけるということを明子さんのAP講座で学びました。
AP講座はワークショップ形式で、他のママたちと子育てや人間関係についていろいろ話し、気持ちを伝え合います。子育てについてじっくり考える時間をもつこと、そして、自分自身が両親や兄弟達とどのような関係を築き育ってきたのか?を振り返ることにより、子育てについてだけでなく今の自分自身を見つめ直すことが出来るということも、明子さんから学びました。
 
今日は、福岡に来て1年間過ごした中で、1番の“刺激的な出会い”となった鶴田明子さんをご紹介させて頂きました。

by NAMI

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