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一生のうちに出逢ってよかったと思うひとはたくさんいるかもしれない。
でも、彼女だけは特別だ。
なになに、毎回特別に思うひとが出てくるだろうって?
それは違うな。
彼女は、あなたは鯨を食べられるからといって、馬刺しを僕に食べさせようとするんだよ。そんな女はまあ他にはいない。
彼女はね、いつも抱きしめたくなるような女性なんだ。
ちょっとばかり遠くに離れてから、それがわかったんだ。
彼女は少しばかり泣き虫で、(まあ僕もだけど)、少しばかりちゃっかり者で、少しばかり可愛いんだよ。
そんな女はそこらじゅうにいるって?
ああ、何もわかっていないな、君という奴は。
彼女はね、とても警戒心が強いんだよ。君もよくみかけるだろう?人になかなかなつかない猫みたいなんだよ。
だけどね、僕にはなぜか警戒心を解いてくれたような気がしてさ。
そんなものは気のせいだって?
そうかもしれない。でもさ、考えてもみてくれよ。警戒している相手にストレートにものを言うかい?彼女は小心者と自分のことをいうけれど、僕にはズバズバ言ってくるんだよね。
「私にどうして欲しいの?」
「ただ、抱きしめてくれるだけでいい」
もちろん、僕も君を抱きしめる。何度でも。
そう、彼女は特別なんだ。
彼女は行動範囲は狭いけれど、僕の心の中ではとってもよく動く。
彼女は行動範囲は狭いけれど、僕の隣に座ってくれる。
特別な理由がわかったろう?
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考える人
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男は、その女を初めて見たときを回想する。
美しい女だった。
独り身でないことは明らかだったが、それでも魅力的なのだから仕方ない。 男はあっさりとその現実を受け入れた。 誰かに心を奪われるときなんてそんなものだ。
「あなたに惹かれました。好きです」
こんなありきたりのセリフしか言えないのか、俺は。
「・・・」
「まあ、とっくにバレてましたよね。すぐに態度にでるほうなので。。」
「いいえ、まったくわからなかったわ」
この女性みたいに、優しくて、聡明な人は、そういう嘘を平然と言う。
「僕の想いはあなたに届かなくてもいい。僕の願いなんて叶わなくてもいい。あなたを愛してる。。ただそれだけです」
こういうロマンティックをかじったような男は、そういう嘘を平然と言う。何も求めない愛などないのだ。無償の愛など誰が信じるものか。こういうロマンティストに限って、心の底でこのようなことを考えているのである。
「あなたしかみえない」
そりゃそうだ。恋は盲目なんて、今時の小学生でも知ってるぞ。
「そんなこと言われても困ります。私、どうしたらいいかわからない・・」
至極正論ですな。だいたい、いい年をした大人なんだから冷静に状況をみつめるべきだ。不毛な恋愛などこの世にゴマンとある。その一つ一つを特別視していたらきりがないじゃないか。
「あなたに嫌われるようなことはしたくない。でもあなたを想う気持ちは誰にも負けない」
あーあ、そういう余計な一言が重いんだよな。まさに惚れた相手に嫌われる典型です。
「私は、あなたの気持ちを押しつけられているなんて思ってないから。。今まで通りで大丈夫よ」
あーあ、この女もちょっとマズイな。こういう優しさは残酷なものだって、今時、中学生でもわかってるのに。
だが、男は思ったよりも単純だった。
「ありがとう。あなたのそういうところが好きです」
あちゃー、こりゃだめだ。放っておこう。こういうケースでは、恋愛の神様は何もアシストが必要ないことを悟っているのだ。
「僕は今、こうやってあなたを想っている瞬間がいつまでも続けばいいと思ってる。僕にとって、それは終わることのない、不変なものなのです」
「・・・」
「いいんです、今まで通りで。あなたは何もしなくていい」
「ごめんなさい、何もできなくて」
「人の流れなんて無限のものです。その無限の流れのなかで、こうやってあなたに出逢えた。その偶然に感謝しないといけない。心から愛する人に出逢えたその偶然に」
「・・・」
「あなたの仕草のすべてが好きでした。あなたの笑顔が好きでした。あなたがいると、周りの空気がすべて僕に優しくなったようで、心地の良い風に取り巻かれた気分になりました」
「ごめんなさい、何と言ったらよいのかわからなくて・・」
「何も言わなくていい。今まで通りに、僕のそばにいてください。ただそれだけいい」
「・・・」
こういう恋愛のかたちは、この世にたくさんありそうだが、実際はそうでもない。
たとえ報われなくても、たとえ抱きしめられなくても、その人を心から愛するという行為はそれだけで尊い。だが、尊い分、それを実現するのは難しい。だから、このような恋愛のかたちは滅多にないのだ。
「僕の気持ちをあなたに押し付けるつもりもないし、あなたへの想いを断ち切ろうとも思っていない。あなたは僕の気持ちをわかっていると言った。ただそれだけで充分です。僕の想いを理解してもらえただけで充分です」
「はい・・」
そう、こういう古典的な恋愛は最近はあまりないのです。だけどね、最近みかけないが故に、恋愛の神様がいたずらをする可能性もあるんだよ。今夜ばかりは、この愚直な男にエールを送ることにしよう。
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「ちょっと君、授業中に居眠りなんてしちゃいかんだろ」
「すみません、ちょっと考え事していたらついつい・・・」
「まあ、よい。授業後に私のオフィスに来るように」
「はい、わかりました・・」
・・・そして授業後・・・
「それで君、いったい何を考えていたんだね?何だか私も気になってしまってね」
「はぁ、でも教授に言うにはちょっと。。たいしたことでもないんで」
「まあいいから、遠慮せずに言ってみたまえ。私でよければ力になろうじゃないか」
「ええとですね。。最近よくみる夢について考えてたんですよ。そしたらつい、うとうとして眠ってしまいました。別に教授の講義が退屈だったわけではないです」
「ふむふむ。それでいったいどんな夢なの?」
「気絶しそうなくらい美しい、一人の女性が毎回出てくるんですよ。しかも、僕と頻繁に会話までしちゃってるんです」
「ふむ。それでその女性はどれくらい美しいのかね?加賀まりこくらい美しいの?」
「誰ですか、それ?」
「なんと!日本のブリジット・バルドーとまで呼ばれた大女優を知らんのかね。絶世の美女とは、まさに彼女のことをいうんだな」
「すみません、、時代がちょっと違うもので・・」
「まあ、よい。続けたまえ。誰に似ているのかね、、その人は?」
「そうですねぇ。。ちょっと例えるのが難しいです。カクテルになら例えられますよ。シンガポールスリングが一番しっくりくるかな。赤い服がこれまた似合うんですよ、素敵でしょ?」
「抽象的で分かりづらいなあ。それで、どんな雰囲気の人なんだい?」
「ええとですね。すごく姿勢がいい人なんです。立ち居振る舞いとか、すべての動作が優雅なんです」
「ちょっと君、それじゃ説明になっていないじゃないか。それでは、その人の魅力がちっとも伝わってこないよ」
「うーん、感覚的なものなので」
「他になにか特徴はないの?」
「身長はそんなに高くないです。でも、鼻は高いです。僕と同じで鼻炎もちで、、、そうだ!、バレーボールを昔やっていて、セッターをやっていたそうです」
「うーん、ますますわからん。もうちょっとわかりすく解説してくれたまえ。私の講義のようにね」
「はぁ。。とにかく美しいんですよ。夢の中なのに、彼女をまっすぐ見れないくらいです。どうも照れくさくて」
「なにをニヤけているんだね、君は。だいたいその人は、君の彼女でも奥さんでもないだろう。まあ、夢の中の話だから細かいことはどうでもいいけど」
「そこなんですよ。夢の中だから細かいことは気にしなくていいはずなんだけど、彼女にたいして過剰に気を遣ってしまうんです。デートに誘いたいな、とか」
「君もスケールが小さいねぇ。私が君くらいのときなんて、もっとガンガン押していたもんだよ。だいたいね、君は女心というものがまったくわかっとらん」
「じゃあ説明してくださいよ、その女心ってものを」
「手短にいうとな、女なんてみんな一緒なんだよ」
「随分とおおざっぱですね。僕にはそうは思えませんが。あんな優雅で美しい人、今まで出会ったことありませんから。あの人と、他の女性を一緒にして欲しくないですね」
「ほんとに青いなぁ、君は。女はな、みんな男に押して欲しいと思っているんだよ。ほれ、日本の女子なんてみな、淑女たれって教育を受けてきただろ?だから男からのアクションを待っているんだよ」
「うーん、なんかイマイチですよ、教授の説は」
「これは私の説ではなく、経験を重ねた男なら誰もが知っている自明の理だ。だいたいね、君、夢の中なんだから好きにやればいいじゃないか。なんで強引に押さないのか、わけわからん」
「いやあ、彼女が目の前にいるとそんなことできないんですよ。声も素敵なんだな、これが」
「またニヤついてる。気持ちが悪いからやめたまえ。ともかく、カラオケにでも誘ってみなさい。そしたら君も満足だろ?」
「いやあ、実はね、教授。カラオケはもう数回行っちゃったんですよ。誘うのにはとっても勇気が要りましたが、楽しかったなぁ。彼女のバラードも素敵だったし。僕も選曲がいいって褒められちゃいましたよ」
「アホかね、君は。まあ、よい。それも立派なデートだ。もう悩みはないな?」
「教授は男心ってやつがわかってないですね。カラオケだけじゃダメなんですよ。もっとね、二人で食事したり、お洒落なバーとか行って、いろんな話をしたいんです。彼女のことをもっとよく知りたいんですよ、僕は」
「君はほんとにウブだねぇ。ともあれ、男は直球勝負が一番だ。正面からドーンぶつかってきなさい。それでダメなら仕方がない。諦めも早くつくしね。どうせ夢の中の話なんだし」
「僕は、この夢を終わらせたくないんです。もっと彼女と二人だけの時間を過ごしたいんです。わかんないだろうなぁ、教授には。この僕の揺れる繊細な気持ちが」
「全然揺れとらんじゃないか。そんなにぞっこんになっちゃって。ともかく、夢の中であろうと直球勝負だ。それだけは忘れないようにな」
「はい・・・」
「君の夢が醒めずに、願いが叶うことを祈ってるよ。私の講義中以外でね」
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お酒はあまり飲めないけれど
そんな彼女がチョコレートリキュールを飲む様は
初めて遭ったときと同じくらい美しい
歌声が鳴り響く狭い部屋で
少し距離をおいて座っていた彼女は美しい
そんな美しい彼女の
横顔だけでもいいから見ようと思いつつ
照れくささもあってか
ほとんど正視できなかった
もうすぐ離れるというのに
でも今はこう思う
無理に離れる必要はないんだ、と
自分の気持ちと感情の流れのなかに
ゆったりと身を任せてみようと思ってる
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「いいか、おれたちの仕事の本分をわきまえろ」
「どういうごとですか?我々のビジネスは、いかに物件を安く買い取り、いかに高値で売りとばすことに徹するのが本分ですよね」
「お前は何もわかってないな。一体、今までこの国で何をやってきたんだ?」
「だから先程申し上げたとおり、安い物件をいかに高く売るかが、我々の儲けでしょう?」
「お前は何もわかってないようだな」
「仰る意味が判り兼ねます」
「いいか、俺たちが扱っているのは【物件】じゃない。人なんだ」
「ひと?」
「そうだ。企業というものは、一人ひとり、個人の集まりなんだ。その集まりを再生するのが俺たちの仕事なんだよ」
「確かに正論ですが、その集まりにとって害のある個人の扱いはどうするんですか?それを解決しないことには、再生なんてできやしないでしょう」
「お前、自分で答えを言っているじゃないか。その個人を相手にするのが俺たちのビジネスなんだ。世間ではハゲタカとか呼ばれているがな。
「はぁ」
「いいか、これだけは忘れるな。俺たちが再生するのは、個人ではない。企業という生きた集合体そのものだ。だがな、そのやっかいな代物を再生させるためには、個人を相手にしなければいけないんだ」
「結局、個人相手のビジネスということですか?」
「そのとおりだ。個人なくして俺たちのビジネスは成り立たない。財務諸表よりももっと大切なもの7だ」
「なんとなくですが、わかるような気がしてきました」
「なんとなくではだめだ。もっと徹底的に理解しろ。会社はお前にそれだけのものを投資しているのだから」
「・・・」
「成果を一週間以内に報告しろ。他に話はない」
「わかりました。私に任せてください」
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